#3 攻防
「エーリッヒ様の魔導砲運用のため、本日付で第103魔導砲隊、隊長に任命されたゲルト・フォン・リューベック大尉である」
試射の翌日、正式にエーリッヒ様専用の魔導砲隊が結成された。当然、私もその一員だ。
「ハルツェン二等兵!」
「はっ!」
「貴官の計算精度に、全てがかかっている。計算ミスなどもっての外だ、それを忘れるな。それと……」
「はっ、なんでしょうか?」
「エーリッヒ様に気に入られているようだが、我が隊ではお前は隊員の一人、この魔導砲の一部品にすぎん。それを忘れるな」
「はっ!」
やはりというか、男爵家出身のこの隊長にとっては、私はあまり好ましく思う存在ではないようだ。
魔導砲隊は、魔導砲一門につき、弾頭の重量測定から装填を担当する装填手が2名、目標までの測量と風向などの気象条件を測定する観測員1名、そして砲塔の向きを変え、共鳴数をダイヤルにセットする砲手が2名、計算全般を担当する算術士が1名、これらを束ねる隊長の、計7名からなる組織である。
いや、大事なお方を忘れていた。その隊長すらも超える絶対的な存在、魔導師のエーリッヒ様だ。
この8名をもって、かつてない破壊力を有する魔導砲隊が結成された。
そしていきなり、出撃命令が下る。
「ブリッツク要塞への攻撃、でありますか?」
「そうだ。元々、我が国のルナストーンの採掘場であったノルトバッハ鉱山の前に作られた敵の要塞だ。あれを破壊し、ノルトバッハ鉱山の奪還を目指す」
「ですが、あそこには強大な魔導砲があると聞きましたが」
「そうだ、射程10タウゼ・ラーベを誇る、通称『イワン』と呼ばれる魔導師による魔導砲だ」
射程10タウゼといえば、その魔力値は2200ほどだ。それほどの魔導師を抱えていられるなど、さすがは超大国と呼ばれる国だけのことはある。が、我が魔導砲はそれをも上回る射程15タウゼ。しかも魔力値が3倍以上高い分、破壊力も3倍以上だ。
敵を越える長射程で、その魔導砲を破壊するのが今回の目的なのは間違いない。
ということで、我が隊は初陣となる敵要塞に向けて出発する。
ところで、エーリッヒ様の魔導砲だが、とにかく大きい。馬が4頭でようやく引っ張れるほどの巨大さだ。
一方で我々の隊7人はといえば、当然徒歩。場合によっては、巨大魔導砲が坂道で止まったときは、後ろから総出で押し上げることになる。
の、はずだったのだが。
「あ、あの、私だけというのはその……」
「かまわないよ。昨日も乗ったじゃないか」
「いえ、私は二等兵であり、隊長ですらも徒歩だというのに、私だけがエーリッヒ様の馬車に乗るなど」
「僕が許可した。構わないよ」
なぜか私だけ、自身の馬車に乗せようとなさるエーリッヒ様。それを見て、リューベック大尉も意見する。
「エーリッヒ様、この者もおっしゃる通り、二等兵でありかつ平民にございます。それをただ一人、馬車に乗せるというのは我が隊の他の隊員の士気にも関わります」
そう申し出た隊長に、エーリッヒ様はこう答える。
「王国中の十数か所の魔力測定所を回り、数百名の魔導砲算術士を当たったが、これほど正確に計算できる算術士は、このハンナ・ハルツェン二等兵だけだった。つまり、彼女の代わりはいないということだ。だが、申し訳ないが君らの代わりはいくらでもいる」
青い瞳の鋭い眼光でリューベック大尉をにらみつけると、さすがの隊長も黙って敬礼し、従うほかない。こうして私は、公爵家の馬車に乗ることとなった。
「気にしなくていいよ、君は僕のお気に入りでもあるんだから」
などと、私の方を見ながら微笑を浮かべる。お気に入り? ああ、算術士として、という意味だろう。にしても、視線が気になるなぁ。どちらかというと、愛玩動物として見られているように感じる。
「に、してもだ。君ほどの小柄な娘が、どうして軍隊に入ろうなどと思ったんだい?」
その馬車の中で私は、なぜ軍属の道を選んだのかと聞かれる。
