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#9 移動要塞

 大変な知らせが、王都アルトシュタットの軍総司令部にもたらされた。


「えっ、敵の移動要塞!?」

「詳しいことは分からないが、とにかく、移動可能な要塞を作ったという情報だ」


 そんなものが今、ローゼン平原に向けて移動しようとしていると、国境にいる斥候部隊から連絡があったとのことだ。


「それってつまり、魔導砲をよけながら鉄壁な防御力を誇る攻撃拠点を、敵が作ったということでしょうか」

「話だけ聞くと、そういうことになるな。ともかく、王国総司令部でも情報収集に動いているとのことだ」


 我が巨大魔導砲の存在意義をも揺るがすかもしれないその移動要塞とやらは、まだその素性のほとんどが分かっていないという。ただ、分かっていることは、それがこの王国に向けて動き始めたということだ。

 我が王国の斥候も姿を確認しておらず、どうやら王国内に侵入し捕まえた敵の諜報員からもたらされた情報だという。魔導砲を無力化し、この王国を併合するために作られた究極の要塞だと、そう語ったのだという。


「口だけなら、単なるデマかもしれませんよ」

「いや、実際にこちらに向かっているとの情報だ。無視はできんだろう」

「どうせ大きな魔導砲でも作ったんじゃないんですか?」

「それはそれで脅威だぞ。我々が帝国軍を追い出せたのは、正にこの巨大魔導砲のおかげではないか」


 確かにそうだな。まさかとは思うが、エーリッヒ様を越える魔導師が現れたとか?

 いやいや、それならそれで計算精度の高い算術士もいないと話にならない。しかし、国力で行けば我が王国の5倍はあるという国だ。ルスラン帝国内でその両方が見つかり、要塞と称してこちらに向けて動いている可能性がある。

 となれば、我が魔導砲隊との撃ち合いになるが、もしも我が魔導砲よりも射程が長かったなら……


「何を心配しているんだい?」


 と、考え込む私の顔を、エーリッヒ様がいきなり覗き込んできた。


「あ、いえ、もしも我々を上回る魔導砲が現れたらどうしようかと思ってまして」

「でもさ、その捕虜は単に『要塞』といったんだろう? もしもそれが長射程の魔導砲だったら、そう答えるはずだよ。要塞なんて表現は使わないと思うけどなぁ。だから、心配しなくていいんじゃない」


 相変わらず、能天気というか楽観的というか。こんな性格で、この方はよく今まで生きてこられたものだ。いや、公爵家のご子息だから、周りがしっかりと守りぬいてきたのだろうな。

 ただ、その敵の捕虜自身がその移動要塞とやらを見ていない。ただ、帝都内では高らかに喧伝されており、これが究極の兵器となるとまで伝えられていた、というだけのことだった。

 普通ならば、秘密兵器扱いだ。が、まだ実績も上がる前から喧伝するなどと、よほどの自信があるのだろう。でなければ、帝都中に勝利を前に喧伝などしない。

 ますます気になるな。一体どういう要塞なんだ? 船に乗せられた要塞? いや、それだとエーレンライン河の上しか動くことができない。大型の車輪を付けた要塞? 確かに動くかもしれないが、そもそも誰が引っ張るんだ、そんな重いもの。

 まさか、魔導を動力に変える新たな方法でも思いついたのか? その可能性は十分にありうる。しかし、動くというだけでは「究極」とは言えないだろう。

 我が魔導砲に対抗できる何か、そういうものを持ったものでなければ、究極の要塞などと言えないはずだ。

 しかし、どんな方法があるというのだ? 正体の分からぬものほど、対応に困るものはない。


「うーん」

「珍しいですわね、ハンナがこんなに真剣な表情をするなんて」

「あの、エレオノーレ様。私だって、真剣に考えることはありますよ」

「そうなの? それ、ここをいじくっても同じこと言えるのかしら」

「へ? あ、ああ、ちょ、ちょっと! エレオノーレ様!」


 まだ鉄兜に軍服姿の私の胸に、襟首の辺りから手を突っ込んできた。エレオノーレ様は、そのまま胸の先端部のあそこをこりこりとまさぐってくる。


「あ、あの、こういうことはベッドの上でのみ、お、お願いし……ああ~っ!」

「何言ってるのよ、こんな面白い表情、ベッドまで待てませんわ」


 ここは魔導砲隊の駐屯場だ。そこに現れたエレオノーレ様がいきなり私の胸を直接触り始めたので、隊長をはじめ隊員らも、急に始まった情事に困惑するばかりだ。もちろん、一番困惑しているのは私なのだが。

