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#5 平原

「ローゼン平原を目指すことになった」


 と、隊長が宣言する。


「平原、でありますか?」

「そうだ。ブリッツク要塞が無き今、奪われた国土を取り戻すいい機会だと、軍総司令部で決定されたのだ」

「ですが、そこに我が103魔道砲隊も出撃するのでしょうか?」

「当たり前だ。敵を上回る破壊力と射程、活かさないわけにはいかないだろう」

「ですが、魔導砲は平原戦闘にはもっとも向かない兵器ですよ。攻城戦や要塞と違い、平原に広く展開する通常の兵士相手では狙いを定められない上に、最悪、動きの取れない魔導砲隊が敵に囲まれてしまいます」

「無論、我々だけで行くわけではない。銃士隊に火薬砲隊、小型の魔導砲隊も護衛してくれる。だから、心配はいらんだろう」


 リューベック大尉は砲手らの懸念を払しょくしようとするが、私を含め、この魔導砲隊員らの不安はまったく消えない。

 というのも、ルスラン帝国には「軽騎兵隊」と呼ばれる厄介な部隊がいる。

 帝国産の足の速い馬にまたがって突進し、一般兵のマスケット銃の斉射すらもかわすほどの機動力の高さを誇るその部隊は、銃士隊を護衛に付けたところでどうにかできるものではない。その数は300ほどだが、その威力は1千の軍に勝るとまで言われている。

 過去に何度もこの帝国の軽騎兵隊に魔導砲隊が殲滅されたことがある。それを知っているからの隊員の懸念なのだが、それをまるで説得力のない言葉で返す隊長に、私は愕然とするしかない。


「まあ、いいんじゃない? いつかは攻め入らなきゃならない場所なんだし、ましてや軍司令部からの命令でしょう? 逆らうわけにいかないよ」


 とまあ、そんな不安だらけの魔導砲隊員を前に能天気をかますのは、エーリッヒ様だ。

 が、このお方はただの能天気ではない。


「しかし、他の魔導砲隊と違って、うちは砲も弾も巨大だ。平原戦闘となれば、間違いなく帝国軍は軽騎兵隊を出してくる。それに対する打ち手もなしに攻め入るのは、愚の骨頂だよね」


 さすがはエーリッヒ様だ、隊員の不安をそのまま隊長の前で口にしてしまった。さすがの隊長も、この一言に返す言葉もない。


「出発は一週間後だ。それまでに、みんなで対策を考えようか」


 エーリッヒ様のこの一言で、今日のブリーフィングは解散となった。

 で、私は例によってエーリッヒ様に屋敷に連れ込まれ、夕食と入浴の後はいつも通りエーリッヒ様の寝室に連れ込まれた。

 そのことをご当主様も御存知のはずで、しかもエーリッヒ様には許嫁がいると聞いている。にもかかわらず、私がエーリッヒ様の寝室に入ることはまったくおとがめなしである。それどころか、


「エーリッヒ様、そんなにその娘が気に入ったのか」

「はい、お父上」


 などと私を前に会話するほどである。大丈夫だろうか、この親子は。

 で、いつものように胸の辺りをまさぐられながら、寝入ってしまうエーリッヒ様の腕の中で、私は考えた。

 平原、そう、まるで私の胸のように、身を隠す場所のない開けた場所。そこを、縦横無尽に駆け抜ける軽騎兵隊を相手に、我が巨大魔導砲はほとんど意味をなさない。

 相手が魔導砲弾でも抱えているのなら、その進路上を狙って発砲してやれば誘爆をさせることができるかもしれない。が、軽騎兵隊とはつまり、一般兵である。魔導師というわけでもないから、そんなものを抱えているはずがない。

 軽騎兵隊の武器とは、短い携行型のマスケット銃、もしくは剣や槍だ。つまり、接近戦を得意とし、命中率の悪いマスケット銃の一斉射撃にもひるむことなく突進してくる。

 厄介な相手だな。もちろん、こちらも騎士がいるが、軽騎兵隊は乗っている馬の突進速度で勢いづけて長剣で斬り込んでくるから、硬い鎧をまとった騎士ですらも斬殺することができるという。名前こそ軽騎兵だが、その攻撃は速くて重い。

 エーリッヒ様の魔導砲の最大の利点は、ルナストーンでできた魔導弾を共鳴させ、誘爆させられることだ。この有利さをどうにか軽騎兵隊への攻撃に活かすことができないか? いや、今度の敵はそもそも魔導弾など持たない相手だった。いくら考えても、エーリッヒ様の魔導砲が機動性のある部隊に対して効果的な攻撃ができるとは思えない。

