返して
アルティナは、口をはくはくと開けたり閉めたりしているが、神霊にギロリと睨まれてしまい、慌てて口をばっと塞いだ。
はぁ、とオフィーリアの溜め息が小さく聞こえれば、神霊はとても心配そうにオフィーリアに寄り添う。
「(だから、何で)」
そいつばかり大切にするの、と叫びたかったようだが神霊に睨まれたら何も言えなくなる。
「(わたしを、たいせつにしてよ……)」
オフィーリアを睨み付けたとしても、何も変わらないとしてもアルティナはギリギリと睨み続ける。どうして、何で、と言いたかったところでエルドウィンが口を開いた。
「オフィーリア嬢、相変わらず神霊様に大切にされているようで何よりだ」
「……そうですね」
国王の言葉ではあるが、オフィーリアにとっては何一つ嬉しいものではない。
神霊は確かにオフィーリアを大切にしてくれる。しかし、それは神霊にとって『何かしてほしいことがあるから』というだけにすぎないことを、オフィーリアは勘づいている。
「おや、嬉しくないのかい?」
「嬉しかったのは、小さな頃だけでした」
『……ほう』
「神霊様は、依怙贔屓がとてつもないですので」
『手厳しいのう、オフィーリアよ』
くすくすと笑いながらも、神霊はオフィーリアの口が悪いことには言及しない。
オフィーリアがオフィーリアであるが故に、自分から離れていかないなら、それで良いと思っている。……と、いうところまでオフィーリアはしっかりばっちり勘づいている。
だが、それもアルティナをイラつかせる元でしかない。
「……っ、返してよ」
小さな声で言われたアルティナに、ばっと視線が集まる。
般若のような形相でオフィーリアを睨み続けているアルティナを見て、神霊がイラついたように殺気を放つものの、引いてはならないと言わんばかりにアルティナは必死に耐えている。
「返して、そのティアラを返して! 私の、……筆頭聖女の証なんだから!」
「はぁ」
「やっぱりティアラを手にして、神霊様の御加護を得たから、手放したく……」
「はいどうぞ」
すたすたとアルティナのところに歩いていったオフィーリアは、手にしていたティアラを手渡した。
「は?」
「返してほしかったんでしょう? はいどうぞ」
「え、いや、あの」
「返品不可ですので、悪しからず」
にこ、と微笑んだオフィーリアは国王夫妻、そしてルークへと向き直った。
「今をもちまして、手助け終了、とさせていただきます。お疲れ様でございました。あぁそれから、もう一つ」
オフィーリアは指を立てて、微笑んだまま条件を出した。
「今後一切、手助けはしません。だって、そこのアルティナさんが何でも出来る……そうですよね?」
ねぇ、とダメ押しと言わんばかりに告げれば、アルティナはぐっと押し黙った。
手の中にあるティアラが、手元に戻ってきて嬉しいと感じる一方で、また神霊のしごきを受けなければならないのか、と考えれば、嫌でたまらなかった。
「……でき、ます、けど」
「だから、やってください」
「!」
この女、と思いきりまたオフィーリアを睨んだが、視線を上げた先のオフィーリアの表情は、凍り付いていた。
「……っ」
ひゅ、とアルティナの喉から奇妙な音がした。
「(こんな顔、知らない)」
オフィーリアは、いつも朗らかで、怒ったとしてもこんなに冷たい顔を見せたことはないのに、とアルティナが思っているが、表情を変えることなくオフィーリアは改めて口を開いた。
「できる、と最初に言ったのは貴女。だから、お返しします。返せと言ったのは……そちらでしょう?」
そう、返せと言った。
筆頭聖女になれば、愛しいルークと結婚できると思っていたから、オフィーリアから奪っただけ。
オフィーリアの持っているものは、出来るだけ何でも奪ってやりたかった。
「でき、る……わ」
「そう、できるんでしょう? だからね、やってくださいな。それを言っているだけですよ」
言い終わったオフィーリアは、また笑顔になった。
ホッとしたと同時に、『あぁ、またあの日々が』と憂鬱な気持ちになってしまう。
全て、アルティナの傲慢な考えが招いていること。
オフィーリアが、笑顔でやっているから。
オフィーリアがやっていることは、とても簡単な風に見えたから。
オフィーリアは、皆に助けられているから自分も助けてもらえて当たり前。
だから、オフィーリアから奪った、というそれだけの話。
「……」
ギリギリと、また悔しそうにしているアルティナを見て、オフィーリアは困ったように溜め息を吐いた。
「結局、何をどうしたら貴女は満足するんでしょうね?」
ライバル視をすることは別に止めやしない。オフィーリアからすれば『勝手にどうぞ』という感じである。
だが、突っかかってくるだけで延々とオフィーリアに対して文句ばかりを言い、助けてもらえないと理解した途端にこんな風に不貞腐れてばかりいる人に対して、優しくしてやる義理なんてオフィーリアは持ち合わせていない。
「……偉そうに……」
「貴女が、ですよね」
淡々と返され、アルティナは手にしていたティアラを思いきり振りかぶってオフィーリアへと投げつけた。
落とすわけにはいかない、とオフィーリアがティアラをキャッチしたから良いようなものの、何をしているんだ、とこれにはルークが慌てる。
「お、おいアルティナ!」
「うるさぁい!」
叱られたくない。
アルティナの中にあるのはそれ一つだけ。
自分は叱られるわけにはいかないし、エリートであり続けなければならないのだ。
「いいこと、私はねぇ、エリートなの!」
「はぁ……」
どうしよう、とっても面倒だ。オフィーリアの顔には分かりやすすぎるほどにそう書かれているのだが、アルティナは気付かないまま床をどすんだすんと大きく踏みしめながら叫び散らかしていく。
「お父さまは文官資格を持っていて! おばあさまは資産家で!」
ふがふがと鼻息も荒いため、こっそりと神霊が『うわ気持ち悪い』と呟いているが、オフィーリアは聞かなかったふりをしておいた。だってあの神霊様がある意味諸悪の根源だから。
「それで、それで、私は!」
「……私は、何?」
めんどくさそうなオフィーリアの声音と態度に、アルティナはへたり込んでしまった。
「あのさぁ、それってアルティナさん自身が何かを成し得たことじゃないでしょう。そんなことよりも見てほしいのは現実なんですが」
「げんじつ……」
「神霊様~、被害が一番大きかったところに私とアルティナさんセットで転移お願いできます~?」
『簡単なのでいつでもOKじゃ』
「よろしくです」
にこー、とオフィーリアが物凄く良い笑顔でおねだりすれば、神霊はとっても張り切ってしゅっと二人揃ってから転移してしまった。
そして、転移先でアルティナは呆然としてしまう。
「できる、ってホラふいたりするから、こうなっているんです。これ、貴女と殿下の責任なので、悪しからず」
目の前に突き付けられたのは、王都の守りの壁があちこち破壊され、魔獣の爪痕が生々しく残っている場所。
怪我人もいただろうから、血の匂いだって残っている。
初めてこういう現場を見たアルティナは、口を押さえたかと思えば、その場でうずくまって嘔吐してしまったが、オフィーリアは容赦しない。
「……吐いてる暇があるなら、さっさと現実を受け入れてください。貴方ができるできる詐欺をした結果を、ね」




