5.カオス! 能天気でいこう
ノリに既視感(気のせい)
『遠路遥々ご苦労であった。そなたを婿として迎え入れよう、エッセリク家のヘロルフよ。次期女帝たる我が娘、アウフスタの誠実なる伴侶として、そして我が義理の息子として―――――帝国の為、よく励め』
ヘロルフが皇帝陛下に初めて謁見した際に賜った台詞を脳内再生しながらスープを飲んでいたところ、斜め前方の位置に腰掛けていた皇帝陛下その人はちょっと頭痛を堪えるみたいなポージングでスプーンを振っていた。
「いやもうなんて言うか要するに―――――婿殿がパァ過ぎたっていうか」
「おっと。簒奪をお望みか父上」
「やめてやめて愛娘、ナイフはステーキを切るものであって即席の投擲武器じゃあないよ。下ろしなさい。なんだって婿殿のことになると沸点がゼロになっちゃうの?」
「愛ゆえにですが何か支障が?」
「まあ、まあ、アウフスタったら! すっかりと恋する乙女になって! これまでいろいろとありましたけれど、良い婿殿に巡り合えましたね―――――今のは陛下の言い方が悪くてよ」
「妻までフォークを構えてるんだが!?」
「危ないからあっちに逃げましょうね義兄上」
「パンとジュースなら持って行けるわ義兄上」
「見切りが早い! 父を見捨てる判断が早いよ双子たち!!! 最早きみしか頼れない―――――助けて婿殿! 家族が冷たいッ!!!」
「あーっ!? 人質とは卑怯ですよ父上!」
「そうよそうよ皇帝としてどうなの父上!」
神速の勢いで肉薄して来た大男にがっつり捕縛され、わあきゃあと騒ぐ双子の七歳児に両サイドから引っ張られながら、しかしヘロルフは動じることなく美味しいパンをむしゃむしゃしていた。驚嘆に値する胆力だったがこれは動じていないというより慣れてしまったというのが正しい。
帝国一番のロイヤル・ファミリーの食卓がこれってどうなのマジで、というツッコミの方は皆無であった。何故って誰も何も言わないので。
「皇帝陛下、皇帝陛下。ちょっとお水が飲みにくいので腕の力緩めていただいても?」
「おやまあこれはすまないね、お詫びにパピーが手頭から美味しいジュースを飲ませてあげようか」
「実父が大変気色悪くてすまんなヘロルフ。こちらにおいで」
「あ、アウフスタ様が呼んでらっしゃるのでちょっと僕は失礼しますね」
「あらあらまあまあうふふふふふ!」
何このカオス。なんて正論を誰一人として言わない地獄。
婚約者に呼ばれたヘロルフは何食わぬ顔で自席へ戻り、彼が素直かつあっさりと隣に戻って来たことでアウフスタは目に見えてご機嫌になった。そんな娘と婿の仲良し加減に皇后は喜色満面だし、婿殿が離脱してしまったことでウザ絡みする矛先を近場の実子へと移した皇帝は抱え込んだ双子たちに普通に鬱陶しがられている。
繰り返すがどう取り繕ったところで帝国を統べる皇帝一家のお食事風景には見えない。マナーは食器をダーツにしながら椅子を蹴立てて逃げ出しましたと言わんばかりの自由さである。
「毎度のことながら独特極まる家族ですまぬ。特に父上」
「とっても賑やかで仲良しなご家族だなあとは思います」
「うむ、本心からそう言えるそなたが私の夫で良かった」
「年齢的に結婚出来るのはまだ先ですよ、アウフスタ様」
「そうであったな。変えるか。法律」
「夕飯のメニュー変更しようかみたいなノリで言うじゃん我が子」
けらけら、と面白おかしい緩さと軽さで己の席に舞い戻った男は当たり前のような顔をして指先ひとつで合図を出した。皇帝一家のお戯れに動じることなく控えていた給仕係たちが一斉に仕事を始めれば食卓に相応しい秩序が戻る。
スープの次に運ばれて来た肉料理をナイフで切り分けながら、皇帝ではなく一人の父親としてヒューバート・ヘインシウスは切り出した。
「話を戻すけれどもね、婿殿がちょっとパァ過ぎたんだよ」
「お言葉を返すようですが僕は『ちょっと』どころか『かなり』のアッパラパーですよ皇帝陛下」
「素でそれを言ってのけちゃうきみがパピーはとっても好きだよ婿殿。お肉食べるかい?」
「いただいてまーす!」
