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#17 反撃

 およそ14秒後、いつものようにパチンという音とともに伝導石が弾かれ、同時にドーンという発射音が響く。

 重さ1.2グロスという重い弾頭が、およそ15タウゼ先に集められた魔導弾の集積所に向かって飛翔していく。こんな長距離砲撃が可能な魔導師は、帝国にすらいない。


「だんちゃーく、今!」


 観測員の合図と同時に、猛烈な火の手と煙が上がる。遅れて、弾着地点にある魔導弾が誘爆を起こす。

 とてつもない衝撃波が発生し、集積所を守備していた兵士たちが、まるで突風に吹かれた枯葉のごとく引きちぎられる。手足や胴体が、土煙とともに宙を舞うのが双眼鏡からも見て取れる。

 やがて、その強烈な爆風は、我々の400ラーベ前にいる敵の魔導砲隊をも襲う。直後、それは城壁にも到達する。

 石造りの壁のおかげでかなり防げたとはいうものの、それでも強烈な風が吹き込んだ。着弾点ならば、この風の威力は途方もないものだったことだろう。

 風が通り過ぎるのを待ち、やがて私は双眼鏡で城壁の下を見る。400ラーベ先にいる敵の魔導砲隊は、衝撃波で吹き飛ばされて総崩れとなっている。爆風で押し倒されたまま、後方に備えられた多量の魔導弾を失ったことに呆然としている。


「さて、次はあの目の前の魔導砲隊をやっつけるぞ」


 エーリッヒがそう檄を飛ばすと、103魔導砲隊は一斉に動き出す。


「弾頭重量、1210!」

「魔導砲隊までの距離、401ラーベ!」


 同時に報告されてもなぁ……まず私は、弾道計算から行う。風速は、左方向に15ラーベ、向かい風3ラーベ。これを考慮して、弾道計算の結果をはじき出す。


「左37度、仰角82.2度!」


 間近の敵を攻撃するため、ほとんど砲身は真上に向いてしまう。続いて、肝心の共鳴数だ。これを誤ると、せっかくのエーリッヒの魔力が活かされない。私は計算尺を滑らせて、スケール軸の指す中途半端な目盛りを読み取る。


「共鳴数、15.32!」


 それを砲手がダイヤルに反映し、そして伝導石にエーリッヒが触れる。設定時間に達すると、いつものようにぱちんと音を立てて石が弾かれ、ドーンと魔導弾が放たれる。

 ほぼ真上に上がった弾は、およそ24秒後に弾着する。


「だんちゃーく、今!」


 そういえば、さっきから隊長は妙に元気がないなぁ、いつもなら旗を振って無意味な合図だけを送っているのに、今はただ茫然と、エーリッヒの姿を眺めているだけだ。などと思っていると、猛烈な誘爆がすぐ間近で起きる。


「衝撃に備えっ!」


 エーリッヒが叫ぶ。400ラーベという至近距離への攻撃だ。いつも以上に強烈な衝撃波がくる。まだ城壁の上はましだが、城壁内に開けられた火薬大砲の穴には、その衝撃波による猛烈な風が吹き込む。

 幸い、砲が倒れたり人が飛ばされたりはしたものの、大きなけが人もなく乗り切れた。問題は、敵の方だ。

 魔導砲60門が並んでいた場所は、大きなくぼみができていた。もちろん、魔導砲の姿はない。あるのは、ばらばらに分解された砲の部品らしきものと、手足や胴体、首など人の身体の一部があちこちに散乱している光景だけだ。

 おぞましい光景だが、さすがにもう私は見慣れてきた。私は特にそれを見て何かを思うことはなかったのだが、エレオノーレ様にはさすがに刺激が強すぎたようで、城壁の上の端の方で嗚咽していた。


「と、ともかく、敵をやっつけましたわね」


 こうなると、押し寄せた3千の兵士らは撤退するしかない。頼みの綱の重火器がことごとく破壊された。そこから45タウゼ・ラーベ離れた敵の駐屯地まで撤退を余儀なくされる。


「どうにか、帝国軍を追い返したな」

「はい。ですが敵の大多数は健在です。あれにダメージを与えなければ、再び王都に侵攻してくるのは必須でしょう」


 私はそう進言する。が、隊長はといえば、聞いているのやらいないのやら、なぜか呆然としている。気合いだとかたるんでるとか、いつものあの理不尽な物言いはどこへいってしまったのやら。そんな隊長をよそに、シュタウフェンベルグ少尉が発言する。


「エーリッヒ様、敵はエーリッヒ様の魔導砲の射程のおよそ3倍ほど離れた先にいます。おそらくは、あの防御の仕掛けも施されていることでしょう。一度、城壁の外に出て、射程内に敵を捉えてはどうでしょうか?」

