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4.処刑場

 僕が海から救出され、ようやく体が完全に回復したと思った翌日。


 従僕から女王からの命が来たと伝えられた。


「"天啓による裁き"に参加せよ」



 僕は従僕を下がらせたあと、誰にも見られていないことを確認して、大きくため息を吐いた。


 これを命じてきたということは、よほど大きな罪を犯した者がいたのだろう。


 天啓による裁きとは、女王を含めた王侯貴族たち、そして"運良く当選した"群衆の前で行われる厳粛な死刑執行のことだ。


 ただ、厳粛といってもそれは建前であり、その実態は他の国も同様、死刑囚を使った見せ物でしかない。



 どうか今日は醜態を晒しませんように、と僕は願いながら女王の待つ場所へと向かった。 




 青空の元、僕は天幕の下で久しぶりに会う女王の横に立った。彼女はすでに椅子に腰かけていた。


「その顔色だと体の方はもう十分に回復したようですね。お前が無事で何よりでした」


 女王は僕にそう声を掛けると、微かに口角を上げて喜びを示した。


「痛み入ります。おかげさまで養生することができました」


 僕は笑みを彼女に向って返したものの、それは機械的であり本心ではなかった。



 僕の眼下には、今か今かと処刑が始まるのを心待ちにしている群衆がいる。


 そして僕たちの横には、女王の側近たちであったり、血筋が近しい貴族たちが一段下がって座っていた。


 特に女性たちはグラスを持ち嬉しそうに微笑むか、周りとお喋りをしたりしている。



 そんな彼女たちに対して、僕は密かに侮蔑する感情を持っていた。


 もっと正直な事を言えば……僕はこの時間が大嫌いだった。



 女王の配偶者となった直後、僕はこうやって参加させられた。


 いざ始まった目の前の光景に、よくてその場で吐瀉物をまき散らすか、最悪の場合は失神してしまい、貴族たちに軟弱すぎると囁かれて群衆からは笑われるのが常だった。


 とても珍しいことに、僕の生まれ育った家では、貧しくとも人の死に喜びを見出してはいけないと教えてこられたのだ。


 当然、出身地での処刑の現場や、終わったあとの残骸についても見せられることはなかった。



 ただでさえ、見慣れない残忍な場をこうやって見せつけられたうえ、それよりももっと最悪だったのは───


 僕を見つめる女王の冷めた目だった。


 彼女は何度も醜態を晒す僕に呆れ、失望したのだろう。


 ついに重要な時以外、この儀式には参加しなくてよいと彼女は命じた。 


 そのことに僕は安堵すると同時に、無駄なプライドかもしれないが、この愚か者。臆病者。しっかりしなさい! そう言われて、平手打ちされる方がいくらかまだマシに思えていた。


 奇妙なことに、貴族たちに囁かれるよりも、群衆から笑われるよりももっと辛い気持ちに、僕は襲われたのだ。



 なぜ、女王も含めて彼らは平気でいられるのに、僕は平気ではいられないのだろう。


 まるで自分だけが異質な存在だと浮かび上がったようで、余計に疎外感を僕は感じた。



 しかし、今日呼んだということは、その重要な時であることに違いない。

 

 病み上がりであることに加えて、粗相をするのがわかっているはずなのに。


 それでもこの場に呼んだということは、非常に重い罪を犯した者がいたのだと、僕の顔は自然とこわばった。



 刑場に始まりの合図である太鼓の音が鳴り響いた。


 罪状が読み上げられ、いつものように次々と罪人たちが処刑されていく。

 

 僕はなるべく目の焦点を合わせず、目の前で行われていく様をできうる限り見ないようにしていた。



 けれども耳まで塞ぐことはできなかった。


 大人しく首を刎ねられる者もいれば、処刑台の上で泣き叫び、お前たちこそ呪われろ! と呪詛の言葉を吐く者もいた。


 それだけならまだしも、群衆のお前こそさっさと死ね! これ以上生き恥を晒すな! と罪人たちを煽る声、大きく笑う声、下品な罵声が僕の耳の奥まで届いた。



 僕にとってはもうその時点で限界だった。


 けれども、最後の一人がまだ残っていた。


 これでようやく終わる、と自分に言い聞かせて安心しようとするものの、僕は立っているのに必死だった。


 気を紛らわせようとして、横を見てみれば、一段下がったところにいる貴族たちは、日ごろの鬱憤をまるで晴らそうとしているかの如く、歓声を上げ、はしゃぎ、自分たちは生きていてよかったと愛する者に口づけていた。



 一方で───


 僕の伴侶であるシビラ女王は背を正しながら椅子に腰かけ、まっすぐ前を見ながら無表情のまま眼下を見つめていた。


 もし、彼女が他の貴族と同じように、手を叩いていたり、喜ぶようなふるまいをしていたのならば、途端に僕は彼女に向って胃の中のものをぶちまけていたに違いない。


 けれども、目にしている彼女はまるで大理石でできた像のように、冷たく動かなかった。


「支配者たるもの、いかなる時も冷静であれ」


 それを体現している彼女に、僕は畏敬の念というよりも恐怖に近い感情を湧くのを感じた。


 

 ああ、フリードリヒ。女王はこんなにも威厳に満ちているというのに。


 あともう一人じゃないか。あともう一人ですべて終わる。


 僕は自分に鞭を打ち、何とかこの場を耐えろと言い聞かせた。


 


