第5話 緊急事態発生!
「遅くなりました!」
フクオカ中将がシャルロッテ嬢を自邸まで送り届け、その足で提督室を訪れた。
すでにハナとエルミナは真剣な顔で議論を行っている最中だった。
(あ、フクオカ君!来たぁ!!)
「来たか、座って欲しい。思った以上によくない状況になっている。」
「は!」
「ジソリアンは主力艦隊の一つ、”黒光る甲殻”艦隊がコロンニャの各地で略奪を行っている。」
「”黒光る甲殻”ですか。我々の第7艦隊と比べても互角の戦力を持ちますね。」
ハナとフクオカ中将の話にエルミナも割って入る。
「えぇ、それにフクオカ、”黒光る甲殻”の提督はクル=ポクだ。
堅実な戦術家で、名将と言ってもいい。」
「エルミナ中将、確かにクル=ポクは名将と名高いが、こちらにもフクオカ提督がいる。」
(ちょっとちょっと、褒めすぎ、褒めすぎっ!フクオカ君ったら!!)
「油断は禁物だ。私は名将ではないよ。ただ……簡単に負けるわけにはいかない!」
フクオカ中将もエルミナもしっかりと頷く。
「それで、どの進軍経路をとりますか?」
「FTL航路図を示してほしい。」
エルミナの問いかけにハナが要求を出す。
この広い銀河は星系(太陽系のような恒星と惑星群)と星系の間は虚無の空間が数十光年と続く。
その虚無空間をFTLジャンプ(いわゆるワープ)という技術で経路短縮する。
だが、必ずしもFTLジャンプは安全とは言い切れず、航路が確立した区間のみジャンプが許可されている。
つまり星系同士にはFTL航路と呼ばれる海図のようなものが存在する。
その簡易航路図がモニタ上に表示された。
神聖帝国の首都星ニャニャーンからコロンニャ星系までは、複数の星系をまたいでFTLジャンプしないと到着しない。
最初に赤い経路が表示されて、エルミナがそれを説明する。
「通常通り、各星系をFTLジャンプしていく経路ではコロンニャ到着までに135日かかります。」
FTLジャンプは何十光年という距離を劇的に短縮することができるが、星系内の移動やジャンプの準備、ジャンプにかかる時間を考えると30日程度はかかってしまう。光速でも何十年もかかることを考えれば、まさに夢の技術だが。
「ダメだ。時間がかかりすぎる!4か月以上もかけてしまえばどれだけ犠牲が出るか計り知れない!」
ハナが真っ先に首を横に振った。
「それならばもう一つの経路、ゲートウェイを使います。」
ゲートウェイは銀河に建設された移動装置を各々接続してワープする技術である。ゲートウェイがある場所にしかワープできないが、FTL航路を無視して飛ぶことができる。
起動と接続に10日かかるが、大幅にショートカットが可能だ。
「一旦スロニーニャを経由してコロンニャに向かえば97日で到着します。1か月以上短縮します。」
続けてエルミナが説明する。しかし、まだハナは首を縦には振らなかった。
「1か月じゃ足りない。コロンニャの住民は3か月も襲撃に怯えなくてはいけなくなる。」
困り果てたエルミナが呟いた。
「でも他に手は……。」
「1つだけあるわ。トーナのゲートウェイを経由して向かうの。これなら38日で着く。」
フクオカ中将とエルミナが顔を見合わせた。
「ハナさん、正気ですか?敵領内のゲートウェイに転移するんですか!?
敵がどんな状態で待ち構えているかもわからないのに!」
ハナはチラッとフクオカ中将の方を見た。
「さすが……。提督、普通はそんなこと思いつかない。
でも、これが一番、短期で民の救出に向かえる!
僕は提督のそう言う考えが素晴らしいと思います。」
(あー、フクオカ君が分かってくれた!!)
フクオカの支持を得られたと知り、俄然張り切るハナ。
「今、ジソリアンは隣国のイリアキテルア聖王国とも国境衝突を起こしてるの。」
「あっそうか、ハナさん、私もわかりました!
ジソリアンにはトーナに艦隊を配置する余裕なんてない!
その証拠に侵略ではなく、略奪に止まっている!」
「その通り、だからトーナ駐在の戦力はないと思っていい。」
ハナとエルミナが目を見合わせ、力強く頷く。
「それに、トーナ方面からコロンニャに急行したら”黒光る甲殻”艦隊の背後を突ける!」
フクオカ中将が二人の会話に付け足した。
「えぇ、その通りよ、フクオカ君。これは奇襲が成立するの。」
ハナとフクオカ中将が自信に満ちた表情で見つめあった。
(………え?何?見つめあっちゃってるんですけど)
「コホン、そういうわけだ。」
慌ててハナの方が顔をそむけた。頬が染まっている。
「私はできるだけ多くの人を救いたい。」
ハナは、芯の通った目でコロンニャ星系のホログラフを見つめる。
フクオカ中将が熱いまなざしでハナを見つめていた。
そしてハナがゆっくりとフクオカ中将とエルミナに視線を向けた。
「二人とも、早急に準備して!」
「は!」
二人が、すぐに立ち上がり、準備に向けて退室していった。
(ダメダメ、ハナ!私には救わないといけない命が沢山ある!
