表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

#7 渡河

 エーレンライン河、という大河がある。ちょうどローゼン平原を越えた辺りにそれはある。

 ローゼン平原を奪還した我が王国軍は、当然、その川向うまで進撃することとなる。その河を越えてしまえば、私の故郷であるブルメンタール村まですぐだ。

 王国軍がここまで進撃できたという事実に、私は深い感銘を覚える。が、当然ながら、この大河を越えるのはたやすいことではない。

 この河の向こうには、要塞がある。その名も「エーレンライン要塞」。あれをつぶさねば、この河を渡り切るなど不可能だ。

 ……というのが今までの常識であるが、要塞に関して我が国は決定的な兵器を手にしている。

 ところが、である、問題は川岸からその要塞まで、最短でも25タウゼも離れていることだ。つまり、河を渡らなければ、要塞に向けてエーリッヒ様の魔導砲を放つことができない。

 かといって、エーレンライン河にかかる橋をあの巨大な魔導砲が渡ろうものなら、敵は騎兵を使って襲い掛かってくる。接近戦にはめっぽう弱いのが、魔導砲のもつ最大の欠点だ。

 どうやって、敵に気付かれることなくこの河を渡り切り、エーレンライン要塞に接近するか。それが我が103魔導砲隊に課せられた課題だ。

 その話し合いが、軍総司令部の魔導砲連隊の会議室で行われている。隊長は連日、その会議に出席しているが、これといった結論は出ない。


「やれやれ、いつ僕らは河を渡れるのかね」


 能天気な性格のはずのエーリッヒ様ですら、苛立ちを見せる始末だ。もう10日間も何も進まない状況が続く。


「それでいいのではありませんか? 戦に出てしまえば、(わたくし)とはご一緒できないのですから」


 とおっしゃるのは、エレオノーレ様だ。


「そうだな。あと3日くらいは、こういう日が続いてもいいかな」

「そうですわね、あと3日は楽しまなくては」


 ちなみに今、私はエーリッヒ様の寝室にいる。そこにはエレオノーレ様も御一緒だ。ついさっきまでこのお二人は、私のすぐ脇でい・た・し・ていた。その間、ベッドの端で私は何を見せられていたのだろうか? と疑問を抱きながらも、その情事が終わるのをただただ待つしかない。おかげで、こちらまでムラムラしてしまう。

 で、それが終わるや、なぜか私は二人の間に置かれて、今はあるかないかわからない小さな胸を、両側から二人に揉まれてるところだ。

 もう10日間、こんな日が続いている。で、結局私は二人に抱き着かれたまま、寝ることとなる。

 いつも思うのだが、別にここに私が寝る必然性がないように思うのだが、どうやら私の抱き心地がいいのか、二人とも私なしには寝られないとまでいう。

 あと3日間、こんな日が続いたら、私もどうかなりそうだ。

 が、幸いなことに、その翌日の11日目に、ようやく作戦が決まった。


「船で、渡河するのでありますか?」

「そうだ。一度、魔導砲をばらして3隻に分けて、エーレンライン河を一気に渡る」

「ですが、敵に見つかりませんか?」

「今の季節、朝方に霧が出る。その霧に乗じて、敵の目を欺きつつ向こう岸まで渡り切る。その後、同行する200の歩兵隊とともに魔導砲を組み立て、要塞を攻撃する。これが、作戦の概要だ」


 リューベック大尉が、我が隊員全員に作戦内容を伝えてくる。でも、あんな重たいものを船で運ぼうというのか?

 私はあまり船が好きではない。ブルメンタール村から王都まで逃げる際に、橋に向かうものの、すでに帝国軍がこの河の橋をおさえていた。

 そこで、小さな船に数名の村民の生き残りとともに乗り込み、この大きな河を渡り切った。

 その時の揺れる船で酔いを起こし、向こう岸に着くころには胃の中が空っぽになるほど吐いた。

 その時の酷い経験から、船が嫌いだ。

 しかし、さすがにあれほどの重い砲を運ぶ船とあって、それなりの大きな船が使われることになった。


 それから3日をかけてローゼン平原を越え、小高い丘を越えると、広い河が見えてきた。私が数年前、胃袋を空にして以来、眺める大河の姿だった。まだ船にのるまえだというのに、河の姿をみて昔の記憶がよみがえった私は、思わず吐き気を覚える。