「いや、少尉、それは危ないです。つい先日、エーリッヒ様は狙撃されたんですよ。むやみに城壁の外に出ることは危険です」

「それはそうだが、では、敵が出てくるまで、ただ指をくわえてみていろというのか?」


 シュタウフェンベルグ少尉の言葉に、観測員のホーエンツォレルン准尉が反論する。隊員の二人が、言い合いになる。


「まあまあ、二人とも、味方同士で争ったって何も生まれないだろう。それよりもさ、敵が攻めてきたときのことを考え、その対処法を考えた方がいいと思うけどなぁ」

「その場合は、物量に勝る敵に利があると考えます。エーリッヒ様が復活したと知った敵は、魔導砲弾を分散して誘爆するのを少しでも避けることになります。そうなれば、我々は多数の目標を攻撃する羽目になることでしょう」

「でもさ、逆に言えば敵は魔導砲を集中運用できなくなるわけだ。となれば、王都へ強気の攻撃ができなくなる。それだけでも、大きな効果だと思うけどなぁ」

「いっそ、火薬大砲隊に大量の魔導弾を撃ち込んでもらい、接近する敵を誘爆で倒していくのが早いのではないか?」

「それは当然だが、それでも数の多さに任せて、四方から同時に攻め入るかもしれない。一方だけならばエーリッヒ様の魔導砲で対処できるが、四方からの同時攻撃となると、敵の城壁内への侵入を防ぐのは難しいぞ」


 隊の中でも議論が続く。が、私はまったく別のことを考えていた。確かに敵は、おそらくは分散して攻めてくることになるだろう。その方が、エーリッヒ様の魔導砲によってまとめてやられる可能性が減る。

 ところがだ、今、敵は一か所に集まっている。兵士も魔導砲弾も、全て同じ場所にいる。ただし、魔導砲の射程の3倍遠い距離だ。

 それを知ったうえで、私はこう提案する。


「3次共鳴数で撃つ、というのはいかがでしょう?」


 この発言に、やはりというか砲手であるシュタウフェンベルグ少尉から反論される。


「ハルツェン二等兵、3次共鳴数なんてものを使ったら、途中で魔導弾が炸裂する可能性が高いぞ」

「ですがその代わり、3倍の射程を得ます。4次共鳴数ならば確実に途中で炸裂しますが、3次共鳴数ならば炸裂しなかったというデイジー様とエリザベート様の実験結果もあります。一か八か、3次共鳴数での砲撃にかけるというのも手ではないかと」


 デイジー様とエリザベート様は以前、4次共鳴数の魔導弾を何度も撃っているが、その時に3次共鳴数でも試していた。何発かは炸裂せずに目標まで到達したという実験記録もあることはある。


「しかし、3次共鳴は無謀だと思うがな」


 と、あくまでも危険性を理由に反対するシュタウフェンベルグ少尉だが、エーリッヒがそれにこう答える。


「だが、このまま手をこまねいていれば、多数の敵に囲まれて、王都が無事では済まなくなる可能性があるのだろう」

「はい、それはその通りですが……」

「だったら、やろうじゃないか、その3次共鳴数での砲撃ってのを。途中で炸裂したらしたで、次を撃てばいいだけだろう?」

「は、はぁ、その通りで」

「それじゃあ、リューベック大尉。すぐに砲撃準備だ」

「えっ? あ、はい、ただいま」


 妙にやる気を失った隊長をけしかけ、私の提案した3次共鳴数による砲撃を行うことになった。そのために、弾頭が3分の1の平方根の大きさにカットされる。

 1.2グロスある大きな重い砲弾のおおよそ3分の1のところにくさびを何カ所か打ち込み、それを槌で順に叩いていく。それを繰り返すと、やがて大きな魔導弾頭が一気に割れる。

 そこに炸薬用のルナストーンを張り付けて、いつもより小型の重さの砲弾が一つ、完成する。


「弾頭重量、124タウゼ・シュレベ!」


 それを聞いた私は、すぐさま3次共鳴数の計算に入る。


「3次共鳴数、14.73!」


 それを聞いた砲手が、ダイヤルを設定する。いつもの10分の1ほどの弾頭を詰め込む。と同時に、弾道計算に入る。


「右3度、仰角45度!」


 ほぼ最大距離で放って、敵のいる45タウゼ先の敵に当たる計算だ。当然だが、例の防御を施している可能性もある。そこでこの弾頭には、以前と同様に鉄板が巻かれ、その特殊な弾頭が装填される。

 夕方ごろになって、ようやく発射態勢が整う。敵はおそらく明日の攻勢に向けて、英気を養っているところだ。そんな遠くで陣取る敵に、乾坤一擲の一撃を加える。ようやく、発射準備が整った。


「それじゃあ隊長、合図を」

「は、はい、それじゃ、砲撃準備!」


 エーリッヒにほだされて、リューベック大尉が旗を揚げる。そして、それを振り下ろす。

 それに合わせて、エーリッヒは伝導石に触れる。3次共鳴となると、キーンといういつも以上に甲高い音が弾頭から発せられる。これほど大きな弾頭での1次共鳴数以上の魔力を込めること自体、初めてのことだ。