今はフクオカ君のことを忘れて……忘れて……わすれ)
そう言いながらもフクオカが退出する後ろ姿を目で追っていた。
退室後の二人は、それぞれの持ち場へ向かうために、別れた。
そして走り去るフクオカを見送りながら、エルミナはぽつりと呟いた。
「提督のハナさんはとても素敵なのよね。普段、あんなにポンコツなのに。
高嶺の華なのは間違いない。あれじゃ、フクオカも引けちゃうよね。
ハナさんもあのテンションでビシッと告白しちゃえばいいのに。」
ハナの自室からくしゃみの音が聞こえた。
「おっと、私も行こ行こ。」
・・・
・・
ゲートウェイは、接続を強制切断してロックすることができる。
今回の突入は、こちらからの奇襲的な接続であるため、彼らは対処できないだろう。
だが、転移した後は、おそらくジソリアン側で切断されてロックされる。
すなわち、片道切符だ。
もし読みを誤ったら、第7艦隊は死地に閉じ込められることになる。
ハナは第7艦隊の出陣式において、この事実は艦隊クルーに正直に話した。
最初どよめきを発したが、その後、クルーの目には決意の輝きが灯る。
ハナは何だかんだ言って、艦隊クルーからも絶大な信頼をうけている。
これはこれは彼女が積み上げてきた実績と、人柄によるものだった。
(不安がないと言えば、嘘になる。
私のこの決断によって将兵1万を危険に晒す可能性もある。
本当はこの手を誰かに握って励ましてもらいたい。
大丈夫と言って欲しい。)
ハナは自分の両手をじっと見つめた。
その両手に影が重なった。不思議に思って見上げると、目の前にフクオカ中将が立っていた。
「フクオカ提督、不安ですか?」
そういうとフクオカが、ハナの両手をしっかりと握る。
(はぎゃ?!)
驚き過ぎて思わず全ての空気を吹き出しそうになった。
危うくフクオカ中将の顔に唾を飛ばしそうになった。
「ふっふっふふふふ……フクオカ君!?」
「不安なのは当然です。提督は凄いです。
こんなに小さな手なのに、これほど重い決断を握っている。
僕で良ければ何でも命じてください。
少しでも提督の重荷を分担できれば!」
そういうとゆっくりと手を離した。
(・・・。は?へ?はぁ?なに?ええ??あああ???ほお?え?)
「でゃいじょーぶ(大丈夫)、ありぎゃとう(ありがとう)。フクオカ君」
完全にバグったハナに、優しく微笑むとフクオカは自分の乗艦ニャルローレッドに向けて歩き出した。
そして今度は後ろで隠れてみていたエルミナがハナに近づいた。
ハナの猫耳は完全にペタンと伏せている。オーバーヒートしているのがバレバレだ。
「フクオカ、あいつはポンコツなのか切れ者なのか、分からんな。
一撃でハナさんを仕留めたかと思ったけど、何ひとつ進展してない。」
その言葉すらバグったハナには届かなかった。
・・・
・・
そして、今、第7艦隊は敵領地の真っただ中へ片道切符で飛び込もうとしていた。
【あとがき】
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今回のお話、軍事的で難しいなぁ、ついてけないかも?って思った方、
安心してくださいっ!軽く流し読みしていただいてOKです。
ハナちゃん、結構やる女だな!くらいでいいんです!
だってハナちゃんの片思いがテーマなんですから!
ハナちゃんの勇姿が見たい読者さんは応援よろしくです!
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『タイトル:提督のバグり日誌』
フクオカ君がぁぁぁ!!
ハナです!皆さん、聞いてください!
ついにフクオカ君と...手、手を握ってしまいました!!
「こんなに小さな手なのに、これほど重い決断を握っている」だなんて、なんて素敵な褒め言葉なんでしょう!
(そりゃ、私も**「でゃいじょーぶ」**とか言ってバグりますって!心臓が止まるかと思いました!)
これで少しは進展した!...かと思いきや、エルミナ参謀長は「何ひとつ進展してない」と。ひどい!
恋の道は厳しいですが、フクオカ君を信じ、私もめげずに頑張ります!
さて、恋はともかく、第7艦隊は今、敵地の真っただ中、片道切符で飛び込みました。
ここからは、私の軍事的な頭脳と、フクオカ君の頼れる背中が試される、命がけの戦場です!
クル=ポク提督率いる「黒光る甲殻」艦隊との全面衝突、果たして奇襲は成功するのか?
そして、この極限状態の中、私の恋は動くのか!?
次回、毎週日曜日 朝8時更新!
どうぞご期待ください!
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(ひろの)
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