4.臨機応変パ義兄上
息抜きが捗ると(最新話が)生える不思議
「面倒なことになりましたよ義兄上」
「あにうえ、だなんて気が早いですよ第一皇子殿下。僕はパァです」
「自己紹介みたく自分のことをパァとか言わないでください義兄上ッ!」
そう吠えるなりつまんでいた焼き菓子を粉砕したのはアウフスタ皇女の実弟にして第一皇子殿下ことステファンである。魂からの絶叫には切実なる願いが込められていたが、そこには姉の伴侶となる男への蔑みなどなければ憤りもない。純粋に「んもー! なんでそんなこと平然と言っちゃうんですか!」みたいな口惜しさ的なものならあった。
「義兄上がそんなんだから! そんなんだから雑魚どもがつけあがるんです!!!」
ぎー!!! と憤懣やるかたない感じで手足をばたつかせるステファンに皇子様っぽさは微塵もないが、銀髪金眼を有する七歳児が全身全霊で遺憾の意を表明しているのをヘロルフは微笑ましく見守っていた。ちなみに場所はステファンの自室で今はなんとお茶会のお時間である。ゆくゆくは義理の兄妹となる王族と親交を深めましょうという名目で月に二度ほど設けられている恒例のイベントタイムではあるが、今回ステファンの双子の妹である第二皇女のファネッサ殿下は残念ながら欠席していた―――――本人は絶対行くのだと全力で駄々を捏ねたそうだが侍女のお仕着せのポケットに虫さん入りギヌクの実(森の動物さんたちに大人気と名高いギヌクの木の実。人間にはちょっとアクが強めだが調理法により食用可能との報告あり)を忍ばせたのがバレて謹慎中というなんともお転婆さんな理由で。
小さないのちが混入している木の実と理解した上でこっそりと侍女のポケットに入れるあたりが悪質である、との判決だったが情状酌量の余地ありとのことで謹慎程度に留まっているとはヘロルフも今さっき聞いたけれども詳細については存じ上げない。ていうか皇族のお姫様なのに虫さん入りギヌクの実とか平気なんだなあ、くらいのコメントしか浮かんでなかったりする。
ふんぎぎぎぎぎ、みたいな年相応どころかちょっと幼いくらいの顔芸を遠慮なく披露しつつ、それでも仕草だけは優雅にステファンは紅茶を一気飲みした。前言撤回。仕事上がりに麦酒を呷るおっさんよろしく一気飲みとかしている時点で優雅さというものは死滅した。
七歳児らしくない豪快さを見せたステファンは悔し気に口を尖らせる。
「だいたいファネッサもファネッサなんですよ嫌がらせに虫さん入り木の実って―――――言ってくれれば俺が集めたミッセの抜け殻コレクションを提供したのに」
「ちなみにその抜け殻どうするんですか?」
「ポケットにめいっぱいつめこませますね」
素材は提供するけれど実行はあくまで妹任せという悪質なやんちゃボーイの極み。生きた虫さんではなく抜け殻を使用しているあたりが慈悲深いと言えばまあ慈悲深いかもだが木の実一個に対してミッセ(めっちゃ鳴き声のうるさい虫さん。幼虫という下積みの時代は数年とやたら長いのに成虫のいのちは数日間となんとも短く儚いがうるさい)の抜け殻めいっぱいポケットの限界許容量分まで投入はどちらが酷いかわからない。
あらまー、みたいな他人事気分でヘロルフはとりあえず口を挟んだ。
「せっかく集めたミッセさんの抜け殻がもったいないですよ、第一皇子殿下。夏の宝物は大事にしましょう―――――ちなみに僕が幼少期に集めていたミッセさんの抜け殻コレクションはすべて激怒した母上によって大自然へと還されました。ついでにこっそりと飼っていたゴンダムシさんたち諸共に」
「わ! 義兄上もコレクションしてたんですね! ゴンダムシさんも飼ってたんです!? ふふ、俺とファネッサと一緒!!!」
きゃっきゃと無邪気に喜んでいる昆虫採集大好きボーイの発言に肝を冷やしたのは彼に付き従っている年若き世話係たちである。ミッセの抜け殻コレクションは把握していたが後者は知らない。しかもそんなまさかファネッサ殿下まで!? ゴンダムシさんなど一体何処に―――――!? と戦慄走る彼らの心境など知る由もない彼らを置き去りにヘロルフとステファンの間には和やかな空気が流れていた。
「それにしても第二皇女殿下が侍女の方に悪戯とは珍しいですねえ。もしや飼ってたゴンダムシさんをおうちごと捨てられちゃったとかそういう悲しい事故があったり?」
