ただいま我が家
「そろそろですかねぇ……」
「ええ、きっと」
のんびりとした口調で話しているメイドたちは、とても綺麗な青空を見上げている。場所は中庭の花盛りの庭園である。
レイシアは空を見上げつつ、背後でじたばたと暴れている、簀巻き状態のエルマを面倒そうに見た。
「エルマぁ、もうちょっとの辛抱ですって」
「そうですよ、いくらお嬢様禁断症状出ているから、って、そんな猛獣みたいなお姿を可愛らしいオフィーリア様に見せる気ですか?」
レイシアに続いてエルマに追撃をしたのは、母カトレアのもう一人の専属メイドであるシルヴァ。
はきはきしており、オフィーリアが居ない間はそこそこエルマの手綱を握ってきた人物である。しかし、オフィーリアが帰宅してからエルマには連絡しておくように、と言われていたはずが、オフィーリアの帰宅を知った別の新入りメイドがこんな事態になるなんて想像せずにぽろりと会話の中で零してしまった結果がコレである。
「んむー!! むー!!」
「レイシア、猿轡まではちょっと……」
「うるさいんですもん、どうせオフィーリア様オフィーリア様、って連呼するだけですよぉ」
ねぇ、とドスのきいた低い声でエルマを見下ろせば、当たっていただけに『やべぇ』という顔をするエルマ。言うことをきかないけれど、怒らせれば使用人の中で誰が怖いかはしっかりと把握しているようだ。
なお、この場合の『怖い』というのは簡単なこと。
エルマが暴走する、すると報告がカトレアにいく、カトレアからはオフィーリアに連携される。
するとオフィーリアから、とんでもなく叱られる。ある意味、エルマにとっても一番嫌なことだ、と公言しているから、レイシアは遠慮も何もしない。
「エルマ、もうちょっと我慢したらオフィーリア様帰ってくるので、おとなしくしていなさい? でないと、貴女のその姿をオフィーリア様に無様にも晒すことになる上に、こうなったいきさつを私が奥様に報告した上で、お嬢様にお叱りいただきますがよろしい?」
「………………」
嫌です、と必死に首を横に振っているエルマを見て、レイシアはにっこりと微笑んだ。
そして、ふと王都の方を見つめる。
「……大丈夫なんでしょうかねぇ」
「何がです?」
「国を護っているシールド、聖樹様への魔力充てん……などなど、ですよ。筆頭聖女の担う役割はあまりにも大きく、そして重要です」
いつの間にか笑顔を消し、とても真面目な顔で、レイシアは静かに言葉を続けていく。
「オフィーリア様は、幼い頃に聖女としての才能を見出され、神殿に入っておりました。学校に行かせてもらえるならそれでいい、そう仰っておりましたが……だとしても、実家であるヴァルティス家にはほとんど帰ってこられず……エルマはともかく、奥様や旦那様がどれだけご心配なされていたか!」
「……そうですよねぇ……」
うんうん、と未だ転がされたままで頷いているエルマだったが、ふと、視線をどこか遠くへやった。
「それに……」
「レイシア様、すみません」
「あらシルヴァ、何でしょう?」
「もしかして、お嬢様そろそろお帰りになる頃では」
「えぇ?」
はて、とエルマの視線の先を追いつつ、かましていた猿轡を外してやると『ぶはっ!』と大きく息を吐いてから目をキラキラを輝かせる。
「その通りです! お嬢様の魔力の気配がしますので早く縄をほどいて!! はーやーく!!」
とはいっても、今は何も見えないし……とレイシアとシルヴァが顔を見合わせていると、ハッとしたエルマがもぞもぞと這いずって来た。
「エルマ! それはいくら何でも怖いからおやめなさい!」
「だったら早く解いてくださいますか!」
どうしよう……と少しだけ顔を見合わせたレイシアとシルヴァは、渋々ながらも縄をほどいてやればすっくと立ちあがり、一点を見つめて目をキラキラさせ続けている。
ほんの少しして、何かが見えた、と思った瞬間。
「とうちゃーっく!!」
とても聞きなれた声がしたかと思えば、とても久しぶりだけれど決して忘れることのなかった姿。
ずざざざざざ、と土煙を上げつつ着陸したオフィーリアを見て、エルマがいち早く反応した。
「オフィーリアお嬢様、お帰りなさいませ!」
元気にそう言って、いそいそとオフィーリアのところへ走っていくエルマと、彼女に対して微笑みかけるオフィーリア。
一年に一回帰ってきていたとはいえ、あまりに久しぶりのためにエルマの涙腺が崩壊し、どばっと涙が溢れた。
「~~……お嬢様ぁぁぁ」
「はいはい、ただいま。今度こそ、本当のただいまだから!」
「一年に一回の、とかではないですよね?」
「勿論。ほら、筆頭聖女の証もないでしょ?」
「「あ」」
本当だ、とレイシアとシルヴァがあんぐりと口を開ける。
幼い頃に離れ離れになってしまい、名前ばかりの専属となっている状態だったエルマに対し、オフィーリアは深々と頭を下げた。
「お、お嬢様?」
「ごめんなさい、聖女としての適性が高くて、筆頭聖女なんかに選ばれてしまったばかりに、エルマのお役目を奪うようなことに……」
「御顔を上げてください!」
「そうですよ、誰しもができるお役目ではないんですから!」
その言葉に、オフィーリアの頭の中を高速移動していくアルティナ。
あいつ、私にできるなら……とか何とか言っていたよな……? と思いつつ、オフィーリアはちょっとだけ微妙な表情になる。
「お嬢様?」
「あのさ……実はね」
一旦、この面々には話しても問題ないか、と思ったためにオフィーリアは恐る恐る口を開いて聞いてみた。
「今回の筆頭聖女の交代に関してなんだけど……その、ティアラを外して新しく聖女になる人に装着する、っていうとんでもない理論を王太子殿下に言われて……」
「え?」
エルマは思わず硬直し、聞こえていたシルヴァとレイシアも動きを止めた。レイシアとシルヴァはオフィーリアの母カトレアを呼んで来ようとしていたところだがそれを止め、慌ててこちらへと走ってきているのが見えたため、オフィーリアは困ったように頬を掻いた。
「オフィーリア様、その件って国王ご夫妻は……」
「知らないんだと思う、じゃないと私ここに帰って来れてないと思うのよね」
『リアはもし知られてたとしても、無理やりにでも帰ってきてたわよう』
「あら、リューリュ」
のそのそとオフィーリアの洋服の胸元から顔を出したリューリュは、どことなくげっそりして呟く。
あのティアラさえ外してしまえば、オフィーリアは筆頭聖女から解放され、次の聖女へと交代できるとルークが信じているらしいことを告げれば、レイシアがひく、と頬を引きつらせてしまっていた。
「嘘でしょう……? 王家の人間が事実を知らない、って……」
「まぁほら、王太子殿下は私のこと、そこそこどうでもいい人なので」
「とは言っても!」
「……ともかく」
ごほん、と咳払いをしたオフィーリアは、三人に改めて微笑みかけて、優雅に一礼をしてみせた。
「皆、まずはただいま。オフィーリア、筆頭聖女の任を降り、ヴァルティス家へと帰還いたしました」




