#16 王都襲来
「エーリッヒ様!」
屋敷に戻ったエーリッヒ様には、点滴が行われている。が、意識を取り戻す気配がない。私の呼びかけにも応じる気配がない。
「まだ、エーリッヒは目覚めないのね」
「はい、まだ眠ったままです」
エレオノーレ様も心配そうに、ベッドの脇に座り手を握る。が、ずっと眠ったまま、目を覚まそうとしない。
幸い、肩の傷は大したことはない。ただ、衝撃で倒れた時に後頭部を打ち、その衝撃で気を失われたと考えられる。
けがは大したことはない。が、意識を取り戻さなければ、いずれ衰弱死してしまう。そうなれば、帝国軍が我が王国を蹂躙し、貴族は皆殺しされ、王国は消滅することになる。
それがまさに、現実となろうとしていた。
「て、帝国軍1万、我が王都に向けて進撃中とのことです!」
執事が、新たな情報を知らせに来た。もちろん、意識のないエーリッヒ様は知る由もない。
エーリッヒ様が倒れた途端、ルスラン帝国は1万もの大軍勢を率いてこちらに向かっているという。今にして思えば、あのフォレストハイムの3千の敵はエーリッヒ様を倒すためのおとりだったのだ。
つまり、エーリッヒ様を暗殺し、この王国を攻め落とすために仕掛けた大掛かりな罠だった。実際、エーリッヒ様が倒れた直後に、その帝国軍3千は撤退している。おそらくは、エーリッヒ様が倒れたとの情報を受けたのだろう。
にしても、あまりにも早くエーリッヒ様のことを知りすぎていないか? 王国軍の中に、内通者がいるのではなかろうか。
ともかくだ、帝国軍は恐ろしい速さで進軍を続ける。通常なら3日かかるところが、2日でこの王都に達しようとしている。
まさに、ラインベルク王国の危機だ。
それを阻止できる、「ラインベルクの双璧」と称えられた者の一人は今、生死の境をさまよったままだ。
「ともかく、あなたはエーリッヒのそばにいなさい! 私とエリザベート、デイジーは、この王都を守るため魔導砲で戦ってきますわ!」
迫りくる帝国軍の大軍に、エレオノーレ様は迎え撃つおつもりだ。だが、私は算術士。算術しかできない。エーリッヒ様の魔力と魔導砲あっての算術士だ。このお方が目覚めなければ、私はただの無力な平民に過ぎない。
「エーリッヒ様、お願いです、早く目覚めてください……」
そう願うも、エーリッヒ様は目を開く様子はない。
エーリッヒ様が撃たれ、倒れてから2日が経つ。その間に、帝国軍1万の大軍がエーレンライン河を越えて、さらにノルトバッハ鉱山を抜け、この王都に迫りつつある。
すでに150タウゼのところまで、帝国軍は迫っている。そこでいったん、やつらは進軍の速度を落とす。どうやら、魔導砲などの重火器の到着を待っているようだ。
それらが揃い次第、我が王都アルトシュタットの城壁に向けて総攻撃を始めるつもりなのだろう。
が、帝国軍は全軍の到着を待つことなく、その一部が我が王都に向けて進軍し攻撃を仕掛けてきた。前衛に出てきたのは、3千の兵。火薬大砲200門、そして魔導砲が60門。
今朝方から、その前哨戦が始まる。本隊が総攻撃をかける前に、我が王国軍を疲弊させるべく現れたのだろう。ドーンという、魔導砲と火薬大砲、マスケット銃の一斉射撃音、そして兵士たちの鬨の声などが、ここハンシュタット家のお屋敷まで聞こえてくる。
ところで、エーリッヒ様を狙った銃だが、我々の常識を超える武器であったことが判明する。
マスケット銃というのは、まず銃身の先より弾を込め、後部に開けられた穴から火薬を注ぐ。引き金を引くと、ばねが付いた火打ち石が火花を散らして火薬に着火し、爆発させて銃弾を押し出す。そういう仕掛けだ。
次の弾を撃つには、中の後部に残った火薬カスを取り除いて再び弾を先から込める。バネを引いて引き金を引き、火打ち石を弾く。それの繰り返しだ。早くても、次の弾が撃てるまでに30秒はかかる。
