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#10 防御突破

「移動要塞、見えました! 距離、20タウゼ!」


 エーレンライン河の橋を越えた森の辺りを進軍する我々に、斥候兵から知らせが届く。敵移動要塞は、もう目前まで来ている。


「よし、ではここで魔導砲を設置する。将軍に連絡、我が103魔導砲隊はこれより砲撃準備にかかる、と」

「はっ!」


 その斥候には、そのまま後方にいる指揮官へ伝令してもらうことになった。さっそく、巨大魔導砲が設置される。


「しかし、あちらの移動要塞には魔導砲があるということだから、当たれば簡単に破壊できるってことだよな」

「油断するな。軽騎兵隊が奇襲してくる可能性もある。ここは方円陣を組んで、四方からの攻撃に備えるのが肝心だと、司令部はそう判断している」


 ここは深い森の中の一本道だ。そこの少し開けた場所に、我々は魔導砲台を設置した。ということは、森の中に敵が潜んでいた場合、奇襲される恐れがある。

 ということで、我が魔導砲を取り囲むよう円形の陣を張ることとなった。そうこうしているうちに、敵の移動要塞が近づいてきた。


「敵移動要塞、まもなく15タウゼまで接近!」


 私は双眼鏡で道の向こうを見る。森の中の一本道の幅いっぱいに、その移動要塞と呼ばれるものが多数の馬に引かれて動いている。

 が、相当重いのだろう。それを引く馬は、かなり苦戦しているようだ。ゆっくりと、実にゆっくりとした歩みで、一歩一歩進んでいる。

 あれでは確かに毎時5タウゼしか動けないな。しかも、馬の疲労もすさまじい。相当に重いものを運んでいることがよくわかる。

 その移動要塞だが、どうにも妙な造りだ。

 要塞だから囲いがあるのはいいとして、その囲いは石造りではなく、なにやら見たことがない黒い板だ。まるで黒曜石でつくられたような真っ黒で真っ平な板が、何枚も並べられている。

 それだけではない、その黒曜石風の板の両端と見張り台の間には、ロープのようなものが結ばれている。張られたロープの間に布を張ればテントになりそうなものだが、ロープの間には何もない。


「変な構造だね、なんだろう、あのロープは?」


 エーリッヒ様もおかしいと感じたようだ。が、別にただロープが張られているだけで、その間に何かがあるわけではない。弾を撃てば、その間をすり抜けて移動要塞の中に着弾させることができる。そうなれば、いつものように誘爆して吹き飛び、あの要塞は消滅する。


「一撃で決めるぞ! 総員、砲撃準備っ!」


 切れの良い旗の振りで、指示を出す隊長。それを受けて隊員らは、発射準備に入る。

 敵はちょうど距離14タウゼのところで止まった。疲弊した馬を休ませているようだ。数十頭の馬たちの息が上がっている。まさに、絶好の機会。観測員が測距器で要塞までの距離を測定し、報告する。


「距離、1392ラーベ! 方位角、左2度! 風向、右に毎秒2ラーベ! 追い風、4ラーベ!」


 それを聞いて、私はすぐに弾道計算に入る。その間に、魔導弾の重量測定も行われる。


「方位、左1.8度、仰角34.4度!」


 直後、秤に載った弾頭重量が知らされる。


「弾頭重量、1241タウゼ・シュレベ!」


 それを聞いて私は共鳴数の計算に入る。あちらの馬は休憩中だが、こちらは休む暇もない。計算を終え、すぐに計算結果を伝える。


「共鳴数、15.52!」


 すでに目標に向けられた砲身の尾栓に着いたダイヤルが、砲手によって設定される。それを見てエーリッヒ様がこう呟く。


「それじゃ、いつも通り吹っ飛ばしてやりますか」


 そう言いながら、伝導石に触れて魔力を送りだす。15秒ほどしてぱちんと弾く音が聞こえると同時に、ドーンと発射音が響く。

 およそ14秒で、あの要塞に弾が到達する。そしてその14秒が経過した。


「だんちゃーく、今!」


 観測員の掛け声よりも少し早く、炎と煙が上がった。だが、いつもと違う。

 炎はちょうど、あの見張り台と黒板の間に張られたロープの間辺りで上がっている。が、その下はまったくの無傷。しかし4秒後には、いつも通り衝撃波が到達する。

 慌てて風除けを握りしめて衝撃に備える。それが過ぎ去った後、再び要塞を見る。

 あれを引いていた馬たちは、衝撃波を受けて吹き飛ばされてその場で倒れている。しかし、致命傷を受けた様子はない。それ以上に不可思議なことに、要塞本体はまるで変化がない。あれだけの爆発を受けながら、傷一つついていない状態でそこにいる。

 なんだ、何が起こった? あのロープの間に、なにか見えない壁のようなものがあって、弾き飛ばしたようにも見えた。だが、どう見てもあれはただの十数本のロープが張られているだけで、何かあるわけではない。


