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第2話 「冥蟲騎士団の連中を成敗してきてほしいの」

 ――時は少し遡る。

 浅草寺にてクロカタゾウムシと相対する、その直前のこと。


 瓦礫の街並みを抜け、百華戦姫の4人はベゴニアの召集を受けて皇宮へ向かっていた。

 風は焼けた鉄の匂いを運び、遠くでは崩れかけた高層ビルが影を落としている。

 それでも、ひまわりの声だけは明るかった。


「ヒーちゃん! 早くしないとベゴニア様に怒られるよー!」


 陽射しを背に、先頭を駆けるひまわりが振り返って声を張る。金色のショートカットが風を受けて跳ね、瞳は無邪気に輝いていた。


「ひまわりちゃん、そんなに急がなくても大丈夫だよ」


 ヒガンバナは落ち着いた声で答える。腰まで届く黒髪の先だけが紅に染まり、紅の瞳は冷静に辺りを探るように揺れている。


「でも怒られたら面倒でしょ!?」


 ひまわりは頬をぷくりと膨らませた。


「予定より早く出発していますから、ご安心ください」


 桜がやわらかく割って入る。薄紅の着物に日本刀を差し、歩く姿まで品が漂う。


「でもさぁ、もしかしたら旅の許可とか出たりして?」


 ひまわりが期待をにじませると――


「絶対ない!」


 ビオラが食い気味に反論した。淡い青髪をおさげに結んだ小柄な少女。背丈に似合わぬアサルトライフルを背負い、鋭い眼差しを投げる。


「どうせ冥蟲騎士団の討伐任務よ!」


「ビオラちゃんそんなにネガティブだと大きくなれないよ!」


 ひまわりが自分の頭の高さを示すように手を伸ばす。ビオラは涙目でその手を払いのけた。


「身長なんて関係ない! わたしだっていつか桜お姉ちゃんみたいに……!」


「まあまあ、お二人とも仲良くしましょう」


 桜が取りなし、二人は同時に小さく頭を下げ合った。


 そうして辿り着いた皇宮は、瓦礫の町並みから切り離された異界のごとき静謐さに包まれていた。白壁と重厚な瓦屋根、青々とした松が門を囲む。その前に立つミツバチが4人を見つけると、こめかみ辺りに右手をかざし敬礼の姿勢をとった。


「お話は伺っております。宮殿、松の間にてベゴニア様がお待ちになっておられますよ。何やら大切なお話があるとかで……、来なかったら無理矢理にでも見つけて連れてこい!、と申しつけられていたので安心しました」


 元の姿勢に戻ったミツバチがホッとした表情を見せながら喋る。よほど小言を言われていたのか、胸を撫で下ろす仕草が見てとれる。 


「やっぱりわたしの言った通りになるんじゃない?」


 ビオラが自信満々にひまわりを見つめる。


「もっ、もしかしたらいい話かもしれないじゃん・・・」

 

 反論するひまわりだが、その表情はどこか自信がなく、本人も薄々勘付いているようだった。


 全員が軽く挨拶をすませると門が開き、4人は建物の中へ入っていった。


 4人が奥へ進むと、金箔の襖が光を弾き、赤い絨毯が広間へと導いた。その中央には、赤を基調とした長髪を靡かせ、貴族風のロングドレスに身を包み、端正な顔立ちで圧倒的な存在感を放つ女性――ベゴニアが座っていた。