 そして、設定時間であるおよそ14秒後がやってくる。ぱちんと伝導石が弾く音共に、砲弾が発射された。

 いつにない速さだ。とてつもない速度で飛翔していく。あとは、弾頭が着弾するまで持ってくれればいい。こればかりは、祈るしかない。

 双眼鏡で、45タウゼ先を見る。ややもやがかかっており、見えづらいが、例の黒い壁とロープがうっすらと見える。やはり敵は、あの防御の仕掛けを今回も施してあった。

 が、弾頭は奇跡的にも、その敵の黒い壁で囲われた真っただ中へ、と吸い込まれるように飛翔していく。


「だんちゃーく、今」


 観測員の合図と同時に、とてつもない光が、その45タウゼ先で光るのが見えた。およそ13秒後には、猛烈な爆発音と衝撃波が到達する。


「うわっ!」


 衝撃には備えていたが、想定以上だ。相当数の魔導弾を蓄えていたのだろう。それらが一斉に誘爆し、それによって強烈な衝撃波が生み出された。石造りのこの王都の城壁ですら、吹き飛ばされるのではないかと思われるほどの衝撃が襲い掛かる。

 そんな私を、エーリッヒは抱き寄せる。エレオノーレ様とともに、私はエーリッヒの腕の中でその強烈な衝撃に耐えることとなる。やがて、その強烈な爆風は収まり、私は立ち上がる。

 城壁の外を見ると、雑草で覆われていた城壁の外が土まみれになっていた。周囲には濛々と土煙が上がっている。それが収まりかけると、私は双眼鏡を片手に敵の駐屯地があった場所を見る。

 あれ、敵の駐屯地って、どこにあったっけ? それほどまでに跡形もなく、敵の拠点は破壊されてしまった。ここからではわからないが、おそらくは敵兵の多くも倒れたことだろう。

 1万もの敵の大軍が、姿を消した。いや、消滅した。

 ともかく、この砲撃は、大成功だ。


「ラインベルクの双璧、ばんざーい!」


 突然、とある兵士が叫ぶ、それに呼応して、他の兵士らも叫び出す。


「英雄に、ばんざーい!」

「我が王国の勝利に、ばんざーい!」


 各々がこの奇跡の一撃を称賛し、万歳を唱え始める。もちろん、我が隊員も呼応する。


「さすがはエーリッヒ様です、ばんざーい!」


 しかしだ、その勝利を目撃しておきながら、万歳を唱えることなく呆然としている者がいる。そう、隊長のリューベック大尉だ。

 不可解なお方だ。エーリッヒに気に入られようと頑張っていたじゃないか。ならば、今は勝利に喜ぶべきところだろう。もしかして、その勝利をもたらしたのが私のアイデアだったからということで、喜べないのだろうか?

 ともかくだ、王都アルトシュタットは5倍の敵兵に攻め込まれるという危機的状況を、エーリッヒの魔力によって粉砕することができた。まさに、大勝利である。

 これで、めでたしめでたし……となるところであるが、その日の夜は、私は大変なことになっていた。


「さて、エーリッヒ、やっと遠慮する必要がなくなりましたわね!」

「そうだね! 僕にとって、王国の大勝利にふさわしいご褒美だよ!」


 そう、生まれたままの姿にされて、ベッドの上に寝かされるその上から、エーリッヒがまさに私に対し、い・た・そうとしている。

 そんな私の左腕に、豊満な胸を押し付けてくるのはエレオノーレ様だ。事実上の正妻であるこのお方が、側室となると約束してしまった私を押さえつけて、エーリッヒにささげようとしているのだ。


「あ、あの、エーリッヒ……まさか、今すぐなさるおつもりですか?」

「当たり前じゃないか。だって半年も我慢してたんだよ」

「いやあ、でも、私の方は心の準備が……」

「おっと、その前にあなたに、(わたくし)から最後の貴族の作法を教えなければなりませんわね。いいですこと? こういう時は、腕を左右に置き、股を大きく広げてですね……」

「ひ、ひえええぇっ!」


 なにやらエレオノーレ様が貴族の夜伽の作法とやらを私に話し始めたぞ。そんな私の上から、エーリッヒがのしかかってくる。


「さあ、覚悟を決めるんだ。僕ら、ラインベルクの双璧と呼ばれた二人が、正に物理的に結ばれるんだよ」


 こうして私は流されるがまま、人生で初めて男の方を相手に、い・た・されてしまった。

 こうして、王都防衛戦での大勝利の日は、幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
エーリッヒ様、軍事的にも性的にも大勝利。 弾が玉にあたれば良かったのに…(●`ε´●) まさかそんな超長距離を砲弾が飛んでくるなんて思いもしなかったんやろね…(;´Д`) リューベック氏、なんか怪…
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