情状酌量の余地あり、と聞いていたので非公式に飼っていたペット(ゴンダムシさん。危険を感じると身を丸める習性がある小さくてうごうごしたいのち)が発見されて捨てられちゃったのかな、と自分の過去の経験から予測を口にしたヘロルフに、しかし彼よりもしっかりとしている七歳の義弟は否定を返した。
「違いますよ。その侍女とやらは畏れ多くも姉上の伴侶となるヘロルフ義兄上の悪口をファネッサに吹き込んだのです―――――虫入り木の実程度の嫌がらせで腹の虫をおさめてやったんだから、感謝してほしいものですね」
はん、と実年齢に相応しくない酷薄さで笑ったステファンは実姉のアウフスタによく似ていたが、そこにあるのは威厳ではなく幼い驕慢さの延長である。ヘロルフはそんなことあったんですねえと軽く流してとりあえず目の前にあった焼き菓子を義弟の口に突っ込んだ。もがご! とか奇声を発しながらも素直にもぐもぐ食べるステファンの目を見ながら彼はさらっと言う。
「それはそれとしてやっちゃ駄目なことはやっちゃ駄目だからやっちゃ駄目だと思うんですよ―――――ところで第二皇女殿下の謹慎先って第一皇子殿下のお部屋のクローゼットなんです?」
「エッ!?」
驚きの声を上げたのはステファンではなく側に控えていた世話係のひとりで、部屋の主たる高貴な七歳児は焼き菓子を含んだまま固まっていた。その世話係は可能な限りの早歩きでクローゼット―――皇子ともなれば専用の衣裳部屋が用意されているがそれはそれとして私室そのものにも『クローゼット』の定義を疑うようなやたらと広いクローゼットがある―――まで距離を詰めておもむろにその扉を開ける。実は最初からちょっとだけ開かれていたそこから諦めたように姿を現したのは、やはり銀髪金眼を持つ愛らしい顔立ちの第二皇女だった。
「こんにちは、ヘロルフ義兄上。いつから気付いていらっしゃったの?」
「こんにちは、第二皇女殿下。ついさっきです。クローゼットちょっと開いてるなあ、と思ったらちらちらとお姿が見えましたので、いつ出ていらっしゃるのかなあと―――――そういえば虫さんが可哀想なのでそういうギヌクの実は出来るだけそっとしておいてくれると嬉しいなー、と僕は思います」
「そうね、それはごめんなさい………わたくしがここにいることを内緒にしてくれたら今後はそっとしておくわ」
とことことこ、と歩を進めて立ったままテーブル上のお菓子をつまみ、お転婆さん具合を隠す気ゼロのファネッサ皇女に共犯者であろう双子の兄は咎めるような視線を向ける。傍若無人が過ぎるぞと諫める気持ちからではない―――――殊勝な態度を繕うのが五秒も保てない妹にお前もう少しうまくやれよと訴えかける無言の圧だ。
しかしヘロルフは基本的にパァなのでそういった兄妹間の温度差も空気も何も気にしないし気にならない。なので、笑顔で言い切った。
「バレたら第一皇女殿下に僕が嫌われそうだから嫌です!!!!!」
子供の我儘に一切付き合わない自己都合十割の発言である。忖度どころの話ではない。即答で断られるとは思っていなかったらしい双子―――――特にファネッサは唖然とするあまり齧っていたクッキーをぼとりと落としたがヘロルフはそれにも構わなかった。
「だから全力でおふたりのお姉様にチクります!!!」
お姉様、というのは言うまでもなく彼の婚約者でもあるアウフスタ第一皇女殿下である。我儘盛り悪戯盛りやんちゃ盛りの七歳児である双子にとってそれは死刑の宣告に等しい。だってアウフスタお姉様、年の離れた弟妹に優しいことは優しいけれど同じくらい厳しくて怖いんだもの。特に最近―――ヘロルフという婚約者を得てからというもの―――意気軒高な覇王みが強過ぎてぶっちゃけ距離感が測りにくい。
ていうかこんなにも堂々とチクるとか言っちゃう未来の義兄の潔さに双子は驚きを禁じ得なかった。帝室生まれの高貴なる双子の側には今まで居なかったタイプだったがそれにしたって癖が強い。告発するにしてももうちょっとこう、子供を導く大人的な対処を期待しても良いと思うのだが残念ながらヘロルフもまた双子よりは年上であれど未成年だし何よりパァだ。
「ひどいわ義兄上! キライになるわよ!!!」
「せっかく仲良くなれた第二皇女殿下に嫌われるのは悲しいですけど第一皇女殿下に嫌われる方がもっと嫌なのでしょうがないですね!!!」
