傀儡
その日の夜中、江真はネオン街へと赴いた。深夜の繁華街は、犯罪の温床だ。彼女の標的は、もちろん反社会的勢力である。その道中で彼女が見たものは、おおよそ正気の沙汰とは思えないほどの生ごみの山だった。その山の奥に見えるのは、一軒のラーメン屋だ。江真が目を凝らすと、三人ほどの男が生ごみをばらまいている。その手口を見た江真は、彼らが何者なのかを推測する。
「君たちは、地上げ屋だな」
彼女は彼らに声をかけた。男たちはおもむろに振り返り、返答する。
「テメェが江真か……最近、この街ででけぇツラをしてるあの……」
「俺たちが地上げ屋だって理解してるなら、それこそ手出しはするな。ここの店主が立ち退かねぇのが悪いんだよ」
「そうだそうだ。この土地にはもう、風俗店を建てることになってるんだよ! ここの店主には、絶対に立ち退いてもらう必要があるんだ!」
無論、彼らの強引な手口は、決して見逃せるものではない。一方で、戦わずに済むのであればそれが最善でもある。一先ず、江真は脅しをかけてみることにする。
「だが、君たちは私の強さを知っているはずだ。痛い目を見る前に引き返した方が、身のためだと思わないのか?」
その言い分はもっともだろう。少なくとも、この男たちには勝機などなさそうだ。そこで三人は彼女に、包帯に巻かれた手の甲を見せることにした。彼らが包帯を外すと、何者かに爪を剥がされた形跡がある。
「こ、これは……」
その光景に目を疑い、江真は息を呑んだ。戸惑う彼女を睨みつつ、男たちは話を続ける。
「ボスの差し金にやられたんだ。俺たちは、ボスに逆らうことが出来ない」
「俺は家族を人質に取られている。俺が下手を打てば、家族はサメの餌だ」
「俺なんか、日々借金取りに追われているんだぞ!」
なにやら反社会的勢力にも、それなりの事情があるらしい。この時、江真は泰守という男の言っていたことを思い出す。
「お前は力を使うことの意味を知らないんだよ。善悪ってのはさぁ、たった一人の人間が分別できるものではないんだなぁ」
この瞬間、彼女はその言葉の真意を理解した。彼女が痛めつけてきた相手は、Rの傀儡だ。言うならば、彼らもまた被害者に過ぎないのだ。
「……私は、君たちを殺しはしない。用が済んだら、ここを去るが良い」
相手を絶対の悪とみなせなければ、戦うことは出来ない。江真は一度、その場を去ることにした。
それからしばらくして、江真はラーメン屋の前に戻った。彼女の手には、トングとゴミ袋が携えられている。彼女はあの男たちと戦うことではなく、ばら撒かれた生ごみを回収することで事を解決しようとしているのだ。さっそく、彼女は清掃を始めた。その脳裏では、Rに対する憎しみがこみ上げていく。しかし彼女は、その憎悪を振り切ろうとした。
「……ダメだ。憎しみに囚われていては、正義を貫けない」
それが彼女の持論だった。それからも彼女は、一人で黙々と生ごみを拾い集めた。そして路上が綺麗になった時、一人の人物が江真の前に現れた。
「やぁ。君は力を得たことで、望みを叶えたかい?」
――ジャドだ。江真は深いため息をつき、それから彼と話をする。
「いや、まだだ。私にはまだ、力の正しい使い方がわからない」
「まあ、そうだろうね」
「それでも、私は諦めない。この力は、世のため人のために使う――私はそう誓ったから」
相も変わらず、彼女は正義感の強い女だ。その正義感に対し、ジャドは何を思うか――それは誰にもわからない。
「これからも見届けさせてもらうね。君の正義とやらを」
そう告げた彼は、煙のようにその場から消えた。今の江真の懸念は、先ほどの男たちの安否だ。
「なんとか、彼らを解放できれば……」
Rという存在は、彼女にとって大きな障壁になるだろう。