#6 許嫁
「ふうん、この貧弱そうな娘が、算術士のハンナと言うのね」
エーリッヒ様の許嫁であるお方、エレオノーレ・フォン・ヴェルテンベルク様が、私を見るなりそう言われた。明らかに、私を見下している物言いである。そりゃあ、どう見たって私は平民で貧相な娘。片や、王国三大公爵家の一つであるヴェルテンベルク家のお嬢様である。
「そうなんだよ、その貧弱なところが、たまらないんだよ」
耳を疑うようなことを平然と言われるエーリッヒ様に、エレオノーレ様はこう返す。
「変なお方だとは思ってましたけど、まさかこれほどまで歪んだ嗜好をお持ちとは、エーリッヒには毎度、呆れますわね」
「なあに、エレオノーレだって絶対に気にいるさ」
「そうかしら?」
エーリッヒ様が、なぜか婚約者のエレオノーレ様に私のことを持ち上げておられる気がする。しかし先ほどからのエレオノーレ様の放つ私に対する言葉は、ほぼ突き刺さるような辛辣なものばかり。だがどうして、エーリッヒ様はここまで自信満々に私を紹介なさるのだろう。
などと思っていると、エーリッヒ様がとんでもないことをおっしゃる。
「そうさ、今夜、一緒に寝てみると分かるさ」
……えっ、私は今晩、エレオノーレ様と一緒に寝ることになるの? いや、どうして私はエーリッヒ様の婚約者の方と一晩、寝床で過ごさなくてはならないの? 私の脳裏には疑問しか湧き出てこないが、それをこの場にて問いただす勇気はかけらもない。
「仕方ありませんわね、では、そうさせていただきますわ」
しかもこの許嫁のお嬢様は、その提案をあっさりとお認めになられた。やはり、貴族という人種の考えることは、私には一切理解できない。
とはいえ、私にはこの昼間にやるべきことがある。当面は、それに没頭せねばなるまい。
それは、魔導砲の訓練場での実験だ。
「先日の、火薬大砲を用いたルナストーン製砲弾の応用を考えてみた」
リューベック大尉が、高らかにそう宣言する。そして、訓練場の離れた一点を指差す。そこにあるのは、緑色の旗が立てられているだけだ。
「では、これより砲撃実験を行う! 総員、配置に付け!」
私は計算尺とメモ帳を取り出す。観測員が、測距器を使ってその旗までの距離と方角を知らせる。
「左3度、距離1485ラーベ!」
私は計算尺を用いて弾道計算を行う。ほぼ無風状態。私の脇では、魔導弾頭の重量測定が行われている。
「方位角、左3度そのまま、仰角42.1度!」
その直後、魔導弾頭の重さが知らされる。
「重量測定! 1184タウゼ・シュレベ!」
即座に共鳴数の計算に入る。その間に、弾頭が砲身に詰められて尾栓を閉じ、目標へ向けられる。いつものように、スケール軸が目盛りの間に止まる。その目盛りのない範囲の対数値を、私は読み取る。
「共鳴数、15.16!」
すでに目標へ向けられた砲身の、その後端部に取り付けられたダイヤルに、私の算出した共鳴数が入る。すると、魔導伝導石にエーリッヒ様が触れる。
15秒ほどで、パチンと音が鳴り、伝導石が尾栓から離れる。と同時にドーンという炸裂音が響き渡り、弾は緑の旗目掛けて飛んでいく。
「だんちゃーく、今!」
約15秒後、観測員の合図と同時に魔導弾が着弾する。パッと赤い炎が光るが、実はあの緑の旗の辺りには仕掛けがある。
次の瞬間、猛烈な勢いで地面が吹き飛んだ。100ラーベ四方ほどの地面が、弾き飛ばされるように破裂する。
で、4秒後に、いつものように強烈な衝撃波が到達する。バリバリと風除けを震わせつつ、その強い風の壁に抗う。
「やったぞ、成功だ!」
あの緑の旗の立っていた場所を中心に、100ラーベ四方にルナストーンのかけらがまき散らされていた。採掘されたいびつな形のルナストーンは、削られて魔導弾や砲弾を作るが、その際にできる削りカスが生じる。それを、満遍なくばらまいてみたのだ。
一つ一つは小さいから威力は弱い。が、量が多いから一様に誘爆し、地面を吹き飛ばす。
