#12 飛行兵器
「へぇ、あの令嬢たちに、ハンナの見た戦場の様子の話を聞かせたんだ」
「そうですわよ。だって、王国が危機的状況にあるというのに、あの娘たちといったらまるで緊張感がないんですわよ。令嬢といえども一流の魔力持ちとして生まれたのだから、魔導砲くらいいつでも撃てるようにしておきなさいと、いつも申し上げてるのに聞かないから、それならばと私は敢えて現実を知らしめてあげたのです」
「さすがにショックだっただろうね。あの光景を、そのまま話しただなんて」
「その程度で倒れるようでしたら、貴族令嬢など失格ですわ。なぜ私たちが貴族でいられるのか? 魔力を持ち、その力もって王国を守るために生まれてきた。そのことを忘れ、安穏と贅沢にふけっているのですよ、最近の令嬢は」
なぜか、い・た・した後に、興奮気味に今日のお茶会の顛末をエーリッヒ様に話すエレオノーレ様。まあ、私もちょっとストレートに伝えすぎた感がある。手足が千切れ吹っ飛んだ兵士や馬の話まで、するべきではなかったかな。
「やってしまったものはしょうがない。こうなったら、彼女らも危機感を持つことを期待するとしよう」
「そうですわね。ハンナでさえ、この短期間でここまで変われたのですから」
と言いつつ、私の胸の先っぽを二人してグリグリと弄り回している。やられている私は、体内から何やらもやもやとしたものが込み上げてくる。
「そろそろ頃合いかしら? それじゃ、行きますわよ」
「ああ〜っ!」
合図とともに、私の下半身に手を回すエレオノーレ様だが、いや、そこに指を入れたらダメだと……そこから先は、あまり覚えていない。
毎日、こんな貧相な身体相手に同じことばかりやってて、よく飽きないものだ。私の反応が、それほどまで面白いのだろうか。
あの移動要塞撃退以来、帝国軍に動きはない。それはそうだ、鉄壁の防御を、我が魔導砲が打ち破ったのだ。もはやエーリッヒ様の砲に対抗する手段を失ったのではないか。
しかし、だ。時々でもいいから攻めてきてくれないものだろうか。でなければ私はこの二人に、ずっとやられっぱなしだ。私は算術士、戦いの中でこそ力を発揮できる。だから、不謹慎ながら、戦いを欲している。
とはいえ、平穏な時でも私の算術は使われる。
「おう、嬢ちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「なんでしょうか、料理長」
時々だが、私は屋敷内で執事やメイド、料理人らに呼び止められることがある。
「こいつだ、この肉の塊を煮込むのに、何分ぐらいが適切か、知りたいんだよ」
「重さは分かります?」
「532シュレベだよ」
「前回、220シュレベの肉を煮た時が、62分が最適だったと言ってたので、計算すると……」
意外にも、算術とは利用価値があるみたいで、こんな具合に計算を頼まれることがある。他にも、屋敷の庭の測量だったり、とある屋敷の建材に使う巨石で、秤に乗せられないほどの石の重量の推定値を計算させられたりすることもあった。
案外、算術とは使いどころがあるものだ。あのお茶会で、ご令嬢たちの前でそのことを言い出せなかったのは残念でならない。
「ハンナ、ちょっとあなたに聞きたいことがあるのよ!」
ところがである、そんな私のところに、あのお茶会で出会ったご令嬢の一人が現れる。エリザベート様だ。
侯爵家のご令嬢だが、私の戦での話を聞いた途端、急に魔導砲に興味が湧いたらしい。それで、魔導砲訓練所に出向いては砲撃を習っているらしい。が、その時にあてがわれた算術士が気に入らないのだという。
「狙いが外れるのですわ。せっかく魔力を込めているというのに、全然当たらないんですよ」
「はぁ……そういえば、昨日は風が強かったようですからね」
「その風量の影響すらも考慮するのが算術士というものでしょう! 当たらなければ、どうにもならないじゃない!」
よほど腕の悪い算術士に当たったようだ。といっても、エリザベート様ほどの魔力で撃ち出せる魔導弾では、軽すぎて風の影響をもろに受ける。