「第二射用意、急げ!」


 隊長が指示を出す。すぐさま、2発目の発射が決まる。敵は動いていないため、弾道計算は先ほどの数値をそのまま使う。水平に戻された砲身の尾栓が開き、次の玉の装填を待つ。

 その次弾の重量が量られる。


「弾頭重量、1283タウゼ・シュレベ!」


 すぐに私はそれを、共鳴数に置き換える。


「共鳴数、15.78!」


 ダイヤルがセットされて、再びエーリッヒ様が伝導石に触れる。魔導砲弾は弧を描いて飛翔し、やがて要塞に着弾する。


「だんちゃーく、今!」


 しかし、まただ。あのロープの張られている場所の外で、全て弾かれる。要塞の外は衝撃波の影響で、敵の馬や人員は吹き飛ばされているが、要塞だけはびくともしない。

 なんだあの仕掛けは、どうして魔導弾を通さない?

 それから、続けざまに3発撃つも、結果は同じだ。同じ場所を狙ってみたが、びくともしない。そもそも、そこに壁が存在するわけではないから、壊しようがない。

 にもかかわらず、魔導砲弾の爆発がロープから向こう側へは通らないのだ。


「もしかすると、あの黒い板に何か仕掛けがあるのかもしれないな」


 とリューベック大尉がいうので、一撃だけ、あの外側の壁を目掛けて撃ってみた。が、結果は同じだ。はじき返されてしまう。


「まるで、魔力が弾き返されているようだ……」


 そう、エーリッヒ様が表現するように、魔力が通じない。あの黒い板とロープによって、その力が弾かれているようにしか見えない。

 とんでもない仕掛けを、帝国は開発したというのか? これ以上砲撃を続けても、あれを倒すことができない。

 困った。

 いくら最強を誇る魔導砲弾でも、魔力が通じなければその威力を発揮できない。移動要塞の恐ろしさは、移動できることではなく、あの不可解な防御力にあったのか。


 そうこうしているうちに、馬が再びつながれて動き出そうとしていた。このまま移動要塞の接近を許せば、再びエーレンライン河やローゼン平原を奪われてしまう。


「魔導弾が効かなくても、火薬砲弾なら通用するかもしれません」


 と、火薬大砲大隊の隊長がこちらに現れて、そう進言する。


「いや、移動要塞に接近することは難しいだろう。あちらにも要塞後方に、3千の兵がいる。我が一般兵が動けば、あちらの軍主力も前面に出てくる。そうなると、数に劣る我が軍は接近すらできない」

「ですが、このままあの要塞の接近を許せば……」

「いや、接近させない。エーレンライン河の橋を、落とす」


 そうだ、さすがにあれほどの重さのものを運ぶとなれば、今、エーレンライン河にかかっている橋を使わざるを得ない。あれさえ落としてしまえば、それ以上こちらに接近することは不可能だ。

 が、私は納得がいかない。

 せっかく、故郷の村のある場所から帝国軍を追い払い、国土を取り戻したというのに、これではエーレンライン河までの国土を再び奪われることになる。それに橋を壊してしまえば、我が故郷は二度と取り戻すことはできなくなるだろう。

 にしても、あの防御の仕掛けをどうにかできないのだろうか。あれを突破できなければ、結局のところいつかは王国は負ける。あれをどうにか対処する方法を、考えなくてはならない。

