休暇は終わり
「……さて、と」
よいしょ、と声をかけてオフィーリアはぐっと伸びをする。
『なぁに?』
「そろそろ、きちんと動こうかな、って思ってね。リューリュにも力を貸してほしいんだけど」
『?』
はて、とリューリュは首を傾げ、お気に入りのクッションの上でふぁ、と欠伸をしてからぽてぽてとオフィーリアに近付いてくる。
そして、すっと目を細めてから問いかけた。
『やり返す?』
「そうとも言うわね」
ヴァルティス家の面々は、確かに欲がない。
めちゃくちゃ出世したいとか、陞爵してのし上がってやろうとか、ほぼ皆無。
たまーにそういった野心を持つものも少なからずいたものの、基本的には『多くは望まぬ』なスタイルを貫いている。だがしかし、自分が興味を持つ、あるいはやりたいことに関しては別腹だ。
オフィーリアに関しては『筆頭聖女なんかやってられん、私はエルザおばさまのところに行って薬師の勉強がしたいんだ』と決めたから、その目標に向けて一直線、というわけである。
となれば、それを邪魔するもの、邪魔することに関してはどうなるか?
答えは簡単。
『排除してから己の道を突き進む』これ一択なのである。
「いやー、まさか本当に追っ手が来るなんて」
『アタシ言った!』
「いやごめんって」
『んもー! まぁでもいいわ、アンタがそれだけ色んな意味であの人たちに興味が無いことが分かったから』
「まぁ、ねぇ」
追手がやってくる、とは聞いたものの、まさかそこまで大事にはしないだろうとふんでいた。
しかしよりによって、王妃直属ともいえる人たちがやってくるとは思っていないし、王族しか使用することの出来ないゲートを使用してくるだなんて誰が想定するだろうか。
どうせ来るとしてもその内だろ、とのほほんとしていたオフィーリアと、早くどうにかしないとヤバいわね、と思っていたリューリュ。正反対なものの、なかなかに上手くいっている二人……もとい、一人と一匹であった。
『ねぇねぇオフィーリア』
「はいはい」
『どうするの?』
「うーん……」
動くか! と決めたものの具体的に何をどうするかを決めてはいなかった。
王妃が何をやるのか分からないから怖い、というのもある。王家の戦力総動員でもされれば、ヴァルティス家が危うい。だが、そこまではしないだろう。
「……」
『オフィーリア?』
「強制送還された人たちには申し訳ないけれど、もし仮にここにやって来るのであれば、お父さまやお母さまがどうにかしてくれる。おばさまだっている」
『そうねぇ』
「でも、それ以外のことで私に対して何かをしてくるなら……」
『例えば?』
「……一番可能性が高くて、そうならないように願っていることは、あるわ」
『早く言いなさいよ』
ふよ、と飛んだリューリュが器用にオフィーリアの顔の前までやって来て、前足をそいや、と動かして額をぱちん、と叩く。
「……嫌すぎる予想だから、口には出したくないのよ」
珍しく表情が曇りきっているオフィーリアを見て、はて、と首を傾げるリューリュは、何かあっただろうか……と少し考え、分からなかったのかふよふよと漂いながらオフィーリアの頭に着地した。
『分かんない』
「……ねぇ、リューリュ。少し考えてみてくれないかしら」
『んー?』
「私が居なくなって、聖女の業務って回ってると思う?」
『……ん?』
あ、と呟いたリューリュは、はたと気が付いたらしい。
『ねぇ、まさか』
「リューリュ、気が付いた?」
『聖女の業務って……アンタの後輩ちゃんたちがやってた、んでしょ?』
「そうよ」
『あの子たちはまだ残ってる……のよね?』
「辛うじてね。そのうち辞めるとは思うけど……ただ、もしアルティナさんが本当に何もしていないとなれば?」
