怒髪天を衝く
チリチリと、まるで今にも爆発して燃え上がりそうな程の空気が、謁見の間には張り詰めていた。
「(どうしよう)」
王妃が必死に考えるが、さすがに今回の事態は『ごめんなさいまし☆』ではすまされなかった。
筆頭聖女の勝手な交代に始まり、交代した聖女モドキはまともに仕事をしていない。それだけならまだしも、あれやこれやと宝飾品やドレス、各国の珍味などを取り寄せてダラダラしながら食っちゃ寝を繰り返しているという報告まで上がっている。
「へ、陛下、嫌ですわ、あの」
「……ルーク」
「はい!」
名前を呼ばれ、大げさすぎるほどに体をびくりとルークは震わせる。
こんなにも怒っている父は初めてだ、と震えていると、国王が一度だけアルティナに視線をやり、すぐさまルークに戻してから冷え切った声音で問いかけた。
「勝手に筆頭聖女を交代する権限など、お前には、ない」
一言ずつはっきり言われた内容に、アルティナがぎょっとした。
「加えて、お前にはオフィーリア嬢との交流などを命じていたはずだが」
「それは、その」
ルークの口の中がひりついてくる。
助けて、と母に願おうとしても、王妃はただ震えているだけ。
「だって、オフィーリア、は」
俺に優しくない、ととても小声で呟いたルークは、国王が動いたのを見たかと思えば右頬に凄まじい衝撃を受け、よろめいた。
座っているルークを、国王は容赦なく手にしていた杖で殴り飛ばしたのだ。
「あ、う」
口の中が切れているらしく、うまく言葉が出てこない。
ついでに、鼻血がぽと、と落ちたのをアルティナが見て、ひぃ、と小さく悲鳴を上げたが国王は何も気にすることなく言葉を続ける。
「この婚姻の意味が、今代の王太子は理解できていないようだ。なぁ、王妃」
「…………」
「……王妃・エリザベート!」
「ひい!」
滅多に呼ばれない名を大声で呼ばれ、王妃はぼとぼとと涙を零しながら悲鳴を上げるが国王は決して容赦しなかった。
「わたしは、君に、何をお願いしていたかな?」
「……わ、わたくし、が、国外に、出ないから、あの、国政の、ええと」
「そうだねぇ」
ひく、と国王は口元を引きつらせ、怒りをまた増幅させて低く告げる。
「お前は、結婚してからあれこれ美味しそうに食べて、丸々肥えてしまったから、遠出が出来ない……ああもう、正確に言おうか。お前の体重とお前の荷物が加われば、遠距離移動の費用が倍増してしまうから、やめてくれ、とわたしが『お願い』したのを忘れたかな?」
「……へ?」
父からの爆弾発言に、ルークは唖然とした。
「(父上は、一体、何を)」
母から聞いていた話では、『ふくよか=体内の魔力がとっても多いから』という話ではなかったのか。
ポカンとしているルークを見た国王は、はぁ、と溜息を吐いた。
「何だルーク、お前まだこのエリザベートの言うことを信じていたのか? 純粋と言えば聞こえはいいが、めでたいなぁ」
「え、ええ!?」
「……エリザベート、お前もお前だ。もう少しまともな嘘をついたらどうなんだ」
「……っ!」
蔑んだような国王の言葉に、エリザベートは顔を真っ赤にするが全て本当のこと。
これまでは、ルークがここまで馬鹿なことをしでかさなかったことや、エリザベートがある程度きちんと後始末をしていたからこそ、国王・エルドウィンにバレていなかっただけの話。
王妃の周りの人間は、オフィーリアがいなくなるだけでここまで色々崩れてしまうだなんて考えすらしていなかったし、国王に近い人間に対しては、とてもきちんと公務をこなしているように見えていたから、『まぁ良いか』で終わらせてきていたのだが、結果として今回大きすぎるやらかしをしてしまった。
「こんなにもお前たちが大きく出られていたのは、わたしの監視も甘かったんだね。いやぁ申し訳ない」
「陛下、お待ちくださ」
「どうして待つ必要がある。オフィーリア嬢に迷惑をかけて国内……正確には神殿をひっかきまわして、今いる人にとんでもない迷惑をかけてくれた」
