違う、そうじゃないと言われても
アルティナの父のやらかしの詳細を聞いた面々は、揃ってじっとアルティナを見ている。
恥ずかしいやら情けないやら、しかしそれ以上にアルティナは『もう少しきちんと情報提供をしていれば』と思っているのだが、不意にジェイドが口を開いた。
「陛下、もう王宮の役人を辞したわたしが言える台詞ではありませんけど」
「何だね」
「当たり前のようにそこのアルティナ嬢は、御父上に情報提供しておりますけど」
にこ、と微笑んだジェイドの圧は、皆が思っているよりも遥かに凄まじかった。
「わたしが文官職を辞したことってね、王宮内でしか知られていなかったはずなんですよ。辞めたからといって、人の情報ほいほい流すのとかやめてほしいんですが」
「え」
アルティナの素っ頓狂な声が、やけに大きく響いたような気がした。
彼女自身も、ポカンとしているし『まさかそんな』とでも言いたいのかもしれないが、基本的に王宮内の人事情報というものは余程のことがない限り、外には公開されない。
もしも公開するとしたら何らかの理由があって、『いつ、誰が辞めた』くらいしか公開されないのに、ジェイドがどこの部署に居て、いつ辞めた、ということまでアルティナが外に漏らした、ということ――すなわち、情報漏洩である。
「あの」
自分に向けられている視線が、とても鋭いことにアルティナは気付く。
だって、辞めたとか何とかくらい言っても問題ないでしょう?
そう思っているから、彼女には一切悪気がない。悪気がないからといって、許してもらえるわけがないのに、別に良いじゃないか、と軽く考え続けている。
「わたくし、何か」
「悪いことをしたのか、っていう顔だねぇ。はっはっは、これはすごい」
エルドウィンが軽く笑っているが、目の奥には怒りというか虚無というか。少なくとも、アルティナの父の行動は歓迎されたものではないことくらい、余裕で理解できてしまった。
「……っ、でも、あの、父は皆さまのお力になろうとして!」
「他責思考はやめてくれないかなぁ……君が情報漏洩しなかったら、二度手間になっていなかったというのに」
「手間……?」
「そうだよ。まともな志願者にかけられた時間のはずが、君の父上に無駄に時間を割いちゃったんだからね」
無駄。
手間。
アルティナの頭に、心に、エルドウィンの放った言葉が思いきり突き刺さった。
どうしてこうなったんだろう。ただ自分の周りはすごい人が多いから、きっと喜んでくれると思っていただけなのに、何で、と考えていると涙がジワリと浮かんでくる。
ルークはそんなアルティナを見て、こんなにも心優しいアルティナに……! と怒りがわいてくるが、エリザベートが姿勢を正してエルドウィンに対し土下座をしたことに、ぎょっとした。
「は、母上!?」
「おや、どうしたんだいエリザベート」
「わたくしが……間違って、おりました」
ここまでくると、理解することしかできない。
きちんと教育をしていれば、ルークはこんなに浅慮ではなかっただろうし、本来城の外にだしてはいけない情報を、アルティナがほいほい流したりもしなかっただろうに。
「残酷なことを言って申し訳ないけどね、エリザベート」
「何でもおっしゃってくださいませ」
「君がこんなにもルークを甘やかして、色んな間違ったことを教えた結果として、こうなっちゃっているっていう自覚はできた?」
「……はい」
「母上!?」
どうして!? とルークはぎょっとするものの、事実である。
「ルーク、お前もお前だ」
「え、ええ!?」
「あのねぇ、オフィーリア嬢との婚約の意味っていうものを、きちんと考えた上で、今回みたいな影響があるって理解したうえで、婚約破棄したのかい?」
「影響……」
ただ、自分はアルティナを愛してしまったから、望まない婚姻を進めることがしたくないと思っていただけで、オフィーリアのことも考えていたつもりだった。
あくまでつもり、ではあったし、オフィーリアはきっと『婚約破棄なんかやめてください!』と引き留めてくれると思っていたけれど、婚約破棄を喜ばれてしまった。
「あの、でも、オフィーリアだって望んでいなかった、し」
「筆頭聖女だったから婚約しただけだからね。国の決まりだから仕方ない、と彼女は割り切っているだけだ」
どんどんと突きつけられていく、ルークが見たくなかった・受け入れたくなかった事実に、どんどんと打ちのめされていくが、エルドウィンは冷たく続けていく。
「……まぁ、別に良いんだよ。ルークがそれでいいならね。……国に与える影響のことまでしっかりと考えた上でやっていて、今回の損失なんかの賠償をしてくれるなら……ねぇ」
「――っ」
視線が、びっくりするぐらいに冷たい。声も、底冷えしそうなほどに、冷え切っている。
こんな父を、見たことも聞いたこともない。
自分にはとっても優しいはずなのに、母にだって優しくて、頼りになる父であり、それで……と考えていたら、よっこいしょ、とエルドウィンがルークの目の前に座った。
「え、と」
「まぁ座ってくれるかな」
だってそこ、地べたです。
反論したいけれど、反論できない。
ルークはよろよろと座り込むが、雰囲気に呑まれてしまって正座をした。
「さてルーク、聞かせてくれるかい? お前は、どうやって、責任を取る?」
一言一言区切って言われた内容を、理解できていないわけではない。
だがしかし、である。
オフィーリアを切り捨てたくらいで、と考えていると口の中がひりついてきてしまう。
何かを言わないと、と口を開こうとした瞬間に、謁見の間の窓ガラスという窓ガラスが、物凄い音をたてて木っ端みじんに吹き飛んだ。
「…………へ?」
これにはさすがのエルドウィンもぽかんとしてそちらに視線をやり、窓を破った人を見てから納得したのかルークを放置してよっこいせ、とまた立ち上がった。
「やぁ、オフィーリア嬢。元気かな?」
「国王陛下には、このように窓を突き破ってからの謁見になってしまいましたこと、誠に失礼いたします」
王太子妃教育の中で身につけた作法を、遠慮なく披露し、窓を突き破ってきたオフィーリアはゆっくり顔を上げた。
「陛下、お久しぶりにございます。ですが、私はこちらをアルティナさんにお返ししに来ただけですので、悪しからず」
オフィーリアは、自分が持っていたティアラを取り出した。
それを見たアルティナが、大きな声で悲鳴を上げるが、魔石から出てきた神霊が心底嫌そうに呟いた。
『吠えるな、豚』




