思ってもみない反応で
神霊の言葉に寒気を覚えつつ、おかしい、とアルティナは感じた。
王妃はルークのことをとてもとても溺愛している、と。そして、そんな王妃にアルティナが似ているから、ルークはアルティナのことを愛してくれて、オフィーリアを婚約者の座から蹴飛ばすようにして排除し、愛しているから、とても大切にするからと、婚約者に指名してくれたというのに、一体どういうことなのだろうか。
「あ、の……」
アルティナの声は、自然と震えてしまっていた。
「何」
「王妃様、は……ルーク様のことを、と、とてもとても愛していらっしゃる、と……あの」
「そうね、それで?」
息子のことを愛しているならば、どうして自分のことも同じように愛してくれないのだろう。
アルティナがルークの婚約者になった、ということは、アルティナは王太子妃候補にもなった、ということなのだから、これから先、王妃と良い関係を築いていかなければならないはず。
それなのに、冷たいような、凍りつかんばかりの雰囲気しか感じられないから取り付く島もない。
「それで、って……だ、だから!」
「愛するルークがお前を王太子妃候補に選んだの? あの子には王太子妃を選ぶ権限などないのに?」
「え?」
ルークの婚約者=王太子妃だから、そうなのだとばかり思っているが、違うのだろうか、とアルティナは困惑したままで首を傾げた。
「あくまで、ルークが王太子であるならば、お前が王太子妃候補になり得るけれど……昨日婚約破棄をしたオフィーリアよりも、お前が優秀なことが分からないから、こちらとしても『はいそうですか』と簡単に王太子妃候補……もとい、ルークの婚約者だと認めることは出来ないのだけれど、そこはきちんと理解している?」
ぶわり、と汗が吹き出すような感覚に襲われたアルティナは、まるで不審者のように視線をあちこちにさ迷わせている。
返事がないため、王妃は手にしていた愛用の扇を一度たたみ、己の手のひらにぱしん!と叩きつけた。
「!」
「お返事は?」
「ぁ、の……」
王妃の求めている返事は、理解しているか、していないかの二択のみ。
理由なんていらないし、言い訳もいらない。
理解しているか、『はい』、『いいえ』。これだけで十分なのだが、アルティナは冷や汗をだらだらと流すだけで何もできない……というか、答えることすらできなくなってしまっている。
別にアルティナにとって都合の悪いことを聞いているわけではないのだから、さっさと素直に答えてもらいたいものだ、と王妃は考えて、アルティナとの距離を一歩、詰めた。
「アルティナさん、だったかしら。聞いている?」
「は、はい」
「では、わたくしの言ったことはきちんとご理解なさっている?」
「……っ、はい……」
とても悔しそうにしているが、王妃からすればどうしてアルティナがこんな顔になっているのか、理解はできないようだ。
というか、貴族令嬢ならばこれくらいのことは理解していて、そして知っていて当たり前のことだと思っていたのに。
「そう、ならよろしくてよ。それから、あなたがルークの婚約者に相応しいのかどうかは、ルークひとりの判断で何かがどうなるか、というわけではありません。卒業パーティーの場で、大々的にルークが宣言してしまったこと故、取り急ぎであなたには王宮に留まっていただき、また、聖女としての執務を執り行って貰うべくこのような対応をしておりますが……」
アルティナは、とても嫌な予感がした。
こんなはずじゃない。
ルークに気に入られ、愛され、オフィーリアの有している立場を自分のものにしてしまってから、改めて堂々と彼女に対して勝利宣言を突きつけてやる予定だというのに、それが叶わない可能性が出てきてしまうではないか、と悔しそうに歯軋りをした。
「筆頭聖女の資格……は、神官長にご判断頂くものとしますが、こちらが判断するのはあなたが王太子妃として相応しいかどうか。もし、あなたに筆頭聖女の資格がない場合はそもそも却下となりますけれど」
