#18 家族
あれから、ルスラン帝国は我がラインベルク王国へ侵攻していない。
あの3次共鳴数による砲撃で、1万の帝国軍は完膚なきまでに叩きのめされ、その半数以上が死傷したと聞いた。重火器もほぼすべてが破壊され、撤退を余儀なくされる。
さすがにこれほどの損害を受けて、すぐに再侵攻することはない。帝国も、エーリッヒがいる限りは王国に手が出せないと悟ったようだ。
そうそう、そのエーリッヒの動向を、帝国に伝えていた裏切り者の存在が判明した。
驚いたことに、その裏切り者の一人は、リューベック大尉だった。
当初、103魔導砲隊が結成された当初は、リューベック大尉は帝国と通じていたわけではない。が、算術士の私の存在が大きくなるにつれて、次第に隊長としての尊厳を失っていくことに憤りを感じていたらしい。
ちょうど移動要塞を破壊した直後の頃だ。帝国からの内通者によってそそのかされた隊長は、エーリッヒの行動を逐一知らせる内通者へと変貌した。なんでも、王国を奪還した暁には、帝国貴族の伯爵号が約束されていたと聞く。
無論、それがばれた今となっては反逆者として捕らえられる。そして、断頭台の露と消えた。
私をはじめ103魔導砲隊の隊員すべてが元・隊長の処刑に立ち会った。はねられた首の、リューベック大尉のあの恨めしい顔の表情が、今でも忘れられない。
そして今は、新たな隊長を迎え、103魔導砲隊は砲撃訓練を続けている。
「共鳴数、14.22!」
私の読み上げた共鳴数をダイヤルにセットするのは、シュタウフェンベルグ少尉だ。発射された弾頭の弾着を見守るのは、観測員であるホーエンツォレルン准尉の役目だ。
「だんちゃーく、今!」
炎と煙が、訓練場である荒れ地の大地の上に上がる。それを見た新しい隊長、ハノーヴァー大尉が双眼鏡で弾着点を見る。
「弾着ずれは、2ラーベ程度か。正確な算術だな」
本来、隊長とはこういうものなのかということを、この新しい隊長から知る。弾着を観測し、それを補正して敵に当てる。しかし、私の算術を前にしては、その補正の必要がほとんどない。
「次は、500ラーベ手前に現れた魔導砲隊を攻撃するための訓練を行う。各員、準備にかかれ」
ところがこの隊長、それはそれで今度は別の戦況を想定した訓練を提案する。王都の襲来を受け、遠くにいる敵から接近戦闘まで、あらゆる場面に対応した戦術を身に着けることがこの103魔導砲隊の使命だと、ハノーヴァー大尉は言う。
この「本物」の隊長によって、我が魔導砲隊の練度は上がる一方である。
と、その一方で、私はといえば、相変わらず大変な夜を過ごしている。
「いやあ、ハンナもだんだんと慣れてきたよね」
「そうですわね。ですが、やはり正室である私の方が、まだまだ上ですわ」
ベッドの上でのい・た・す行為に上も下もないとは思うのだが、ともかく私は、この二人にいいようにいじられている。今日も散々い・た・された後に、二人から胸の辺りをいじられているところだ。
「あ、あの、私をいじるのは結構ですが、エレオノーレ様にエーリッヒ、これで戦いが終わるとお思いなのでしょうか?」
「そんなわけがないだろう。帝国はきっとまた、攻めてくる。やつらの狙いが分かった以上、諦めるとは思えないな」
「そうですわね。こちらもデイジーらを使って、大急ぎであれの解読を始めるつもりですわ」
「ルスラン帝国だけじゃない。反対側の強国、ヴィルヌーブ皇国までもが我が国に攻め入ろうと考えていると聞いたぞ」
「まあ、西にルスラン帝国、東にヴィルヌーブ皇国。これはまた大変なことになりましたわね」
「なあに、大丈夫だろう。デイジーがさっそく、ハーデンベルク遺跡にある図の解読に成功して、新たな兵器を開発したというし、この調子ならば逆に我が王国がこの両国へ攻め入って、覇権を握る日が来るかもしれないぞ」
