負けの証明
――これは、ジェイドがさくっと王宮から色々引き上げてきた日のお話である。
アルティナの父・エンリケは意気揚々と王宮へとやって来た。
別に呼ばれたわけでもないし、何かを報告するというわけでもない。
ジェイドが文官職を退いた。であれば自分こそがその後を請け負うべきだ、と進言しに来たのだ。
筆頭聖女の父たる自分であれば絶対に大丈夫、と鼻息荒くやって来たエンリケは、何もかもを勘違いしている上に、色々すっ飛ばしているので城の門番にも怪訝そうな顔をされていた。
「まったく、何をしているんだ。情報伝達がきちんとできていないだなんて、どういうことだ!」
めちゃくちゃ怒っているが、彼の怒りは的外れのものだと、彼だけが気付いていない。
王城にやってきて、彼は来客用の部屋へと通されたが、何でこんな貧相な部屋なんだとまた怒り狂う。どれだけ文句を言ったかは分からないが、入室してからおおよそ三十分が経過した頃だろうか。
――コンコン。
「誰だ!?」
横柄な態度と声で返事をすれば、無表情の宰相が入室してきた。
「これはこれは宰相様!」
それまでの不機嫌さは一体どこへやら。
あっという間に笑顔になり、へこへこと頭を下げながら、手もみをして媚びへつらうような笑顔で低姿勢になりつつ言葉を紡いだ。
「あのヴァルティス家の馬鹿者が、文官職を放り出した、と聞きましたので……」
「それで?」
「はい、この私、エンリケが皆さまのお役に立てます!」
宰相は、じっとエンリケを見てから首を傾げる。
「一体、誰からヴァルティス伯爵がここから去った、と」
「娘ですとも!」
「娘、ですか」
「はい。私の可愛い可愛いアルティナが、筆頭聖女になりましたでしょう。ですからね、アルティナは色々と情報を教えてくれるのです」
はいアウトーーー、と宰相は内心叫ぶ。無表情のまま。
あの女、やりやがったな、と思いながらも、表面上は淡々と問いかけを続けた。
「一体どこまでアルティナ嬢から?」
「ええとですねぇ」
まず、卒業パーティーにおいて、ルークから直々に筆頭聖女の任命を受けたこと。
これに関しては『いや、神官長に色々報告してねぇだろうが』とツッコミを、宰相は忘れない。
次に、アルティナが筆頭聖女としてしっかりと役目を果たしている、ということ。
「(何もしてねぇよ)」
更には、王太子妃教育も始まっているということ。
「(王妃様大激怒して始まってませんがね)」
一つ一つ内心でツッコミを入れていた宰相だったが、基本的に彼は国王の言うことをきちんと聞いている。王妃の言うことに関しては、『国王が国外にいる、もしくは執務を執り行えない状態に限り』で言うことを聞いているのだが、一旦それはさておいて。
アルティナのやっていることが、アウトなことばかりなのだ。
城の役人が辞めたとかどうとか、公表する前にホイホイ漏らしてはいけないのは、周知の事実。アルティナにとってはそうではないらしい、という言質が取れたということなので結果オーライかもしれない。
そも、ジェイドが明るく辞めていってから、大混乱が起こっているということはアルティナは伝えていないらしい。
聞いてもいないことまで、あれこれべらべら話しまくっているエンリケに関して、宰相は『頭痛いなこいつ』と思いながらも、一応は丁寧に話を聞いている振りをしておいた。
「何でも、文官資格を持っている者が少ないそうではありませんか! なので、ここは私の出番だと、そう思ったのですよぉ~」
「少ない……ですか」
「ええ」
「ふむ……。ちなみに、アルティナ嬢からは『文官資格を持っている人が少ないから』と、あなたが呼ばれたと、そういうことで認識してよろしいですかな?」
「ええ勿論!」
はっはっは! と胸をめちゃくちゃ張って言うエンリケだが、宰相の表情が一切変化がないことにじわりと焦る。
会話が始まって一時間は経過していないものの、何というか驚きも喜びもしていない『無』なのだ。
「はぁ……なるほどねぇ……」
呟いた宰相は、エンリケに書類を見せる。
「一応、ヴァルティス伯爵の後任は現在募集中ですが……」
「はい!」
書類を見ずに、フンフン鼻息を荒くしているエンリケに、宰相は書類をずい、と突きつけた。
エンリケはここにやってきて早々、自分で自分を売り込むための書類を提出してきていた。だから、宰相はエンリケの提出したものを自分が、条件を記載した書類を今エンリケに突き付けている。
「あ、あのう?」
「その書類に書いてある文字って、読めております?」
「はい?」
「募集要項、読んでから来ました?」
はへ、と間抜けな声を出したエンリケに、宰相は容赦なく続けていく。
「最低でも、中級文官以上の資格が必要なんですよ」
「…………」
「あなた、先ほど勝手に提出してきた書類を見る限り、初級しか持っていませんよね」
「………………」
「アルティナ嬢から聞いておりませんでした?」
エンリケを観察していると、どば、と汗をかき始めている。
ああ、ようやく気が付いたのかな、と思って宰相はまた続けた。
「あなたが、どう足掻いても、ヴァルティス伯爵に匹敵するほどではない、とご自身で証明されたんですが」
もう、エンリケの目の焦点は定まっていなかった。
「一応、試験受けていきます?」
問題の意味すら理解できるか怪しい。
だって、そもそも難易度が全く異なっているのだから。
「……帰ります」
蚊の泣くような声で、エンリケは呟いてとぼとぼと帰っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……っていうことならありましたねぇ」
その場にいた宰相から事の顛末を聞いたジェイドは、『あちゃー』と呟いている。
「そういえばあいつ、こっちをライバル視しているけど文官資格はなかなか取れなかったんですよね」
「あなたは確か、今上級まで持っておりましたわね」
「うん」
あっけらかんと言うジェイドに、アルティナが『はぁ!?』と叫んでいるが、全員聞かなかったことにしてしまった。
「(お、お父さま……)」
ということはつまり、どう足掻いてもエンリケはジェイドに現時点では勝てない、ということをアルティナから証明してしまったことになり、アルティナの顔色は赤くなったり青くなったり、大変忙しかったのである。