「では、筆頭聖女の資格があるかどうか、まずご判断くださいませ!」
「……」
王妃の言葉を遮るような形で、アルティナは叫ぶ。それがどれだけ失礼なことかも理解した上で、だが、王妃の頬がひくりと動いたのを、王妃の側近はいち早く察した。
いけない、王妃様はこうやって言葉を遮られることが何よりも嫌いなのに、と内心でそぉっと呟く。
オフィーリアの場合、王妃に気に入られたいとかそういうわけではなく、『何か筆頭聖女とやらに選ばれちゃったから、しゃーなしでやるだけだし。とはいえ偉い人の言うことは聞いておこうかな』くらいの感覚しかないが、理解しているのはオフィーリアの友人たちと、家族くらいだろう。
「……まぁ、さぞや自信がおありなのね」
頬をヒクつかせているとも気づいていないアルティナは、ふん、と鼻息荒く頷いた。
「えぇ勿論! あのオフィーリアにできたのです、わたくしにも当たり前のようにできますとも!」
フンフンと鼻息荒く言う様子は、まるで駄々っ子のような、そんな風にさえ見えてしまうから困ったものだ。
そもそも、昨日の筆頭聖女のテストを受けた時、アルティナは鼻水を垂らしつつ涙を零し、息も絶え絶えという風にしながら、どうにかこうにか必死にやり遂げられた……というよりは、ギリギリアウトだったものを『まぁ今日のところはええじゃろ』と、及第点をくれたようなものである。
それを『できた』と言い切るのは少し無理がある、というものではあるが、アルティナはどうもそれを理解していないようなのだ。
今、アルティナの頭には筆頭聖女の証であるティアラが乗っているが、神霊は一旦引っ込んでしまっている。
その光景を見て、王妃は思う。
オフィーリアの時は、オフィーリアが嫌がったとしても神霊がまるでストーカーのごとくオフィーリアのことを追いかけ回さんばかりにひっつき回っていたのに、と。
それに、神霊の様子もおかしかった。徹底的にアルティナを蹴落とさんばかりに冷たい対応しか取っていなかったし、その時点で色々お察し、というものだろう。
「(まぁ、どこまでもつか見ていましょうか。その間にオフィーリアを見つけて捕らえ、また筆頭聖女の役目をしてもらえばいいだけのお話なんだもの)」
ぱらり、とまた王妃は扇を広げる。
アルティナは、王妃に対してニコニコととても人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、いかに自分が良き令嬢なのかをアピールしているが、思い違いもしている。
王妃がルーク馬鹿なのは周知の事実であるとして、だからこそ、王太子の婚約者たる王太子妃候補を選ぶ時は、とんでもなく冷静になってしまうのだ。
なお、オフィーリアのことを王妃が気に入っているのは、理由がある。
筆頭聖女の役目をこなしながら、王太子妃の勉強もきちんとこなし、周囲の人間への対応も、人によって好ましい、好ましくないものを使い分け、とても人当たりのいいご令嬢だ、といつも褒められていた。
そんな優秀な人を、ルーク自身の手で逃がしてしまった、ということは何とも許し難いことではあるが、いなくなったらまた取り戻してしまえばいいだけの事。
そして、ルークがどうしてもアルティナを娶りたいというのであれば、アルティナを側妃にでもしてやれば良いだけの話。
アルティナは王太子妃にこだわっているようだが、別にそんなものにこだわらなくても、ルークとアルティナが想い合っているのであれば、正妃ではなく側妃でも問題ないはず、と王妃は考えていた。
「(これならルークの望みも叶う、アルティナさんの願いだって問題なく叶えられる。一石二鳥だわ)」
クス、と微笑んだ王妃は、アルティナをちらりと見て、にこりと表面上の綺麗な微笑みを浮かべてゆっくりと言葉を開く。
「では、とぉっても期待しておりますわね」
「はいっ!」
それが、励ましの言葉ではないと、アルティナはいつまでたっても気が付けないままだったのだ。




