後悔何とやら
「だって……だぁってぇ……」
べそべそと泣いているルークは、本当に、心の底から鬱陶しいし気持ち悪い。かなりの嫌悪感を見ている人に抱かせていることだろうし、あの息子たん激ラブな王妃ですら『……うちの子情けないわね』と呟いているのが聞こえてしまった。
いやそれお前の教育の結果な、とオフィーリアやリューリュが思っていると、エルドウィンが困ったようにエリザベートを見た。
「エリザベート、だからね、過剰な愛はこうなるんだ、ってあの子が小さい頃から何度も何度も言い聞かせていたよね?」
「……はい」
「結果、本当にこうなっちゃったんだけど、何か言いたいこと、ある?」
「何も言えません……」
あの王妃が、とカトレアとジェイドがあんぐりと口を開けている。
オフィーリアも、リューリュも、王妃の暴君ぶりを知っているからこそ、思わず見入ってしまった。
『何であの国王サマったら、ちゃんと王妃の手綱握ってなかったのかしら』
「一応、あの方々お見合いだけど、愛情はきちんと育まれているし、これまでは問題がなかったのよ」
『あー』
今回の一件で、問題が見えてしまった。
まさかこんなにもルークが己を律することができない人になっているだなんて、とさすがの王妃も特大のやらかしを目の前にしては何も言えなくなったらしい。
今更か、とは思うけれど、これまでは本当に何も問題がなかったのだ。いや、それは奇跡だったのかもしれないが、王妃はちゃんと国王が不在の間、国政を担ってきた、という実績はある。
あるが、やらかした内容がそこそこまずかったのだ。
「大体、君がオフィーリア嬢に対してクソみたいな態度取ったからあの馬鹿がつけあがったんだよ。わたしはいつもいつも注意していたと思うけど」
「その……陛下のえこひいきだと思いまして、より苛ついて……」
「一国の王妃の自覚、どこに捨ててきた?」
「…………」
愛ゆえに、そう言われてもこればかりはダメだろう。
人としてというか、国政を担う者という自覚がなさ過ぎて、国王も頭を抱えてしまっている。
「……愛で国は回らない、ってことも分からないのかなぁ……あー……どう言ったら通じてくれる?」
「……っ」
エリザベートも、自覚はあった。
馬鹿げたことをしている、自分は王妃なのだから、と想っていても感情が先走りすぎてしまった。感情を持つなということではなく、オフィーリアの役割に関してあまりに興味がなさ過ぎたことや、夫にとってもそっくりな愛しい息子の悩みの種に分からせてやりたかっただけ。
そう、ただそれだけなのだが、これが良くなかった。
「あのねぇ、聖女に関しては王家は何も口をはさめないの。分かる?」
「それ、は」
「アルティナとやら、お前も何も理解していなさすぎる」
「え」
自分にまで飛び火してきた!? とアルティナはぎょっとするが、自分の父にお願いして、尚且つアルティナの
父だってジェイドに対して勝手に鼻息荒くライバル心を燃やしていたことで、裏金たっぷり掴ませて、本来そこにいるべきではない存在をねじ込んでいたという始末。
「……あー……そういえばアルティナ嬢を聖女にしてしまった馬鹿も捕獲しないと……」
「陛下、よろしいでしょうか」
はい、とオフィーリアが挙手をすれば、何だかノリノリでエルドウィンは『はいオフィーリア』と指名してくれる。
「その件についてはもうそろそろ捕獲完了、ここに引きずってきます」
「ん?」
「後輩の聖女たちにお願いしておいたので、そろそろかな、と」
何が? と全員が思っていると、大きな音をたてて扉がずばん、と開かれた。
「突然失礼いたします! 神殿長の捕獲に成功したので連れてきました」
「むー!! ん、むぐ、むむむー!!」
「……わぁ」
オフィーリアの後輩にあたる聖女が、何やらロープを持っているなぁと思って視線をそろりと動かした、その先。
『なぁにあれ、ミノムシみたい』
「……いやー……まぁ見事にぐるぐる巻きだこと」
リューリュがしみじみと呟いて、オフィーリアはちょっとだけ頭痛がしてくるような、そんな感じになってしまって頭を押さえた。
そこにいたのはロープでぐるぐる巻きにされて、猿轡までご丁寧にされてしまった神殿長の姿が。
ついでに、ロープは神殿長の足の方から後輩聖女の持っている手に繋がっている。
この状態で引きずってきたのであれば、腹筋に頑張って力を込めないと頭をがつんがつんと当てながらやってきていたことだろう。
「(痛そう)」
しかし後輩聖女は、とってもいい笑顔で『やりました!』とでも言わんばかりに目を輝かせているので、褒めておいた方が良さそうな雰囲気でもあった。
「ありがとう、捕獲は苦労しなかった?」
「大丈夫です! オフィーリア様の仰る通り、廊下にロープをはって転ばせてから縛り上げました!」
わぁ良い笑顔、とオフィーリアはちょっとだけ遠い目をして、すぐに気を取り直して微笑んでから、じたばたと頑張って暴れている神殿長に視線を向けた。
「神殿長様、素敵な職権乱用ありがとうございます。さて、暴れておりますけれども……ここがどこかご理解の上でそうなさっております?」
「んむー!? ん…………ん?」
ここでようやく気付いてハッとした神殿長は、国王であるエルドウィンと視線が合って、びし、と動きを止めた。
「…………」
「あら静かになった」
にこにこと微笑んでいるオフィーリアと正反対な神殿長は、どばどばと冷や汗をかいているが気にしていないエルドウィンは、近衛兵を手招きして、すっと神殿長を指さした。
「あれ、捕獲。良い感じにぐるぐる巻きだから、そのまま地下牢へぶち込んでくれ」
「はっ!」
「ついでに、猿轡だけ外してからちょっと尋問しておいてくれるか?」
「どのような内容で……」
「いくら金もらったか、何ていってたぶらかされたか、について」
「かしこまりました」
「んーーーーーーーーーーーー!?!?」
ちょっと待ってーーー!!と叫んでいるような感じの神殿長はまるっと無視をされてから、そのまま担がれて運ばれていった。
まるでエビのようにびちびちと跳ねていた神殿長だったが、成す術なく地下牢へと連行されていく。
なお、これまでの中でわんわん泣いていたルークは、皆からスルーされており、しょんぼりしているがアルティナですら助け舟を出そうとなんかしていない。
何で、嫌だ、とぼそぼそ呟いているものの、誰にも気に留められていないことにようやく気付いたルークは、またもや縋るようにオフィーリアへと視線をやったが、どうやって縋りつかれてもオフィーリアは絶対に気にかけないのだ。
「あのですね、ルーク様。これ、あなたのあの一言が招いてるんです。アルティナさんのお父さまの見栄っ張りも勿論原因ですが、魔獣の襲撃に聖女側が対応できていなかったのは、何が、どうなっていたか。どうしてそうなったのか、っていうことはご自身できちんとご理解なさいませ」
「そんなぁ……なぁ、助けてくれよ、婚約者だろう……?」
「まぁ」
あら! とオフィーリアはわざと大げさに驚いてみせる。
「婚約者だった、でしょう? 間違えてはいけませんわ」
それが結果としてとどめとなり、ルークはもう奇妙な嗚咽しか零さなくなってしまった。




