聖女交代
「前に出てこい、オフィーリア・ヴァルティス!」
ああそうだ、どうせ呼ばれる。
視線の向きからして、きっとこうなるだろう、ということはオフィーリアには理解できていた。
そうしないと、あのアルティナを筆頭聖女になどできないから。
「……はぁ」
面倒だなぁ、と一つだけ溜息を吐いたオフィーリアは、呼ばれた通りに前に出向いていった。そうして、改めて対峙して、ゆっくりと壇上に上がる。
「フン、無関心なフリをして俺の気を引こうとしていたようだが」
「筆頭聖女の交代、ですよね?」
「っておい、話を聞けよ!」
「いつでも交代しますので、さっき仰っていただければよかったのに……はいどうぞー」
にこにこと笑って、オフィーリアは着用していたティアラを何でもないかのように外し、アルティナの手にぽす、と置いた。
「まぁ、とってもご立派な判断ですわね! オホホホ!!」
「これで終わりで良いです? あ、そうだ。殿下、神官長には、殿下からきちんとお伝えくださいね?」
「ちょっとぉ、わたくしの話を聞きなさいよ!」
アルティナを完全無視したオフィーリアは、くるりとルークの方を振り向いて告げる。
びくりと体を震わせたルークだが、言われたことはまさにその通りなので、うんうんと頷くことしかできなかった。やらなければいけないことが多いな、と思うものの、ルークが独断で突っ走って決定したことで、もう既にオフィーリアは筆頭聖女たる資格であるティアラをアルティナに渡してしまっている。
「そ、そうだな。ちょっとその、神官長は怖いが、あの」
「怖いとかいう殿下の感情はどうでも良いんですって、さっさと、どうぞよろしくお願いいたしますね!」
「いやだから!!」
ずだん! と足を踏み鳴らしたアルティナの方を、ここでようやくオフィーリアは見た。とても、冷え切った目を向ければ一瞬だけアルティナは怯んだ。
「……用件は?」
冷たく問われ、アルティナはごくり、と息をのんだもののすぅ、と息を吸い込んでまくし立てた。
「わたくしに殿下を奪われた愚かな元・筆頭聖女! わたくしが羨ましいんでしょうけれどね、良いこと!? どれだけ懇願しようと、殿下のお心はお前なぞには戻らないし、立場だって戻してあげないんですからねぇぇぇ!!」
オマケに、あーっはっはっは!! と喧しいレベルの高笑いをしたのだが、オフィーリアにとっては何もかもどうでも良い内容ばかり。
むしろ、『何言ってんだコイツ』という顔をしているし、これがパーティー会場でなければ、恐らくオフィーリアは欠伸をしているが、どうにかこうにか堪えている。
「フン! わたくしの美貌も権力も、何もかもお前は欲しているんでしょうけれど、ああそうだ! 悔しいから今そうやって睨むしかできないんでしょう! お馬鹿さぁん!」
「……」
自信満々に言い切ったアルティナだったが、『無』の顔をしているのを見て、あれ? と首を傾げた。
「(お、おかしい! 何も響いていない……!? いやでもこれは、きっと悔しいから……)」
「そろそろ自慢は終わりました?」
「へ?」
「殿下があなたに心移り…………ああいや、そもそも私の気持ちは殿下にないんだから、心移り、っていう言葉自体がおかしいのか。ともかく、それって必然だったんですよ」
「そうでしょうそうでしょう!」
「体型がねー……殿下の好みなんですよ、あなた」
「た、体型?」
アルティナは、己の体を見て、オフィーリアの体型を頭からつま先まで、まじまじ見る。
「何が?」
そして、どれだけ見ても理解できなかったのか、はて、と首を傾げた。
「同じでしょうが!」
続いてアルティナが叫んだ言葉に、オフィーリアの友人たち、会場の面々が硬直する。
「(どこが……同じ……?)」
全員の心の声は一致した。
アルティナとオフィーリア、二人の体型は見事なほどに真逆なのだ。
オフィーリアは、すらりとした体型。出るところは出ているし、くびれだってある。聖女として日々の任務をこなすために、程よく筋肉だってついている。