「はい、私はブルメンタール村の出身だったのです」
「ブルメンタール村?」
「ちょうどこれから向かうブリッツク要塞のあるノルトバッハ鉱山の、さらに向こう側にあるエーレンライン河を越えたところにあった、国境近くの村でございます」
「まさか、この戦争で最初に帝国軍に攻め込まれたという、あの村の?」
「そうです、私はその村の、わずかな生き残りの一人なのです」
それを聞いて、エーリッヒ様は私がなぜ、軍に入ったのかを悟った。
「つまり復讐のため、ということかぁ。それはいけないなぁ」
で、エーリッヒ様はこう返答される。私は反論する。
「両親も兄弟も殺されたのです。それも、目の前で家ごと焼かれ、炎の中でのたうち回る姿を目にして……たまたま外に出ていた私だけが、助かり、その後も帝国軍に執拗に追い回されて逃げ延びたのですよ。一矢報いてやりたいと考えるのは、当然かと思いますが」
「でも、その後どうするつもりだったの?」
「そ、その後?」
「帝国に勝利してさ、故郷を取り戻した、その後だよ」
「そ、それは……」
「考えてないでしょう」
「はい、まぁ」
「軍隊に入ってしまったからには、除隊でもしない限り自由に故郷へなんて戻れないでしょう。除隊できたとして、軍隊での経験を活かせる職に就けるとは限らない。あまりにも、先のことを考えなさすぎじゃないかい?」
「はぁ、おっしゃる通りです。ですが……」
「でもまあ、そのおかげで僕はハンナに巡り合えたから、それはそれでいいのかな」
言われてみれば、家族の復讐のためだと言って軍隊に入ったのはあまりにも短絡的過ぎたかもしれない。エーリッヒ様がおっしゃる通り、故郷を奪還できたとして、その先にどうするかなんて考えもしなかった。
もっと言うならば、私一人が加わったからと言って、故郷を取り戻せるというものではない。こんな貧弱で、せいぜい計算尺での算術を得意とするだけの者に、あのルスラン帝国軍を撃退できる力などあろうはずがない。
が、皮肉な話だが、そんな無頓着な考えが、まさに帝国との戦争に勝てるかもしれない強大な魔導砲の算術士となることができたのだ。馬車の窓から見える、4頭の馬が引く巨砲を眺めながら、私はその激変した立場に今さらながら運命的な何かを感じる。
に、しても、やっぱりエーリッヒ様の視線が気になるなぁ。私なんか見て、何が楽しいのだろうか? 女と言っても、別に美人ではない。背は低いし胸はちょうど今通っているこの荒れ地のようにまっ平だし、髪の毛だって男並みに短いし、おまけに軍服姿だ。煌びやかなドレスをまとった貴族令嬢と比べたら、絹製のハンカチとボロ雑巾ほどの違いがある。
そんな公爵家のご子息からの好奇に満ちた視線を浴びたまま、我々はその日の夕刻には戦場へと到着する。
王都から200タウゼ・ラーベ離れたこの場所、目前には真っ黒に突き出た山が見える。あれは、ルナストーンが採掘できるノルトバッハ鉱山だ。
その鉱山の真ん前に、ぐるりと囲んだ石造りの城壁。幅が400ラーベあると思われるその囲いの中には、急造ながらも大きな砦が築かれている。双眼鏡でその奥を眺めると、巨大な砲が見える。あれが、我々が「イワン」と呼称する魔導師の使う砲か。
あの長射程の超絶な破壊力をもつ砲の前に、要塞に近づくことすらままならない。一撃の破壊力は、一個中隊、200人を戦闘不能に陥れるほどの破壊力だ。
そんな弾を、一分間に2から4発、放ってくる。2千の王国軍総出で攻めても、近づくことすらままならないのはあの「イワン砲」のおかげだ。
そんなイワンの魔導砲に、対抗できる兵器がようやくこちら側にも登場した。
日も暮れようとしていたが、我々は戦闘態勢に入る。
「今回の作戦は、イワン魔導砲にとどめを刺し、要塞を破壊することだ。よって、これを日没前までに破壊し、明日以降の王国軍の鉱山奪還作戦を支援する」
やや不機嫌そうに私の方を見つつ、作戦の概要を説明するリューベック大尉は、早速魔導砲の発射準備を指示する。