だが、エーリッヒ様を撃った銃には、そもそも火打ち石がない。あるのは、ハンマーのような仕掛けだ。引き金を引くと、銃の弾の後部を引っ叩く。
さらにこの銃の弾には、最初から火薬が詰め込まれている。その後ろに、衝撃を加えると着火する炸薬と呼ばれる火薬が詰められていた。
一発撃つと、弾を込めた円形の部品が回転し、次の弾に置き換わる。リボルバーと呼ばれる方式のこの新たな銃は、マスケット銃と比べて圧倒的に次弾までの発射時間が短い。だから、間髪入れずに帝国兵は撃ってきた。おまけにその火薬は、我々の使う火薬より強力なものだと聞いた。
またしてもそれは、あの古代遺跡に似たような絵があるとデイジー様はおっしゃっていた。つまりルスラン帝国は着々と、古代兵器を具現化しているようだ。
今度の戦いでもまた、何か新たな兵器を仕掛けてくるに違いない。
それに対抗できるのは、桁外れなエーリッヒ様の魔力だけだ。
私は窓の外から、戦いの様子を伺う。すると空には5つのあの飛行兵器が浮かんでいた。
デイジー様とエリザベート様が広場に立ち、ほぼ真上に向けられた魔導砲のそばにいる。そうか、あれを落とそうとしているようだ。ドーンと音を立てて、エリザベート様の魔力を吸った魔導弾が勢いよく発射される。
おそらく前回と同じように、4次共鳴数を算出し、放っているのだろう。が、はるか手前で爆発し、ダメージを与えられない。地団駄を踏むエリザベート様の真横で、砲手とデイジー様が次の弾を用意している。
当たれば効果絶大だが、当たらなければどうにもならない。再び発射されるエリザベート様の弾は、今度は飛行兵器の近くで炸裂した。
だが、その時だ。その被弾した飛行兵器を含め、5つの飛行兵器から何かが落とされる。
赤い色のそれは、間違いなく魔導弾だ。それをこの王都の貴族屋敷の真上からばら撒いてきた。
その魔導弾が着弾し、ドーンという音が鳴り響く。近くの屋敷に落下し、その屋敷は破裂しつつ炎上する。遅れて、魔導弾の作り出した衝撃波がバリバリとこの屋敷中の窓ガラスを震わせる。
屋敷からは火の手が上がり燃えている。全部で5発の魔導弾が落下し、内、2つが貴族の屋敷を直撃した。
他の3発は風に流されたのか、平民街に落ちたようだ。ここからも、煙が上がるのが見える。さらにそこに、エリザベート様が撃った弾で浮力を失った飛行兵器も落ちてきた。
バリバリと音を立てて、平民街の路地のあたりに落ちる。あっという間に火が燃え広がり、人々は逃げ惑う。
燃えた屋敷には消火隊がやってきて、手押しポンプで水をかけ、消火を試みている。が、かなり手こずっているようだ。なかなか火が消えない。
とうとう、王都が火に包まれ始めた。私はたまらず、エーリッヒ様の手を握る。
「エーリッヒ様、帝国の魔の手は、もうそこまで来ております。早く、早く、とにかく早く目覚めて……」
時折、魔導砲の発射音に鬨の声。城壁の外では、王都の攻防戦が繰り広げられている。エレオノーレ様も、城壁で魔導砲を使い戦っておられると聞いた。広場では魔導弾を落とし離れようとする敵の飛行兵器を落とさんと、デイジー様が算術士をしつつエリザベート様が炸裂を誘発する4次共鳴数の魔導弾を放ち続けている。
だが、王国最強の魔導師は、未だ目を覚まさない。
私は、目を閉じる。
もしもこの世界に神という存在があるならば、エーリッヒ様を再び目覚めさせ、この王国、王都を救ってほしい……と、そう願った矢先だ。
目の前に、ぼんやりと人の姿が見えてくる。
おかしいな、目を閉じたままなのに、どうして人の姿が……しかし、その人物の姿を見て、私は思わず叫んだ。
「あっ!」
思わず、私は叫ぶ。そこにあるのは、エーリッヒ様のお姿だったからだ。
でも、どうして? 目覚めないまま横たわっていたエーリッヒ様が、なぜ私の目の前に立っているのか?