エリザベート様が撃ち出せる魔導弾の重さは、せいぜい40タウゼ・シュレベほどである。初速度も毎秒66ラーベで、最大射程は450ラーベ。火薬大砲程度である。
それでも、破壊力は大きい。20人程度の小隊ならば一撃で粉砕できる。これは火薬砲弾では不可能な所業だ。近接戦闘となれば、軽い魔導弾だけに連続的に発射でき、敵にとっては脅威となりうる。
「ちなみに私、土属性ですのよ」
「土、でございますか」
「そうよ。だから、こんなことができるの」
そういいながら、地面に手のひらを当てる。すると地鳴りのような音が響いたかと思うと、高さ2ラーベ、幅30ラーベほどの土が盛り上がり壁を形成する。
「この魔導を使って、昔は敵が放った矢から味方を守ったそうですわよ」
へぇ、土属性ってそういうものだったんだ。てっきり泥か何かを敵にぶつけるのかと思っていた。もちろん、そういう使い方もできるらしいが、どちらかといえば防御魔術として使われる方が多かったと、エリザベート様は語る。
「それよりも、私だって魔導弾を当ててみたいわ! ちょっとエレオノーレ様に言って、あなたを連れ出してもいいか聞いてくる!」
「えっ? あ、はい」
なぜか私は、この侯爵令嬢の算術士として出向くことになってしまった。
いつもの訓練場に、中型の砲が据えられる。用意された弾頭は、重さがだいたい40タウゼ・シュレベのもの。それが数発、山積みされている。
観測員が、風速を知らせてきた。
「風向き、左15、向かい風7!」
うーん、これがエーリック様の弾頭ならほとんど影響が出ないんだが、エリザベート様の弾は軽い。重さが40タウゼ・シュレベだ。この重さだと、かなり弾道がずれる。
ざっと計算してみたが、横方向に20度ほど、向かい風で22ラーベ戻される。射程430ラーベしかないエリザベート様にとって、このずれ量は致命的な量だ。
「弾頭重量、41タウゼ・シュレベ!」
ともかく、せっかくやる気になったというのに失敗だらけではやる気を失う。成功体験をさせなくては、せっかくのやる気が持続しない。そう考えた私は、弾道計算と共鳴数の算出を慎重に行う。
「方位、右20.1度、仰角36.8度! 共鳴数、16.28!」
つい癖で、共鳴数を4桁まで読み上げてしまった。エリザベート様の魔力値程度ならば必要ないのだが、それ以上に弾道計算の方が大事だ。
「それじゃ、今度こそ当ててみせますわよ!」
せっかくやる気を出したご令嬢に、ひと花咲かせてあげたい。そういう一心で算出した数値だ。伝導石に伝えられるエリザベート様の魔力が、その40タウゼ・シュレベほどの弾頭をドーンと打ち上げる。
やはりというか、大きく左にずれていく。向かい風の影響も大きい。が、それは410ラーベ先に立てられた目標の旗に向けてスーッと吸い込まれるように飛翔していく。
弾着まで5秒。あっという間に着弾したエリザベート様の放った魔導弾は、その目標の旗にぶち当たる。大きな炎を上げて、爆発する。
直後、衝撃波が来る。といっても、私でさえ立ったまま耐えられるほどの威力だが、それでも直撃すれば小隊が一つ、吹き飛ぶほどの威力だ。410ラーベ離れてさえこれだけの衝撃が伝わってくる。エリザベート様の魔力値はエーリッヒ様やエレオノーレ様と比べたら小さい方だが、それでこの威力。やはり魔力というものは恐ろしい力だ。それを持つ貴族たちが何もせず、ただふんぞり返って贅沢三昧を送るだけではもったいない限りだ。
「やったわ! 見事に命中よ! それじゃ次、行きましょう!」
一度成功したら、再び当てたくなるものだ。全部で数発の弾がある。これくらいなら付き合ってやろう。そう思いつつ、私は計算尺を握る。
が、その時だ。空の上に、奇妙なものが浮かんでいるのが目に留まる。
「……なんですか、あれ?」
最初に見つけたのは、風向を測ろうとしていた観測員だ。その指が差す先の上空に、なにやら見たことのないものが見える。
ちょうど水を入れる羊皮の袋をひっくり返したような形のそれは、その袋の下で火を灯しているのが目に入る。双眼鏡を使い、その姿を私は捉えた。
