どうか、守られていてほしい
リューリュが言った通り、すぐに追手とみられる王家の紋章を付けた鎧を身にまとった兵士たちが、ヴァルティス家の正門前に集合している。
わっと今にも押しかけてきそうな雰囲気の彼らは、はたして王妃に何を言われているというのか。
碌でもないことを吹き込まれているのだろうな、と苦笑いをしているオフィーリア、面倒そうにしているジェイド、臨戦態勢でやる気(殺る気)満々なカトレアとエルザ。
『ニンゲン怖い』
ぽそりと呟いたリューリュの言葉に、はて、とオフィーリアは可愛らしく首を傾げてみせた。
「気のせいじゃなくって?」
『んなわけないでしょ、野蛮人め』
誤魔化されてはくれないかー……と思っているオフィーリアだが、使用人たちは慣れっこなために動じていない。だが、王家の紋章をでかでかと掲げている馬車がやってきて、今にも乗り込んできそうな雰囲気を醸し出しているこの光景は、さすがになれることは出来ないだろう。
「……まぁ、俺が文官職やめてからここに帰ってきた、っていうのも原因の一部ではあるかもしれん」
あっはっは、と笑いながらも遠い目をしているジェイドを見て、カトレアがはて、と訝し気にしている。
「あなた、引継ぎは?」
「え?」
「え、じゃなくって」
「今の文官連中、王妃派が結構多くてな」
それを聞いたオフィーリアは、何となく察してしまった。
自分も王妃からは適当に、というか結構ひどい扱いを受けているから、父の言葉の先は何となく言わずもがな察することができてしまったのだ。
『まさか』
「リューリュ、しーっ」
同じく察したリューリュは、ぽろっと話そうとしたものの、先にオフィーリアに止められる。
黙っておきなさい! と目で言われ、リューリュはぶんぶんと首を縦に何度も振った。
「それで?」
「引継ぎなんか不要ですわー、あっはっは。って……向こうが言うもんだからさ」
「……まさか」
「まぁ、そのまさかだよな」
てへ、とちょっと可愛らしくウインクをしているジェイドを見て、さすがにカトレアもエルザも色々察したらしい。なお、それを聞いた執事長は頭を抱えている。
「旦那様……周りにだけは迷惑をかけてはなりません、といつも……!」
「いやでも、これに関しては俺、悪くないだろう!?」
「最初に喧嘩を売ってきているのがあちらだとしても、です!」
ぴしゃりと言い切られてしまったジェイドは、少しだけしょんぼりとしているが、はっと思い出して執事長に対して続けて言う。
「まっさらな状態で向こうの業務がしやすいように、部下全員引き上げさせてきた!」
「そういう問題じゃないんですよ、このお馬鹿旦那様!」
「ひどい……」
しょんぼりとしているが、オフィーリアは『そういえば見知った顔が復帰していたような……』とはっと気付いている。
父が王都で業務するにあたり、己の味方を連れて行く、と言って何人かここから連れて行っていたとは母からも聞いていたのだ。
オフィーリアも、彼らには小さい頃遊んでもらったことがあるし、顔は把握している。
「つまり、文官とその部下、複数名を、お父さまは一気に引き上げてきちゃった、と……?」
「そういうことだ」
「お城の中、大混乱してません?」
さすがに可哀想……とオフィーリアが続けようとするものの、カトレアはしれっとした顔で続ける。
「業務中に嫌がらせをしてくる人もいるんだから、別にこの程度のお返しくらいしても問題ないわよ。王妃様も反省していただかないといけませんし?」
「それは確かに」
母の言葉にハッとしたオフィーリアが頷けば、カトレアはにっこりと微笑んでくれている。
エルザもうんうん、と頷いている。
『あのー……一家団欒? してるところ悪いんだけれどもぉ』
「何、リューリュ」
『外のニンゲンたち、めっちゃ殺気立ってるけど』
「あら」
いけないうっかり、とカトレア、そしてジェイドが揃って立ち上がり、彼らを出迎えるために玄関の方に歩いて行った。
自分も、と立ち上がりかけたオフィーリアを、エルザが止める。
「おばさま?」