しかし、この場所は真っ暗闇の中。ただ一人、エーリッヒ様の姿だけが暗闇の中に浮かんでいる。
「あれ? なんだ、ハンナじゃないか」
そのエーリッヒ様が、私に気付いて声をかけてくる。
「あの、本当にエーリッヒ様ですか?」
「他の誰に見えるのさ。僕はエーリッヒだよ」
「いや、だって、今の今までベッドの上で目を覚まさず、私の問いかけにもこたえてくださらなかったじゃないですか!」
「そうなの? 僕はずっと、この真っ暗闇の中を歩き回っているんだ。誰かいないかなぁと思って」
私は、周りを見渡す。本当に真っ暗闇だ。こんなところを、少なくとも2日間はさまよっていたことになる。よくまあこの状況で取り乱すことなく、いつも通りの能天気ぶりを発揮しながらさまよい続けられたものだと感心する。
いや、感心などしている場合ではない。
「エーリッヒ様、今、王都は大変なことになってるんです。エーリッヒ様が倒れたと知った帝国が、1万の大軍をもって王都アルトシュタットに押し寄せてきたんです」
「へぇ、そりゃあ大変だ」
「他人事ではありません! ついさっきも近くの屋敷に敵の飛行兵器による爆撃が行われて、近くで火災が起きているんですよ! このままじゃ王都が火の海に沈んでしまいます!」
「で、僕にさっさと目覚めて、帝国軍を追っ払ってほしいと、そう言いたいわけなんだよね、ハンナは」
なんだ、分かってるならさっさと目を覚ませばいいのに。何を他人事のようにとらえているんだ。
「だったら、早く目を覚ましてくださいよ! 皆が、エーリッヒ様を待っているんです!」
「そうしたいのはやまやまだけどさ、どうやったら目を覚ませるのやら……」
「そういう時は、気合を入れればいいんじゃないですか?」
「リューベック大尉じゃあるまいし、どうやって入れるんだよ」
「ええと、それは……」
うーん、私に気合のことを尋ねられても困る。そういうものとは、まったく縁のない世界で生きてきた。私は、考え込む。
が、エーリッヒ様が突然、こんなことを言い出した。
「そうだ、一つだけいい考えがある」
私はエーリッヒ様に尋ねる。
「いい考えとは、なんでしょうか?」
「簡単だよ。ハンナが僕の側室になってくれると、ここでそう約束してくれれば、僕にも気合が入るかもしれない」
おかしなことを言い出したぞ、この公爵家の息子が、平民の私を側室に迎えるだと? まさか頭を打って、おかしくなったのか? 私は反論する。
「あの、エレオノーレ様という正室となられるお方がいらっしゃるのに、側室を必要とされるんですか?」
「別に貴族の間じゃ、当たり前のことだよ」
「いやあ、それはそうですが……見ての通り、私は貧相な胸に女らしさのかけらもない身体。得意なのはせいぜい算術だけ。そんな女のどこに側室としての器量があるとおっしゃるのですか」
「わかってないなぁ、ハンナは。そこが、いいんじゃないか」
私は急に顔が熱くなるのを感じた。私がいいと、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
「君は気づいていないんだよ。僕は君を初めて見た時、一目惚れしたんだよ。背が低くて、胸も小さくて、可愛らしい丸顔につぶらな瞳。たとえ君が算術士でなかったとしても、その場で持ち帰ろうかと思ったくらいさ」
「えっ、あの時、そんなことを考えていらしたんですか?」
「うん。しかも正確な計算ができる、唯一の算術士だと聞いて、これはもう持ち帰るしかないと思ったね」
なんとまあ酔狂なお方だ。私を見てそもそも女だと思える人が少ないというのに、やっぱり貴族なのか、どこか吹っ飛んでる。
「側室になってくれるなら、僕も手出しできるんだけどなぁ。これでも今まで結構、我慢してたんだよ。本当はエレオノーレのように毎日のように交われたらいいなぁって思いつつも、いつも胸を触るだけで我慢してたんだ。もし、側室になってくれたなら、僕も思う存分、ハンナを弄り回すことができるというのに」