「気分悪そうだね、大丈夫?」


 エーリッヒ様が私を気遣う。数年前の船酔いの記憶が生み出した条件反射によるものだから、別に本当に気分が悪くなったわけではない。


「いえ、大丈夫です。ただ、前回ここにいた時に、船酔いを起こした記憶がよみがえったものですから」

「えっ、船って、酔うものなの?」


 貴族は世間知らずだとよく耳にするが、船とは揺れるもので、それによって船酔いが引き起こされることがあることを知らずに、今の今まで生きていたらしい。私の村が目前で帝国軍によって壊滅した経験をしたことを思えば、何と幸せな人生だろうか。さすがは公爵様だ。


「船が来たぞ、総員、積み込み作業にかかれ」


 と会話をしているうちに、船が現れた。が、魔導砲を運ぶ船は、私がしっているそれとはかなり違う。

 一言で言えば、巨木によって作られた丸木舟だった。岸辺に寄せられたその丸木舟に、台車に乗せられた砲身がまず載せられる。

 その後ろにも、2隻の丸木舟が並ぶ。土台と、砲身組み立てや砲弾を吊り上げるための巨大なてこも一緒に載せられた。

 さらに10隻、通常の船も現れた。200人の騎士や銃士を乗せるための船だ。そこに我々も乗り込み、対岸を目指す。

 その上陸地点は、エーレンライン要塞から距離13タウゼの場所を目指す。射程圏内にあることと、かつ間に森があり、要塞守備隊の行く手を阻む場所でもある。

 そこから、前回のブリッツク要塞と同様に、一撃で粉砕する。魔導砲が多数ある要塞だから、同じように誘爆による大爆発を起こすことは間違いない。

 だから、今回の作戦はいかに敵に気付かれずに向こう岸に上陸し、素早く魔導砲を組み立てて一撃を加えるか、である。


「積載完了! 出発します!」

「総員、出発!」


 敵に気付かれないよう、軍用ラッパは鳴らせない。手旗によって出発の合図を送る。まだ夜明け直後で薄暗い上に、霧が立ち込めている。河の向こうが全く見えない。

 本当に狙いの場所に上陸できるんだろうか? 動き出した船の上から向こう岸の方向を見るも、真っ白で何も見えない。

 川幅が800ラーベもある大河だ。霧の中、先導員の勘だけを頼りに進む。それにしても、以前の船ほどではないがこの船もよく揺れる。初春の今は、上流にある山脈の雪解け水が流れ込み、それがいつもより大量の水をもたらし、速い流れを作り出している。霧もその副産物だ。

 うう、だんだんと酔ってきたぞ。早く向こう岸につかないのか。私の願いとは裏腹に、前も後ろも川面しか見えない。


「顔色が悪いけど、大丈夫?」


 ところがである、私は船酔いし始めているというのに、この能天気貴族様は平気なようだ。やはり、育ちだけでなく体力も違う。


「い、いえ、ちょっと酔っただけで……ううっ!」


 と、私は急に吐き気をもよおして、船の縁に走り込み胃の中身を洗いざらい吐き出す。やっぱり、船は苦手だ。これ、帰りも乗らなきゃならないのか。そう思うとますます気分が悪くなる。


