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2.器として

「……殿下? 殿下! ああ、ようやく目覚められた!」


 僕はまどろみながら目を開けると、ぼんやりした白く明るい世界が広がり、何かがうごめいているのを感じた。


 しかし、次第にそれは輪郭を形成していき、僕は声の正体が誰であったかを理解した。



 相手は僕の主治医だった。


「先生……? 僕は一体? 僕はどうしたというのですか? ここは船では?」


 主治医に質問すると、彼は不安を吹き飛ばすようないつもの明るい笑顔を僕に向けた。



 彼によれば、僕は航海の途中に海へ投げ出された。


 何とか救助されて一命をとりとめたものの、長期間意識を取り戻さなかったのだという。


「あなたは女神によって護られたのでしょう。まだ黄泉の世界に足を踏み入れるには早いと。フリードリヒ殿下」


 主治医は僕にそう言って、また微笑んだ。



 その後、僕は彼の観察のもと、しばらく静養した。


 ところで僕は一体何者であるのか。


 単純に答えるとするならば、僕はこの国を治めるシビラ女王の夫である王配だ。


 僕が海に出ていたのは、彼女の代理で異国へ移動するためだった。



「お子様達もとても心配していらっしゃいましたよ」


「あの子たちが?」


 僕の頭の中にはいつも僕を見かけるたびに、いたずらを仕掛けようとしてくる彼らの姿が思い浮かんだ。


「ええ。早く良くなって欲しいと」


「それはそれは。ずいぶんと模範的な回答だね」


 僕の嫌味を含んだ返答に、主治医は一瞬顔を歪ませたものの、すぐに先ほどの笑顔へ戻した。



 女王と僕の間には二人の王子がいる。


 一人は黒髪、もう一人は栗毛。共通しているのは二人とも螺旋のように巻いた毛質で、それが明らかに兄弟である事を示していた。


 けれども───


 僕は黄味がかった毛の色をしている。そしてあのようにカールはしていない。



 見た目からわかるように、彼らは僕の子供ではない。それは紛れもない事実だ。


 けれど僕はそれに対して立てついたり、彼女を非難することは一切なかった。


 いや、言えるだけの権限はないと言った方が正しいか。


 僕に求められていたのは、彼女の伴侶であることを公に示すことだけで、彼らの血のつながった父親であることまでは求められていなかった。



 また、この国では、確実にその親から生まれた事を証明するため女系を中心としている。


 血統を重視する上では、確かに理には適っている。男系では本当に王の種かわかる保証がないのだから。



 そして女王を頂点としているのはそれだけではなく、再生と救済を象徴する古代の女神を信仰していることにも由来していた。


 その神が女王を誕生させよという啓示を出したゆえ、女王の存在は絶対だと僕たちは幼い頃から叩き込まれていた。


 

 では、なぜ僕が彼女の伴侶となったのか。


 僕の伴侶……つまりシビラ女王が18になった頃だっただろうか。


 近い将来に備え、僕は女王の宮廷で働くものたちのために開かれた学園にいた。


 僕は成績で言えば、可もなく不可もなくといったところだった。


 優れている部分といえば、教師の言うことに反抗せず、素直に従う生徒だということくらいか。



 でも、どうやら僕にはもう一つ優れている部分があったらしい。


 それがわかったのは、ある日、僕を含めた10名ほどの生徒が王室所属の施設に呼ばれた日だった。


 上は18歳、下は僕と同じ16歳。


 周りを観察してみれば、皆、僕と同じように良い意味でも悪い意味でも成績に個性がないものばかりだった。



 しかし、外見だけは異なっていた。


 髪の毛や肌の色は違えども、彼らは美しい見た目をしていた。少なくとも僕にはそう見えた。


 呼ばれた施設は王室所属にしてはとても簡素で、人里から離れた山間に位置しており、なぜこのような所に連れて行くのだ? と僕たちは首を傾げていた。



「光栄だと思いなさい。お前たちは選ばれたのだ」


 教官は僕らが詳しい説明を求めても、一切教えてくれなかった。

 

 ただそれだけ言うと、僕たちに何かの液体が注がれたゴブレットを手渡して、それを一度に飲み干しなさいと命じた。


 僕たちは訝しみながらも言われるがままに、それを一気に飲み干した───



 突然世界と遮断された。その後のことは全く覚えていない。


 意識を取り戻した時には、耐え難い痛みが僕の下半身を襲っていた。


 僕は痛みによって叩き起こされたのだ。


 横たわっていた粗末な台の下を見れば、血を含んだ藁が落ちている。

 

 さらに腰より下を見れば……白い布が巻かれていた。


 その時の僕は何が起きたのか、正直よくわかっていなかった。



 ようやくわかったのは、その白い布を解いた時だった。


 僕はあまりにも酷い状態にその場で叫んだものの、僕の入れられた部屋は鍵を掛けられ、窓は格子が嵌められて出られないようにされていた。


 当然、僕と同じ目にあっただろう他の生徒と会話をすることなんて無理だった。


 彼らもどこかに隔離されているのか、僕が誰か! と窓から叫んでも返事は全く返ってこなかった。

 


 それから僕は、食事と共に痛み止めを処方されたものの、独房と化している室内で熱にうなされ数日間苦しんだ。


 ようやくそれから解放されたと思えば、今度は女王が住まう王宮に向うように命じられた。

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