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その人、聖女じゃなくて聖女『モドキ』ですよ?~選んだのは殿下ですので、あとはお好きにどうぞ~  作者: みなと


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婚約破棄? よっしゃこい!

「良いか! 今この時をもって、俺――ルーク・ツェトルラトはオフィーリア・ヴァルティスとの婚約を破棄するものとする!」


 ざわり。

 王太子ルークの宣言が、現在進行形で卒業記念パーティーを行っている、王立学園の大ホールにとてもよく響いた。


「……はぁ」


 婚約破棄を言い渡されたオフィーリアは、何故か勝ち誇っているルークをだるそうに見つめている。

 なお、ルークがいる場所は少し高いステージのような場所。

 わざわざルークの得意とする風属性魔法で、ホール全体に声を届けたらしく、会場にいる生徒たちはどよめいている。


「本気か……?」

「聖女様に何があったというのか……」

「ルーク様にもお考えはあると思うのだけれど……」


 一体ルークとオフィーリアの間に何があったのだろうか、と招待客はどよめいているが、婚約破棄を一方的に投げつけられたオフィーリアはノーダメージ。

 気にしている様子も見られなければ、オロオロしている様子もない。普通に、ごくごく自然に、手にしていたグラスに入っていたジュースをぐいっと飲み干してから、ふぃー、と満足気にしている。


「え?」

「(あー……この特製桃ジュース美味しいー……)」


 双方、思いが真逆なまま、貴族女性にとって婚約を破棄される、という家にも関わる重大なことが目の前にぶら下がっているのに、オフィーリアはやはり気にせずに『さて次は』と視線を彷徨わせている。

 さすがにイラッとしたのか、ルークが大きく息を吸い込んで叫んだ。


「……おい、何か反応してみせろ!」

「……えぇ……?」


 ルークは、オフィーリアが泣きながら縋りついてくるものだと思っていたらしい。

 しかし当の本人はケロッとしているのを通り越して、心底面倒そうな顔をしているだけで、ダメージを受けている様子は微塵も感じられない。

 それどころか、とんでもなく面倒くさそうな顔でルークの方を見ているだけ、かつ、パーティーで用意されている食事を楽しむためなのか、皿の上にはしっかりとオフィーリアの食べたいものが盛られている。


「……別に……まぁ、殿下が婚約破棄と、そう仰るのであれば、それでよろしいかと思いますが……他になにかあります?」

「ハッ! 負け惜しみか!?」

「(惜しむものが何もないのよ……アンタとの婚約って……)」


 もぐもぐ、と野菜のソテーを食べてから、次に三切れほどキープしていたローストポークを一口。

 脂身と赤身の割合が大変ちょうどよく、これはあと何枚か持ってきておけばよかった……三枚じゃ足りない! とこっそりオフィーリアが後悔しているだなんて思いもせず、ルークは頬を引きつらせていた。

 本当に、思っているよりもノーダメージどころか、心底めんどくさそうにしか見えない。

 口だけで強がっている様子もないし、悔しがっている様子もない。ないない尽くしだが、何かをどうにかしてやろうと思いついたルークは、悔しそうにしながらびしっ、とオフィーリアを指さしてまたもや叫んだ。


「ぐ……っ、い、いいんだな! 俺は! 今ここで宣言するぞ!?」

「何をです?」

「ふっ……お前以外の聖女との婚約を、だ!!」

「へー」

「おい」

「はい?」

「もうちょっと何かないのか!」

「ないですけど」


 オフィーリア的には婚約破棄万歳、むしろさっさとこの何かよく分からない茶番を終了させて、帰宅したい。

 幸いにも、父や母には『あのぼんくら王太子との婚約をどうにか解消したいんですが』と日々懇願していたくらいだから、恐らく婚約破棄を告げられた、と報告したところで親も怒りはしないだろう。

