第13話 大人の階段上る…あない
100日という長い期間は、ハナの誤送信パニックの心の傷を癒すのに十分役立った。
あの日、フクオカ副提督が取り乱し、その日以降、提督代行となった。
ハナとエルミナが表舞台から、しばらくいなくなり、艦隊クルーの不安は最大となった。
後ほど、ハナは宇宙伝染病に感染し、その回復までエルミナが付きっ切りの看病を行い、なんとか一命を取り留めたと発表された。この100日はこの偽装工作にも役立った。
宇宙伝染病の真実は勝負下着誤爆による自害未遂病。一命を取り留めたことに嘘はない……かも?
回復後、最初こそ、意識しすぎてハナはフクオカの顔を見ることが出来なかったが、いつまでもフクオカラブを押さえつけていられるハナでもなかった。
復帰後1週間もしたら、いつものハナに戻っていた。
一番ホッとしたのはフクオカかもしれない。
そして第7艦隊は、無事ニャニャーンに帰港した。
・・・
・・
「ハナさん、フクオカとデートしたい気持ちに変わりはありませんね?」
「なんで変わるんだよ!」
「いや、せっかくセレニャールに戻って来たのに、誘わないんだなぁと思ってですけど。」
「誘うってどうやって?」
「どうって、普通に次の日曜空いてる?と軽く聞けばよくないですか?」
「そそそそそそそっそんな簡単なことでよかったの!?
てっきり、恋参謀が凄い作戦を用意してくれるのかと。」
「用意してもいいですけど高くつきますよ?」
「金に糸目はつけない。最強のを頼む。」
「いやいや、何、最強の武器を注文する軍人みたいになってるんですか!?
いや、こういう時は普通に軽く相手の予定を聞けばいいんです。
フクオカの事だから、どんな予定もキャンセルして乗ってきます。」
「あっそう?じゃあ、聞いてくるけど…。
再来週くらいの方がいいよね?恋軍事作戦において、下準備は必要でしょうから。」
「フフ……ハナ大将も随分成長しましたね、その通り!!
現地事前諜報は作戦において必須中の必須!
もし紳士服売り場が改装閉店中だった場合、ドレスコードが裏目に出て、その時点で作戦失敗です。」
「なるほど、確かに。その諜報と下準備は任せてもいい?」
「は!お任せを!!」
敬礼中に、エルミナが無言で一枚のチラシをハナの元へ指で引きずって渡す。
「……ニャル・ド・ブフじゃない。なに?」
「これは政庁街・完全紹介制の超高級銀河和牛店です。
小官、行ったことがございませんっ!」
「もう!最近強欲になってきてない?
わかったから!
……手配して奢ってあげるから、そっちもちゃんとやってよね!」
「は!俄然やる気が出ましたっ!
17日の土曜日でフクオカを誘ってください。」
「了解した。では、作戦コード:”幻惑のニャパスタ”を始動する!」
・・・
・・
ニャオンモール、ニャパスタ前。
ハナは、ミルクティグレーのミディ丈のAラインドレスを着ていた。
裾に淡いアイリスブルーの刺繍が入っていて、フクオカの香水(Silent Valor)とのリンクもさりげなく演出している。
スクエアネックにパフスリーブは、ハナの清楚さとお嬢様感、軍人らしい端正さを両立し、白系のショルダーバッグは買い物にも便利でドレスと調和している。
アイボリーの低めのヒールパンプスは歩きやすく、デートに最適だ。
もちろんエルミナとは事前に綿密にすり合わせた。
「この色味、Silent Valorに合わせてたりします?」
「あ、分かった?」
「いいですね、ホント、ハナさんセンスいいわ。」
「しかも、これ動きやすいのよ?戦場でもいつでも退却できる。」
「逃げる気かーい!ははは。ハナさんらしい。でも、完璧です。
フクオカはきっと初撃で大破します。」
「ありがと!」
・・・
・・
フクオカが現れた。策士エルミナの思惑通り、ニャパスタに騙されて、カジュアルな服装で現れた。
(あ、フクオカ君、カジュアルなのも素敵♡)
「あ…すみません、お待たせしま………。」
しばらく、じっと見つめてフクオカが固まる。
(フフフ……見とれてるな。初撃大破!さぁ、綺麗と言え!可愛いと言え!愛してると言え!)