魔獣といえど、リューリュだってそれなりに色々なことはオフィーリアから聞いて理解をしている。
だから、すぐさま最悪の想像ができてしまい、オフィーリアの頭の上で自分の口を塞いだ。
「リューリュ、大丈夫?」
『だいじょぶ……。でも、さすがに話に聞いてるおデブも多少は……』
「あの人、聖女認定されてないわよ」
『んえ?』
「だからね、あの人、聖女じゃないの」
頭の上に手をやって、乗っかっているリューリュをひょいと抱き上げる。
抱っこしたまま、部屋の中を歩いてお気に入りのソファーに腰掛けると、ゆっくりとリューリュの頭を撫でてやった。
『んむー、ってそうじゃなくて!』
「アルティナさんはね、無理やり神殿に入り込んだのよ」
『何で!?』
「私に対抗するため?」
『馬鹿なの!?』
「うん」
あっけらかんとしているオフィーリアに、リューリュは膝の上でびちびちと暴れ始めるが、はいはいどうどう、と宥めつつお腹をわしわしと撫でてやる。
『んぎー! なぁんでアンタはそんなに平然としてるのよ!!』「いやー、だって馬鹿みたいなことしてる奴が破滅にスキップしてるなぁ、って思うと冷静にもなれるっていうか、ある意味対岸の火事、っていうか」
『アンタの後輩ちゃんの聖女たちに被害がいくでしょ!!』
「もういってると思うし、あの子たちは……」
『?』
「きっと、まだギリギリ大丈夫なのかもしれない。だから」
『あ……』
王妃がつけ込むとしたら、そこだろう。
聖女たちに、オフィーリアに対しての負の感情を植え付けて反乱のようなものを起こさせる。
あるいは、彼女たちからの助けを求める手紙を握りつぶすなりなんなりして、オフィーリアが助けに行けないように細工をして、潰れたところでオフィーリアの責任問題に無理やりにでもして、筆頭聖女に戻す。
『……王家のヤツって、大馬鹿ね』
「色々と仕組みを理解しちゃえば、繁栄して安全なところにいられると分かっているからこそ、元に戻したいのよ。私はこうしてあの神殿も出て、王家から解放されたからこそエルザおばさまのところにいくっていうやりたいことが出来るから、浮かれちゃったけど……」
『ひぇ……』
ふとリューリュが見上げた先のオフィーリアは、一切目が笑っていなかった。
「その前に聖女システム、ぶっ壊してやろうじゃないの。これがおばさまのところに行く前の目標」
『あ、うん』
「嫌な予感には当たってほしくないけれど、口に出したら実現させちゃいそうだからね」
あー……、とリューリュは呟いた。
オフィーリアの話していたことは、これかぁ……と少しだけ遠い目をしてしまう。
『アタシは、オフィーリアのやりたいことに付き合うわよ』
「ありがとう、リューリュ」
『ペット扱いがアレだけど、まぁいいわ。えーっと……こういうときなんて言うんだっけ。乗りかかった船?』
「そうそう、あってる」
過ごした時間はそこまで長くないとはいえ、オフィーリアはリューリュのことを信頼しているし、リューリュもオフィーリアのことはそれなりにというか大好きなのだ。
ヴァルディス家の皆様の優しさだったり、帰ってきてからの居心地の良さが改めて、めちゃくちゃとっても良かった、というのも大きな理由なのだが。
『おじさまやおばさまたちに報告してからやるんでしょ?』
「えぇ」
『アンタのオトモダチにも協力はしてもらうの?』
「多分。結果的にそうなることにはなるから、連絡入れようかな」
分かった、という返事のかわりにリューリュは前足を動かして、いつでも伝言を送れるようにと待機している。
そんなリューリュを見て、オフィーリアはふんわりと微笑む。
あぁ、この子を拾って本当に良かった、と思いながら窓の外に視線をやる。
しかし、王都の方角の雲が、どんよりと重たいことがオフィーリアの表情を曇らせたのだった。