「あーあ、ハンナは揺れに弱いんだねぇ。大丈夫かい?」

「しっかり訓練しとらんから、そうなるんだ! 気合いを入れろ、気合を!」


 エーリッヒ様とリューベック大尉がそんな私に言葉を投げかける。いや、隊長の方は単なる怒りか。

 と、私がちょうど胃袋の中身を出し切ったところで、やっと向こう岸が見えてきた。うっすらと、河原と森の木々が霧の中に浮かぶ。


「上陸する、直ちに魔導砲を設置するぞ!」


 隊長はやる気満々だな。しかし、我が隊にも船酔いを起こす者がいて、同様に河の中に胃袋の中身を吐き出している。大丈夫だろうな、この作戦。

 ドーンという衝撃とともに、向こう岸に到達する。船に乗った兵士らとともに、私は一斉に降りようとする。が、ふらついて立ち上がれない。

 そんな私を、ひょいと担ぐ者がいる。


「僕が運んであげるよ。それじゃ、いくよ」


 と、なんと私を抱えたまま、船を飛び降りる。隊員や兵士らの後を追うように、私を抱えたままエーリッヒ様も足場の悪い河原の石の上を走り抜ける。


「も、もう大丈夫でございます、ですから……」

「だめだめ、その体力、算術のために取っておいてもらわないと、困るのは僕らだからね」


 うう、エーリッヒ様にあらぬ心配をかけてしまった。私としたことが、なんという虚弱体質なのか。ふがいない自分に、今さらながら呆れてしまう。

 すでに丸木舟は接岸し、組み立てが始まっていた。大きなてこで砲身が吊り下げられ、正に土台に据え付けられようとしている。

 あたりを見回すが、まだ霧は濃い。近くの森の木々ですら、ぼんやりとしか見えない。が、この霧によって、敵の目からも見えていない。

 しかし、だ。その森の中から何か、動く者が見える。なんだろう、鹿でも現れたか? いや、あれは鹿ではない。現れたのは、明らかに人だ。それも、帝国軍服を着た5人の守備兵だ。

 その守備兵は最初、我々を見て同じ帝国軍だと思ったようで、こう叫んできた。


「我々は第3守備隊の者だ。貴官らは、どこの所属か?」


 だが、こちらは皆、腰の剣を抜き戦闘態勢に入る。おまけに、その守備兵らにもあの巨大な魔導砲の姿が見えて、ようやくここにいるのが王国軍とわかったようだ。

 多勢に無勢、戦うより、この事実を要塞に知らせようと考えたのだろう。すぐに森の中へと走り出す。

 まずい、あれを取り逃がしたら、せっかくの隠密作戦が無駄になってしまう。兵士らも追うが、このままでは逃げられてしまう。

 と、そのときだ。私を下ろしたエーリッヒ様が、突然何かを呟き出す。


「……水の精霊、森の神よ、我が魔導をもって、悪しき者をその水弾によってその命を絶て!」


 するとエーリッヒ様の差し出した腕の前に、5つの水の玉が浮かび上がる。人の頭ほどのそれは、やがて猛烈な勢いであの5人の敵兵へと飛翔していく。

 エーリッヒ様の放った水弾を後頭部に受け、バタバタと倒れる敵兵。私たちは駆け寄り、その姿を見る。勢いよく叩きつけられた水の玉は、敵兵の首をへし折った。5人とも、すでに絶命していた。

 が、念のため銃士らがその5人の左胸に銃剣を突き刺し、とどめをさしていた。ともかく、敵に我々の存在を敵に知られることはどうにか阻止できた。

 しかし、だ。それ以上に私は、初めて魔術というものを目にした。


 魔導砲ができる前は、詠唱により自身の魔力を実体に変え、それを敵の兵にぶつける。古典的ともいえるその技は、ここ最近は魔導砲の発達によって見られなくなった。


「どうだい、僕だって一応、魔導師だからね。古典魔術だって使えるんだよ」


 と、自慢げに語るエーリッヒ様だが、私はその威力に驚くばかりだ。なるほど、マスケット銃や大砲が現れ、平民でも魔術以上の力を得たとされる現代においても、古典魔術は脅威というわけか。


「組み立て、完了いたしました。現在、魔導弾の測定に入っております。霧が晴れて目標を観とめ次第、直ちに砲撃に入ります」

「うん、そうしよう。ハンナ、いつもとは逆に、まずは共鳴数の計算をしておいてくれ。弾道計算は、要塞の姿を捉えた後に行う」


 先に砲身に込める弾の共鳴数を計算しておき、目標を見定めたら砲身を向ける。そういう手はずになっている。


「砲身重量、1233タウゼ・シュレベ!」


 それを聞いた私は、計算尺とメモを取り出して共鳴数の計算に入る。毎回、発射直前に弾頭の重さを測って、それに見合う共鳴数を算出する必要がある。

 弾頭なんて運び出す前に、その重さを測っておけばわざわざ前線ではかる必要なんてないじゃないか、と言われそうだが、残念ながらそれはできない。

 というのも、魔導弾というのは時間とともに重さが変化するからだ。空気中を流れる、エーテルと呼ばれる目には見えず感じ取ることもできない不可思議な物質を取り込むためだと言われているが、確かなことは分からない。が、撃つ直前でなければ、その正確な重さは知ることができない。

