必殺・正論パンチ
ぜぇはぁ、と荒い呼吸が部屋に響いている。
勿論それはアルティナの口から出てきているもので、何か一つ仕事を終えると、ぜぇはぁしながら休憩をする、そしてまた仕事をして、休憩しつつ魔力ポーションを飲んで魔力の補給を行う、これの繰り返し。
「(あの女……化け物だったの……!?)」
少しだけ休憩したいから、と伝えれば、神殿から派遣された神官たちは待ってくれはするものの、彼らの表情が『早くしろ』と言っているのは明白だった。
「アルティナ様、次の業務がございますのでご準備を」
「……っ」
もう、言葉を発することすら億劫で仕方ないが、返事をしなければ同じ言葉が繰り返されるだけ。ついでに、先ほどと同じ言葉が飛んでくることは良いとして、言葉の中に含まれる温度が下がっていくだけなのだ。
「アルティナ様」
「分かっているわよ!」
とても乱暴に返事をし、アルティナはどすどすと足音を響かせながら休憩を終えて次の目的地へと向かっていく。
どうして自分が……と思ったところで、その立場をオフィーリアから奪ったのはルークとアルティナなのだから、自業自得でしかない。
「……っ、次は何なのよ!」
「聖樹への祈りを捧げていただきます、さぁ、お早く」
綺麗に言っているが、要するに神霊が言っていた通りにしなくてはならない。
「(まずい……もう、誤魔化しがきかない……)」
そもそも、アルティナに『聖女』たる資格はないのだ。
何故こうしているのか。
ヴァルティス家に、アルティナの家……もといメーガン家が張り合いたかっただけ、というか。一方的なライバル心を抱いていたことにより、ヴァルティス家が巻き込まれてしまっただけ、というか。
メーガン家は相当な資産家であったことから、金にものを言わせて神殿に相当の金額をこっそり袖の下として渡したことにより、本来適性がないにも関わらず、アルティナのことも『聖女』であるとしてしまったのだ。
神官とて、人だった。
そう言ってしまえばそれまでの話ではあるのだが、やってはいけないことに手を貸してしまっているのはいただけない。
「どうにかしないと……」
「アルティナ様、何かおっしゃいましたか?」
「っ、いいえ! 何も!」
「左様でございますか」
神官は、どこまでも淡々としている。
どうしてそんなにも冷酷になれるんだ! と一度文句を言ってみたところ、『はて、先代様にもこうしておりましたが』と言われれば、それで終わりだ。
オフィーリアにはこうしてきたのに、どうしてアルティナには別対応をしなくてはいけないのか、と真顔で淡々と問われ、さすがにアルティナも、アルティナの両親も、ルークでさえも何も言えなかった。
更に、神殿側はこうも言ったのだ。
『可能であるから、アルティナ様はオフィーリア様から筆頭聖女の座を奪ったのですよね。であれば、同じようにこなして頂かねば困ります』
その通り過ぎて、またもや何も言えなかった。
更に、所謂『普通の聖女』たちはオフィーリアのことを、とても慕っていた。
だから、とでも言おうか。
「嫌です」
「はぁ……?」
息も絶え絶え、な様子で聖女たちが民への奉仕を行っている詰め所までやって来たアルティナに対して突き付けられた、『否』。
「な、何で! あんたたちでもできるんでしょう!? 魔力の充てん装置への、魔力の補充って!」
「ええ、そうですね」
「だったら!」
だったらやれよ! と鼻息荒く叫んだアルティナを、治療を受けに来ている兵士や民たちは、ぽかんとして見つめている。
この人が、次の筆頭聖女なのか……とあんぐり口を開けている人もかなり多いが、悲しきかな、アルティナは見えていない。
「……オフィーリア様からのお願いであれば、迷うことなくやっていたでしょう」
「いや、それならやれよ! 良いからさぁ!」
だん、どん、ずどん!