 とにかく、二重三重の防御陣形を敷いて、その間に軽騎兵隊以外の敵歩兵を倒し、味方の犠牲を強いながらも勝利に持っていくしかないか。いやあ、それではこの戦いで勝てても、犠牲が多い分、その後の戦争継続に大いなる支障が出る。

 戦いは、この平原だけではない。その平原を越えた先にある大河を越え、私の故郷まで奪い返してもらわなければ意味がない。

 などと、悶々としながら抱き枕にされる生活が、6日間続いた。

 いよいよ、明日はローゼン平原へ出発だ。何の策も思いつかず、ともかく分厚い防御陣形で軽騎兵隊に対処し、敵の本隊をエーリッヒ様の砲で削り取り勝利する、という作戦が取られることとなった。

 その出発前日のその日、私とエーリッヒ様は、王都のはずれにある訓練場へと向かう。そこは魔導砲ではなく、火薬大砲による訓練場だ。


「弾込めーっ!」


 魔導砲とは違い、鉄製の弾を詰め込み、火薬の詰められた袋を放り込んで尾栓を閉じる。上に空いた小さな穴に火薬を注ぎ、たいまつを押し付ける。

 すると、細い穴に詰まった火薬が鉄球の後ろに詰められた火薬袋まで火を導く。引火した火薬が一気に暴発し、鉄球を弾き飛ばす。

 そこにも算術士が付き、弾道計算を行う。が、魔導砲と比べると火薬による揺らぎが大きく、なかなか思い通りには飛んでくれない。着弾点は、狙いに対しておよ2、30ラーベのばらつきがある。

 あれでは軽騎兵隊を狙うなど不可能だ。せめて飛翔した鉄球が爆発してくれるのであれば、軽騎兵隊の進路上を狙えばあるいはその機動性をそぐことができるかもしれない。が、ただの鉄の塊であるため、当たらなければその対象を破壊することはできない。

 しかし、魔導砲というものは魔導師以上の数をそろえられない。せいぜい20隊の魔導砲隊しかいない我が王国において、その代わりともいえる火薬大砲隊は戦力として期待される存在である。その数も、200を越える。魔導砲の10倍もの火力である。

 しかしなぁ、いくら強力でも当たらなければ意味のない大砲なんてものをそろえたところで、いかほどのものか。私はその訓練の様子を見ながら、そう考えた。

 が、そこで不可思議な光景に出くわす。


「エーリッヒ様」

「なんだい?」

「あの大砲隊ですが、弾の色が変です」


 そう、鉄製のはずなのに、妙に赤い色をしている。錆びているのか? いや、そういう色ではないな。なにせそれは、私にはなじみある色だったからだ。

 つまり、ルナストーンで作られた砲弾だ。


「ああ、あれは魔導弾と同じ、ルナストーン製の弾だ」

「鉄製ではないのですか?」

「鉄は貴重だからね。それに比べたら、ルナストーン自体は王国内の鉱山で簡単に入手でき、しかも加工も容易だ。だからああして、鉄弾の代わりに使うこともあるようだよ」


 ああ、そういうことか。言われてみれば、鉄をわざわざ使うよりは安上がりかもしれない。ましてや、ノルトバッハ鉱山を奪還した今となれば、ルナストーンの方が鉄鉱石よりも入手しやすい。

 しかし、火薬式の弾として使う限り、いくらルナストーンといえどもただの石と同じ。当たらなければ、何の効果もない。火薬大砲で放てば、着弾しても爆発はしてくれないから、単なるルナストーンの無駄遣いだ。