 おかげで、恥ずかしい声を103魔導砲隊の全員に聞かれる羽目になってしまった。


「あっはっはっ! そりゃあ災難だったなぁ」


 たまたまその場にいなかったエーリッヒ様が、エレオノーレ様の所業を聞いて大笑いなされる。


「いえ、笑い事ではありませんよ。私、もう、隊員の前にまともな顔で出られません……」

「大丈夫だよ。どうせ隊員たちだって薄々ハンナが僕らに何かをされてるかなんて、とうに知っているだろう。それを目の前で見せつけられたところで、何も変わりゃしないって」


 全然フォローになってないな。おかげで、余計にあの隊に居辛くなってきたじゃないですか。明日から、103魔導砲隊の隊員の前にどんな顔で接すればいいと思ってるんです。

 で、翌日の朝、私はいつものように軍服をまとい、ハンシュタイン家のお屋敷を出て103魔導砲隊の駐屯場に向かう。

 恐る恐る、隊員らが集まる部屋の扉を開ける。中にはすでに隊員らが集まっていた。頬に熱いものを感じながら、私は中に入り、敬礼する。


「ハンナ・ハルツェン二等兵、ただいまより軍務に入ります!」


 恥ずかしさをごまかすため、敢えて大声で申告する。が、その時、二人の隊員が立ち上がる。

 観測員のホーエンツォレルン准尉と、シュタウフェンベルク少尉だ。で、この二人は私の前に立つと、それぞれが私の肩に手をポンと置いた。そして、そろってこう呟く。


「お前、相当苦労してるんだな」


 慰めのつもりでそう言ったのだろうが、おかげで昨日のことを思い出してしまった。ますます顔が熱くなる。きっと今の私は、真っ赤な顔になっていることだろう。その正面にいる隊長のリューベック大尉は、不機嫌そうにこちらを見ている。言いたいことは、何となく分かる。が、私も好きでああいう声を出したわけではない。文句ならば直接、エレオノーレ様に言ってほしい。

 が、砲撃訓練場に向かい、そこでいつも通りの訓練に入ると、昨日のことなど忘れて発射準備に取り掛かる。今回の訓練では目標を定めず、荒れ地に弾を放つだけだ。だから最大射程の45度のままで発射方角は正面、弾道計算は要らない。

 その代わり、弾頭重量からの共鳴数の計算に忙殺されることになる。

 今回の訓練では、攻撃力を上げるための装填時間の短縮に重きを置く。だから、30発の魔導弾が用意された。これを立て続けに撃ちまくる。

 おそらくは、未知の移動要塞に向けての対処法としての訓練なのだろう。相手が何であれ、短い間隔で撃ち続けられれば対処できるとの隊長の言葉に従い、装填時間を早めることに集中する。


「それでは訓練開始、初弾装填準備!」


 号令とともに、砲撃訓練が開始される。まずは初弾の重量が量られる。


「弾頭重量、1288タウゼ・シュレベ!」


 早速私は計算に入る。すぐに計算結果が出る。


「共鳴数、15.81!」


 その間に魔導弾は装填されて、尾栓を閉じられ45度方向に砲身を向けるために砲手がハンドルを回していた。その後ろから、別の砲手がダイヤルを設定する。


「よし、行くぞ!」


 気合いを入れながら、エーリッヒ様が伝導石に触れて魔力を送り始める。15秒ほどでぱちんと音がして、ドーンという腹に響く発射音が鳴り響いた。

 順調に飛翔する魔導弾は、約17秒後に着弾する。


「だんちゃーく、今!」


 いつものように、炎と煙が上がり、4秒後に衝撃波と爆発音が届く。それを、いつも通り風除けの盾で受け止める。

 が、今回の訓練は発射間隔を縮めることだ。衝撃波が通り過ぎるや、すぐに盾を放り投げて砲身のそばに駆け寄る。計算尺とメモを握りしめ、待機する。

 いつもなら弾道計算している時間だが、今回は不要だ。代わりに、二人の砲手がハンドルを回して砲身を水平に戻している。その間に、もう二人の砲手が魔導弾頭を吊り上げて、秤に乗せている。