「103魔導砲隊、発射準備!」
砲を乗せた車からは降ろされ、すでに何本もの杭が砲塔の周囲に打ち込まれている。その砲を、二人の砲手が回転させる。観測員は日が沈みかけのこの暗がりの中、周囲を観測する。その結果を、観測員が叫んだ。
「敵要塞周辺の風速は向かい風7ラーベ、右3ラーベ、距離1492ラーベ! 方位角、左3度!」
それを聞いた私は、すぐさま砲の角度を計算する。我が魔導砲は、初速度が毎秒121ラーベだ。射程距離は1400ラーベ。やや向かい風であることを考慮し、砲身の方位角を指示する。
「左2.8度、仰角44.7度!」
続いて、魔導砲の弾の重量測定が行われる。我が魔導砲では、エーリッヒ様の魔力に応じて、重さが1グロスを越える弾が使われる。イワン砲でも相当重い弾頭が使われていると聞くが、それでも0.3グロス程度と言われている。この重さならば、人力でどうにか装填することが可能なぎりぎりの重さだ。
が、こちらの弾はその3、4倍はある。とても人力で持ち上げるのは無理で、巨大なてこのような仕掛けを使い、2人がかりで吊り上げられる。弾は削り出しで作られるため、重さも一定とはならない。また、輸送中に重さが微妙に変化する性質のため、発射直前にその重さを測定して、そこから共鳴数を計算しなくてはならない。
ワイヤーで吊り上げられ、重量測定器の上に乗せられた弾の重さが砲手から知らされる。
「重さ、1315タウゼ・シュレベ!」
敵の4倍の重さの弾だ。これに魔力を満たせるエーリッヒ様の魔力値のすさまじさにも驚くが、それを活かすための正確な計算が求められる。私は、計算尺を滑らせる。
スケール軸が、またも目盛りの間で止まる。
「共鳴数、15.97!」
一番正確さが求められる計算結果を、私は計算尺ではじき出した。それを聞いたエーリッヒ様が、皆に声をかける。
「では、初陣の一発目と行こう。祝砲代わりに、あのイワン砲を完膚なきまで吹き飛ばしてやろうじゃないか!」
おおーっ! と隊全員の歓声が上がる。すでにセットされたダイヤルの先にある魔力伝導石に触れて、エーリッヒ様は目を閉じる。
水属性の、蒼い魔力の光が、この暗がりを照らす。そしてまさに16秒ほどが経った瞬間、伝導石が弾かれ、魔力伝導が断ち切られる。
と同時に、魔導砲が火を噴いた。ドーンという、腹に響く音とともに、砲を支える地面そのものを大きく揺らす。
私は撃ち出された魔導弾を見る。ほとんど光は放ってはいない、つまり、ルナストーン製の弾の中の魔力がうまく封じ込められていることをそれは示している。共鳴数の算出は成功したようだ。
弾着時間はおよそ17秒後。時計を見ながら、観測員が叫ぶ。
「だんちゃーく、今!」
その瞬間、予想外のことが起きた。
ちょうど「イワン砲」のあるあたりに炎が上がる。その周辺は、漏れた魔力のおかげか蒼く光る。水属性であるエーリッヒ様の魔力が、放出された証拠だ。
が、その規模が、予想以上に大きすぎる。
光はイワン砲どころか、城壁に囲まれた要塞内に一瞬で広がる。すると蒼い光はたちまち炎へと変わり、大爆発を起こす。その要塞の城壁が、まるで紙吹雪のようにパッと飛び散った。
が、そこからがよく見えない。大量の土煙と炎が要塞内を覆ってしまい、中の様子をうかがい知ることができなくなってしまった。しかしその爆発の炎は、15タウゼ離れたこの場所まで明るく照らす。
と、4秒と少しで、その爆発音が届く。音だけではない。強烈な衝撃波も押し寄せる。その爆風到達直前に、隊長の声が響く。
「衝撃波が来るぞ、衝撃に備え!」
身体をかがめ、被った鉄兜を抑えながら地面に伏す。すると向こう側から土煙の壁のようなものが猛烈な速度で迫ってきた。
私は顔一面に、その土煙を食らう。あまりの強い風圧に身体が浮き上がりそうになるが、どうにか地面に生えた草にしがみついて踏ん張る。一瞬であったが、とてつもない衝撃波が通り過ぎ、周囲にいた数百人もの守備兵らの多くも、その衝撃で地面に引き倒されていた。
