3.選出
僕はその場所に行くのは初めてだった。
なぜ、僕たちは呼ばれたのだろうか。僕たちが選ばれたというのは彼らによってなのだろうか。
質問は相変わらず許されなかったため、心の中でそう思いながら僕は足を踏み入れた。
門を超えた先に広がる光景。
今まで見たことのない王宮の壮麗さに僕は息を飲んだ。
柱には眩いばかりに輝く黄金や大理石が使われていた。
壁にはきちんと磨きあげられた鏡、そして異国のタペストリー。
贅沢品と言われる蜜蝋を置くのであろう、燭台も至る所で見かけた。
生れ育った貧しい村の環境とは全く異なることに、僕はただ圧倒させられるばかりだった。
けれども、僕たちが呼ばれたのは公式の謁見の間ではなく、完全に気を許したものしか通してもらえない女王の私室だった。
そしてその場にいたのは、僕も含めてこの前呼ばれたものの半数しかいなかった。
「女王陛下がいらっしゃいました」
家臣の一人が緊張していた僕たちにそう伝えると、僕たちは一斉に彼女に向って片膝をついて下を向いた。
絨毯を軽やかに歩く音が聞こえ、女性らしいが甘すぎない清潔感のある香りが漂った。
僕の前には彼女のドレスの裾だけが見えた。
「立ち上がって面を上げてください」
なんて凛とした美しい声。
僕はそれまで、このような美しい声をもつ女性に出会った事がなかった。
その声に導かれるまま頭を上げると、僕の目に映ったのは濡れたような黒髪に、毛先が切り揃えられた肌の白い女性だった。
僕は美しく描かれている女王のことを知っていても、現実での彼女はもっと厳めしい顔をした人物かと思っていた。
見栄えのいい肖像画と本人が異なることなんて、よくある話なのだから。
でも、彼女は顔は絵と変わらないものの、首はほっそりとしており、身長は普通の女性と変わらない姿をしていた。
際立って他の女性と異なる点を述べるとするならば、物事を冷静に判断し、意志の強さを感じさせる少し端が上がった目つきだろうか。
そして、見たものを一瞬で虜にしてしまうような神々しさ。
僕は実物の彼女の顔を遠くからしか見た事がなく、こんな間近で見るのは初めてだった。
その時は無礼であるという事は頭からすっぽり抜け落ち、彼女の事をまじまじと見つめた。でも、それは僕以外の男子たちも同じだった。
彼女は端から順々に、僕たちの事を上から下に向って、時折体を触ったりしてじっくりと検分していった。
僕たちは彼女から何も問われることはなかったが、急に彼女は可愛らしい桃色の唇を開いた。
「この者にします」
彼女が指名した先にいたのは僕だった。
僕は彼女から、さらにこう言われた。
「美しく従順なお前こそ、私が生涯愛を注ぐのに相応しい相手だと思うのです」
彼女は僕の前に、白い手袋をはめた手を差し出した。
つまり、僕たちが集められたのは女王のための伴侶選びだったのだ。
その瞬間、僕は彼女たちによってなされたことが恐ろしいことだったのにも関わらず、あの山間での出来事は頭の中からすっぽりと抜け落ち、ただ彼女から選ばれたということに有頂天になっていた。
正直に言えば、自分の身体にされたことが一体どういう意味があるのか、真の意味で理解していなかったのもあるだろう。
それが彼女の伴侶となるための試練であったならば、むしろ仕方のないことだとすら思っていた。
僕は彼女の前に跪くと、身に余る光栄ですと呟きながら、彼女の手に忠誠を誓う口づけをした。
彼女は満足そうに微笑み、僕も喜びを隠しきれないといった様子で笑みを返した。
ただ───
もし、僕が反抗的な生徒だったのであれば、もっと違う人生を歩めたのではないかと思う。
あるいは彼らがこの世から手放すには惜しいと思うくらい、成績優秀な生徒であれば。
あの時の僕は確かに従順だった。愚かしいほどに。
僕はその日から、質素な学生服から国の貴族たちが羨むような上質な服へと着替えさせられ、貴族のみが帯同を許される宝石が鞘についた剣も渡された。
城内に用意された私室は、家族で住んでいた家よりもずっと広く、歩くたびに足に心地よさが伝わる柔らかな絨毯、常に暖かさを保ってくれる暖炉が備えられ、寝室には天蓋付きの大きな寝台が置かれていた。
与えられた馬もとても優秀で、僕たちはいいペアになれた。
一方で選ばれたその日以降、僕は王宮で暮らすように命じられて学園へ帰ることはなかった。
僕以外の選ばれなかった他の男子たちは、この一件以降、宮廷でも見かけることは一切なかった。
また僕は栄誉あることなので、当然家族に報告したいと伝えたが、それは宮廷から伝えるので直接連絡するのは控えて欲しいと言われた。
家族の生活についてもきちんと保証すると言われ、彼らに会いに行くことも禁じられた。
すべては外部に王家の秘密を漏らさぬため。
女王の由来である女神を主題とした神話には、女神の夫は死んだのちに彼女の力によって蘇り、子を成したという伝説がある。
神から啓示を受けた王家にはその力があると示すために、この国では国民にはこう説明がなされていた。
王配は自らの種を絶えさせられる代わりに、女王に授けるため、神から与えられた種を体に宿す秘術を受ける。
そして、女王は代々父親とは似ても似つかない子を産み落とす。それが神との契約が今なお続いていることを示す証拠だ、と。
しかし、そんなことは実際にあり得るはずはなかった。
僕が施されたのは、確実に女王との子を成さぬためのただの去勢手術だった。
種については後宮が密かに設置されていた。
もちろんこの秘密は女王と僕、そして宮廷内のごく一部のものしか知らない。
その事実を知ったのは、僕の傷がきちんと塞がっていると確認されてからだった。
僕の寝所には、女王と初めての夜を迎えるため、無礼がないようにしっかり基礎から応用まで学べとある人物が送り込まれた。
僕よりもさらに男性性を完全に取り除かれた、まるで少女のような髪の長い少年。
その行為、もっとわかりやすくいえば、男が女性の体の代わりとして、愛の行為をするための小姓の裸体を見てからだった。