「ちょ、ちょっと待ってください、私が側室になる利点なんて、エーリッヒ様にとって何にもないじゃないですか!」
「なんで?」
「エレオノーレ様は、貴族であり膨大な魔力の持ち主です。ところが私は魔力もなく、せいぜい算術を得意とするだけの平民の女です。どこに側室として迎え入れる素養があるというんですか?」
「それだよ、それ。その計算術だよ。エレオノーレとの子供は膨大な魔力値を、そしてハンナとの子供には高度な算術を期待してるんだよ。我がハンシュタイン公爵家にとっても、王国にとっても、とても素晴らしいことじゃないか」
気が付けばこのご子息様は、私との子供の話までし始めた。ますます顔が熱くなる。子供を作るってことはつまり、い・た・すということだよな。
えっ、ちょっと待って、まさかエーリッヒ様って私とい・た・したかったの? 単に胸をまさぐって満足しているものだと思っていた。いや、その胸にしたって、エレオノーレ様の10分1のもない貧弱なものだというのに。
「あの、エーリッヒ様の側室に、なれと言われればなります。ですから、すぐにでも目を……」
「ほんと? 約束だよ」
「はい、約束します。私はあなた様の側室になります」
「それじゃあさ、せっかくだから一つ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「僕のことは、様をつけずに『エーリッヒ』と呼んでよ」
「ちょ、ちょっと待ってください、エーリッヒ様! 私は平民で、あなた様は貴族ですよ!?」
「ほら、だめだよ、様をつけちゃあ。『エーリッヒ』だ」
エーリッヒ様は頑として自身のことを私に『エーリッヒ』と呼ばせたいらしい。そこまで言われては、仕方がない。
「え、エーリッヒ……」
「うん、いいねぇ。もっと大きな声で」
ようやく私は、エーリッヒの名を呟いた。が、この男はさらに要求してくる。
「そんなことはどうでもいいです! 早く目を覚まして、エーリッヒ!」
気づけば、私はベッドの上でエーリッヒの手を握りながら叫んでしまった。思わず辺りを見回し、ハッとした。もしかして今、私は夢を見ていたのではないか?
こともあろうに私は、公爵家のご子息様をエーリッヒなどと呼び捨てにしてしまった。が、そう叫んだ直後、エーリッヒは目をゆっくりと開いた。
「……うん、今ので、気合が入ったみたいだ」
「え、エーリッヒ様! 目覚められたのですね!」
「おい、ハンナ。ついさっき、様は余計だと、言ったばかりじゃないか」
その言葉に、ついさっきまでの出来事は夢などではなく、本当にエーリッヒとの間にかわした会話なのだと悟る。そこで私は答える。
「は、はい、エーリッヒ。すみません」
「約束は、覚えているよね?」
「覚えてます。約束通り、私はあなたの側室になります」
そこで私ははっきりと、そう答える。
「うん、いいねぇ。それじゃあすぐにでも帝国軍を追っ払って、夜伽をしなきゃね!」
そういいながら、立ち上がろうとするエーリッヒ。おい、帝国軍を追い払う動機がそれですか。そんなことを口走るエーリッヒだが、2日間も眠りっぱなしでいきなり起き上がれるはずがない。ベッドの上で上半身を起こすのがやっとだ。
「無理をしてはいけません、エーリッヒ。なにか、飲み物をお持ちしましょうか?」
「いや、それよりも食べ物だ。精のつく食べ物を、じゃんじゃん持ってきてよ」
私は慌てて部屋を飛び出し、主治医や侍従を呼ぶ。そして、部屋にはたくさんの肉や野菜、魚料理が運び込まれる。
ついさっきまで死人のように動かなかった人とは思えないほどの食べっぷりだ。がつがつと、2日分の食事を取り戻さんとばかりに食べまくった。