「弾着観測、急げ! イワン砲は、どうなったか!?」
隊長であるリューベック大尉が叫ぶ。が、その要塞はといえば、炎と煙に覆われていてまるで見えない。ただ、分かることが一つだけある。
それは要塞を囲う城壁がすべて吹き飛んだ、ということだ。考えてみれば、15タウゼも離れたこの場所で、これだけの威力を持つ爆風だ。弾着点付近ならば、もっとすさまじい威力であったに違いない。頑丈な城壁ですらも耐えられなかったのだろう。
それにしても、多少の魔導砲の直撃にも耐えられるほどの頑丈な造りの城壁が、微塵も残らず吹き飛んだ。
ともかく、これほどの威力だ。イワン砲といえども、命中していたら跡形もなく吹き飛ばされているに違いない。多少外れていても、損傷は免れまい。
日が暮れてしばらくして、ようやく火が鎮火し始めた。煙が消え始め、要塞が姿を現す。
……はずだったが、そこに要塞の姿は見当たらない。
あれほど何本も建てられていた頑丈な砦に、イワン砲のみならずいくつもの小型、中型の魔導砲もそこに設置されていたはずだ。
にもかかわらず、それらが一つも見当たらない。
あるのは、巨大なくぼみだけ。そこが元々イワン砲のあった場所だったのかどうかすら、特定するのに困難を極める。
なにせ、目印がないからだ。周囲の森の木々ですらも吹き飛ばされ、葉が飛ばされてへし曲げられた木々がその周囲に多数見られる。
それ以上のことは、もう日の暮れた今となってはほとんどわからない。明日、夜明けとともにもう一度見るしかないだろう。
でも、おかしいな。エーリッヒ様の魔導砲って、これほどの威力だったか? 試射の時も、爆風はすごかったが、着弾点にせいぜい幅100ラーベ、深さ30ラーベほどのくぼみを作っただけだ。が、今回は明らかに幅400ラーベの、魔導砲に耐えうるだけの壁に囲まれた要塞が丸ごと吹き飛んだように見える。
ともかく、その日の観測はあきらめて、翌朝、改めて確認することとなった。
で、野営することとなるのだが、私は女だから、まさか隊の者と一緒に寝るわけにはいかない。
のではあるが、どういうわけかエーリッヒ様のテントで寝ることになった。
「さあ、こっちにおいでよ」
しかも、同じベッドで寝ようと誘ってくる。エーリッヒ様のために持ち込まれたバスタブで身体を洗い流し、柔らかな布地の服に着替えた私とは言え、いや、そのような格好だからこそ、この公爵家の次男様のおそばにいてよいものだろうかと。
が、半ば強引に寝床に連れ込まれ、抱き着かれる。そしてエーリッヒ様は私を抱きかかえたまま、スースーといびきをかいて寝てしまわれた。
あれほどの魔力を放ったのだ。しかも朝早くからの行軍でお疲れの様子。
しかし、抱き着かれている私は、気が気ではない。
もしかして私、抱き枕の代わりとして使われている? 小柄なこの体形は、まさにエーリッヒ様が抱えるにはちょうどいい大きさだ。
いや、確かにちょうどよい、大きさではあるけれども……なんだか、複雑な気分だ。
と、私はエーリッヒ様に抱き着かれたまま、ふと考えた。
先ほどの、あの魔導砲の威力だ。試射の際と比べたら、桁違いに大きいのは明らかだ。しかし、なぜだ?
そういえば試射を行った場所は、開けた荒れ地だった。幾度も砲撃訓練を行っていた場所だから、草すらも生えていない。
そんな場所では、せいぜい魔力がはじけてくぼみを作るだけだった。
ところがあの要塞には、多数のルナストーンで作られた砲弾がある。魔力の広がりに対して、備蓄されていたその魔石までもが誘爆を起こしたのではあるまいか?
というのも、着弾直後に蒼い光が要塞中に広がるのが見えた。あれは爆発に使われず、漏れた魔力が光って見えた。
もしかすると、その広がった魔力が備蓄された魔導砲弾を共鳴させて、爆発させたのではないだろうか?
