#11 お茶会
ようやく、平穏が訪れた。
敵の持つ防御装置を突破する方法を編み出した今となっては、移動要塞が現れても怖くはない。そもそも敵としても、あの防御が破られるとは考えていなかったようで、それからしばらくはパタッと軍事行動が止んでしまった。
一時かもしれないが、平穏が訪れたのである。
が、それは王国にとっての平穏であり、私にとっては決して安穏の時ではない。
「お茶会を開きましょう!」
エレオノーレ様のこの提案が、また私の中に波紋を呼ぶ。
「あの、お茶会とは……」
「貴族令嬢なるもの、お茶を介しての歓談をすることに大いなる意味があるのですわよ」
もはや、何を言っているのかわからない。お茶というものは、要するに煮沸しても残る水の臭みをごまかすために入れる葉であり、それを貴族のご令嬢らが取り囲んで飲みつつ歓談をするというのである。貴族のすることは、やっぱりわからない。
が、そんな中、私もあの赤いドレスをまとって、エレオノーレ様の開くお茶会に参加することとなる。
やってきたのは、そうそうたる面子だ。伯爵家、子爵家、そして多数の男爵家のご令嬢……平民出身は、私だけだ。
ここはエレオノーレ様の実家であるヴェルテンヴェルク公爵家のお屋敷の中。広々としたサロンには、柔らかな日差しが差し込み、庭に咲く色とりどりの花で彩られ、華やかな雰囲気に満ちている。どちらかというと、エーリッヒ様のハンシュタイン家の屋敷は殺風景で、芝生だけが広がる庭だったが、ここヴェルテンヴェルク家は同じ公爵家とは思えないほどの彩に満ちた空間である。
部屋のあちこちにも花瓶が置かれ、ランの花が華やかさを増している。そんなサロンには3つのテーブルが置かれ、その上には銀のティーポットや草花をモチーフにした模様のカップが並べられている。
そんな場所に、平民出で、しかも胸に綿を詰めてようやく女らしい体形を保っているだけの私が、参加させられている。髪も伸びては来たが、ようやく肩を少し下回るほどの長さに伸びた程度だ。これでは王国の男声合唱隊の小姓らと変わりない姿だ。
周囲には、4人のメイドらが待機している。あちらにドレスを着せた方が、私などよりもずっと令嬢らしくなるのではないか。そう思いたくなるような、自身の身の小ささと胸の小ささを疎ましく思う。
さて、そうこうしているうちに、令嬢らの甲高い声が徐々に近づいてくる。何やら、談笑されながらこちらに近づいてきているようだ。
まさに、私とは違う生き方、違う文化で育った女たちが、集おうとしていた。
「まあ、エレオノーレ様、此度のお茶会にお招きいただき、恐悦至極にございます。私、クラーラ・フォン・ビューロウは幸せにございます」
「クラーラ、そういえばヒンデンブルグ家との縁談が決まったとお聞きしましたが?」
「はい、エレオノーレ様。三月後には嫁ぐことと相成りました。これも、ヴェルテンヴェルク公爵家のお力添えのおかげでございます」
という具合に、一人一人名乗りを上げながら、全部で10人ほどの令嬢がそろう。
「さて、今回のために遠方より取り寄せた茶葉を、皆様にいただいてもらいます」
「遠方とは、どちらの産地でございましょう?」
「セルロン山の中腹より取り寄せた茶ですわ」
「えっ、セルロン山とは、あの高級茶葉の産地で有名な!?」
「ようやく我が家に届きましたゆえ、皆様に振る舞おうと思いましたの」
「それはまことに光栄にございます、エレオノーレ様」
セルロン山といえば、南方の大陸を越えた先にある島の、その中ほどにそびえたつ高山だと聞く。その中腹で摂れたお茶には、貴族令嬢が驚愕するほどの価値があるのか。知らなかった。
というか、貴族社会のことは知らないことだらけだ。ただ一つ、エレオノーレ様が途方もなく立場の上のご令嬢であるということが、この場の雰囲気から分かる。