2人前ほどを食べ終えた後に、主治医に頼んで点滴を外してもらう。そして、ベッドを降り、立ち上がった。
「さてとハンナ、行こうか」
「はい、エーリッヒ様!」
「おい!」
「あ、はい、エーリッヒ……」
「うれしいなぁ、ハンナが僕のもう一人のお嫁さんになってくれるなんて、きっとエレオノーレも聞いたら喜ぶよ」
ドーンという魔導砲の音や銃声、鬨の声が時折響き渡る中、能天気に喜ぶエーリッヒ。しかし、王都を囲む城壁では、厳しい戦いが繰り広げられていた。
すぐさま、エーリッヒと私は城壁へと向かう。そこには、103魔導砲隊の面々が集まっていた。
「あ、エーリッヒ様だ!」
「えっ、エーリッヒ様だって!?」
一番驚いていたのは、隊長のリューベック大尉だ。もう目覚めないとさえ思われた状態から、いきなり元気な姿を現した。そりゃあ驚くのは当然だ。
「僕の魔導砲を準備してくれ、反撃に出る」
「えっ、でも、あの、お身体の方はよいので?」
「食べたら、元気が戻ってきた。とにかく魔導砲だ。城壁の上に設置し、帝国軍を蹴散らすんだ」
「はっ、直ちに!」
大慌てで隊長は旗を振る。すでに城壁そばに運び込まれた魔導砲は、大勢の兵士らによって持ち上げられて、城壁の上に据え付けられる。
「さあて、どこから攻撃しようかなぁ」
敵は3千の兵で、魔導砲だけでも60門ある。こちらはその内5門破壊したが、3門がやられた。一進一退だ。
「なんですの、エーリッヒ! 今さら目を覚ましたのですか!? なんでもっと早く目を覚ましてくださらなかったのです!」
そこに現れたのは、エレオノーレ様だ。ススだらけのドレス姿で、元気に現れたエーリッヒに怒鳴りつける。
「うん、やっとハンナが僕の側室になってくれるって、そう約束してくれたからさ」
「えっ、側室!?」
まったく、外では魔導砲やらマスケット銃の銃弾やらが飛び交っているというのに、側室がどうとか話している場合ではないと思うのだが。
「だからもっと早く側室の話をハンナにすべきだと、私、何度もおっしゃいましたよね。そのたびにうじうじしているから……で、ぶっ倒れて気を失って、やっと勇気を出したというわけですのね。まったく、王国一の魔力を持つ貴族が、たかがハンナに本心を伝えられないなんて……って、そんなことよりも今は、外の帝国軍1万を何とかしなければいけませんわ!」
相当弾を撃ち込んだのか、エレオノーレ様もかなりお疲れの様子だ。が、それを能天気にかわすエーリッヒ。
「大丈夫だよ。後は僕に任せて」
弾頭が運び込まれる。すでに秤に乗せられて、弾頭の重さが伝えられる。
「弾頭重量、1116タウゼ・シュレベ!」
攻撃目標だが、観測員によると、魔導砲弾が集積された場所がここからおよそ1500ラーベ先にあるという。目前の魔導砲を叩くよりも、先に敵の魔導弾を破壊する方が効果的だと判断したエーリッヒの意見を尊重し、まずは魔導砲弾の集積所を攻撃することにした。
「それじゃあ頼んだよ、ハンナ」
我が王国、いやおそらくは世界一の巨大魔導砲に、大型の弾頭が詰め込まれる。思いふたが閉じられて、エーリッヒが私にこう告げた。
「魔導砲弾集積所まで、1492ラーベ!」
それを聞いた私は、計算尺を滑らせる。まずは測量士から得た目標までの距離と風速の情報を基に砲の方位角の計算を終え、それを伝える。
「仰角44.3度、左7.2度!」
そして、先ほどの魔導砲弾の重量から、共鳴数を計算する。相変わらず、スケール軸は目盛りの間の中途半端な位置で止まる。それを、私は正確に読み取る。
「共鳴数、14.72!」
それを聞いた砲手がダイヤルを回す。そして、砲身が目標に向けられた。
「それじゃさっさと帝国を撃退して、夜はハンナを思いっきり抱くぞ!」
おかしな掛け声とともに、エーリッヒは伝導石に触れる。14秒後に火を噴く魔導砲。ついに、王国軍最強の魔導砲による反撃が開始された。