 むしろラッキー、面倒くさいしがらみとか何とか、いろんなものから開放される! と喜んでくれる可能性だってある。


 オフィーリアの家、ヴァルティス伯爵家はまあ何せ欲がない。

 貴族だから、と最低限のことはきちんとしていて、やましいこともしていない。だがしかし、『欲』はない。

 悪く言えば『欲』が無いために『やる気がない』と思われることが多く、怠惰なヴァルティス家、と揶揄されてしまうこともある。

 だがしかし、蓋を開けてみればとんでもなく慎重に、投資するならば将来の利益まで見据えた上で、という石橋を叩きに叩いて渡る慎重派なだけである。

 これは、オフィーリアの父・ジェイドの見た目も相まっているのだろう。人畜無害が服を着て歩いている、とまで言われてしまうほどのおっとりした風貌。

 人の話を聞く時は常にうんうん、と笑顔を絶やさず、話したいことをきっちり話し終わるまで口を挟まない。

 ……とはいえ、怠惰だの何だの言われてもやることはきちんとやっている。あくまでからかわれているだけと、ジェイド自身が理解しているから反論もしていないだけなのだ。


「(ま、おじいさまやおばあさまが憤慨するかもしれないけれど、お父様やお母様は婚約破棄を目くじらを立てて咎めることもないでしょ。あーでも円満な婚約解消が良かったー……破棄なら慰謝料とかその辺微妙かも……)」


 はぁ、と大きく出てしまったオフィーリアの溜息を聞いたルークは、何故かぱっと顔を輝かせる。


「あ、あっはっは! やはりこの婚約破棄が嫌なんだな! そうなんだな! なっ!?」

「え?」

「フン、今さら遅いわ! お前がいかに泣いて懇願しようとも覆らない! 後悔しても俺たちの関係性は、どうしようもなくなったのだ、あはははは!!」


 物凄く高笑いしている……とオフィーリアがドン引きしているのを、オフィーリアの友人たちは理解していた。


「あの子……婚約破棄なんて喜んで受け入れるわよね?」

「えぇ、何なら『あのボンクラの尻拭い、飽きた』って言っていたし」

「リア、嬉々としてこの卒業パーティーが終わったら、例のおばさまのところに馬で駆けていくんじゃない?」

「いやいや、あの子のお役目の引き継ぎくらいはするでしょ」

「え、オフィーリアの引き継ぎって……」


 そこまで話して、オフィーリアの友人たちは少し考え込む。

 ぽつりと、オフィーリアの友人が一人呟いた。


「あのオフィーリアの業務を、引き継げる人……いる?」


 オフィーリアの業務は多岐に渡っている。

 なお、オフィーリア自身はこの国の筆頭聖女であり、その彼女が婚約破棄されたことで、恐らく『もう筆頭聖女辞めます』と言うことは目に見えている。


 しかし、今回の婚約に関してルークがきちんと理解していない点が、一つある。


 ルークがオフィーリアを想っている、もしくはその逆の場合であれば、何も問題はなかったのだろう。


 今回の件に関しては、そうではない。


 オフィーリアをこの国に繋ぎ止めるために、王家との婚約という鎖で彼女を縛り付けておこう、というのが国王夫妻や国の役人たちの考えである。

 その婚約を破棄するということは、自らオフィーリアを手放してもいい、と判断したということ。


 ルークが、勝手に。


「えーと、とりあえず王太子殿下。まずは婚約は無しになる、この認識でOKですか?」

「は? え、ええと、おう!」

「かしこまりました。では、えーと……王太子殿下の想い人を是非とも王太子妃としてお迎えできるよう、ひっそりとお祈りしております。殿下が仰りたいことはこれで終わりですか?」

「あぁ、終わりだ」


 うん、と素直にうなずくルークを見て、オフィーリアはここでようやく手にしていた皿をことり、と置いた。


「かしこまりました。では、ここにいる皆様が証人ということで、婚約破棄をお受けいたします。書類は後ほどお送りくださいませ」

「え?」


 まさか本当に、こんなにもあっさり婚約破棄を受け入れるとは思っていなかったらしいルークは、ぽかんとしたままでオフィーリアの言葉にうなずいた。

 それをしっかりと見たオフィーリアは、にこりと微笑んですぅ、と息を吸い込んだ。そして。


「皆様に置かれましては、お騒がせしてしまいまして申し訳ございません。また、卒業記念パーティーをお邪魔してしまいましたこと、重ねて申し訳ございません。王太子殿下のお言葉は終了との事ですので、引き続きパーティーをお楽しみくださいませ」


 よく通る声で告げたオフィーリアに、ぱち、ぱち、とバラバラと拍手が起こった。

 そしてそれは、オフィーリアの言葉を理解していない人、理解が追いつかない人を置き去りにして、会場全体に広まってしまったがゆえに、時間を置いて一気にこの話が広まっていくことになるのだが、ルークはまだそれに気が付いていないのだった。

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