お目覚めになった聖女モドキ
ううん、とアルティナは小さく声を零して、のそりと起き上がる。
一体ここはどこなんだ、ときょろきょろと周囲を見渡し、誰もいないことを確認してホッと一息ついたものの、見慣れていない部屋に、うんうんとアルティナは唸り声をあげる。
「えーっと……ここ、って」
部屋の造り、調度品、何もかもがアルティナの部屋とは全く異なっている。
アルティナの家、メーガン家は伯爵家だが、ここまで立派な調度品を置いているわけではない。しかも、アルティナも一応聖女として普段は神殿に自身の部屋があるし、神殿の部屋はなおのことこんな風に立派なものではないので、更に『ここはどこ』状態になってしまった。
「私……確か、ティアラを……」
そっと頭の上のティアラを探すが、今は頭には乗っていない。そうだ、いつの間にか外されていたのね、とすぐに探して見つけた。
これさえあれば、自分は王太子の婚約者としてあのオフィーリアにも勝てるんだ。
オフィーリアは何事もないような顔をしていたが、内心はきっとはらわたが煮えくり返るほどに怒り狂っているはずだし、きっと周りにだって色々と話しているに違いない。
そうだ、きっとそうなんだ、と思いながらティアラをまた頭に乗せれば、びりりと一瞬しびれが走り、アルティナは体を強張らせる。
「!?」
『なんじゃ……まだオフィーリアではないのか。おい肉ダルマ、お前、さっさとティアラをオフィーリアに返さんか』
とても面倒そうに、心から嫌そうな声が、アルティナの頭の中に直接聞こえてくる。
まさかあの神霊か、と汗が噴き出てくるアルティナに対し、神霊はまたするりと宝石から出てきたかと思えば、ぬぅ、と上からアルティナのことを覗き込んできた。
「ひいいいいいいいいいいい!?」
『相変わらずやかましいの、この豚。いかん、豚にとてつもなく失礼じゃったな。驚くことしかできんのか、お前は』
「い、いい、いきなり覗き込まれたら誰だって!」
『オフィーリア、微動だにせんかったが』
「はぁ!?」
ぎょっとして叫ぶアルティナだが、その叫びが鬱陶しかったのだろう。あと声のボリュームもイラっとする要素が満載だったようで、神霊は真顔になってまたもやフルスイングでアルティナの頬をぶん殴った。
「い、いたい……」
一体その細腕のどこにそんな力があるのか、というくらいの勢いで叩いたものだから『スパン!』ととんでもなく良い音が響く。
『ハッ、貧弱な』
「叩かれたら痛いですってば!」
反論しても、結局引き合いに出されるのはオフィーリア。
オフィーリアならそんなことはなかったし、そんな失敗はしなかった。そもそも、オフィーリアの武勇伝の数々がありすぎるせいで、卒業パーティーの場で筆頭聖女の交代をしていたにも関わらず、誰もアルティナには期待していないという悲しき現実が待ち受けているのだが、彼女も王太子ルークもそれには気付いていない。
「……っ」
『大体、聖女の力のようなものが使えるからといって、筆頭聖女の交代とは……大きく出たもんじゃなぁ』
「…………え」
気付いていたのか、とアルティナの顔色が一気に悪くなっていく。
誰にも知られていないはずだ。
アルティナの父が、ヴァルティス家当主のジェイドにライバル心を抱いていたから、アルティナのことを『うちの子にも反応したぞ!』と嘘を言い、金で神官を買収してどうにか神殿に潜入させた。
『お前、アホ王太子の好みを知り尽くすために……色々とやったようじゃの。……色々』
ぐ、とアルティナは黙ったままで神霊の言葉を聞いている。
『いつかバレるというに……本当にニンゲンはアホじゃ』
くくく、と嗤う神霊は、アルティナの体を浮かせ、自分と視線を合わせるようにさせると、じたばたと足を動かし藻掻いているアルティナをとても楽しそうに見つめた。