「良い食べっぷりだいっぱいお食べ~! それはそれとして前から言ってるけどプライベートではその皇帝陛下って呼び方なるべく控えて欲しいなあ。ずっと『皇帝陛下』やってると気分的に疲れちゃうからね、当家では公私を分けています」
爆速でお肉を消費しながらそんなことを宣うヒューバートは実際にプライベート以外の場では為政者に相応しい威厳と貫禄を搭載しながら『皇帝陛下』をやっているので実態はどうであれ公には誰からも文句を言われていない。演技派と言えば演技派だった。余談だが淑女としてはギリギリのサイズ感にカットしたお肉を一口で頬張っている皇后ウィビアスもまた夫同様に公私をきっちりと分けるタイプなので今は遠慮なくぽわぽわしている。
ヘロルフはそんな義理の両親から傍らのアウフスタへと視線を向けた。
「アウフスタ様は普段からアウフスタ様なんですね」
「うむ。ギャップを見せる機会をみすみす逃してしまったな。不覚であった。許せ」
「許すも何も僕は好きですよ」
「はっはっは。愛い婚約者よ」
親とは違って公私を分けないスタイルの次期女帝にギャップ萌えなど無い。しかしヘロルフは気にしなかった。ありのままのあなたが好きですスタイルの表明には雄々しい皇女もにっこりである。そしてそんな娘夫婦(まだ婚約段階)の様子には両親たちもにっこりであった。双子たちに至ってはヒューヒューと冷やかしていたりする。威厳ある皇帝一家に憧れる国民の皆様には絶対にお見せ出来ない光景。
「ところで父上。結局ヘロルフ義兄上がパァ過ぎたってどういうこと?」
脱線しまくりの本筋を真っ先に思い出したのはお肉料理をむしゃむしゃしているファネッサ第二皇女だった。彼女の言葉にそうだった、と皇帝は気を取り直す。そしてまったく引っ張ることなく本題を食卓に放り投げた。
「うん。そうそう、それなんだけどさあ、隣国の第三王子との婚約が諸事情で流れたあとで帝国内の婚約者候補連中は軒並みアウフスタを袖にしたじゃん? 自分じゃ務まりません、とかいう理由で断っておきながらさあ―――――どいつもこいつも今更になって僕に言ってくるんだよ、『あんなパァでも婿になれるなら自分の方が相応しい』って恥ずかしげもなく堂々と。ぶっちゃけムカつく」
「あらやだ不愉快」
「パァよりパァなの?」
「ゴミじゃんそんなの」
「なるほど、つまり己の力不足を理由に私との婚約を辞しておきながら―――――こうなったら種馬はパァでも構わん、と国婿がヘロルフに決まった途端にその座が惜しくなったのだな」
ヘロルフみたいなアッパラパーでも務まるなら誰でもいいのでは? と思われたらしい。真顔で吐き捨てたアウフスタ皇女の要約は素晴らしく的を射ていた。
「ああ、なるほど。それはそう―――――これは僕が実家に帰る流れ」
「帰さぬが。我が元から離れるなど許せぬので捕らえてでも止めるが」
「あ、投獄パターンでしたか」
「違う―――――いや、そうさな。違わぬ。そなたは今より私の部屋に住んで一生出ずとも良い。無論私も一生出ぬ。引き籠もりの女帝夫妻として歴史に名前を刻もうぞ」
「真顔で病んでる発言を投下するのはお止め愛娘。婿殿ー、アウフスタとお出掛けしたくない? 定期的に旅行とかしたくない?」
「あわよくばとってもしたいです」
「よし、叶えよう。すまぬヘロルフ。そもそもそなたを縛る私の発想そのものが間違いであった―――――そうと決まれば囀る者どもを可及的速やかに黙らせよう。幸いにして妙案はある」
「流石は姉上!」
「具体的には?」
「なに、そこまで己に自信があるなら堂々と示してみせるが良いと機会を設けてやるだけよ。しかし他でもないヘロルフのためゆえやはり念には念を入れるか―――――正直言って、気乗りはせんが」
「何かあるんです?」
「何があるんです?」
この覇王系皇女様が気乗りしないとは珍しい。鏡合わせのようにことりと首を傾げる双子の問いに、アウフスタはしばし考え込んだあとでさらりと答えを口にした。
「うむ。おそらくではあるが―――――端的に言えば“修羅場”になる」
次回は修羅場(皇女談)