そもそも、筆頭聖女とは
「アルティナ様、お早く!」
「アルティナ様、次はこちらを!」
「おい、こっちが先だぞ!」
「こっちだってずっと待ってるんだ、黙ってろよ!」
わいわいと騒がれる中、アルティナはふらふらと歩きながら視線を巡らせていく。
「(どうしよう……魔力も時間も、何もかも足りない……!)」
うぷ、と吐き気がこみあげてくる中、口元をおさえてアルティナは色々と言われているのを必死に聞き取っていくけれど、わっと一気に言われてしまえば混乱してしまう。
「……っ」
「アルティナ様!」
更に畳み掛けるように名前を呼ばれ、ついついカッとなってしまったアルティナは、すぅ、と息を吸い込んで大きな声で怒鳴りつけた。
「うるさいですわ! 大体、わたくしは一人しかおりませんのよ!? 皆様方のあれやこれやを、どうやって聞き分けて、どうやって全て叶えろなどと仰るのかしら!」
ひと息で言い切ったアルティナは、ふひー、ふひー、と鼻息も荒く騒いでいた神官たち、貴族、王宮で働いている面々をぎろりと睨みつけたが、彼らからはしらっとした冷たい目のみ。
「え……な、何よ、その目、は」
「あなた、筆頭聖女なんですよね?」
「昨日の卒業パーティーの場で、先代様からティアラを奪い取ったそうではありませんか!」
「何てことなの……」
「先代様は、このくらいのこと、普通にこなしておりましたがねぇ」
いつもこうだ。
どこにいっても、何をしてもオフィーリアと比べられてしまう。
あんな女より、自分は女性としての魅力がたっぷりあって、愛嬌だってあって、色んな人に愛されているのだから、別にこの位の文句は許されるはず。
何せ自分は王太子の婚約者なのだぞ、とまたもや鼻息を荒くして叫ぼうとしたところで、アルティナが様々な人に詰め寄られている部屋に、バン! と遠慮なく入室してきた人が、一人。
筆頭聖女として、執務用という名の作業部屋に早速やってきていたアルティナのことを知っているのは、限られた人だけだと聞いていたのに、色々な人がやってくる。
一体次は誰だ、とアルティナが睨み付けた先に居たのは、王妃。
卒業パーティーには生憎と不参加であったが、代理として第一側妃を寄越していたのでこれは問題ない。
だが、その参加していた第一側妃が、今回の筆頭聖女交代の件を大至急、として魔法を使い連絡をしていたのだ。
通常は行わないし、よほどの事がない限り、王都に帰還してから報告を受けると思っていただけに、王妃の驚きはとてつもなかった。内容を見た王妃は、どこから出したんだ、という甲高い声を上げ、その場に卒倒した。
体格が体格なだけに、起こすのは大変だったと帰ってきた王妃付きの侍女がボヤいていたが、ある意味それはご愛嬌、とでも言おうか。
それはともかく、王妃は怒り狂ってこう叫んだ。
「早う! 早う戻るぞ!」
ただ事ではないと察したお付の人々は、慌てて王妃の荷物をまとめ、出発できるように整えた後、一足先に王妃だけでもと王宮への馬車を駈けさせた。
足に自信のある馬をあてがい、通常よりも相当な速度で馬車を走らせ、普通の人ならば馬車酔いをするところを、王妃は必死に耐えて、今こうしてやって来たのだ。
「っ……お前が……ルークの……!」
「王妃殿下! はい、わたくし、新しく筆頭聖女にルーク様より任命された…………」
「どこの世界に、たかが王太子が筆頭聖女を任命する権限を持っているというの!!」
この人、たかが、って言ったぞ……とどよめきが走る。
王妃のルーク溺愛は、王宮の皆が知っていることで、更には神殿に所属しているものは当たり前として、貴族にも大変広く息子バカっぷりは知られているというのに、この言いよう。
「え……っとぉ」
叫ばれた内容がとんでもないことだ、というのはさすがにアルティナも理解できた。そして、神殿からやってきていた神官が、恐る恐る王妃に近づいて、問いかける。
「王妃殿下、恐れながら」
「何!」
「此度の筆頭聖女様の交代は、そちらの方が言われたようにルーク殿下によるものです」
「はぁ!?」
「我らも、学園の卒業パーティーの終了後に聞きましたが……恐らく、神官長がルーク様のお部屋にお伺いしている頃かと存じます」
