魔獣掃討戦
「えーっと……怪我人の治療は終わった。それから、解毒治療も完了したし、その人たちの怪我の治療も終わり。あとは……」
オフィーリアが視線を王都の門の方向へと視線をやり、ぐっと目を細めて結界の状態を見つめる。
恐らく、通常的に浄化魔法を使用しているか、あるいは結界の維持をきちんと行えていれば、何も問題がなかったというであろう状況から、アルティナがあれこれサボってしまったことにより、結界に込めてあった神聖魔法の効力が弱まっている。
結果、どうなるのか。
当たり前に、魔獣が普段出ないことろにまでわらわらと出現し、聖女や騎士団の出動の回数がとても多くなってしまう。
「魔獣の、掃討」
はー、とオフィーリアは大きく息を吐いてから、ゆっくり吸い込み、ぐっと力を込める。
今、神殿にいる状態でリューリュを呼んでしまうとリューリュが辛い思いをしてしまうことがあるから、神殿の外に出てから呼ぶことにする。
魔物の状況によっては、オフィーリアがかけている術を限定的に解除して、リューリュにも手伝ってもわらないといけないだろう。
「よしっ」
「オフィーリア様……」
「これからやってくる怪我人の治療は、あなた達でもできるわよね?」
「はい!」
「……うん、よろしい」
オフィーリアの、大切な味方。
可愛い後輩たちに、これ以上辛い思いをさせてしまうわけにはいかないし、王都に住んでいる友人にも危険な目に遭ってほしくはない。
「私は、これから魔獣討伐に行ってきます。神殿はお任せしましたよ。あぁそれから」
「はい?」
「神殿長、見つけたらちょーっと縛り上げておいてくださいな。はいこれ、捕縛魔法かけてあるのでこう……壁と壁に向かい合うように設置してください。イメージ的にはあれです、こう……転ばせるような罠を仕掛けると思っていただいて」
動物の捕獲かな……? と思っている後輩の聖女たちは、オフィーリアの言う通りにしておこう、と頷き合う。
神殿長を捕まえろ、というのは間違いなくアルティナが聖魔力がないのにも関わらず、神殿の内部に引き入れ、アルティナの実家から相当な額の賄賂を貰っていたことに関しての処罰を食らわせるため。
あの人だけお咎めなし、というのもおかしな話ではある上に、神殿長がアルティナを引き入れなければこれらの問題がそもそも論として起こっていないのだから。
「私の名前を出せば、どうせホイホイやってきます。アルティナさんと同じですよ」
「あー……」
なるほど、と呟いた後輩に対し、オフィーリアはにこ、と微笑んだ。
「私が怪我をして戻ってきた時には、皆に治療してもらいますので、そのつもりで」
「えぇ!?」
「オフィーリア様なら絶対に大丈夫ですってば!」
「何があるのか分からないのが、魔獣討伐戦ですからね」
その言葉は、とても重い。
聖女たちはぐ、と押し黙り、オフィーリアにすっと手を差し出した。
「何?」
「私たちは、力不足だから後方支援しかできません。その代わりに……」
オフィーリアが後輩の聖女の手を取ると、ふわ、と温かな光に包まれた。
「これは……」
「ほんの少しですが、何かあった時のために防御を強化させていただきました」
心まで温かくなるような後輩の気遣いに、オフィーリアは微笑み、そしてぎゅっと手を握り返した。
「ありがとう、それから、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「オフィーリアに、神霊様の御加護があらんことを」
『大量に加護を与えるので問題ないぞ!』
油断をしたらこの人出てくるなぁ、とオフィーリアはフフン、と胸を張っている神霊をジト目で睨む。
『……すみません』
余程オフィーリアにだけは嫌われたくないのか、しゅるん、とティアラにある魔石の中へと帰っていく神霊を見て、思いきりため息を吐いてからオフィーリアは、今まさに戦闘が行われているところへと駆けて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「援軍は!」
「まだです!」
「くそっ……」
「治療に向かった者たちは恐らくもう少しで帰還できるかと……」
「それでは間に合わん!」
ぜぇはぁ、と呼吸を荒くする騎士団員たち。
いつもならば、こんなにも魔物はわいてこない。だが、今の様子はどうだろうか。
言葉通り、うじゃうじゃと、倒しても倒してもキリのない程の魔物が沸いて出てきている。