私の乳房を二つの強国に見立てて、それを指でなぞりながら途方もないことを言い出すエーリッヒ。ちなみに、デイジー様が開発したというのは、古代遺跡より読み取った「ガトリング砲」と呼ばれる連射型の銃兵器のことである。
簡単に言えば、ルスラン帝国がエーリッヒを襲ったあの兵器の改良版で、一秒間に10発以上の速さで連射するというとんでもない兵器である。まさしく、殺戮用兵器にふさわしい武器が、古代遺跡の調査解読によって明された。
そう、ルスラン帝国の狙いは、まさにこのハーデンベルク遺跡だったのだ。
帝国では古代遺跡の解読を行ううちに、その価値に気付いたとある研究員が、世界各国にある遺跡について調べ始めた。
すると、このラインベルク王国の王都アルトシュタット近くにあるハーデンベルク遺跡が、最も情報量の多い古代遺跡であることが判明する。
この世界で覇権をとるためには、古代遺跡に描かれた、この失われた技術を解読し復活することだと考えた帝国の皇帝は、我が国への侵攻を画策する。
なお、その帝国の狙いを教えてくれたのは、あの裏切り者のリューベック大尉だ。拷問の末、帝国が王国を攻める理由を聞き出すことに成功した。他の内通者からも、同様の証言を得たから、間違いない。
ということは、我が王国こそが最強の国家になれるのではないか? もしかすると、星の世界まで飛び出せる乗り物をも手にできるかもしれない。
そんなことを思っていると、突然、エーリッヒが私とエレオノーレ様の間に入り込んで、両腕で抱き寄せながらこう言った。
「僕にとって、二人はかけがえのない家族さ。この先、帝国や皇国が攻めてきたって、僕の魔力で返り討ちにしてやるよ」
「まあ、私の魔力だって、役に立ててみせますわよ」
「わ、私は算術で貢献します。計算尺を滑らせて、敵の移動ルートを先読みして……」
「はっはっはっ、頼りにしてるよ、二人とも」
そう笑いながら、エーリッヒは私とエレオノーレ様を抱きしめる。
ところで、私はエーリッヒの側室になるにあたり、新たな名を与えられた。
ハンナ・ハルツェン改め、ハンナ・フォン・ブルメンタール準男爵夫人。つまり、今は消滅したブルメンタール村の名を家名とする貴族にさせられたのである。
要するに、平民という身分のままでは側室にふさわしくないという事情と、私とエーリッヒの魔導砲による活躍への報いとして、国王陛下が私に貴族という身分を与えてくださったのである。なんだか、むず痒い名前だ。
だが、家名が我が故郷の名前であることを、私は誇りに思うことにした。
そこにいたはずの家族。今は失われた私の親兄弟がいた村の名を、私は引き継いだ。しかし、今の私は一人者ではない。偶然にも算術の腕を買われて、その結果として三人の家族を得ることとなった。この先、子供を産むこととなれば、さらにその家族は増えることだろう。
エレオノーレ様と私で一人づつ産んでも、5人家族になる。男か女かは分からないが、エレオノーレ様の子は魔力持ちで、私の子は算術士か。二人揃って王国を守るため、さらに巨大な魔導砲を撃つことになるのだろうか。
しかし、まだ見ぬ子供らはすでに戦いに出ることが決定づけられている。なんだかかわいそうだなぁと思いつつも、王国が必要とするなら、そんな未来もやむを得ない。
ルスラン帝国は侵攻を諦めたが、まだ油断はできない。あの古代遺跡のおかげで、我が王国が周囲の列強諸国からも目をつけられていることも知った。この先も多分、厳しい戦いが待っているだろう。
だが、私は乗り切ってみせる。そう思いながら、ベッドの中で白い計算尺をぎゅっと握りしめる。この王国を、そして今度こそ家族を守るために。
(完)




