#4 課題
「なるほどな。魔導弾の共鳴、か」
私はリューベック大尉に、私の仮説を報告する。試射を越える甚大な戦果に疑問を呈するのは、私だけではない。この隊長も、その一人だ。
「そうです。要塞に備蓄された魔導弾が、エーリッヒ様の魔力によって共鳴を起こし、誘爆したと考えます。でなければ、あれほどの破壊力に説明がつきません」
「だが、一つ問題がある。未だかつて、そんな現象は起きたことがない。それをどう説明する?」
「それだけエーリッヒ様の魔力値が高すぎる、ということでしょう。桁違いの魔力の染み込んだ魔導弾から漏れ出した魔力ですら、中型の魔導砲弾などに必要な魔力量を超えていると考えられます。となれば、誘爆してもおかしくはありません」
「うーん、確かにな。その仮説は、検討の余地はあると考える。でなければ、あの戦果はとても説明がつかないことは納得した。王国軍総司令部の判断を仰ぐとしよう。ハルツェン二等兵、報告、ご苦労だった」
「はっ!」
リューベック大尉を通じて、この魔導弾共鳴説が軍の内部でも広がるだろう。もっとも、それを唱えたのは私ではなく、リューベック大尉ということになるが。
しかし、それで少しでも我が103魔導砲隊の中での居心地の悪さを解消できるのなら、私は構わない。どうせ二等兵の私が直接その説を唱えたところで、軍は相手にしてくれない。隊長の言葉と算術士に過ぎない私の言葉では、重みが違い過ぎる。
「よう、昨日はご苦労さん」
そう声をかけてきたのは、砲手のシュタウフェンベルグ少尉だ。男爵家の次男で、魔力値がさほどなく、砲手の道を選んだというお方だ。
「いえ、私などはただ、算術しただけですので」
「その算術とやらがなければ、この戦果はなかったんだよ。もっと自信を持つべきじゃないかな」
エーリッヒ様のお気に入りということで嫌われているのかと思いきや、思いのほか、ここでは私は好意的に扱われている。
それはやはり、あの大戦果のことがあったからだろう。
当然だが、王国を守りたいと思って軍に志願した人は多い。この魔導砲隊の隊員は、全て志願兵である。だから、帝国の要塞を破壊したという戦果を挙げたことは、彼らにとって積年の恨みをようやく晴らしたことになる。
「さて、そうなると最大の課題は、砲手である我々になるなぁ」
ところがである、突然、シュタウフェンベルグ少尉がそのようなことをおっしゃる。
「あの、砲手の方にどのような課題がおありなのでしょうか?」
「イワン砲をやっつけた。だが、あの砲が脅威だった理由は分かるか?」
「それは、200名の中隊をも行動不能に陥れるほどの破壊力を持ち……」
「それだけじゃない。そんな弾を、一分間に3、4発撃てたということだ」
それを聞いて、私はハッとする。そうだ。この魔導砲には、大きな課題がある。
破壊力は申し分ない。要塞相手ならば、一撃で魔導弾の共鳴を使って破壊できることは分かった。
が、問題は敵兵に対して撃つ時だ。いくら強大な威力でも、魔導弾を持たない一般兵相手では、おそらく3個中隊を吹き飛ばすのが精一杯ではないか。
その威力の弾を次から次へと撃てればいいが、問題はその弾頭の装填に、今は2分近くかかるということだ。
つまり、2分に一回。いくら強大な威力を持つ砲であっても、2分に一度しか撃てないのでは、兵器として役に立つのか、ということをシュタウフェンベルグ少尉は言う。
これは盲点だった。弾頭が重すぎて、装填に時間がかかりすぎてしまう。重さが1グロスを越える弾の扱いがこれほど厄介とは、まったく思いもよらなかった。
「装填と砲身操作を、それぞれ二人づつとすれば少しは早くなりませんか?」
「試算では、せいぜい30秒減だとされた。その程度の効果では、人は増やせないと隊長に言われた。まったく、その30秒が命取りになる場合だってある。それくらい、前線で戦った経験を持つ者なら分かりそうなものだが……」
などと、この若い砲手の愚痴は続く。しかし、私に言われてもどうにもならない。男爵出身の将校であるシュタウフェンベルグ少尉の意見が通らないのなら、平民で二等兵の私の進言など、相手にもされない。
が、そのことをエーリッヒ様にそれとなく話してみた。
「へぇー、砲手が二人増えるだけで、装填時間が30秒も縮まるんだ。それじゃあ、砲身と装填を二人づつにしようよ」
ところがである、ブリーフィングの最中にエーリッヒ様がそう発言し、状況は一気にひっくり返る。
「はっ! 左様に軍司令部へ打診いたします!」
ブリーフィングの最中、エーリック様にシュタウフェンベルグ少尉が例の増員について進言する機会を作ってもらったのだが、相手が公爵家のご子息様のご意見となればさすがの隊長も従わざるを得ない。
「……感謝するよ」
食堂で、私はボソッとシュタウフェンベルグ少尉に小声で告げられる。
「いえ、エーリッヒ様も発射時間が長すぎるとおっしゃられたので、それならば砲手にお聞きすれば何か解決策があるかもしれない、と耳に入れただけのことです。シュタウフェンベルグ少尉のお手柄ですよ」
「いや、その機会が得られたというだけでも、感謝すべきことだ」