なお、任務をこなす中で戦闘を行う場合もあるのだが、オフィーリアは色んな格闘術も身につけているので、体幹もしっかりと鍛えられている。
とりあえずリンゴくらいなら片手でごしゃっと潰せてしまう。これはオフィーリアの仲良し組の中で、ネタとしてオフィーリアが披露していたりするのだが、一旦置いておく。
しかし、アルティナは真逆。
一言で、なるべくやんわりとした表現で言うならば、ふくよか、なのだ。
胸も尻もしっかりと出っ張っているが腹部もそこそこある。くびれもあるといえばあるが、そもそもの全てが大きいのでこう、『しっかり』しているのが玉に瑕、とでも言うべきか。
アルティナは聖女としての資格は有しているのだが、それは魔力の総量という部分。しっかり食べているから、魔力の蓄えもしっかりある。
だがしかし、筋肉はない。
非力、といえば聞こえはいいかもしれないが、ただ単に筋肉があまりに少ないので普通の人が出来ることでも、ちょっと難しかったりするのだ。どんだけだよ、とツッコミを入れた猛者もいるが、アルティナは『親に大事にされてきた箱入り娘だから仕方ないの』と、普段よりもハイトーンな、とっても可愛く聞こえるような猫撫で声で理由を話すだけで、何かを改善しようとはしなかった。
「……違う、よなぁ」
「どうやったら同じって言えるんだろう……」
「しっ、殿下に睨まれる!」
一般生徒からもこそこそと話声が聞こえてくるが、そこはルークがぎろりと睨んで黙らせる。
ルークは睨む標的をオフィーリアに変更したが、オフィーリアは何とも思っていないし、何で睨むんだという顔でルークを見たオフィーリアは、困ったように溜息を吐いた。
「殿下、とりあえず私は貴方に対して何の感情もございませんので、さっさとアルティナ嬢にそのティアラつけさせてくれませんか?」
「お前、俺を忘れたいからってそんな急いで」
「えー……? どこをどう見たら私が殿下のことを好きだって見えるのか分からないんですけど、一先ず筆頭聖女の立場交換をさっさとお願いしますって」
心底どうでもいいという顔のオフィーリアを見て、ルークはオロオロとしながらもアルティナの手にあるティアラを取って、彼女の頭に乗せた。
「まぁ……殿下ぁ、これが筆頭聖女の……!」
頭に装着されたティアラの少しの重みを感じ、アルティナはうっとりと目を細める。
これで筆頭聖女だ! と喜んでいるアルティナだったが、更にそれを見て喜んだのはオフィーリアだった。
「――いよっしゃああああああああああああ!」
「え!?」
「は!?」
いきなり拳を突き上げて喜びの雄たけびをあげたオフィーリアに、ルークもアルティナもびくりと体を震わせた。
「な、何で、喜んでるんだ……?」
ルークは心底意味が分からなかった。
筆頭聖女、という役割は、聖女となる資格を持っている者が憧れるもので、きっとオフィーリアだってそうなんだと信じて疑わなかった。
だがしかし、現実としてオフィーリアはその役割を解除されたことを心の底から喜んでいる。
演技のようには見えないし、演技だとしたらとんでもない役者だとしか思えない。
「これでお役御免ですね! つまり、王宮から私の荷物を引き上げても良いんですよね!? 婚約者だったから私の部屋ありますけど、荷物ちょっと置いてるのでこの後さくっとお邪魔しますね! 掃除はしていただく必要があるんですが、ゴミは少なく! これ退去の時の基本ですし!」
「いやあの、オフィーリア?」
「それから殿下、私のことは名前で呼ばないでいただけます?」
「へ?」
「婚約者(仮)、そこのアルティナ嬢でしょう?」
「あ、ああ、うん?」
「ほら、婚約者でもない人を名前で軽々しく呼んじゃいけませんって、ね?」
怒涛の勢いで詰めてくるオフィーリアの勢いに押されたルークは、うんうん、と頷くことしかできなかったのである。