ちょうど敵の兵士がその真上を通ったときにこれを食らったら、数百人単位の部隊を消滅させられるほどの威力になると予想される。
「さすがはエーリッヒの魔力ね。にしても、あれだけの魔力値の共鳴数をよく正確に計算できる者を見つけられたわね」
「今のところ、百発百中さ。どうだ、すごいだろう」
「貧弱な身体のわりに、計算能力は抜群ってわけね。もっとも、エーリッヒが夢中なのはそれだけが理由じゃなさそうだけど」
っと、そうだった。今日、この場にはあの許嫁のお嬢様もいらっしゃるのだ。初めて目の当たりにするエーリッヒ様の魔導砲を見て、感心なされているご様子だった。
ちなみにエレオノーレ様も魔力持ちだ。それも、ただならぬ魔力値だ。その値、およそ600マジル。エーリッヒ様と比べたら10分の1以下ではあるが、これほどの魔力値なら、王国でも10本の指に入るほどの強さだ。ただ、お嬢様というだけで魔導砲隊を組織していない、というに過ぎない。
将来はエーリッヒ様とご結婚なされ、子を産み、さらなる魔力値を持つ子孫を残すつもりなのだろう。それゆえに、おそらく王国貴族のお嬢様では最大魔力を誇るエレオノーレ様がエーリッヒ様の許嫁とされたのも分かる。
いわば政略、いや、戦術結婚なのだが、この二人は幼いころから交流があるからか、仲は良さそうだ。こういう本人同士の意思とは無関係に決められた結婚相手同士は、必ずしも相性が良いとは限らない。が、このお二人に関しては、その心配だけはなさそうだ。
「なんですの? 私の顔に、何かついているのかしら?」
そんなエレオノーレ様を思わずじっと見てたら、その視線に気づいたエレオノーレ様が私に向かって、鋭い目線を返してきた。
「あ、いえ、その……申し訳ありません」
「私の魔力値がエーリッヒより低いと、侮っているのではなくて?」
「まさかそんな。エレオノーレ様は、この王国でも十指に入るほどの魔力値を誇ると伺っております」
「そうなのよね。ところでエーリッヒの砲撃を見ていたら、私も一撃、撃ちたくなってきましたわ」
「は?」
突然、奇妙なことを言い出すエレオノーレ様。
「あ、あの、まさかこの魔導砲を使われるので……」
「まさか。こんな化け物、エーリッヒでなければ扱えないわ。私が使うのは、あれよ、あれ」
と、手に持っていた扇子をたたみ、それで何かを指す。その先には、小さな小屋に収められた中型魔導砲と、魔導弾頭が数発ある。
「ええと、今からあれをお使いになさるので?」
「私とて、時々は魔導砲を扱わなくては、せっかくの魔力が鈍ってしまいますわ。せっかくですし、あれを使わせてもらいましょう」
中型と言っても、重さがだいたい120タウゼ・シュレベほどの魔導弾を撃ち出せる、比較的大きな砲だ。その弾頭重量こそエーリッヒ様の10分の1ほどだが、だいたいエーリッヒ様が規格外すぎる。普通はこの重さの魔導弾でも、かなり大型の部類になる。
聞けば、エレオノーレ様の正確な魔力値は622マジルとのことだ。運び出された中型の魔導砲と魔導弾が、訓練場に設置された。
この口径の砲とエレオノーレ様の魔力値ならば、初速度はおよそ毎秒80ラーベ。射程は600ラーベといったところだ。
火薬大砲が400ラーベなのでそれよりも長距離だが、さらに破壊力が違う。着弾した周囲20ラーベ以内のものを焼き尽くせるほどの破壊力がある。20人の小隊ならば余裕で全滅させられる。これが、火薬砲弾にはない魔導砲の特徴だ。
「方位角、左右0度! 仰角45度!」
特に目標はないため、最大飛距離の出る45度の角度で飛ばすことになる。その間に、弾頭の重さが量られる。
先ほどよりも小さな弾頭だ。3人がかりで抱えれば簡単に計量器に乗せることができる。その重量が読み上げられる。
「弾頭重量、121タウゼ・シュレベ!」
それを聞いた私は、すぐに共鳴数を計算する。
「共鳴数、16.6!」
この大きさの弾頭ならば、いつものように4桁読む必要がない。3桁で十分だ。
「さあ、私の魔力を、見せてあげますわよ!」