おそらく、隊長には嫌われたが、この砲手には感謝されることになった。それにしても、魔力以外でもエーリッヒ様の力は絶大である。
だが、この高貴なるお方には、妙な癖がある。
「あ、あの」
「なんだい?」
「なぜ、私はエーリッヒ様と一緒に寝なきゃいけないんでしょうか?」
「今さら、何言ってるの。さ、寝るよ」
王都に戻ってからも毎晩、私を抱き枕がわりに使うことである。しかも翌朝には……ああ、またしても平らな胸を触られている。
しかしこのお方、それ以上のことをしない。女として扱われていないようで、それはそれで腹が立つ。が、おかげで私は毎晩、公爵家のふかふかのベッドで寝ることになる。
「共鳴数、15.22!」
その日の昼には、増員された砲手2人を加えての砲撃訓練が行われた。いつもの訓練場だが、そこには小型、中型の魔導弾が10発、並べられている。
例の魔導弾共鳴の仮説を検証するためだ。本当に魔導弾を共鳴させられるならば、いつも以上の破壊力を得ることができるはず。また、増員によって装填時間がどこまで縮められるかという効果確認も兼ねている。
訓練と実験を兼ねたこの砲撃は、通常2分以上かかっていた装填時間を1分20秒まで縮めることとなった。つまり、40秒以上も縮められたのである。想定以上だ。
むしろ、計算する側が大変だ。弾道計算と共鳴数の2つを、この1分20秒以内に計算しなくてはならない。
もっとも、私はこの2つの計算を40秒ほどで終えてしまうので、あまり問題にはなっていないのだが。
ドーンと発射された重さ1.3グロスほどの魔導弾は、15タウゼ先の目標まで弾道を描いて飛翔する。まもなく、弾着時間を迎える。
「だんちゃーく、今!」
パッと炎が上がる。が、遅れて猛烈な爆発がいくつも起きる。明らかに、単体の爆発ではない。近くに置かれた小さめの魔導弾も、魔力共鳴によって炸裂したと思われる。
ものの4秒ほどで、強烈な衝撃波が襲う。が、すでに想定済みなので、風よけの斜めの盾の裏に身をひそめる。
が、斜め方向に受け流したその衝撃波であっても、かなり強烈だ。油断していたら、盾ごと吹き飛ばされてしまう。
「いやあ、今度は派手に破裂したねぇ」
まるで他人事のようにおっしゃるエーリッヒ様だが、あなたの魔力がもたらした破壊力ですよ? そのように飄々と述べられるレベルではない。
「にしても、いつも正確な計算だな。今のところ、一度も魔力漏れを起こしたことがない。いや、さすがは僕が見込んだ算術士だ」
などと言いながら、ポンポンと頭を触ってくるこの貴族のご子息様は、もう少し周りを気にされた方がよいかと思う。隊長の疎ましそうな視線が、私の左頬の辺りに刺さる。
「にしても、2人増やしたおかげで早く撃てるようになった。しかも、貴殿のいう通り誘爆説は正しかったようだ。さすがは魔導師経験のあるリューベック大尉だけのことはあるな」
「はっ! お褒め頂き、ありがたく存じます!」
しかし、そんな隊長もお褒めの言葉をいただくや、コロッと態度を変える。いい気なものだ。しかも、誘爆説を最初に唱えたのは私なんだけどなぁ……まあ、いいか。
それから10発ほど、発射訓練を行う。最初は短かったが、疲労がたまるためか、最終的に発射間隔は1分30秒ほどになる。3分で2発、決して早いとは言い難いが、要塞本体や魔導砲の集団を狙えば誘爆によって壊滅的な被害を与えることができる。これは、とてつもない優位性だ。
エーリッヒ様のおかげで、あの強大なルスラン帝国の要塞や魔導砲隊をあっけなく破壊できる力を、我が王国は手にすることができた。これはとんでもないことである。
今ごろ帝国は大わらわだろう。なにせ、要塞がたった一撃で吹き飛ばされたのだ。切り札だった通称「イワン」と呼ばれた魔導師も失ってしまった。これで、戦いは王国にとって有利に運ぶことになるのは間違いない。
◇◇◇
ルスラン帝国の帝都ルストリンクス。その王宮の一角に設けられた軍司令部建屋の最上階に、王族出身の将軍が立って窓の外を眺めている。
その将軍の執務室の扉を叩く者がいる。
「入れ」
やや不機嫌そうに答える将軍の声に応じて、扉が開かれた。痩せ気味な男が一礼し、その将軍のそばに進み出る。
「例の要塞を攻撃した魔導師の名が、分かりました」
それを聞いた将軍は、口ひげをなでながら答える。
「そうか。で、相手は何者だ?」
「ラインベルク王国貴族、ハンシュタイン公爵家の次男、エーリッヒという者だそうです」
王国内に、この帝国への内通者がいるのだろう。極めて正確な情報が、さらに伝えられる。
「で、どうやらその男の魔力が甚大過ぎて、着弾点近くの小型の魔導弾を共鳴させ、誘爆に至らしめる力がある模様です」
「そうか。そういえばイワンにも、そのような話があったな」
「しかし、魔力量が桁違いゆえ、中型の弾頭ですらも共鳴させられるとのこと」
「なんてやつだ……だから要塞が一撃で吹き飛ぶわけだ。ともかく、その男に対して何らかの手を打たねばならぬな」
「はっ!」
「困ったものだ。難なく手に入ると思っていた王国で、そんな厄介な魔導師が現れるなど、戦というものはつくづく、不条理なものだ」
そう呟きながら、薄ら笑いを浮かべる将軍。その目の先は、王国のある方へ向けられていた。