 が、私はその光景を見て、ふとひらめいた。


「エーリッヒ様!」

「な、なんだい?」


 私がいきなり大きな声を上げたので、やや驚いたエーリッヒ様に、私は構わず続けた。


「我が魔導砲隊を守備する大砲隊には、ルナストーン製の弾のみを使わせましょう!」


 一瞬、何を言っているのかといいたげな表情でこちらを見ていたエーリッヒ様だが、すぐに私の意図を理解した。


「そうか、そういうことか。うん、いい考えだ。それで行こう」


 なお、同じ話をリューベック大尉にもしたのだが、こちらはその意図を理解できなかったらしく、ただ怪訝な表情を浮かべるばかりだ。


「確かに、鉄の弾をそろえるよりは安上がりで大量に用意できるが……何の意味があるというのだ?」


 エーリッヒ様も認可されたその戦術に、隊長や他の隊員は、首をかしげるばかりだ。

 が、エーリッヒ様がその意図を隊員らに説明するや、皆、顔色が変わった。まさか、そんな使い道があるとは皆思わなかったようだ。


 そして、三日後。


 我々は、ローゼン平原にいた。小高い丘の上に陣を構え、我が魔導砲の周りには、ずらりと火薬大砲隊が並ぶ。その数、30隊。

 無論、その大砲隊を守備する銃士隊が400名、剣士が300名いる。重騎士も20人はおり、エーリッヒ様を護衛すべく魔導砲の周りに立つ。

 もちろん、我が103魔導砲隊以外にも、5つの魔導砲隊が加わった。それらを守る兵も合わせると、王国側は総勢2千を越える兵力となる。

 一方、敵も現れた。敵の数はおよそ1万。魔導砲隊も20ほどがいる。が、その後方より、我々が最も恐れる部隊が姿を現す。

 軽騎兵隊だ。その数、およそ300。300頭の馬にまたがった、軽装の防具に長い剣を背中に抱えた騎兵が、整然と現れる。そして両軍が10タウゼほどの距離を挟んで対峙する。

 攻め入ったはずの我々は、陣形を保ったまま動かない。それを見て先に動いたのは、敵の方だった。歩兵、銃士隊が前進を始めると同時に、軽騎兵隊が突進を始める。


◇◇◇


 王国のやつらは、過去に学ばない。

 いや、学んだところで、打つ手なしといったところか。

 このローゼン平原の端に鶴翼陣形で展開する王国軍は、中央の丘の上に、例の大型魔導砲を設置している。

 あの巨砲は要塞には有効だが、平原に広く展開する帝国軍1万に対し、あれがどれほどの効果を持つのか? ともかく、王国側にはあれ以上の切り札がないと見える。だからこそ、この広い戦場にも駆り出してきた。

 が、あの程度の陣列で、我が帝国軍の軽騎兵隊をどう防ぐというのだ?


「狙いはやはり、中央のあれですな」


 幕僚の一人がつぶやく。ルスラン帝国軍の将軍は腕を組んだまま、それに答える。


「当たり前だ。全軍、前進しつつ、まず軽騎兵隊を突入させるぞ」

「目標、敵大型魔導砲、でございますな」

「切り札さえ崩してしまえば、王国軍は一気に瓦解し、それで決着がつく。楽な戦いだ」

「何をおっしゃいます、軽騎兵隊だけは苦労しますぞ」

「それなりの恩賞を与えればよい。それで、バランスが取れる」


 帝国軍にとって、5分の1の兵力を前に勝つことが約束されたようなものだ。ただ、数で押し切るだけでなく、今後の憂いとなりかねないあの王国の大型魔導砲をも同時に葬る事ができる。ここでの勝利は、ラインベルク王国の併合という大目標に向けて大いなる前進となる。

 だから、今まで以上に気合が入る。


「全軍、前進を開始せよ! 軽騎兵隊、先行し魔導砲破壊へ向かえ!」


 将軍が声を張り上げる。その号令に応じて、突撃を命じるラッパの音色が一斉に鳴らされる。と同時に、前衛の歩兵と銃士隊が前進を開始、その後ろから、重装騎士が動き出す。

 鶴翼陣形を敷く王国軍に対し、横一線で前進を続ける。一万の軍勢を3列に配置し、前衛約3千の兵士がまず前進を開始する。後段の2列の集団も、すこし遅れて前進を開始する。

 が、それらの大集団の先を行く小集団が見える。帝国が誇る軽騎兵隊だ。その数、300騎。動きを読まれないよう左右に揺り動きながらも、あの魔導砲目掛けて進む。

 距離は400ラーベまで迫った。その時、軽騎兵隊に向けて、一斉に火を噴く集団がいた。


「全砲門、発射よーい! 撃てーっ!」


 魔導砲の前面に並ぶ火薬大砲隊が、なんと400ラーベ離れた軽騎兵隊に向けて砲撃を開始した。ズーン、ズーンという音が、騎兵隊にも響く。

 が、あれほどの速さで動く物体を、いくらこぶし大の砲弾とはいえ、あれほどの速さで走る騎兵に当たるわけがない。あっさりとかわされる。

 というか、弾は軽騎兵隊よりもずっと手前に落ちる。砂煙が立ち昇り、一種の壁を作る。その壁と弾着音に驚いた馬が驚いて全身を止める。意表を突かれた軽騎兵隊は一瞬、その動きが止まる。