 しかし、どうやってあれを突破する? 私は双眼鏡で、移動要塞を見た。

 ちょうど森の中を、要塞が動いている。脇には森の木々が迫っており、枝葉が要塞の壁面にかかっているのが見える。

 しかし、よく見るとあのロープにも枝が引っ掛かり、ロープがその細い枝をひっかけ、へし折りながら進んでいるのが見えた。

 それを見た瞬間、私は考えた。

 あのロープと黒い板、あれは魔力は通さない。

 が、火薬大砲大隊の隊長のいう通り、どうやら通常の物体、つまり木や葉っぱには効かないようだ。

 ということは、もしかすると鉄ならば通れるのかも……


「隊長、算術士、意見具申!」


 突然、私は叫ぶ。隊長が訝しげな顔でこちらを見る。


「なんだ、何か思いついたのか?」

「鎧です」

「は? 鎧? 鎧がどうかしたのか」

「我が魔導弾に、鎧を巻いてはどうでしょうか?」

「何を言っている! その魔導弾が通らないというのに、鎧なんぞ巻いて通るわけがないだろう!」


 やはりというか、却下されてしまった。やっぱり、唐突な思い付き過ぎたか。

 が、エーリッヒ様が私に尋ねる。


「ねえ、ハンナ。ちょっと聞きたいんだけど、どうして鎧を魔導弾に巻いたらいいと考えたんだい?」


 そうだ、ちゃんと理由を説明していなかったな。私は移動要塞の方を指差し、エーリッヒ様に双眼鏡で見るように進言する。


「双眼鏡で、あの要塞の端の辺りを見てください」


 エーリッヒ様は、私のいう通り、双眼鏡で見る。当然、隊長や観測員も見る。


「なんだ、そんなところを見たところで、何もないぞ」


 と、隊長がそう呟いたところで、エーリッヒ様は気づいた。


「そうか、そういうことか!」


 さすがはエーリッヒ様だ。私と同じ考えに、おそらくたどり着いたのだろう。


「木々や葉はロープの向こう側にすり抜けている。魔力や魔導弾は通さないが、それ以外の物質ならば通すのではないかと、そういうことか」

「おっしゃる通りです。ですから、魔導弾の表面を鉄で覆ってしまえば、もしかしたら貫通できるのかもしれない、と考えたのです」


 それを聞いた隊長が、私に反論する。


「ハルツェン二等兵、いくら木々や葉が通るからと言って、鉄の鎧なら大丈夫だという保証はないだろう」


 ごもっともな正論が返ってくる。が、それをエーリッヒ様も、正論で返す。


「それじゃリューベック大尉、貴殿には他にもっと良い方法があると?」

「い、いえ、ありませんが……」

「ならば、試してみる価値はあるだろう。このまま何もしないより、試せるものを試した方がいいに決まっている。司令部に伝達、鎧を数着、ここに集めてくれ、と伝えるんだ!」

「はっ!」


 近くにいた伝令兵に、エーリッヒ様は命じる。それを聞いた伝令兵は、大急ぎで司令部のある陣幕のところへ急ぐ。

 すぐに、5着の鎧が集められた。それをつける前に、まずは魔導弾の重量が量られる。


「重量測定、1225タウゼ・シュレベ!」


 私はそこから共鳴数を計算する。


「共鳴数、15.36!」


 それを聞いた直後、今度はその魔導弾は鉄の鎧で囲われる。が、当たり前だが、鎧の形がいびつ過ぎて、そのままでは砲身に収まらない。

 何とか角度を変えたり、槌で叩いて形を変えたりして、5着の鎧で覆われた魔導弾を何とか砲身に押し込んだ。尾栓が閉じられ、ダイヤルがセットされる。

 が、その間にも敵はゆっくりと移動を始めていた。距離を観測員が測る。


「距離、1103ラーベ! 方位角、左1.7度! 風向、右に毎秒2ラーベ! 追い風、4ラーベ!」


 それを聞いて、私は弾道計算に入る。メモに書き留めた結果を、私は読み上げる。


「方位、左1.5度、仰角23.9度!」


 それを聞いて、砲身が動く。二人の砲手が、ハンドルを回してその方位に合わせる。


「発射準備、完了!」


 砲手からの報告を聞いて、エーリッヒ様が進み出る。


「さてと、これが効いてくれるといいんだけどね」


 いつものように能天気な口調でそう呟くと、伝導石に触れる。そして15秒後に、ぱちんと伝導石が弾き飛ばされ、ドーンという発射音が鳴り響く。

 鎧という鉄をまとったいびつな形の魔導弾が、弾道を描いて飛んでいく。幸いにも、発射の衝撃で鎧ははがれなかった。そしてそのまま10秒後に、弾着時間を迎える。


「だんちゃーく、今!」


 今度もまた、炎と煙が上がる。が、それはロープの外側ではなく、内側だ。

 そして遅れて、移動要塞本体が一斉に爆発する。間違いない、あれはいつもの誘爆と同様のものだ。

 周囲にいた兵士と馬が、まるで池に投げ入れた石によってできた水飛沫のように吹き飛んでいくのが見える。とてつもない衝撃波が、周囲の森の木々をなぎ倒さんとばかりにへし曲げていく。

 こちらでも、まず地揺れが到達する、少し遅れて衝撃波と爆発音が到達した。風よけの盾を構えるが、いつも以上の風で私の軽い体重では飛ばされそうになる。


「おっと」


 それを、エーリッヒ様が受け止めてくれた。私を抱きかかえ、風よけの盾で衝撃波を受け流す。その際、ちょっと胸の辺りを触っているのには気になったが。


「て、敵移動要塞、消滅!」


 観測員からの声が上がる。同時に、王国軍から歓声が上がった。

 私は双眼鏡を片手に、その移動要塞のあった辺りを見た。

 馬や人の胴体、手足などが、要塞のあったはずの場所の前付近に散乱している。やや後方に目を移すが、3千いた兵士の内、最前列にいた兵士らには深手を負ったものも出たようで、衛生兵が走り回っているのが見える。

 これは後でわかったことだが、敵は魔力を反射する技術を解読したそうだ。それは古代遺跡の技術で、あらゆる魔力と、魔力の生み出す力をはじき返す技なんだとか。

 しかし、我々がその技の存在を知るのは、まだ少し後のことである。

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― 新着の感想 ―
お馬さん、とんだとばっちり(´;ω;`) 考えは良かったが、詰めが甘かったか…。 まぁ、物理も魔力も防ぐなんて都合のいい物はないか…
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