大きな袋の下には、藤のツルで編んだようなかごが取り付けられている。そのかごの中に乗り込んだ二人の帝国軍の服を着た兵士が見える。
一人が、懸命に何かをこいでいる。カヤックのオールのようなものがくるくると回り、その風の力で進んでいるようだ。
かごの中央からは火が灯され、袋の中に熱気を送っているように見える。なぜそんなことをしているのか、見当もつかない。
が、私が注目したのは、その下にぶら下がっている物体だ。
赤い石の、見るからにルナストーン製のそれは、紛れもなく魔導弾だ。あれを見て私は、それが兵器だと確信した。
「あれはもしや、帝国軍の新兵器では?」
私がそう叫ぶと、一同に緊張が走る。
「なんだって、帝国軍の兵器だって!?」
エリザベート様の魔導砲隊の隊長が、私に向かって叫ぶ。
「あのかごの下、あれはどう見ても魔導弾です。察するに、あれを王都の真上から落とすつもりでは?」
「つまりあれは、空から直接、王都を攻撃する兵器だと貴官は言いたいのか」
たった1発しかない。被害も知れているだろう。が、被害の大きさよりも、あれがもたらす恐怖の方が大きい。
空からの攻撃となれば、防ぎようがない。もしあんなものが大量に現れたなら、王都はたちまちのうちに恐怖にさらされる。
幸いにも、その兵器は一つだけだ。だが、遠すぎる。
「ここからあの飛行兵器までの距離は、およそ2000ラーベ。毎秒5ラーベの速さで動いている」
エーリッヒ様の魔導砲ならともかく、今ここにあるのはエリザベート様と中型の魔導砲のみ。
エリザベート様の砲では、真上に向けてもせいぜい226ラーベしか打ち上げられない。いや、仮にエーリッヒ様の魔導砲を使ったとしても、動く相手だ、狙える気がしない。
困ったぞ、まっすぐ王都に向けて飛んでいる。ともかく、あれの存在を知らせねば。
「直ちに伝令! 敵の飛行兵器らしきものが、王都に接近中!」
「はっ!」
伝令兵が馬にまたがり、王都に向けて走っていった。しかし、それをしたところで攻撃を防ぎようがない。
どうしたものか。しかしあの向きだと、ちょうどこの真上を通ることになる。その際、せめてエリザベート様の射程が1500ラーベほどあれば撃ち落せるというのに。しかし、射程距離はまったく足りない。
4分の1の重さの弾を使えば? いや、それでも初速がせいぜい2倍程度にしかならず、高度も2倍上がるだけだ。どうしたものか。
そこで私はふと、複次共鳴数のことを思い出す。共鳴数と呼ぶものは、すべて1次共鳴だ。しかし、2次、3次共鳴数というものも存在する。
だが、2次以上の共鳴数を使うと、弾頭質量辺りに込められる魔力量が増える代わりに、暴発する危険が生じる。発射したものの、着弾する前に炸裂してしまうのだ。
いや、待てよ。あの飛行兵器は薄い袋でできている。むしろ、その炸裂した弾が当たれば……
「算術士、意見具申!」
まもなく敵が真上を通過しようという、その時だ。私は隊長に意見具申を求める。
「なんだ、ハルツェン二等兵」
「4次共鳴数を利用すれば、エリザベート様の魔力であれを撃墜することができるのではないでしょうか!?」
「は? 4次共鳴だと?」
どうやらこの隊長は、4次共鳴のことが分からないらしい。
「つまりですね、弾頭を4分の1に削り、その軽い弾にちょうど4倍の共鳴数の魔力を与えるのです」
「ちょっと待て、それをすれば、不安定な魔導砲弾は空中で炸裂してしまうではないか!」
「そうです、炸裂させるのです!」
私の言った意味が、この隊長には分からないらしい。が、エリザベート様はどうやら薄々ながら理解したようだ。
「つまり、弾をばらまいて移動するあれに当てると、あなたはおっしゃるのですね?」
「はっ、その通りでございます。見たところ、薄い皮でできた兵器ですから、破片が当たるだけでも落とせるのではないかと思われます」
「ならば、それで行きましょう。ほら、魔導弾を一つ、削るのよ!」
何が何だかわからない隊長に、このご令嬢はともかく指示を出す。砲弾を取り出し、後ろに張り付いた炸裂用のルナストーンをはがす。残った弾の4分の1ほどの長さのところに、くさびを当ててハンマーで叩く。