「弾頭重量、1176タウゼ・シュレベ!」


 それを聞いて私は、すぐに計算尺を滑らせる。メモで途中結果を書き留めながら、共鳴数の結果をはじき出す。


「共鳴数、15.11!」


 すでに尾栓は閉じられ、砲身は45度方向に向けられようとしていた。砲手がハンドルで回転させている間に、別の砲手が私の共鳴数をダイヤルに反映させる。

 で、エーリッヒ様が伝導石に触れて、15秒ほどでドーンと魔導弾が発射される。今のところ、計算に狂いはなく、魔力漏れもなく飛翔している。


「だんちゃーく、今!」


 と、17秒後にそれは15タウゼ先で着弾する。その4秒後にまた衝撃波が来る。それを盾で防ぎ、止んだらまた魔導砲に戻る。

 午前中の内に、これを30回、繰り返した。特に砲手は、もうへとへとである。


「最初は1発当たり1分10秒だったが、最後はなんだ! 1分30秒もかかっとるじゃないか!」


 いや、1分30秒でも結構早い方だと思う。かつては2分近くかかってたことを思えば、これでも十分な結果だ。が、隊長は満足しない。


「敵が新兵器を繰り出して、この王国を脅かそうとしているというのに、その王国の切り札がこんな情けない集団でどうする!」


 いやあ、だったら隊長も一緒に動きましょうよ。あなた、ただ砲身のそばで旗を振ってるだけで、特にそれ以上の何かをしているわけではないじゃないでしょう。別に隊長がいなくても、弾が込められて砲身が目標を向けば、すぐにエーリッヒ様が伝導石に触れる。あとはダイヤルによる設定時間が来れば弾が勝手に発射される。どこにも、隊長が旗を振る必然性がない。

 いっそエーリッヒ様を隊長とした方がいいのではないか? そういえばリューベック大尉は元々、小型魔導砲の魔導師だったと聞く。小型砲の魔力装填役に戻った方がこの先、役立つのではないだろうか?

 そんなことを考えつつ、再び駐屯場に引き上げる。4頭の馬が、せっせとあの巨大魔導砲を引っ張る。


「あー、疲れたぜ」


 リューベック大尉は訓練報告と、情報収集のため、軍総司令部へと向かった。隊長がいない中、皆は文句たらたらだった。


「だいたい、隊長が一番不要だよな」

「そうだな。旗を振ってるが、旗なんて誰も見ちゃいないしな」


 そんな話の中に、エーリッヒ様が割り込んでくる。


「ダメだよ、そんなことを言っちゃあ」


 なんと、エーリッヒ様はあの隊長の肩を持つ。それを聞いた隊員らには一瞬、緊張が走る。


「リューベック大尉がいないと、誰かが軍司令部に報告に行かなきゃいけなくなるだろう? それに、旗を振るのが彼の戦場での仕事なんだからさ。どうだい、最近は旗の振り方が、様になってきたと思わないかい?」


 などとエーリッヒ様が言うものだから、笑い声があがる。確かに、何となく旗の振り方に切れがあるように感じるな。私のワルツのように。


「にしても、もうちょっと移動要塞の情報が手に入らないかなぁ。というか、本当にあるのかなぁ、そんなものが」


 エーリッヒ様がそう呟かれる。そう言われても、隊員は答えることはできない。私だって、エーリッヒ様と同意見だ。それに答えることなどできない。

 が、そのタイミングで隊長が戻ってきた。ドアをバンッと開くなり、叫ぶ。


「移動要塞の姿が、確認された」


 一同が立ち上がる。ちょうど今、移動要塞の存在有無について話していたところだった。だから、この報に皆がくぎ付けになる。


「確認とは、我が軍の斥候がですか?」

「そうだ、ついに我が軍が移動要塞を見つけた」

「で、それはどのようなものなのですか!?」

「まあ落ち着け、順に話す」


 移動要塞が、実在した。大変な知らせではあったが、その内容を聞くと、皆が愕然とする。


「移動要塞というのは、70ラーベ四方の真四角な荷車のようなもので、それを50頭の馬で引いて動く、というものだそうだ」

「えっ、50頭の馬?」

「そうだ。しかし、50頭の馬を使っても、せいぜい毎時5タウゼしか進まない、とのことだ」


 移動要塞というのは、70ラーベ四方という、荷馬車にしては途方もなくどでかいものではありながら、毎時たったの5タウゼの速度しか出ないものだという。

 その荷台……いや、要塞の上には見張り台が一つに、魔導砲が7門。そのうち一門だけ比較的大型の砲だそうだ。推定される射程は、8タウゼ。

 それだけ聞くと、大した要塞ではなさそうだ。しかも50頭の馬で引いていると言っても、1時間動くと30分休む、というのを繰り返さないと動かせないほど重いらしく、一日にせいぜい40タウゼ動けばいい方だという。

 そんな要塞を、ローゼン平原に向けて運んでいるのだという。途中のエーレンライン河をどうやって乗り越えるのかは不明だが、ともかくそれが接近していることは確かだ。


「エーレンライン河を越える前に、その移動要塞を叩く、総司令部から命令が出た。我が103魔導砲隊をはじめ、2千の兵が繰り出されることになった」


 ついに、出撃命令が出た。今から出発すれば、4日後にはちょうど私の故郷だったブルメンタール村を越えたあたりで会敵することになるという。

 ならば、そこで馬の休憩のため移動を止めたその要塞に向けて、一撃放ってやればいい。相手は70ラーベもの大きな目標だ。魔導砲台をねらうことを思えば、確実に当てられる。

 しかし、この時点ではまだ気づいていなかった。

 移動要塞の、真の恐ろしさを。

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