 魔導砲の厄介なところは、現場にてその弾頭重量を測り、共鳴数を計算しなくてはならないことだ。このために、私がいる。


「共鳴数、15.47!」


 すぐに共鳴数を知らせる。すると尾栓を開けて砲弾を装填し、その線を閉じる。伝導石につながったダイヤルが、私の指示した共鳴数に合わせて設定される。

 霧が晴れ始めた。森の木々の向こうに、砦がいくつか見える。要塞の姿を捉える。

 それを見た観測員が、急ごしらえの見張り台から測距器でその砦までの距離を測る。


「距離、1276ラーベ! 方位角、左37度! 風向、左におよそ毎秒5ラーベ! 向かい風、7ラーベ!」


 風向と距離、方角が知らされる。私は弾道計算を行う。風がちょっとあるな、その分を考慮して、私は計算結果を知らせる。


「方位、左36.3度、仰角29.4度!」


 それを聞いた砲手らが、一斉に砲身を動かし始める。私は、双眼鏡で要塞方向を見る。

 どうやら、あちらもこちらを見つけたようだ。砦の上から何かを叫ぶ兵士の姿が見える。が、時すでに遅し、こちらはエーリッヒ様が魔力を込め始めていた。

 ぱちんと、伝導石が尾栓から弾ける音が響く。と同時に、我が巨大魔導砲が火を噴いた。

 到達時間はおよそ12秒。観測員が、懐中時計を見ながら叫ぶ。


「だんちゃーく、今!」


 その合図と同時に、ちょうど私が見ていた砦の根元あたりでパッと赤い光が光る。が、遅れて、要塞全体が炎と煙に包まれる。

 3秒ほど経ち、衝撃波と爆発音がこちらにも届く。エーレンライン河の川面が波打ち、陸付けされた船が揺れる。

 相変わらず、身体が吹き飛ばされそうなほどの衝撃だ。しかし、そんな私をエーリッヒ様が抱きしめてくださる。おかげで、吹き飛ばされずに済んだ。


「観測員! 敵要塞はどうか!?」


 リューベック大尉が、エーレンライン要塞の様子を観測員に尋ねる。が、肝心の見張り台が衝撃波で倒され、それを数人の兵士が何とか立て直そうとしているところだった。


「しばし、待機を!」


 もしも要塞一部でも未破壊の場所があれば、もう一撃加える必要がある。それを見越して、もう一発の弾頭がすでにはかりに乗せられようとしていた。が、観測員からの返答は、その弾を必要としないという結論を出すのに十分なものであった。


「要塞壁内、全域が煙に包まれております! ブリッツク要塞の時と、ほぼ同様です!」


 つまり、一撃で要塞破壊に成功したとの知らせだ。200人の兵士らが、一斉に歓声を上げる。


「よし、作戦成功! 合図の狼煙を上げよ!」


 すっかり霧が晴れたこのエーレンライン河の岸辺から、一本の狼煙が上げられる。その色は、青色。つまり要塞破壊に成功、という意味である。

 この狼煙をよって、ローゼン平原で待つ王国軍本隊2千に作戦成功が伝えられる。そして本隊が、エーレンライン河の橋に向けて行軍を始めることになっていた。

 が、我々は逆だ。守備隊の生き残りが、この魔導砲破壊を仕掛けてくるかもしれない。


「直ちに撤収する! 魔導砲、および兵員は速やかに撤収する!」


 リューベック大尉の叫び声で、早速魔導砲がばらされる。丸木舟に乗せられ、河の向こうへとこぎ出した。なお、魔導弾や大型のてこはその場に残される。持って帰る手間にかかる時間が惜しい。魔導砲の本体に比べたらいくらでも変わりがあるものだから、その場にて捨てていくこととなった。

 で、私は再び、揺れる船に乗る羽目になる。が、帰りは視野が広いおかげか、船酔いにはならなかった。

 もっとも、その帰り道で私はエーリッヒ様の抱き枕として、王都に戻るまでの3日間を過ごす羽目になるのだが。


 さて、その後の戦いの推移であるが。

 要塞を失った帝国軍は、反撃する力が残されていなかった。わずかに100人ほどの守備隊が残っていたが、2千の王国軍に抗うほどの力もなく、あっけなく撤退していった。

 そして、私の故郷であったブルメンタール村の地域が奪還されたとの知らせが、ちょうど王都に帰還した我々の元に届けられたのであった。

 我々は、王国本来の土地をすべて、取り戻したのである。それは私の念願がかなったことに他ならない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
男の浪漫、3Pにはならなかったのね、残念 砲艦って、荷詰め、運搬、荷降ろしが面倒すぎるから生まれたのですかね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