するとルナストーンにひびが入り、まっすぐ割れる。その割れ目に、先ほどの炸裂用のルナストーンを張り付ける。
「弾頭重量、11タウゼ・シュレベ!」
軽い弾頭が出来上がった。私はそれを聞いて、共鳴数の計算に入る。
といっても4次の共鳴数だ、通常の共鳴数の4倍の数値をはじき出す。
「共鳴数、41.6!」
重さ11タウゼ・シュレベの弾にこれほどの共鳴数で魔力を注いだら、途中で弾が魔力に耐え切れず炸裂する。だがその分、速力は4倍にまで上げられる。
つまり、真上に撃ち出せば高度は3620ラーベまで上がる。その途上で炸裂したとしても、あの薄い皮でできた飛行兵器にそれが一部でも当たれば穴が開いて落ちるのでは。
「なんだかわかりませんが、あの奇妙なずた袋を叩き落としてみせますわ!」
よくわからない気合の入れ方で、エリザベート様が伝導石に触れる。40秒ほど経過し、パチンと音を立て、その直後に弾が撃ち出される。
と、そこで急に思い出したことがある。そういえば、17以上の共鳴数は魔導師に負担をかけ、心身に不調をきたす。ところが今、私はその倍以上の共鳴数を指示してしまった。しかしだ、エリザベート様は特にふらつく様子もなく、平然としておられる。
先ほどと違い、すさまじい速さで弾が撃ち出された。初速度はおよそ毎秒240ラーベ以上。エーリッヒ様の弾よりも倍以上速い。
しばらくは順調に飛翔するが、途中でいきなり、火を噴く。それはちょうどあの敵の飛行兵器の真下辺りで、弾が魔力に耐え切れずに炸裂してしまった。
が、炸裂したルナストーンの破片が四散しつつも、そのいくつかがあの飛行兵器に当たる。
すると、その破片が飛行兵器の袋と、下にぶら下がる藤の篭とをつなぐロープに当たって爆発し、それらを切り裂く。予想外の攻撃を受けた二人の帝国軍兵士が慌てる様子が、双眼鏡を通してよく見える。
穴の開いた袋は、徐々に高度を下げる。王都に達する直前、その袋は大きく切り裂かれ、やがて落ちる。
飛行兵器の落ちた先に、我々は駆けつける。そこには二人の帝国兵士の屍と、散乱した魔導砲弾があった。
「しかし、どうやって空を飛んでいたのだ? どう見ても、ただの袋にしか見えぬが……まさか、空飛ぶ魔術なるものが、帝国では考案されたというのか?」
その隊長はそう推測するが、王国の科学院での調査で、それが空に浮かんでいた原理が判明する。
「要するにですね、袋の中に暖かい空気を入れると、その袋が浮き上がる力を得て空に舞い上がるのでございますよ」
「そうなの? でもどうして、暖かい空気を入れたら浮き上がるのかしら?」
「私にもわかりません。そういうものだと研究員はおっしゃるだけでして」
「僕にも全然わからないなぁ、もう少し分かりやすく教えてほしいものだねぇ」
と、私は何時ものようにベッドの上で二人に胸の辺りをまさぐられながらも、その飛行兵器の浮き上がる原理をエーリッヒ様とエレオノーレ様に話す。が、この二人、話を聞く気がないだろう。さっきから、私の胸の辺りを触りたいだけのようだ。
ともかく、帝国というところは次から次へと新しい兵器を考案してくる。まさか、空飛ぶ兵器まで用意してくるとは思わなかった。
いや、それ以上に今回の件は、思わぬ効果を生み出した。
「なんと、私が帝国の空飛ぶ兵器を初めて撃ち落したのでございますわよ!」
と、ことあるごとに自慢げに語るのは、エリザベート様だ。なんだかこのご令嬢に、妙な自信をつけさせてしまう羽目になった。
正直言えば、あれはかなり偶然性の高い戦果であった。たまたま、敵の飛行兵器の真下でたまたま魔導砲弾が炸裂したから、どうにかあれを堕とせたに過ぎない。もうちょっと早く、あるいは遅く炸裂していたならば、飛行兵器を落とすことはできなかっただろう。
ともかく、王国で初となる未知の飛行兵器撃墜の栄誉を得たエリザベート様は、貴族令嬢の間でしばらく自慢話に花を咲かせ続けた。
それは他のご令嬢を刺激し、魔導砲訓練を受けるご令嬢が多数、現れることとなる。