「大砲で足止めするつもりか! ひるむな!」


 再び馬をけしかけ、前進を始める。が、その直後だ。

 なんと、あの巨大な魔導砲が火を噴いたのだ。まさか、軽騎兵隊を狙ったわけではあるまいな。

 破壊力はすさまじいと言われるが、素早い動きの軽騎兵隊を狙えるはずがない。そう踏んだ軽騎兵隊はその魔導砲へ突撃を開始する。

 大砲隊は後退し、マスケット銃士隊が立ちはだかる。パンッパンッと銃が撃たれるが、その攻撃を右へ、左へとかわす。

 マスケット銃は次の弾を装填するのに時間がかかる。その隙に、軽騎兵隊は前進に転じる。マスケット銃が次弾を装填する前に、彼らを蹴散らすつもりだ。

 が、その前進に転じた直後だ。軽騎兵隊の目前に、魔導砲弾が着弾する。

 ドーンと破裂し、猛烈な衝撃波が軽騎兵隊を襲った。想像以上の爆発力だ、しかし、致命傷ではない。直撃ではなくやや離れた位置に落ちたため、軽騎兵隊に達したのは衝撃波のみだ。とはいえ、騎兵らの何人かは落馬し、馬も倒れる。

 が、攻撃はそれで終わりではなかった。

 それは、最初に放たれた火薬大砲隊の放った弾によってもたらされる。


 周辺の地面が、連鎖的に爆発を起こす。大砲隊が放った弾、それは鉄製ではなく、魔導砲が使うルナストーン製の弾だった。

 これが、エーリッヒ様の魔導砲のばらまいた膨大な魔力に共鳴して、次々に誘爆したのだ。

 まさに態勢を立て直そうとしていた300の軽騎兵らは、遅れて発生したこの連鎖爆発によって次々と吹き飛ばされる。かつて仕留めることができないとされた軽騎兵隊が、無残にも馬ごと吹き飛ばされていく。

 が、それでもまだ200騎程度は残っていた。態勢を立て直すべく、集結を始めていた。

 が、そこに再び、大砲隊が一斉砲撃を加える。もっとも、彼らには届かず、その手前に着弾する。

 しかし、そこにまた魔導砲弾が着弾してきた。態勢を立て直すべく集結したことが、軽騎兵隊にとって運の尽きだった。

 首や足がちぎれた馬と人が、連鎖爆発するルナストーン製の大砲弾による爆発で吹き飛ばされていく……


◇◇◇


「大砲弾の第二射、連鎖爆発を確認! 軽騎兵隊、全滅しました!」


 200もの大砲が放った200発のルナストーン製の砲弾が、エーリッヒ様の魔導弾の放つ魔力によって共鳴し、誘爆する。その結果、300騎いた軽騎兵隊が次々と倒されていく。

 でも、たった2発でけりがつくとは思わなかった。ともかく作戦通りだ。

 鉄が貴重なら、安いルナストーンを使えばよい。そう大砲隊が考えて、訓練時にのみ使っていたルナストーン製の砲弾を、敢えて実戦に投入した。

 平原に放たれた砲弾が、軽騎兵に当たる必然性はない。ともかく平原に広くちらばってくれればよい。あとはそれを、エーリッヒ様の魔力が爆弾に変えてくれる。

 そう、敵が魔導砲弾を持っていないなら、こちらから放てばいい。たったそれだけの逆転の発想で、あの絶対に当てられないと言われていた敵の軽騎兵隊を蹴散らし、全滅することができた。今ごろ敵の将軍は、青ざめている頃だろう。

 同じ攻撃は、軽騎兵隊だけではない。敵の第一陣である3千の兵に向けても放たれた。まず、ルナストーン製の砲弾を敵軍近くに着弾、そのど真ん中辺りに、エーリッヒ様の魔導砲弾を撃ち込む。分厚い鎧に身をまとった重騎士でさえも、その誘爆を前に吹き飛ばされる。

 面白いくらいに、敵がバタバタと倒されていく。いやあ、我ながら罪な考えを提案したものだ。400ラーベ離れたこの位置からも、手足が吹き飛び、片腕や片足のまま逃げ惑う敵の兵士らの姿が見えて、心が痛まないことはない。