「あ……。ニャパスタと思って、僕はこんな格好で来てしまいましたが、実際はどこでした?」
(えー?それだけ?綺麗は?可愛いは?愛してるは?
やばいやばい、戦場では感情を悟られれば負ける!)
「……あれ?ごめん、言ってなかったっけ?ニャレスターのつもりなんだけど。」
「ニャ…ニャレスターですか。これではだめですね。えーっと…。」
「待って待って!ごめんね、私が伝え忘れたのが悪いの。そうだ。
ニャレスターに向かうついでに、デパートに寄りましょ?
私が選んであげるわ。」
「え?あ……はっはい。」
(ふふふ、私の奇襲に言葉も出ないようね!焦ってるフクオカ君、可愛い♡)
「行きましょう。」
・・・
・・
「これなんかどう?」
(きゃああああああ!!!!フクオカ君と買い物デートしてる!)
「じゃあ、これは?一度着てみせて。」
「はい。」
・・・
・・
「どうでしょうか?」
(ぎゃはぁぁ!!うぅぅぅ。♡を……う……撃ち抜かれた。
ベタすぎるけど、これは避けられない。
ちっ致命傷は避けたが……かなりのダメージを受けた)
「いっ……いいんじゃない?次のは?」
「はい。」
・・・
・・
「既製品にしては、どれもこれも、僕にぴったりでした。
全く手直しが不要で、すぐに着て行けるくらい。」
店員が満面の笑みでハナを見つめながら、自然な感じに説明する。
「きっとフクオカ様の体型が理想的なんですわ。
ですから、まるでモデルのようにぴったりフィットなさったのだと思います。」
「そっそうですか。」
(エッエルミナ……。これ、あんたの仕業でしょ?
フクオカ君の寸法を事前リークして、私の好みのデザインの物、軒並み
オーダーメイドさせてるんじゃない?!
ちょっと店員の笑顔が怖い、請求書が怖い!!)
「ごめんね、私のせいだから、この服は私にプレゼントさせて。
その代わり、私の買い物にも少し付き合ってもらえる?」
「あ……、もっもちろんです!フクオカさん、欲しいものを言ってください。
僕もフクオカさんに何かお返しにプレゼントしたいです。」
(いーやーーーー!プレゼント交換!!)
「ありがとう。実はちょっと迷ってるのがあって。選んでもらえる?」
・・・
・・
(はぁ、はぁ、幸せすぎる。買い物デート楽しい。明日も来たい、明後日も来たい。)
「あ、フクオカさん、ニャレスターは大丈夫でしたか?」
「え?大丈夫、20時に変更してもらったから。」
「そうですか。」
(つっ遂に、お食事!そして……そしてそして………お……も……ち……か……え……ら……れ……る!)
「でも、そろそろ時間ですね、行きましょうか。
ん?フクオカさん、ここに座ってください。」
急な申し出に混乱しつつも、店内ベンチに座る。
唐突にフクオカが顔を寄せた。
(チュー!?チューだな!?まままま、待て。
こんな公衆の面前で!
いや、相手の奇襲に慌てたら負けだ!
ここは大人の女性として、手で口元ガード。
焦らすのが最上策!)
ハナが目をつぶりながら、優雅に手で口元をガードする。
それを無視してフクオカがハナのおでこに手を当てた。
(ひぃやぁお?!)
予想外の奇襲にハナはパニックになった。
「フクオカさん、熱があります。まさか、体調悪いのを我慢して!?」
(いや、体調はベストオブベスト!これは、ちょっとその……。
お持ち帰りを意識して、心拍数が上がっただけで……)
「いや、大丈夫だが……。」
「少々お待ちください!」
フクオカが慌てて走り去った。ハナはベンチで置いていかれる。
(あ……焦るなハナ!これはフクオカ君のサプライズトラップだ!