しかし、だ。そんな高貴なお方のすぐそばに、背丈の低い、髪も短い不可思議な女が黙って座っている。そこに疑問を持つ者が現れてもおかしくはない。
で、やはりそれは起きた。
ちょうど茶菓子が出て、皆がそのセルロン山のお茶を口にして、その味に歓喜している中、こんな疑問を呈する者が現れた。
「ところでエレオノーレ様。先ほどから気になっているのですが、隣に座る赤いドレスのお方は、どちらさまです?」
確か、どこかの伯爵令嬢を名乗っていたお方だ。その方が、私の存在に疑問を投げかけた。
「ああ、こちらはエーリッヒのお気に入りで、ハンナと申す者ですわ」
ところがエレオノーレ様は、ストレートに答える。そうなると話題は私のことに移る。
「ええっ! エレオノーレ様という婚約者がありながら、このような者をお気に入りとしているのでございますか!?」
「あら、私のお気に入りでもありますわよ。この者は見かけによらず、可愛いところがあるのですよ」
そこで、エレオノーレ様が私に目配せする。つまり、名乗れとおっしゃられている。
「お、お初にお目にかかります、お嬢様の方々に置かれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極にございます。私はハンナ・ハルツェンと申す者にございます」
そこで私は、名乗りを上げる。が、貴族の証である「フォン」がついていない名であるため、平民出身であることがばれる。が、エレオノーレ様はお構いなしである。
しかし当然、周りの令嬢らはざわめく。
「なんということですの、平民ではありませんか!」
「ええ、そうですわよ」
「この平民を、エーリッヒ様がお気に召していると申されるのですか」
「そうですわ」
「エレオノーレ様、いくら公爵令嬢のあなた様であっても、いや、あなた様であるからこそ、合点が参りません。このような娘のどこに、エーリッヒ様がお気に召す理由がおありなのですか?」
ひええ、エレオノーレ様相手に、なんて大胆なことを聞くお方がいらっしゃるのか。公爵家のご令嬢といえば、まさに王族に次ぐ貴族の頂点に立つお方。そのようなお方に、このような口ぶりをなさるというのも、貴族という社会はなかなか平民に対して厳しいところである。
が、エレオノーレ様はこうお答えになった。
「エーリッヒが最近、戦場にて活躍しているという話は聞いておりますわよね?」
「はい! それはもう有名でございます! あの巨大な魔導砲を放ち、つい先日は鉄壁な防壁を持つ移動要塞を叩かれたとか。他にも要塞を2つ、それに軽騎兵隊といった帝国軍の自慢の兵を、その砲で蹴散らしたとか」
貴族令嬢とはいえ、戦のことは知っているのか。そのことに、私自身が驚く。てっきり令嬢というものは、戦いなど知らずに生きているものと思っていたからだ。
「では、その魔導砲を放つために、正確無比な算術士が必要だという話は、御存知かしら?」
この問いかけに、令嬢らは黙り込む。そうなのだ、魔導砲の存在は知っていても、そのために算術が必要だということをこのお嬢様方は知らないのである。
「いえ、算術、というものを、私は知りません」
ある令嬢が正直に答える。そこでエレオノーレ様はこう述べられた。
「魔導砲というものは、決められた魔力を込めなければ、それ以上でもそれ以下でも力を発揮できないものなのです。それを、算術で求めるのが算術士、と言われる者の役目ですわ」
「はぁ、そのような者がいるのですね。もしかして、その娘は……」
「そう、この者こそ、王国で最強の算術士、エーリッヒの魔導砲に力を与えし者ですわ。それゆえに、エーリッヒのお気に入りとなれたのです」
エレオノーレ様が10人の令嬢の前でそう宣言された。確かに、間違ってはいないけど、ちょっと持ち上げ過ぎでは?
