5.異変
窓の外から雨音が聞こえた。
先ほどまでの晴天が嘘のように、今は厚い雲が空を覆い、この世を去った者たちを悼むかのような雨を降らし始めていた。
一方、僕は召使たちによって抱きかかえられながら寝所へ運ばれ、寝台に横たえられた。
何度か目をつぶったものの、先ほどまでの光景が蘇ってきて、僕は眠りにつくことができなかった。
僕は体を右の方に倒した。
やはり、僕の中で引っかかっていたのは彼女の件だった。
明るい金髪の女性。年は僕よりも数歳下の20前後だろうか。
まさか純粋そうに見えた彼女が女王の不興を買うとは。僕は到底信じられなかった。
しかし、犯罪というのは必ずしも顔からして悪意のある者が行うとは限らない。
宮廷で見かけることは全くなかったので、女官でないことは確かだろう。
彼女は女王の目につかぬ場所で下働きしており、衣装部屋に潜り込んで、女王の大切にしていた宝石を盗んだのかもしれない。
あるいは、誰かから法外な金貨を手渡されて、女王の飲む葡萄酒に毒でも入れようとしたのだろうか?
邪悪なことや愚かなことなど知らないように見え、人の油断を誘う彼女のような人間こそ、そういった犯罪行為の適任者なのかもしれない。
仮にそのような行いをしていたのであれば、いちいち気に掛ける必要なんて何処にあるのだろうか?
僕はそう思いながら、今度は左側へと寝返りを打った。
すると、何とも言えない違和感が僕の心にざわめき始めた。
微かに左側が沈んでいる。加えて僕の上に掛かっているブランケットが変に膨らんでいる。
僕はハッとしながらそれに目線を合わせて、目を見開いた。
そんなことはあり得ないはずなのに。
僕の隣には、両手を頬の下に滑り込ませて、子供のように無邪気な笑みを浮かべている人物が横たわっていた。
先ほどの処刑で火刑にされた金髪の女性が。
僕は思い切り叫び声をあげ、飛び起き、寝台から逃げた。
その弾みで頭から床へ落ちてしまったが、そんなことを気にしている余裕は一切なかった。
そのまま腕だけで絨毯の上を後ずさり、壁にもたれ掛かるようにして息を荒げた。
彼女は寝そべったまま、こちらに向かって微笑んでいる。
どうして彼女がここにいる?
僕は彼女の最期をきちんと確認していたわけではない。
実は僕が後ろを向いた瞬間、彼女は解放され、あの場から去っていったのか?
でも僕は彼女の悲鳴を聞き取った!
人が燃やされることで立ち昇る、独特な脂の匂いや骨の匂いも感じ取っていた!
彼女は無念の思いから、地に縛られた霊として僕のところへ舞い戻って来たのか。
僕は寝台を見ないようにして扉まで走り、誰か、誰か来てくれ! と大きく叫んだ。
外は雷を伴った黒い雲に包まれ、閃光が走ったと思った瞬間、地響きと共に大地を割るかのような轟音が鳴り響いていた。
「どうなされたんですか、殿下!」
僕の従僕が駆けつけた。
彼は僕が雷の音に驚いて呼び出したのか? とでも言うような顔をしている。
しかし、僕はそうではないと否定している余裕はなかった。
僕は混乱しながら、開けっ放しの扉の先にある寝台を指差すと、彼は首を傾げながら確認しに向かった。
「何もありませんし、誰もいませんよ」
天蓋の薄いカーテンを開けながら、彼は寝台が空であることを示した。
彼女が寝ていた部分のブランケットが、わずかに盛り上がっていることだけを除いては。
「きっとお疲れだったうえに、先ほどの件で嫌な夢でもご覧になられたのでしょう。部屋も移動しましょうか。落ち着くように葡萄酒を後で持ってまいります。僕もしばらく付き添いますから」
彼は僕を落ち着かせようと微笑むと、抱きかかえるようにして別の部屋へと移動させた。