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第二話 歪んだ世界

「かなり酷い有り様だな」

 騎士団員のバルドはアレンの遺体を見下ろして呟いた。

 遺体の胸部に大きな穴が空き、服は血で真っ赤に染まっていた。


「《ARROWアロー》って……これ何ですか?」

 アレンの首に刻まれたタトゥーを指差しながら、新人騎士団員のリックが尋ねた。

「あぁ、これは《ARROWアロー》っていう犯罪組織のタトゥーだ」

 バルドが答える。


「犯罪組織?」

「そうか、お前はまだ新人だから知らないのか。教えてやるよ。犯罪組織《ARROWアロー》について。この組織は過去に、数えきれないほどの犯罪とテロを起こしてきた。こいつらは基本的に貴族、そして現代貴族と揶揄されている『異世界四家』を標的としている。昔、貴族を殺したって話もあったが、すぐに揉み消された。貴族の威信ってやつのためにな」


「なんで、そんなに貴族に敵対するのでしょうか?」

 リックが不思議そうにバルドに尋ねる。

「それは、今の世の中を見ればわかるだろう。

 異世界人が現れて、確かに様々な技術が飛躍的に進歩した。だが、貴族と異世界四家はそれを独占して民衆を支配する道具とした。その結果、民は貧しくなり、貴族達は肥え太った。《ARROWアロー》は、そういう現状に反発しているわけだ」


「でも、それはおかしいです」

 リックが少し語気を強めた。

「貴族は神に選ばれた高貴な存在です。異世界人もまた、神によってこの世界に呼ばれた存在だと教わりました。俺たちみたいな凡人と彼らはそもそも格が違うんです。格差があって当然じゃないですか」

 リックが熱く語る。


「それはそうだが、《ARROWアロー》の連中にとっては受け入れがたいことなんだろう」

 バルドはそう言って、空を仰ぐ。

「……民が飢えている横で、貴族達は宴を開いている。そんな光景を何度も見てきた。怒る気持ちも、分からなくはない」

「先輩まさか、《ARROWアロー》の考えに共感しているんですか?」

 リックが眉をひそめ、小さな声で尋ねる。


 バルドは少しの間、口を閉ざし小さく笑った。

「……そんなわけないだろう。俺は騎士だ。法と秩序を守る立場だぞ?」

「でも、さっきの言い方はまるで——」

 ——パンッ

「さぁ、雑談はこの辺にして、事件に戻るぞ」

 バルドはリックの言葉を遮るように手を叩き、視線を事件現場に向けた。


 ◾️


 王家直属の諜報機関——《アルバトロス》。

 永遠なる王家の繁栄を目的に設立された非公式の影の組織である。


 トン、トン、トン——

 静かな執務室に、ノック音が響いた。

透月とおつき長官、ジルです」

「入れ」

 ジルは短く答えた声に従い、扉を開く。


 ジルは一礼すると、迷いのない足取りで室内に入った。机に向かっていた透月は、手元の書類から視線を上げ、ジルに言葉をかけた。

「任務ご苦労。成功の報告は受けている。それで神器はどうした?」

 ジルは無言で胸ポケットから小さな白い箱を取り出し、机の上に置いた。

「おお、これが神器か」

 透月は箱を開き、中に入っていた指輪を手に取る。その眼差しには、わずかな緊張と陶酔が混じっていた。


「これ、本当に神器なんですか?」

 ジルが問いかけると、透月は微かに笑いながら頷いた。

「ああ、これは本物だ。以前、実物を見たことがあるが、寸分違わぬ造りだ」


 神器——この世界に七つ存在すると言われている武具、防具、アクセサリー類のことである。いずれも異世界人・武島荘司たけしま そうじの《恩恵ギフト》によって作られた。これは、過去に存在した異世界人の《恩恵ギフト》を装備品にした物で、これを装備すると《恩恵ギフト》の力を行使することができるという。


「この神器は、どのような《恩恵ギフト》の力が込められているんでしょうか?」

「さぁ、それはこれから調べないと分からない。だが、どの神器も例外なく強力だ」

 透月は指輪を名残惜しそうに見つめた後、箱へと戻した。


 そして、改めてジルを見据える。

「……それはさておき、次の任務について話そう。君には、クラブ第二王子の護衛を任せたい」

「護衛、ですか?」

 ジルの表情にわずかな驚きが浮かぶ。

 任務といえば、盗み、暗殺、撹乱が基本であった。そのため、護衛の任務は珍しいことだった。


「そうだ。クラブ王子が王宮の外、それもスラム街に行きたいらしい」

 ジルは眉をひそめた。

「目的はなんでしょうか?」

「建前上は視察だ。だが実際は、王子自身が強く希望しての外出だ。王を何度も説得してようやく許可が降りたという。これから国を担うものとして、民の実情をこの目で確かめたいという思いがあるのだろう。理想に燃える年頃だ」


 透月は苦笑を浮かべながら、続ける。

「王子には、君の他に近衛兵が二人、そして君と同じ諜報員のクロードが加わる。君とクロードは騎士団員としての身分で同行することになっている。この四名での護衛体制だ」


「護衛の人数が少なすぎる気がするんですが」

 ジルが問いかける。

「王子の希望だ。人目を避けるために、必要最低限の護衛だけにしろと言ってきた」


 そして、透月は声を一段階低くして続ける。

「ここからよく聞け。

 もし王子の思想を危険だと判断された場合、その場で処分して構わない。これは王からの正式な指令だ。王子は、確かに民を思いやる心を持った人物だ。だが近頃、議会にて異世界四家の権限見直しを訴えたり、貴族制度そのものの是非を問うような発言が散見されるようになった。

 王は二十年前と同じような事件が再び起こることを恐れているのだろう。…以上だ、任務の成功を祈っている」

 ジルは透月に一礼し、静かに執務室を後にした。

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