 が、王国に入り込んだ彼らが悪いんだ。我々はただ、それを排除しているに過ぎない。自業自得、そう思うことにした。


「さ、次だ次!」


 再び、弾道計算と共鳴数を計算する。弾頭の重さは1231タウゼ・シュレベと知らされた。


「左33度、仰角78.3度!」


 なにせ距離が600ラーベしか離れていない。15タウゼもの射程を誇るこの砲には短すぎる距離だ。だから、ほぼ真上方向に放たれる。

 それ以上に難解なのは、いつも通り共鳴数の計算だ。


「共鳴数、15.46!」


 目盛り間を読み、正確な値をはじき出す。それを基に我が魔導砲が放たれる。ほぼ真上に飛翔し、その弾はいつもより手前に着弾する。

 2秒も経たないうちに、衝撃波が到達する。近すぎる分、その勢いもすさまじい。重騎兵らによって風よけの板が立てられてはいるが、それをも回り込んできた強風が、私を地面からはぎ取ろうとするほどの威力だ。


「いやあ、敵もなかなか諦めないねぇ。そろそろ撤退すればいいのに」


 と能天気にぼやくのは、エーリッヒ様だ。激しい砲撃にもかかわらず、このお方は戦場に立っておられることを忘れているのではないかと思えるほど、他人事のように目前の敵を眺めて呟いておられる。

 しかし、本当に大変なのは敵の方だ。衝撃波程度ならばなんとかなるが、魔導弾と周囲に巻かれたルナストーン製の砲弾の誘爆による爆風と炎に襲われ、次々に倒されていく。あるものは生きたまま焼かれ、あるものは手や足を引きちぎられ、あるいは真っ二つに引き裂かれる。上半身だけになって、腸をはみ出しながらはいずり回る兵士の姿も見られる。

 そんな兵士たちが、数百、いや、すでに千を超えている。鶴翼陣形に展開した我が軍により、左右からの銃砲撃と、前方からの強力な魔導誘爆による攻撃にさらされる。

 それを目の当たりにした帝国軍は、さすがに第2陣の突入を諦める。そのまま後退して、ローゼン平原を去った。


「エーリッヒ様、ばんざーい!」


 あちらこちらから、エーリッヒ様を讃えるべく歓声が上がる。かつてこのローゼン平原では圧倒的少数で挑み、何度も敵に蹂躙され、撤退に追い込まれてきた。それが今回は、味方の損害はゼロ。衝撃波によって何人かが骨折した程度で、戦死者はいない。まさしく、完全勝利である。

 が、その日の野営テントの中では、私は相変わらず抱き枕だ。


「あの、エーリッヒ様」

「なんだい?」

「いつも私を抱いて寝ておられますが、そんなに抱き心地がよろしいのでしょうか?」

「うん、悪くないね」


 これはいいという意味なのか、マシという意味なのか、どちらともとれる微妙な回答だった。


「そうだ、王都に着いたら、許嫁に会わせてあげよう」


 ところが、である。急にエーリッヒ様がとんでもないことを言い出した。


「い、許嫁、でございますか?」

「そうだよ。まだ会ったことないでしょう」

「あああああの私が、エーリッヒ様と一緒に就寝されてることがバレたら、大変なことになるのではありませんか!?」

「ああ、それならもう話してあるよ」


 えっ、私がエーリッヒ様には婚約者がいらっしゃったの? しかも、私と添い寝してること、婚約者に話しちゃってるの? それって普通に考えたら、非常にまずいことなのでは。


「あの、エーリッヒ様、申し上げにくいことですが、私は女であり、許嫁様と違う女と寝床を共にしていることは、お相手にとっては非常に不快なことなのではありませんか?」

「なんで? 側室を何人も抱えてる貴族だっているよ。本妻以外の女と寝ることなんて、気にするわけないじゃないか」


 ああ、そうか。貴族というのはその辺りの常識が平民とは違ってぶっ壊れてるんだった。だけど、私のような貧相な娘を見たら、それはそれで不快に思われるのではないだろうか?


「さて、王都に帰るか」


 敵軍も撤退し、いよいよ我々も王都に帰還することになった。

 が、私にとっては、実に足取りの重い帰還である。何せそこには、エーリッヒ様の許嫁様が待っておられるからだ。そのお方と会うなど、悪い予感しかしない。

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爆弾ばらまいて、エーリッヒ砲で点火。 悪魔の所業か…(-_-;) お貴族様って、平民とは思考が違うのね…。 果たして許婚の体のある一部が山脈なのか大草原の小さな家なのか…
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