はがれていく化けの皮
「毛ほども……興味がない? う、嘘だ、そんなわけない!」
愕然としているルークは、ばっとアルティナを示す。
「どうせ、オフィーリアは嫉妬しているんだ! そう、この美しいアルティナに……」
「美の基準は人それぞれなので良いんですがね、うちの子は殿下には一切惚れてなどおりませんって」
「……え」
嘘だ、とまたルークはショックを受ける。
毎回毎回ショックを受ける暇があるなら、何回も反論しなきゃいいのに……と思うジェイドだが、きっとルークのプライドがそれを許さないのだろう。
『王子様とか興味ないんだけど、どうしたら良いんだろうね』
幼いオフィーリアは、躊躇することなくそう言い切った。
実家に帰ることを許された、とある日。王宮ではどうやって過ごしているかをオフィーリアに聞いたら、オフィーリアは真顔で先ほどのように呟いたのだ。
ああ、そうだろうとも。
別に王子様と結婚したいんじゃない。
別に、王太子妃の座なんか欲しくはない。
ただ、家族と過ごしたい。
オフィーリアは、本当にそれだけだったのだ。
今でこそ、エルザの元で薬師としての勉強をしたいとか色々な思いがあるようだが、あの頃のオフィーリアは本当に、心の底から『早く帰りたい』という思いしかなかったのだろう。
とても嫌そうな顔で、面倒くさそうに呟いた娘のことを護れない不甲斐なさを、ジェイドもカトレアも、呪ったものだ。
ショックを受けているルークのところに、すっとカトレアが向かう。
おや、慰めてあげるのだろうか、と思っていたジェイドだったが、カトレアはとんでもない笑顔で、しれっとこう告げた。
「落ち込んだりショックを受けることに関しては何も言いませんが、慰謝料はお忘れなきよう」
こいつものすごい現実的だな、とエルドウィンが呟いたものの、カトレアは真顔でエルドウィンに向き直って口を開いた。
「当たり前でしょう、娘の時間を奪い続けてきた王家に対して払う敬意を、どうして持ち合わせていると思うのです?」
淡々と告げられた内容に、エルドウィンはそれもそうか、と頷いた。
「第一、今魔獣掃討作戦をオフィーリアが行っている、というではありませんか。人使いの荒い……」
「いや、神殿にいる聖女たちが助けを求めたという報告が」
「はぁ!?」
エルドウィンとカトレアが話しているところに、アルティナが突然大きな声を上げた。
「何でオフィーリアなんかに助けを求めているのよ!」
「何で、って」
アルティナの叫んだ内容を聞いたジェイドとカトレアは、揃って顔を見合わせて、にっこり双方微笑んでから声を揃えて口を開いた。
「「そりゃまぁ、一番頼りになる存在を頼りますって(わよ)」」
「……は、はあぁ!?」
夫妻のあまりの息の合いっぷりに、アルティナはまた叫んだが、エルドウィンが『お前ねー』と続けた言葉にアルティナはさっと顔色を悪くする。
「頼りにならん奴に助けを求めて何になる?」
「頼りに……なら、ない?」
「おいルーク、こいつは筆頭聖女としてやっていけているのか」
「父上、そのことなのですが」
「はい、かいいえ、で答えてくれ。くどい」
それ本当に息子に対する言葉か、と言わんばかりの冷たさで、遠慮なくエルドウィンは言葉をぶつけていく。息子だろうが、その息子が王太子だろうが、決して容赦はしない。
「どうなんだ、ルーク」
「……いいえ」
とてもとても小さい声で、ルークは答えた。
それを聞いたエルドウィンは『だろうなぁ』とも答える。
アルティナの隣で、とても小さくなって居心地わるそうにしているルークを見て、こんなはずじゃなかったの、とアルティナ自身も小さな声で呟いてみせるが、それをしたところで何かが変わるわけでもない。
実際、アルティナは何の役にも立っていないのだし、アルティナ自身は聖女としても役に立たない。本当の聖女がオフィーリアだというのであれば、アルティナは『聖女モドキ』ともいってしまえる存在なのだ。
「(何で……何で何で何で!)」
アルティナは顔を真っ赤にしてから、勢いよくジェイドとカトレアを睨みつけた。
「おや、何か御用かな?」
そんなアルティナを見ているのにもかかわらず、ジェイドは飄々とした顔で問いかける。とても気に食わない、とアルティナは思いきり息を吸い込んで、そしてまた叫び散らかした。
「うるさいうるさいうるさぁぁぁい! いいこと、わたくしのお父さまはねぇ、この国の文官で、お母さまのお母さま……おばあさまは、とっても有名な資産家なんだからぁ!」
叫び終わったアルティナはドヤ顔を披露しつつ、フンフンと鼻息荒く、何故か勝ち誇っている。
一体何がこんなにも自慢げにできることなのか、とカトレアがまず首を傾げ、ジェイドと顔を見合わせれば、夫婦そろって肩を竦めているだけ。
いつもなら、『アルティナ様のお父さま、とっても素晴らしいです!』とか、『アルティナ様のおばあさまだってすごいわ!』と褒めてくれるというのに、何で、とアルティナが違和感を覚えていると、頬を掻きながらジェイドが問いかけた。
「で、何?」
「……………………え?」
「いやだからね」
どう言えば良いのかなぁ、と困った顔で、ジェイドは続けていく。
「君のお父さんとおばあさんがすごいのは分かったさ。で、だから何だというんだ?」
「何だと、って……」
こんなにも素晴らしい人たちなんだぞ! とアルティナはいつも自慢だけしていれば良かった。ただ、それだけで。
アルティナが言葉を紡げずにいると、エルドウィンがぽん、と手を打ってから微笑んだ。
「ああ、そうか! ジェイドの代わりの文官って、この娘の父親か! あー……っとなぁ、全然役に立っていないぞ? ただ資格をもっているだけで、今までの王宮文官としての実務経験がないもんだから、ジェイドの後釜になんか無理だ、って解雇したんだよ!」
あっはっは! と笑っているエルドウィンに、悪意なんてまったく存在していない。
ジェイドが去ってから、確かに何だか自信満々の男が『文官資格を持っているんだから俺が役に立てるはずです!』とやって来たのだ。
なお、これについては王妃がチェックをしてから、そんなに役に立つなら、とジェイドの後の業務を任せたものの、全く使い物にならなかった。
「……ええ、そういえば宰相にそのように指示を出しましたわね」
ちょっと落ち着いてきたらしい王妃が、ぽつりと呟けば、アルティナがまた叫ぶ。
「はあああああああああああああああ!? 正気ですか!?」
「正気も何も……」
よろよろと王妃が立ち上がり、宰相を手招きして何かを受け取っていた。何をしているんだ、と見ていたアルティナに対して、はいどうぞ、と書類が手渡された。
「あなたのお父さまはね、初級文官の資格しかもっていなかったの」
「それが何ですか!」
「王宮での執務に関しては、せめて中級文官の資格が必要なんだけど……それはあなたがご説明なさっていなかったのかしら?」
あれ、とアルティナは考える。
文官資格をもっていれば、あれって何でも良いんじゃなかったの!? と思ったところで、もう色々遅かった。