再び即答。葛藤ゼロ。美少女の自覚があるファネッサの美しくも愛らしい泣き落としも自覚がある阿呆には効果がない。
嫌いになっちゃうからねと脅しておきながら本心から「しょうがない」でやむなしの姿勢を貫くヘロルフに気勢を削がれて小さな皇女はしょぼんと目に見えて肩を落とした。口では生意気を言いつつも、実のところはこの義兄を嫌いになる気はなかったというか嫌いになれる筈がない―――――だってこの人、七歳の子供と侮ることなく同じ目線と熱量で楽しく遊んでくれるんだもの。優しくも厳しい覇王み溢れる血の繋がった実の姉より赤の他人でもノリの良いお兄さんに懐くお年頃のお子様たちである。
「う………わ、わかったわよう………内緒になんかしなくていいわ、言い付けを破りましたって自分でちゃんと言えるもの………わたくしちゃんとあやまれるもの………」
「ええと、俺も同じく、です」
双子の妹をクローゼットに匿っていたステファンも、観念したようにしょんぼりしながら実姉への投降を宣言した。ふたりの輝く金の瞳は揃って涙の膜に潤み、これまで双子のやんちゃっぷりに手を焼いていた世話係各位は「あのおふたりがここまで素直に………!」とその成長ぶりに涙している。なんだかちょっと湿っぽい雰囲気になった室内で、しかし一人だけカラッと快晴みたいな場違いさんが居た―――――言うまでもないがヘロルフである。
彼は割と空気を読めるパァだが常に読めるとは限らない。自分の意思で最良の出目を選ぶ特殊技能はないためランダムというかギャンブルなのだ。何がって? 行動パターンがだよ。
「あ、それなら第二皇女殿下も今から一緒にお茶会しちゃいません? 謝ってもお叱りは免れないでしょうしどうせなら楽しく過ごしましょ」
「え………? でも、ヘロルフあにうえ。さっき姉上に報告するって」
「しますよ! だって隠し立てしたらきっと嫌われちゃいますもん―――――でもまあ隠さず報告するなら多少の時間のズレは誤差では?」
「ごさ」
「ごさ」
「誤差の範囲!!!」
ンなワケあるか、との突っ込みは不思議なことに皆無であった。アッパラパーの振り翳す阿呆な自論があまりにも曇りなく馬鹿過ぎて過ぎて全員の脳が麻痺したらしい。七歳の子供たちはともかく大人(世話係)までそれに流されちゃ駄目だろ、とは思わなくもないのだが、じわじわと頬を紅潮させて喜びを表明する双子の愛らしさに者共は良識を投げ捨てた。捨てるな、との正論はこれまたどこからも飛んでこない。
「というわけで第二皇女殿下に椅子とお茶の用意お願いします」
こうしてその日のお茶会は和やかに再開され幕を閉じ―――――自室謹慎を無視したファネッサとそれを匿ったステファンは姉のアウフスタ第一皇女にがっつりとしたお叱りを受けた。
「我が弟妹と仲睦まじいのは婚約者として喜ばしい………だがな、へロルフよ。幼子だからと甘やかすのはいただけぬ。そこは改めよ―――――甘やかすのならこの私をこそ存分に甘やかすが良いぞ」
「どうしたんですか第一皇女殿下のファンサがえぐい! ありがとうございます!!!」
「はっはっは、こやつめ。愛情表現だというに―――――ところでいつまで未来の妻を第一皇女殿下呼びで通す気だ。帝都に来てもう半年ぞ。そろそろ親密さを醸しても良かろう」
「ああ。その件につきましては帝都にお引越しした際に改めようと思ってたんですが『いつ離縁されても問題なきよう帝室の方々に配慮してお名前呼びはせぬように』って偉い人が教えてくださいまして」
「そうかそうか、あいわかった―――――誰ぞ陛下に使いを飛ばせ。執務室に直接殴り込む。ヘロルフは我が部屋にて戦果を待て」
「殿下! お鎮まりくださいまし!!! 殿下ァ!!!!!」
「ヘロルフ卿ーッ!!! お願いですいつものお気楽加減で普通に『アウフスタ様』と呼んで差し上げてください後生です何卒! ヘロルフ卿―――――ッ!!!」
なお、なんやかんやあってヘロルフも別ベクトルで叱られた。詳しくは『第一皇女殿下による皇帝陛下の執務室襲撃および宰相補佐官締め上げ事件』の調書を参照してほしい。
そして次回には更なる義理の家族が
エッ 第一皇女殿下による皇帝陛下の執務室襲撃および宰相補佐官締め上げ事件の調書?
ここ(作者の脳内)にないのでないですね!