どこかに発生源はあるのだろうが、そんなもの探している余裕なんかありはしない。
「隊長!」
「……っ」
流れてくる汗をぐい、と拭ったその一瞬の隙をついて、小型の魔物がここぞとばかりに飛びかかってくるのが見えた。
「……あ」
まずい、死ぬ。死ななくても大怪我に……と考えてしまい、体が動かなくなってしまった隊長は、ただ、魔物の鋭い爪が自分に振り下ろされるその瞬間を呆然と眺めていた。
「(何だ、俺、死ぬのか。呆気ないな)」
力を抜いて、ほんの一瞬だけ覚悟を決めた時だった。
「シールド展開!」
凛とした声が響き、魔物が振りかざし、下ろしてきた爪をばちん、と光の壁がはじいた。それだけではなく、魔物の爪もその衝撃でばきん!と割れてしまったのだ。
「……え?」
「呆けていては死にますよ! 生きて帰るか、ここで死にたいか、選びなさい!」
上から飛んできた、一人の女性。
「聖女、様?」
「はいどうも、隊長さん。元・筆頭聖女でございます」
「な、なんであなた様が!?」
「質問は一旦全キャンセルでお願いします。皆様さっさとお下がりくださいませ、一掃するので巻き込まれないようにお気をつけ下さいまし」
「は!?」
説明する時間すら惜しい。
こんなにも大量の魔物、いちいち相手にしていてはいくら魔力や聖魔力があったところで役に立たない。いつかこちらがガス欠になってしまったら、そこで終わってしまう。
ならば。
「雑魚掃除、お任せしますよリューリュ!」
『はぁ~い』
ぽん、と気の抜けるような音とともに現れた、とてつもなく可愛らしい使い魔。そういえばあれは、以前魔物討伐の時にオフィーリアが保護したやつでは……と隊長は思い出し、そしてオフィーリアの先程の言葉の意味を即座に理解して真っ青になり、伝達魔法で全ての騎士団員に聞こえるように大きな声で言い放った。
「各員に告ぐ! これより、聖女様による魔獣掃討が開始される! 各々、自分の身は自分で守れ、死ぬな!」
「は!?」
「隊長!?」
一体どういう号令なんだよ、とあちこちから叫び声が聞こえるが、オフィーリアは聞かなかったことにして、リューリュに向かい魔力を撃ち放った。
「リューリュ、封印能力限定解除! 遠慮なく暴れていらっしゃいませ!」
『はぁい……♪』
可愛らしいウサギの姿から、ズズズ、とリューリュの体は変化していく。
今まで見えていなかった鋭い牙が、可愛らしかった足には地面にめり込んでしまうほどの太く、恐ろしいほどの爪が。
オフィーリアに抱っこされたり、頭の上に乗れるほどの大きさだったものが、隊長の三倍はあろうかという大きさへとみるみるうちに変貌したかと思えば、ふわふわとした毛並みはまるで針鼠かのごとく、鋭い体毛へとみるみるうちに変化した。
すぅ、と息を吸い込んだかと思えば、その口からはとてつもない咆哮が発せられる。
ビリビリと空気が震えるほどのそれは、皆の鼓膜を激しく揺らした。
「…………っ!」
隊長はどうにか耳を塞いだが、オフィーリアはケロりとしている。
「え」
「いやですねぇ、こういうの基本中の基本だ、って隊長さんが言ったんじゃないですか」
あはは、とオフィーリアは笑う。
この戦場に似つかわしくないほどに、朗らかに。だが、その姿が、笑顔が、皆の気持ちを奮起させた。
「リューリュ、遠慮はいりません! 思いきり暴れ回りなさい! ただし、人に危害は加えちゃいけませんよー!」
『はぁい』
可愛らしい声は、あのおどろおどろしい見た目にはどう考えても似合わなかったが、オフィーリアの合図を聞いたリューリュは、ぐっと脚に力を込めて跳躍し、魔物の群れの中に遠慮なく突っ込んでいった。
『あっはははは、弱い弱い!』
爪を振るい、小型の魔物は踏みつけ、飛んでいる魔物には魔力弾を撃ち放って的確に狙っていく。
あんなものを使役しているのか、とへたり込む団員がいるが、オフィーリアの暴れっぷりは健在だなぁ、と思う団員もいる。
隊長がふとオフィーリアに話しかけようと横を向けば、もうその姿はいなかった。
オフィーリアもオフィーリアで、発生源を叩こうと走り、リューリュが撃ち漏らした魔物を遠慮なくボコボコにしている。
なお、オフィーリアには神霊もついているので、言葉通り本当に遠慮がない。
「……すげぇ」
あの人が前線に出たら、何も心配はいらないさ。
そう言っていた先代の隊長の言葉を、今更ながらに隊長は理解し、ぺたん、と思わず座り込んでしまったのだった。