アルティナが思いきり地団太を踏むたびに響き渡る、振動と音。
「お母さん……」
「しっ」
幼い子供が怯え、『すみません、明日また来ます……』と、そそくさと去っていく民まで現れている状態だが、アルティナはやはり気付いていない。
ああ、猪突猛進型なんだな、と一人の聖女がとても冷静に感じ取り、目配せをして治療の順番待ちをしている人々に、翌日の優先対応券を渡していく。ごめんなさい、と謝罪をすれば、渡された人たちは『あんなのが居ては、新たに危害を加えられるかもしれない』と、逃げるように帰っていった。
「……どうしても、やらない、っていうのね!?」
「……筆頭聖女様に、申し上げますが」
何を言うんだ、言えるものなら言ってみろ、と言わんばかりに目の前にいる聖女を睨みつけたアルティナは、フン! とまた大きく鼻息を吐き出す。
「そもそも貴女、聖女認定されていないじゃないですか」
「………………」
とてつもなく冷静、かつ、とどめとも言わんばかりの一言に、アルティナは凍り付いた。
「……は、はぁ!?」
「おかしいな、って思っていたんですよ。筆頭聖女たるに相応しい人なんて、数十年に一人生まれるかどうか。まぁそりゃ、二人生まれてもおかしくはないですけど」
「そそそそそそそ、そうよ!」
「なら何で、今までオフィーリア様だけが、筆頭聖女の業務を行っていたのです?」
「なぁんだ、そんなことぉ?」
ハン、と何とも厭味ったらしい顔で、アルティナは思いきり胸をはって、告げる。
「わたくしがぁ! とっても優秀でぇ! 神官長さまが大切に大切にしてくれていたの!」
それを聞いた聖女は、スン、と真顔になり、全力で追い打ちをかけた。
「そんなとてもすごい秘蔵っ子なら、お前がやれ、って話なんですが」
「え」
「秘匿された筆頭聖女だった、っていうことですもんね。なら私たちがこんな風に業務のお手伝いをすることすらおこがましい! ねぇ皆!」
「あ」
大声で他の聖女……と言っても、聖女に適性のある人が少なかったこともあってか、人数としては三人程度だったが、自分たちを代表して現筆頭聖女に物申してくれた彼女の頑張りを無駄にはしない。
そんな思いが感じられるほどの声量で、残りの聖女も叫ぶ。
「そうよ!」
「私たちは、オフィーリア様だったから、お支えしようと思って、ずっと頑張ってきたの!」
「アンタができる、って自分自身で言ってるんだから……」
すぅ、とここで三人は息を吸い込んで、綺麗に声を揃えてとどめを放つ。
「「「アンタが責任とってやりやがれ!!!!」」」
ぐうの音も出ないほどの反論と勢いに、さすがのアルティナもどっすん、と尻餅をついてしまい、何も言うことが出来なくなってしまった。
このままでは何もかもが崩れ去ってしまうし、そんなこと絶対にさせやしない、と思っているが、彼女たちの言葉のどこにも反論できる隙なんか、ありはしなかったのだ。
「……オフィーリア様……お元気かしら……」
「私たちに余裕を持たせてくれるために、何でもお一人で……っ」
「せめて、少しでもお役に立たなければいけないけれど」
うん、と頷き合って三人はギロリとアルティナを容赦なく睨みつける。
「こんな人のためになんか、尽力したくない!」
「だったら私たちもやめましょう!」
「……その手があった……」
一番気付いてはいけないところに気付いてしまった、この三人衆。そしてアルティナに立ち向かっていた一人の聖女。
合計四人がハッとして、ささっと集合し、どこまでやり切って辞めるか、を話し合いにかかってしまったため、アルティナはすごすごと詰め所から出ていく他なかった。
尚、アルティナのことを待っていた神官は、アルティナが出てきた途端、まるで罪人のごとく容赦なく聖樹の間に引きずっていったのだが、それほどまでにひっ迫した事態を引き起こしているということを、アルティナ以外が気付いていて奔走していた。
「へっくし!」
『いやだもう、慎み持って!』
「いや何か、今後輩ちゃんとか同期ちゃんたちが……」
『戻ってこい的なお話してるんじゃなぁい』
ふよふよと飛んでいるリューリュが言った内容に、あっはっは、と笑うオフィーリアは手をひらひら振った。
「まさか! あの子たちは間違いなく辞める算段してるわよ!」
『もうこの国駄目だぁ……』
リューリュが呟くも、オフィーリアも少しだけぎゅっと表情を引き締める。
「……そろそろ、真面目に動きますか」




