12.想い
僕がここに来てから、一年が経過しようとしていた。
ある日、彼女は午前中に所用で村に行ったあと、浮かない顔をして帰ってきた。
いつも笑顔である彼女にしては珍しい。
どうしたんだろうと僕は思いながら、彼女に何があったのか聞いても詳細は教えてもらえなかった。
午後は二人で畑作業に取り掛かり、日が入り始めた夕方、いつものように僕らは作業から帰ろうとした。
雲がところどころ段をつけるようにして、空を覆い始めている。
その合間から、時折差し込む強い西日がシレーネの髪を赤く染め、毛先のところどころを輝かせた。
なんと美しいのだろう。
僕だけが知っている彼女の美しさ。
この瞬間、彼女に恋をしていた事に僕は初めて気がついた。
思わず僕は、彼女を後ろから抱きしめた。
そのはずみでシレーネが持っていた籠が大地に落ちるのが聞こえた。
「好きだよ」
僕はずっと彼女に思っていた事を伝えていた。
そうだ。自分は彼女の事をいつの間にか愛していた。
確かに女王の事も愛していたのかもしれない。
けれども、シレーネに対しての気持ちと決定的に違う部分があった。
その答えは幸福感だった。
僕はシレーネと一緒にいるときは、温かな幸せを感じられたのだ。
するとシレーネは黙り込んだ後、肩を震わせて何故か泣き始めた。
彼女は僕の手を握ると、腰かけられる大きな岩へと連れて行った。
そして僕に対しての回答はこうだった。
「あなたの希望には答えられない。どうか私の衝動が爆発する前にここを発って。もう私たちは一緒にいてはいけない」
予想外の答えだった。
でも、僕にとっては受け入れられるものではなかった。
「……衝動って? 一緒にいられないって?」
僕は動揺しつつも静かに尋ねた。
彼女は黙っている。
「僕はそんなの嫌だ! どうして? きちんと説明してくれ!」
答えてくれない彼女に、焦った僕は大きな声を出していた。
僕は彼女の両肩を掴むと、何故これ以上一緒にいられないのか激しく問うた。
空はいつの間にか、日が地平線の向こう側へ隠れようとしていた。
彼女は僕から目線を逸らした。
その目にはまた涙が浮かんでいるのを僕は見逃さなかった。
「僕の事を嫌いになった? でもそうなら、どうして君は泣いているの?」
彼女は僕のその言葉を聞いた途端、手に口を持って来ると、声を殺すようにしてもっと泣き始めた。
僕はその様子を何も言わずにただ見守っていた。
少し落ち着きを取り戻したのか、彼女は手を顔からおろした。
そして、僕とは目を合わせないまま口を開いた。
「今日、村に行ったら見かけない人たちがいたの。詳しくはわからないけど、でも、どうやらあなたのことを探しに来ているみたいだった……」
嘘だろ……と僕は思わず声を漏らし、ため息をついて首を横に振った。
「それで、君は彼らに僕がここにいることを教えたの?」
「いいえ。あなたがもう宮廷には戻りたくないことは知ってる。だから彼らには何も話さなかった」
僕は彼女の言葉に安堵した。
あの宮廷に戻るなんて、僕はもう絶対に嫌だった。
とはいえ、もし、本当に彼らが僕を探しているのなら、ここにいて時間見つかるのも時間の問題かもしれない。
だから、僕は彼女に一時的に別のところに行き、ほとぼりが冷めた頃に戻って来る事を提案した。
だが───
「ううん、そういう問題ではないの」
シレーネは首を横に振りながら、僕がそのまま旅立つことを望んだ。
「そんな……じゃあ、それ以外に問題あるというのなら、一体何が問題だって言うんだ?!」
僕は再び声を荒げた。
すると、彼女は手の甲で涙を拭い、唇を噛み締めたあと、こうぽつりと言った。
「いいわ。話してあげる」
僕は息を飲み、背筋を正した。
彼女は大きく深呼吸すると、その続きを語り始めた。
「でも今から話す話は、決してあなたを揶揄するつもりはない……私が話すのは全て本当の話なの」
私は呪われている女なのよ
シレーネは再び涙を流しながら、僕に自身の秘密を打ち明け始めた。