「あなたは、ここにいなさい」
「で、でも」
「あなたは、まだ子供なんだから。親に守られてあげなさいよ。カトレアも、ジェイドも、きっとそれを望んでいるから」
ぐ、とオフィーリアが言葉に詰まっていると、優しく微笑んだエルザが穏やかな言葉で続けていく。
「オフィーリア、あなたが神殿に行ってしまって……っていうか、ほぼ連れ去られてしまったような状態で、あの二人がどれだけ悲しかったか、分かる?」
「それは」
親と離れることが、どれだけ嫌だったか。
オフィーリアも嫌だったし、両親だって嫌だったに決まっている。
けれど、こうしてオフィーリアが帰ってきてくれたのだから、せめて全力で守ってあげたい。
オフィーリアの性格ならば、迷うことなくエルザのところに行っても良かったようなものだが、それをしなかったのは何故なのだろうか。
無意識とはいえ、実家に帰ってきてくれた。
実家に帰って、まずは親に会いたかった、ということなのではないだろうか。
心を、少しでも休めたかったのではないだろうか。
色々な思いが巡るものの、オフィーリアは実際、ここでまったりと過ごすことでかなり久しぶりに休息を得られていたのだ。
確かに神殿にいた頃にも、休息の日は設けられていたから問題ないではないか、と言われるかもしれない。
だが、急な業務依頼が入れば、そちらを優先しなくてはいけない。
オフィーリアに与えられた、『筆頭聖女』という役目がある限り、本当の意味での休息なんかありはしないのだから。
「オフィーリア、あなたはとっても頑張った。だからね、こういう時は大人に任せちゃいなさい」
「……っ」
「良いのよ、だってあなたはもう筆頭聖女なんかじゃない。違う?」
「そう、です」
「それに、あなたは今とっても疲れているから息抜きだってしなきゃいけないんだから。そっちの方が大忙しよ。ああ勿論、私の弟子にもなるんでしょう?」
ああ、そうだ。
自分には、やりたいこともあるし、叶えたい目標だってある。
婚約破棄の書類は、ルークにサインも貰っているから、何一つ問題はない。王妃が躍起になってこちらに追手を差し向けてきているとしても、それは王家がこっそりと独断で動いていること。
更には、アルティナとルークが卒業パーティーでやらかしたことも、オフィーリアにとっては大きな後押しの材料となってくれているのだ。
あの二人のおかげで、オフィーリアには今のところ非がない状態になっているものの、いつこれがひっくり返されるか分からない。
――とはいえ、アルティナは現在進行形であれこれやらかしている。
筆頭聖女の業務は機能していないし、周りにいる聖女たちがギリギリどうにかサポートはしているものの、それもいつまでもつかは不明。
彼女たちがサポートしているのは、オフィーリアへの恩義を返すため。
決して、アルティナのためなんかではないのだ。
彼女たちの中では、ある一定の期間、オフィーリアへの恩義を返すために全力で働いたら、逃げる準備だってできている。いつでも出ていけるように荷物はしっかりとまとめているし、もし仮に引き留められようものなら己の命をかけてまで逃げ出そうとしている。それだけの覚悟をもって行っている。
「オフィーリア、あなたには味方がいるの。その人たちの力を、今借りなくていつ借りるというのかしら?」
「それ、は」
「リューリュちゃんだって、めちゃくちゃ雑な対応をしているけれどあなたのこと大好きじゃない」
『いやあああああああ、そういうのバラさないでってば!!』
キー! と暴れまわっているリューリュを見て、オフィーリアはようやく表情が緩み、じたばたとうごめいているリューリュの頭をぽふ、と撫でる。
『……なぁに?』
「ううん、ありがとうね。リューリュ」
『まぁ、アンタの使い魔なんだから。おじさまとおばさまがやられそうになったら』
「ええ」
『アタシたちだって反撃してやらないと、気が済まないんだからね』
に、とオフィーリアとリューリュはお互い微笑みあってそっと窓の外へと視線を向けたのだった。