「……そもそも、神官長がオフィーリアを手放すわけないでしょうに……」
「全くもってその通りでございます」
何を、言っているのだ、とアルティナは愕然としている。
今の筆頭聖女は自分で、オフィーリアが持っていたであろう権限は自分にあるはずなのだ。
「っ、恐れながら!」
更に話こもうとしていた神官と王妃の会話を無理に遮ったアルティナは、ふんすふんすと鼻息荒く、大きな声で話し始めた。
「でも、交代したのは事実ですわ! ほら、その証拠に! 見なさいよ!」
アルティナは、これでどうだ、と言わんばかりに己の頭の上にあるティアラを指さした。
昨日、聖女交代の儀式のようなものは行った。だから、今は筆頭聖女は自分なのだ、と更に言おうとしたところで、王妃が忌々しげにティアラを睨む。
「偽物なんじゃないでしょうねぇ」
「は!?」
「有り得ます。そもそも、神官長のみならず、神霊様が誰よりもオフィーリア様を愛していらっしゃいますので」
「な、なな、な、何よ!?」
「言葉通りよ、貴女知らないで筆頭聖女に名乗りを上げているとでも言うの?」
その通りなのだから、アルティナは何も言えずに妙な声を漏らした。
ぐぅ、とか、ぬぐぉ、とか低い呻き声のそれを聞いた王妃は、嫌そうな顔でぱらりと己の扇を広げ、ため息混じりに呟く。
「無理やりの交代なのであれば、相当な負荷がかかるところだけれど」
「!?」
それだ! と叫ぼうとしたアルティナだったが、王妃は更に続ける。
「でも、貴女は問題なくできるから交代したんでしょう?」
「あ……の」
皆、同じことを言う。
『出来るから言ったんだろう』
『問題ないんでしょう?』
『でなければ、交代なんかするわけないもの』
アルティナとルークの考えが、いかに甘かったかと痛感させられている。まだ交代して丸一日も経過していないのに、皆が自分を責める。
こんなはずじゃなかったのに、とアルティナの目から涙がぽとりと落ちた。
「貴女……」
よっしゃ決まった、とアルティナが何故だかは分からないが勝ちを確信したが、王妃のとてつもなく冷たい声だけがやってきた。
「泣いてどうにかなると思っているのであれば、今すぐ居なくなったオフィーリアを探し出して、さっさと元に戻ってもらいなさい。無理よ」
そういえば、とアルティナは思い出す。
王妃はアルティナの名前も聞いてくれていないし、ルークとどういう関係性なのかも、何も聞いてくれない。
「あ……あなたたち、大切なのは筆頭聖女だけだとでも!?」
「いなければ、この国が崩壊するかもしれないのですからね。大切にもするし、敬います。ですが、貴女はどうやらそれが理解できていない様子」
「はぁ!?」
そもそも、と王妃はアルティナの叫びを無視して、淡々と言葉を続けた。
「筆頭聖女とは、この国の護りの要たる存在。唯一無二の存在にして、ティアラに宿りし神霊に愛され、庇護され、国を支える代わりのいない……何よりも大切なお方。だからこそ、王太子の婚約者となり、王太子が表で、筆頭聖女は裏でこの国を二人三脚でよき未来へと導いていく存在なのです」
え、とアルティナが呟くが、王妃の言葉を神官が続けた。
「筆頭聖女には、誰でもなれるわけがありません。筆頭聖女たるには、特殊な魔力波長をもつ、特別な人でなければならない。先代様は、退位される前に全ての力を持って次代まで国を守り続けるべく、お眠りになられました」
「あの……っ」
「次代が産まれるまでは、神霊様が全てをかけてこの国をお守りしてくださっているのです」
『おうおう、そうじゃな。聖樹からの力の引き出し方は、ニンゲンには叶わぬことゆえな』
ふんわりとまた、神霊がティアラの石から出てくる。
そして、アルティナの耳に口を近づけてまた、呪いの言葉ともとれるものを呟いた。
『じゃが、お前はできると申した。我がオフィーリアを、追放した。……だから』
ぎぎ、とアルティナが神霊に視線をやれば、昨日見たような人を茶化す空気などどこかに捨てました、と言わんばかりな冷たい目が、アルティナを射抜いていた。
『お前は、やるしかない。でなければ、どうなるかは足りん頭で考えろ、豚め』