私が焦ってるのをみて、面白がってるに違いない!
焦ったら負けだ。私の作戦は完璧!負けるわけないんだから!
きっと、冷たい飲み物でも……。
いや、もしかしたら体調不良を心配して、食事を省いて、お持ち帰り?
看病する振りして、そのままあぁぁあぁぁぁあ!?)
焦るなという自戒とは裏腹に完全に顔真っ赤、発熱、汗だくなハナ。
フクオカが戻った。
「フクオカさん、こちらへ。」
大混乱のハナの手を引き、1Fの正面ゲートへ。
タクシーが用意されていた。
(あ……食事スキップお持ち帰り!?)
「どうぞ、乗ってください。
ニャレスターには僕の方で断りを入れておきます。
フクオカさんはゆっくり休んでください。」
そういうと、運転手と何やら話をした後、笑顔で手を振り、タクシーを見送った。
そしてニャレスターのキャンセル料を支払いにデパートへ入っていった。
ハナは目を丸くしてタクシーの中からそれを追った。
・・・
・・
「運転手さん、これは今どういう状況でしょうか?」
「え?あっはい。フクオカ公爵様の邸宅に向かっております。
ご安心を。なるべく早く到着するようにいたします。」
(……神様、これは今どういう状況でしょうか?)
その時、ハナはふと閃いた。
(こっこれはフクオカ君のサプライズだ!
きっと、このタクシーは今、別の所に向かっている。
そしてそこには先回りしたフクオカ君が!
サプライズお持ち帰り!)
そんな時、ハナの公爵邸の前でタクシーが停車した。
「フクオカ様、着きました。料金はいただいております。
どなたか呼んでまいりましょうか?」
「いえ、自分で行きます。」
顔面蒼白、虚空一点を見つめる死んだような目をしたハナは、よろよろと自邸へと入っていった。
(なにこれ?持ち帰れよ、ヘタレ!)
ハナは恋愛戦闘力が低すぎて気づかなかった。
ハナの服装を見た時の固まったフクオカの姿を。
買い物中のぎこちないフクオカの態度を。
おでこに手を当てた時のフクオカの火照った手を。
タクシーを見送り、キャンセル料を払うために立ち去った後、ベンチに座り込んで胸を押さえる姿を。
【あとがき】
『タイトル:提督の「お持ち帰り失敗」日誌』
な、な、な、なにこれ?持ち帰れよ、ヘタレ!!
ハナです!完璧な準備、完璧な衣装、完璧な作戦、完璧な熱(緊張のあまり)! 全てがお膳立てされた、お持ち帰り作戦の決行日でした。
衣装:フクオカ君の香水(Silent Valor)をイメージした完璧コーデ!
買い物デート:服をプレゼントし、フクオカ君に貸しを作る!
奇襲:ベンチでの接近に**「チュー!?」**と口元をガード!
勝利は目前!あとは、フクオカ君の**「願い」**を聞いて、大人の階段を上るだけ…!
しかし、そこでフクオカ君が取った行動は、まさかの**「体調不良」**を心配し、ディナーをキャンセルしての強制送還!
(私のおでこに触れてきたのは、熱を測るためだったなんて…!なんで!なんでなの!)
しかも、タクシーで向かった先はフクオカ邸ではなく、私の公爵邸! 最後に運転手さんに笑顔で手を振るフクオカ君は、まるで**「最高の善行を成し遂げた聖人」**のようでした…。
エルミナの渾身の策略は、フクオカ君の**「優しさ」と「紳士的すぎるポンコツさ」**という最大の壁に阻まれ、作戦コード「幻惑のニャパスタ」は失敗に終わりました!
持ち帰れよぉぉぉ!!(ハナの心の叫び)
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(ひろの)