『お前の見た目は、まぁ確かにあの王太子の好みのようじゃが……筆頭聖女の役割を果たせんかったら、婚約者の交代は呆気なくさせられるじゃろうて。ああ、そうなればまたオフィーリアが筆頭聖女になって、我が元へと帰ってきてくれるだけ』
「……っ!?」
神霊の言葉にぎょっとするアルティナだが、真実である。
だがしかし、オフィーリアは絶対に、確実に、何があろうとも筆頭聖女なんかには戻らない、ということは神霊も気付いていないのだが。
『一応警告しておいてやろうかの』
ずい、と神霊はアルティナに顔を近づけて、ギラつく目でとても楽しそうに言葉を続けた。
『お前……聖女モドキなんじゃから、ある程度は筆頭聖女の役割を果たせるじゃろう。じゃが……できんものを無理やりやれば、どうなるかは分かっておろう?』
「……あ」
まず想像できるのは、アルティナがルークから激しく責められるであろうこと。
アルティナはルークに対して、『オフィーリアができるなら、自分にも筆頭聖女の役目は簡単にできます!』と豪語してしまっているから、言葉を取り消すことなんてできるわけがない。
更に、神殿にはアルティナ自身が聖女としての役割を果たせないと知っていながら隠し続けてもらっているのだから、隠すための金がいくらあっても足りやしない。
アルティナが王太子妃になって、実家を援助する! ととっても鼻息荒く宣言してしまっているのだから、今更それを取り消すこともできない。
「まずい……」
『聖女モドキよ、とりあえずわらわは宣言しておこうか』
「何よ!」
『今日、お前がやったのはオフィーリアがやっていたことの三割ほどでしかない。一応……そう、一応、手助けしてやったし、一か月ほどはオフィーリアのおかげで余裕があるのじゃからな。だが』
神霊は鼻が触れ合うほどに近く、顔を近づけて妖艶に微笑む。
『明日からは手伝ってなどやらん。魔力ポーションでも何でも飲んで、魔力を己に供給しながらどうにかこうにかやり遂げてみせよ。もっとも……』
言い終わる前、神霊はぽい、とアルティナの拘束を解いてベッドの上へと落とす。
どすん、と重たい音が響くが、神霊は一切気にせずに言葉を淡々と続けていく。
『お前の愛する王太子がどんな動きをするかのう? なぁ、聖女モドキの肉ダルマ』
にたぁ、と嗤ってからティアラの魔石の中にするりと戻っていく神霊を見送ることしかできず、アルティナは呆然とする。
一体、どこからバレていたというのか。
自分のやらかし、そして、アルティナの実家・メーガン家が神殿に賄賂を贈りまくって、この事実を口止めしているということ。
ルークは、偽りなくアルティナに惚れ込んでいるから、気持ちが変わることはないだろうがこの事実を知ればどうなるか。
「い、いや……折角、やっと、私はあのオフィーリアに勝ったの! だから、絶対にこの地位を捨ててなんかやるものか!」
どん、とベッドを叩くアルティナは、ふがふがと鼻息荒く叫んでからベッドを降りる。
そしてここがどこなのかを確認するために、部屋から出て色々と確認しようとした時、扉が激しく叩かれた。
「……っ!?」
「アルティナ! 大丈夫か、アルティナ!」
「あ……ルーク様……」
助けが来た! とアルティナは顔を輝かせ、いそいそとドアに駆け寄って勢いよく開けば二人揃ってひし、と抱き合った。
「ルーク様ぁ! わたくし、とぉっても怖かったぁ!」
「おお、よしよし……ティアラの神霊に何やら不吉なことを言われ、さぞや不安だったろう……。アルティナ、そなたは俺の権限で、ここに滞在することになった。だから安心するんだ!」
「ルーク様……!」
感動したアルティナは、まだ気付いていないことがある。
ルークの婚約者=王太子妃候補。
つまり、筆頭聖女の役割の他に、王太子妃になるための勉強が、待ち構えているというとっても基本的なことに……。