「でも」
「その言い訳は、ここにいる全てを納得させられて、かつ、事態の収束に向けて何かをどうにかできて、ついでに」
にこ、とエルドウィンが笑みを浮かべるが、その笑顔の凄味はとんでもなかった。
「ヴァルティス家に対しての補償も、できるものかな?」
「――え、と」
できない。
いつも通り、エルドウィンに泣きつけばどうにかなると思っているから、エリザベートは口を開いただけ。
今まではとても優しかった。
エリザベートのお願いは、何でも叶えてくれた。
それは、愛されているから。
妻だから。
きっと、今回もそうだろう、ととんでもなく甘い考えで、愛する息子の願いを全て叶えようとしていた。
けれど、国をつかさどる者がはたしてそれで良いのか。
答えは当たり前だが、『否』なのだ。
それを理解できなくなるまで甘やかしてしまったのは誰か。
怒り狂っているのは、エルドウィンであり、エリザベートは、ただ、怯えている。
増長して、暴走して、国をうっかり破壊に導きそうにしていたのは誰か。
ルークとアルティナ。
何もオフィーリアは、できないものをやれ、だなんて一言も言っていない。
できるんですね、ならどうぞ。
そう言ってから、役目をアルティナに『あげた』だけ。
まっとうな手順を何もふまず、まともに動けないくせに見栄ばかりはった、大馬鹿者たちはこれから責任を取らなければいけない。
「何も出来ないのに、言い訳ばかりを連ねようとしていたというのかな?」
「エルドウィン、違うの、だって」
「……お前、色々舐めきっているね。ああ、わたしがここまで増長させてしまったからなんだけど……見ていると、結婚当初の聡明なお前を返してほしいよ」
「~~っ!」
物理的に殴られていないけれど、言葉では遠慮なく殴りつけてくるエルドウィンに対し、文句を言いたいが何せ彼の言うことは真実かつ正論ばかり。
何でも正論を言えば良いものではないが、今回ばかりはやらかしをきちんと理解してもらわなければいけないから、エルドウィンは決して容赦などしないのだ。
「ルーク」
「はいい!」
「それからそこのアルティナとやら」
「は、はい!」
「お前たちはこの責任をどうとる?」
どう、と言われても……と二人揃って顔を見合わせるルークとアルティナを見て、エルドウィンは困ったように呟いた。
「うーん……すぐに案が出てこないのか。困ったなぁ」
「ならば陛下、この二人は結婚させてから王太子を交代しては?」
「いやそうしたいのはやまやまだが……って」
答えを返したエルドウィンは、声の主を見てぎょっとする。
いつの間にやらジェイドがカトレア、エルザと共に謁見の間に入ってきていたのだ。
しかし、宰相を見ても驚いているため、一体どうやって入ってきたのだ、と問いかけようとしてエルドウィンはハッと気づいた。
「ジェイドお前……!」
「城の結界も、オフィーリア任せだったようですね。侵入超簡単でした」
えへ、とおちゃらけて言ってみせたジェイドに、ルークはここぞとばかりに立ち上がって指さした。
「ど、どうせオフィーリアと結託して謀反を起こそうとしていたのだろう!!」
よっしゃ決まった、とどや顔を披露しているルークを見て、ジェイドは何とも言えない表情でルークに問いかけた。
「何のために?」
「へ?」
「どうしてそんなことを? うちの子、あなたには髪の毛ほども興味がなくて、『何か国が決めた結婚相手』っていう認識しかなかったのに」
「……え」
オフィーリアも同じことを言っていた気がする、とルークは愕然としている中、ジェイドが更に続けていく。
「まぁ、うちは一方的な婚約破棄を受けた側なので、ちょうど今日陛下が帰ってくるなー、って思いだしたから慰謝料請求に参った次第でして」
あっけらかんと言われた内容に、ルークとエリザベートは真っ青になり、エルドウィンは『あー……やっぱりなぁ』と呟いたのだった。