それならば、あの破壊力に説明がつく。ということは、だ。魔導砲弾を大量に備蓄している対要塞攻撃では、エーリッヒ様の魔導砲は絶大な威力を発揮するのではないだろうか。そう私は仮説を立てる。
などと思考をめぐらせているうちに、いつの間にか私も寝てしまい、翌朝を迎える。
そして翌朝。テントの中では、大変なことになっていた。
私の上半身は露わにされ、胸の辺りにエーリッヒ様の手が乗せられていた。
こんなところを、従軍した執事に見られでもしたら大変なことになる。ただでさえ、同じ場所で寝るとエーリッヒ様が言われてしかめっ面を向けられたのだ。こんなあられもない姿を見られようものなら、思わぬ誤解を生みかねない。
私はただの抱き枕、抱き枕、抱き枕……心でそう念じながら、どうにか胸元の手をどけながら、服を着る。
が、そんな私をエーリッヒ様が突如、ぎゅっと抱きしめる。
「ん~、ハンナ、かわいぃ~」
こりゃあ寝ぼけてるな。しかしだ、自分で言うのもなんだが、私に向かって可愛いとか、どういう美的センスをしているのだろう。が、その手が私の胸のわずかなふくらみの辺りをまさぐり始める。
「あ、あわわわわっ!」
さすがに私も動揺を隠しきれない。どこを触ってくるんだ、このお方は。が、その最中に突然、従軍する執事がテント内に現れる。
「た、大変でございます、エーリッヒ様!」
こちらも大変なことになっているというのに、血相を変えた執事が飛び込んでさらに混乱の度合いを引き上げてくる。その大声に目覚めたエーリッヒ様が、執事に答える。
「……なんだ、どうしたというのだ?」
「いえ、その前に、何をなされておいでですか?」
「ああ、算術士とのスキンシップだ。互いを知り、親交を高めあうことは、大事だろう?」
何を高めあったのだか、どちらかといえば高さという点では足りなすぎる私の胸元をまさぐっただけではないか、と思うのだが。
「そんなことよりも、大変でございます! 直ちに外へおいで下さい!」
「そうなのか? 分かった、ではすぐに行こう」
そういうと、執事は出ていった。
さて、問題はここからである。私は、着替えなくてはならない。
が、そばにはエーリッヒ様がこちらをじーっとにこにこと笑みを浮かべながら眺めている。自身も上着をまとい、出かける準備を整えつつあった。
「どうしたんだい? さ、軍服に着替えなきゃ」
なんと私はエーリッヒ様の目の前で寝巻を脱ぎ、軍服を着替えるという羽目になった。なんだかじろじろと見られていて、恥ずかしい。
が、そんな恥じらいの感情が一瞬で吹き飛ぶほどの光景が、朝日に照らされたノルトバッハ鉱山の麓の辺りに広がっていた。
要塞と言えるものは、そこにはすでになかった。城壁を成していた石材は周囲に四散し、砦の大半も土台の辺りより上は吹き飛ばされており、影も形もない。
何よりも、魔導砲が見当たらない。高熱で捻じ曲げられた筒状の物――おそらくは高熱によって捻じ曲げられた砲身――が、いくつも転がっているのが見えるだけだ。
我が王国軍は、一千の兵を率いて前進する。が、抵抗らしい抵抗はなく、要塞にたどり着いてしまう。
そこはまさに、地獄の様相であった。人の形と言えるものは、真っ黒な炭状の何かを除けばほぼ見当たらない。時折、腕や足、胴体と思われる真っ黒な塊が散乱しているだけだ。
生きている者は見当たらない。銃士隊が銃を構えて警戒しつつ、周囲を探索する兵士たちは持っていた剣先でがれきや炭の塊を取り除くも、人と呼べるものは見当たらなかった。
私は、周囲を見渡す。
前回の試射の時は、大きなくぼみが一つだけであった。が、今回はあちこちにくぼみが見られる。
特に、弾着点である場所には前回の試射をも上回るほどのくぼみができていた。要塞に作られた地下室まで削り取り、無残にもそこにいた人々が折り重なって倒れている姿をさらけ出していた。地下に逃げたものの煙に巻かれ、そこで息絶えた兵士たちだろう。それを見た私は胃から込み上げるものを感じて、その場で吐き出す。
でもこれで私は、確信した。
やはり、エーリッヒ様の魔力が要塞内の魔導弾をも共鳴させ、これほどの破壊を生み出したのだ、と。