「まあ、でもそれは平民ならではの職業でございますわね。でも、算術とは魔導砲にしか使えないものなんですの? 算術というからには、明日の私がどうなるのかを予測、または占ったりできないのかしら?」
その令嬢が私をからかうその言葉を聞いた皆が、くすくすと笑う。そこで私は答える。
「いえ、弾道ならともかく、皆様方の未来を予測することは、算術ではできません」
私の正直な答えを聞いた令嬢らは、さらにくすくすと笑いを強める。
「なんですの、算術とは、たいして役に立たないものなのですわね」
うう、なんだか私というより、算術のことを馬鹿にしているな。それがはっきりとわかる。
しかしなぜ、そうなると分かっていてエレオノーレ様は私をこのお茶会などに呼んだのだろうか? そう思っていた矢先、エレオノーレ様は私にこう尋ねる。
「ハンナ、ちょうどいいわ。つい先日のあの移動要塞の戦いの話をしなさい」
「えっ、戦いの話を、するのでございますか?」
「そうよ。できるだけ詳しく、そして見たままを分かりやすく話しなさい」
とエレオノーレ様が私にそうおっしゃるので、私は話を始めた。
「エーレンライン河を越えた先にある森の一本道に、50頭の馬に引かれた移動要塞が現れました。これまでの経験で、一撃で倒せるかと思いきや、不可思議な魔術によりエーリッヒ様の魔導がまったく効かなかったのです。そこで一時、エーレンライン河の橋を破壊し、なんとしてでも河よりこちらの王国の領土を守ると覚悟したのです。が、その後……」
私はその時の戦いの話を克明にした。一つ間違えば、火薬大砲大隊が決死の突撃をかける寸前だったこと。しかし、鎧をまとった魔導弾がその防御魔術を貫通し、敵要塞を破壊したことを、克明に話す。
「……50頭も馬がいたため、その胴体や足などが散乱し、そこに敵兵の身体の一部も混じっておりました。幸い、我が王国軍は衝撃波によるけが人が出ただけで、一人の死者を出すこともなく帰還することができたのですが……」
と、話をしているうちに、周りの様子がおかしいことに気付く。飲んでいるお茶を吐き出しそうに、悶える令嬢が増えてきたのだ。
「ちょ、ちょっとあなた! なんて話をするのよ! 貴族の令嬢に馬や人の手足が吹き飛んだなどと、おぞましいことを話す者ではありませんわ!」
「も、申し訳ございません!」
「いえ、私がお願いしたのだから、構いませんわよ」
とある令嬢が、私の戦場の話の生々しさをとがめるが、逆にエレオノーレ様がそれに反論する。
「あなた、さっき算術なんて役に立たないと、そうおっしゃってたわよね」
「あ、いえ、エレオノーレ様、そのような意味では……」
「でももし、この者が現れなければ、エーリッヒの魔導砲は弾を放つこともできず、下手をすれば今ごろあなた方の手足こそが吹き飛ばされていたかもしれないのですわよ。そのこと、ゆめゆめお忘れなきよう」
きつい物言いのエレオノーレ様だが、この時ばかりはいつも以上の辛辣さを感じた。だが、エレオノーレ様のおっしゃることは正しい。ついこの間まで、王国は危機を迎えていた。エーリッヒ様の魔導砲がなければ、今ごろは帝国軍が王都を攻めており、おそらくは貴族を皆殺しにされたことだろう。新たな支配者としては、この国の貴族階級は不要だ。エレオノーレ様の言いたかったことは、そういうことだ。
「つまりエレオノーラ様、この者はその算術という技をもって、国を救ったと、そう仰せになられるのですよね」
ところがである、それまで黙って聞いていたあるご令嬢が、そう言い出す。
「まあ、そのとおりね、エリザベート」
「であるならば、私もその方を気に入りました。エーリッヒ様と並ぶ、王国の英雄ではありませんか」
私を英雄などと言い出したそのご令嬢は、エリザベート・フォン・ブラーテンという侯爵家の方だった。身分としては、エレオノーレ様に次いで高い身分のお方である。
「英雄、ですか。良い響きですね。確かに、そう呼ばれるほどのことをこの者はしたのですわよ。こうして異国より取り寄せたお茶を飲み、茶菓子に興じることができるのも、この者が土まみれになりながらも、算術を続けたそのおかげなのですよ」
「私、誤解しておりました。平民出身というだけで、その者をさげすんではならぬと」
「少なくとも、この娘はそこらの平民とはわけが違うわよ。ほら、よく見ると可愛い顔をしているでしょ」
「ほんとだ。ねえ、ハンナ。私、エリザベートというの。これからも、算術や戦場の話を聞かせてね」
「は、はい、エリザベート様!」
なんだかよくわからないが、もう一人、私を気に入ってしまった奇特な方が現れた、ということか。
「にしても、わざわざ綿で胸を膨らましてしているなんて、なんといじらしい……」
だめだ、このお方もどこか、エレオノーレ様と同じ香りがする。ベッドに連れ込まれたら、確実にやばい。
「あら、だめよ、エリザベート。この者はもう、私とエーリッヒのものなんだから」
「残念ですわ。私にもう少し、見る目と運があれば、この者をもう少し早く手に入れることができたかもしれないというのに」
やはり貴族社会というところは恐ろしい。特に、ご令嬢は見境なしだな。どいつもこいつも、こんな調子なのだろうか、貴族というものは。
ちなみにこのエリザベート様は、魔力値が145と聞いた。エレオノーレ様と比べたら弱いものの、決して少ない量ではない。小型、あるいはギリギリ中型の砲が使える魔力値である。戦いとなれば、いつでも戦うつもりでいると、後に本人が私に語っていた。気概のある貴族令嬢というのは、エレオノーレ様以外にもいるものである。