意気揚々なエレオノーレ様が、尾栓に付けられた魔導伝導石に触れる。
ちなみに、共鳴数というのは砲の大きさに依らず、大体12から17の間に来るようにされている。
理論上は、エレオノーレ様がエーリッヒ様の巨大魔導砲に魔力を込めることも可能だ。10倍の時間はかかるが、撃つことはできる。
が、魔導師というのは20秒近く、魔力を流し続けると身体に不調をきたす場合がある。魔力を流し続けることは、それだけ体に大きな負担をかけることになる。
かといって、共鳴数を短くするということは、弾頭を小型にすることになるため、できる限りの破壊力と飛距離を求めたいので、できうる限り大きな魔導弾を使うこととなる。そこで、共鳴数が12から17秒程度になるようにするというのが、魔導砲の基本である。
その魔力装填時間の限界とされる17秒ほどが経過し、パチンと伝導石が弾き飛ばされる。と同時に、ドーンという発射音が鳴り響いた。
弾は10秒ほどで弾着し、650ラーベ先で大きな炎を上げる。
そういえば、エレオノーレ様の魔力属性は炎だと聞いた。魔導弾に込められた魔力は爆発に変換されるため、属性自体は何であっても同じ効果しか出てこないはずだが、炎の色がいつもより赤く感じるのは魔力属性のおかげもあるんだろうか。
弱いながらも、それでも立っているのがやっとなほどの衝撃波が到達する。やはり王国屈指の魔力値を持つお方だけはある。
「どうです? エーリッヒほどではないですが、私もこの程度の力は持っているのですわよ」
「は、はい、素晴らしいです、エレオノーレ様」
と、なぜか私を見ながら自慢げに語るエレオノーレ様。うーん、もしかして私、目の敵にされたのかな。その心情を測りかねて、半ば苦笑いで応えるしかなかった。
で、屋敷に戻ると、いつものように入浴と食事を終えて、就寝の時間を迎える。
通されたのは、ハンシュタイン公爵家の屋敷内にある、エレオノーレ様のお部屋だ。
白い寝巻を着た私を見て、エレオノーレ様は自身のベッドに手招きする。緊張の中、私はすごすごと進み出て、ベッドの上に座る。
同じような白地の寝巻を着ているのだが、とにかくこのお方は胸がでかい。私と比べたら、エーリッヒ様の魔導砲弾と、マスケット銃の銃弾ほどの違いがある。その巨大な砲弾……ではなく、お胸を私に見せつけながら、じーっとこちらを見る。
「あなた、貧弱と思ってましたが、意外に肉付きがいいですね」
エレオノーレ様がそうのたまうが、それはそうだ。なにせここ最近の夕食では、公爵家で良いものを食べさせてもらっている。それは肉付きだってよくなるはずだ。
もっとも、胸にはそれほど栄養が回っていないようで、身体全体がただふくよかになっただけだ。
しかし、そんな私を見たエレオノーレ様は何を思ったか、私の服の上半身をバサッとはがす。
えっ、いきなり何? エレオノーレ様のこの不可解な所業に戸惑う間に、なんとエレオノーレ様も上半身をさらす。平らな私の胸が、露わになる。
そして、エレオノーレ様は分厚い二つの塊を、なんと私の平原の小石のような胸に押し付けてきた。
「むふーっ、ほんと、エーリッヒが気に入るわけですわ。なんて可愛らしいのかしら」
……えっ、ちょっと待って、私ってばかなりやばい状況に置かれ始めているのでは?
などと考える間もなく、エレオノーレ様の手が私の胸の辺りから、徐々に下半身の方へとまさぐっていく。
「い、いや、あの、エレオノーレ様……」
「こっちはまだ、エーリッヒですら手を付けてないんでしょう? ならば私が、あなたの初めてをいただくとしましょう」
「ああ~っ!」
その日の夜のことは、それからあまり覚えていない。
いや、記憶にはしっかり刻まれているのだが、できれば思い出したくないと言った方が正確だろうか。
はっきりしているのは、その夜を境に、私はどういうわけかエレオノーレ様にも気に入られてしまうこととなった、ということだ。エーリッヒ様にエレオノーレ様、このお二人は、私のどこが気に入ったのか。