「よく来てくれたわね、4人とも歓迎するわ。もし来なかったらミツバチの仕事が増えて大変なことになる所だったわよ。」


 気だるげな声音。だが、その眼差しには一瞥で人を圧する気配が宿っている。


「今回の召集、理由をお聞きしても?」


 ヒガンバナが進み出ると、ベゴニアは片肘をつき、手をひらひらと振った。


「簡単なことよ。冥蟲騎士団の連中を成敗してきてほしいの」


 その一言で空気が張り詰める。遊戯ではなく戦い――そう告げる響きだった。


「最近、浅草寺をワタシの許可なく占拠している輩がいるの。それが冥蟲騎士団の幹部、クロカタゾウムシとその部下たち」


 名が出た瞬間、場の温度が変わる。桜は息を呑み、ヒガンバナの瞳が鋭さを帯び、ビオラとひまわりは唇を噛んだ。


 ベゴニアはその反応を楽しむように微笑む。


「あなたたち、覚えているかしら。この世界がどうしてこうなったのか」


「えーっと……神様が人間を消しちゃったんだよね?」


 ひまわりが小首を傾げる。


「そう。その欲深さで自然を壊し続けた人類を、神は裁いた。そして代わりに花と昆虫へ人の姿と力を与えた」


 ベゴニアの声は淡々としていた。


(わたくし)たち百華戦姫と、奴ら冥蟲騎士団……」


 桜が静かに言葉を継ぐ。


「最初は共存していた。でも、人の姿を得たことで心まで狂った者が現れたのよ」


 ベゴニアは片目を閉じ、静かに吐息を吐いた。


「ラフレシア。あの女は昆虫を従え、世界を蹂躙しはじめた。キョウトを拠点に、各地へ侵攻を進めている」


 ひまわりの表情が一瞬硬くなる。


「じゃあ浅草に現れたのも、その一環・・・」


「つまりこれは宣戦布告ってことですね」


 ヒガンバナが言い切ると、ベゴニアは満足げに頷いた。


「知っての通り、奴らは強い。でも――あなたたちなら勝てる。ワタシはそう信じているわ!」


 気だるげな表情の奥に、わずかな熱が灯っていた。


 ひまわりが拳を握りしめる。


「任せてください! 絶対に守ります!」


 桜も深く頷き、ビオラも不安げながら軽く頷いた。


「一応聞きますけど・・・本音は?」


 ヒガンバナが探るように問うと、ベゴニアは肩をすくめて笑った。


「本音? こんな面倒を頼めそうなの、あななたちしかいないもの」


「「「「ひどっ!」」」」


 広間に響いた四重奏を、ベゴニアは愉快そうに受け止めた。


「だってしょうがないじゃない? 他の子たちは護衛任務で手一杯だし、何より幹部クラスを相手できる戦力で言うことを聞いてくれるのはあなたたちだけ・・・それにね、他の子に頼もうとすると――なぜかここまで足を運んでくれないのよ」


 困ったような顔をしつつ、全く悪びれずに語るベゴニア。


 その姿を見て、ひまわりがぱっと右手を上げた。


「それなら! 任務達成したら旅に出るのも認めてください!!」


 大胆な願い。桜とビオラが目を丸くし、ヒガンバナが驚きに息を呑む。


 ベゴニアはひとしきり考える素振りを見せたあと、あっさり頷いた。


「いいわよ。達成できたらね」


「やったーー!」


 ひまわりが飛び跳ねてヒガンバナに抱きつく。


「ちょっと落ち着いて……!」


 真っ赤になりながら振り払うヒガンバナ。その光景に桜は微笑ましい視線を送る。


「どうしたの、ビオラ? 不安そうね」


 ベゴニアが尋ねると、ビオラは視線を落とした。


「えっと……ベゴニア様が簡単に許可してくれるの、何か裏がありそうで……」


「酷いこと言うわね〜。今回の任務が大変だって分かってるから、報酬でやる気を出させたいだけよ」


 ベゴニアが微笑むと、ビオラは安堵の笑みを返した。


「桜とヒガンバナは何かあるかしら?」


(わたくし)は特にございません。皆さんの笑顔が見られれば充分です」


 桜の声にベゴニアは「流石ね」と満足げに頷く。


 そしてヒガンバナが一歩前に出る。


「トウキョウを出る許可をいただけるなら、必ず皆を守り、クロカタゾウムシを討ちます!」


 ベゴニアは優しく微笑むと、軽く手をひらひらと振った。


「全員納得したことだし、行ってらっしゃいな」


「「「「行って参ります!!」」」」


 かくして、クロカタゾウムシ討伐の旅が始まった。

 ――ただ、その先に待つのは「戦い」以上の試練であることを、まだ誰も知らなかった。

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