 一段と太鼓の音が大きくなった。ついに最後の罪人の登場だ。


 執行人が後ろで手を組ませ、引きずるようにして連れてきたのは───



 悪そうな顔をした大男でも、狡賢そうなキツネ目の女でもなかった。


 透けてしまいそうなほど明るい金髪に、人形のような可愛らしい目を持つ女性だった。


 口には赤いシミがついた猿轡がされており、叫べないようにしてあるため、群衆たちはなんだつまらないとか、喋ることすら許されないってよほど口が悪いのか? と不満を言ったり、小馬鹿にした笑い声を上げていた。



 そんなことは意に介さず、処刑人は彼女の罪状をこう言った。


 女王と我が国に対する不敬罪と。



 すると、無言を貫いていた女王が突然怒りをあらわにして立ち上がり、処刑人に向かって猿轡を外すよう命じた。


「その者みずから罪を告白するように!」


 しかしながら、罪人である女性は女王と僕に向って何か大きく叫んだが、上手く言葉を出すことができなかった。



「畏れながら陛下。この者は先ほど別の罪のため、すでに舌が切り取られているのです! ですから話したくても話せないのです!」


 処刑人は彼女の髪を掴んで顔をのけぞらせた。


 その痛みに思わず口を開けてしまった彼女を群衆に見せつけると、群衆はなんて事だとどっと笑い、口笛を鳴らし、彼の行いを称賛した。



 僕は思わず顔を背けた。女王はどんな表情をしているのか確認するのも恐ろしかった。


 しかし、そんな僕に構わず粛々と刑は進んでいく。


 処刑人は、涙を流して何か言い続けている女性の両手首を掴みつつ、助手に縄を解かせると、今度は皆で下に藁が敷かれた磔刑台へと彼女を掲げた。



 その時だった。


 両手を十字に縛られた彼女は、なぜか僕の方をじっと見つめた後、口をぱくぱくと動かしてそのまま僕の方から視線を動かさなくなった。



 罪人とはいえ、目の前の女性はこれから殺されるのだ。

  

 こちらへ関心を全く示さなければ、僕も他人だとまだ割り切れるというのに、彼女の目には僕が映っていると思っただけで、その関係は簡単に乗り越えられてしまったような気がした。


 

 僕は途端にその場から逃げ出したい気分に襲われた。


 なぜ僕を見つめるんだ? お願いだ、僕をそんな風にして見つめないでくれ!


 この時ばかりは指を指されながらも笑われたって構わないと、僕は完全に彼女を見ないようにするため、文字通り彼女に向かって背を向けた。


 あまりの恐怖からだろうか。さらに僕の目からはいつの間にか涙があふれていた。



 すると、シビラ女王が僕の手首を掴んだ。


「大丈夫ですよ。すぐに終わります」


 彼女は再び冷静な女王の顔に戻り、穏やかだが冷酷さを込めた口調で話した。



「このような穢らわしいものには、剣でも縄でもなく火が相応しい!」


 執行人が大きくそのように叫ぶのが聞こえた。


 そうだ! いいぞ! 早くやれ! と群衆も叫ぶ。


 ああ、なんということだろう。


 その宣言が出てくるときは、さらなる苦痛を与えるため、罪人は鉄の靴が履かせられるのだ。



 僕は視界を閉ざす事が出来ても、鼻孔には油を含んだ火の匂いが遠慮なしに届いた。


 続いて薪が投下され、炎が大きく上がったのだろう。彼女の唸るような悲鳴が聞こえた。


 その悲鳴を皮切りに、群衆たちは足をもっとあげろ、腰の振りが足りない、炎の上で踊り狂え! など笑ったりヤジを飛ばし、今回の処刑で最も大きな歓声が僕の耳に響いた。



 急に僕の手首が女王の手から解き放たれた。


 僕はもうこの時点で限界を迎えていたため、大急ぎで天幕の裏に回ると胃液がこみ上げているのを感じながら膝をついていた。


 そんな情けない僕に対して、女性でありながら彼女はなんと堂々としているのだろう。



「この火刑をもって敵は全て成敗された、皆に祝福を!」


 女王の側近であるアッテンボローが、そのように声を張り上げているのが聞こえた。


 続く、女王陛下に栄光を! 女王陛下よ永遠に! という群衆の大きな声。


 きっと、天幕の向こうでは、女王が椅子から立ち上がり、威厳ある笑顔で皆に手を振っていることだろう。


 そして、火刑に処せられた女性は跡形もなく灰となりばら撒かれ、明日には皆の記憶から忘れ去られるのだ。



 けれども、彼女は一体どんな無礼を女王に働いたというのか。


 いつもであれば詳細を述べるというのに、奇妙なことに今回は不敬罪ということのみだった。


 名前すら明かされなかった。


 そして僕が今まで見た刑の中で、最も過酷なものに感じられた。



 また、今日の僕自身もどこかおかしかった。


 何故か涙が止まらない。心臓も無数の針で突き刺すような痛みを感じていた。


 まるで大切な何かを失ってしまったような……



 船での事故以降、あのまま目覚めなければよかったのに。


 僕はそのように思いながら、大地へと崩れ落ちた。

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