切り捨てるべきもの
天馬村を一通り見て回った二人は、仮設住宅のうちの一軒に立ち入った。そこはこの村で営まれている数少ない定食屋だ。座席を確保した江真たちは、一先ず注文を済ませる。
「親子丼を一つ」
「卵かけうどんを」
閉鎖的な集落でありながら、少なからず今日の食事くらいにはありつけるようだ。食事を待つ間、二人は話をする。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は……」
「最上江真――だな。アンタのことはよく知っている。そしてオレは宮乃修也……天馬村の村長だ」
何やらこの青年は、この村を立ち上げた張本人らしい。やはりこの先、ネオとして生きていくには、辺境に身を潜める他ないのだろう。そして江真も、その覚悟を決めざるを得ない状況まで追い込まれている。
「そうか。今後、君には色々世話になるかも知れない。一つ、頼みごとをしても良いだろうか」
そう訊ねた彼女は、神妙な顔つきをしていた。修也はお手拭きで手を拭きつつ、こう受け答える。
「なんだ? オレが力になれそうなことなら、なんでも言って欲しい」
その返答から、江真は彼の人間性を分析する。この青年は協力的であり、争いを好まない性分だ――彼女はそう感じた。そこで彼女は、頼みを口にする。
「Rと呼ばれている女について知っているか? アイツもネオなんだ……匿ってやれないか?」
これまで、彼女は幾度となく玲玖と対立してきた。同時に、彼女はあの女と共闘してきた身でもある。その最中に情が移ったのか、あるいはそれが自身の正義に基づくものなのか――それは本人にもわからない。ただ一つ言えることは、江真が玲玖を救いたいと考えているということだ。
しかし、修也はその申し出を断る。
「……それはダメだ。Rは元々、力によって街を支配していたような奴だ。そんな奴を匿えば、この村の存在が世間に知れ渡るのも時間の問題だろう」
確かに、あの女を蔵匿することは、決して賢明とは言えないだろう。されど彼女に救いの手を伸べぬことは、江真の正義に反している。
「し、しかし……アイツはネオだぞ! 私たちの同胞なんだぞ!」
その声色には情熱が籠っていた。彼女は正義感が強いだけでなく、仲間意識も持ち合わせているらしい。一方で、修也が考える「同胞」の定義は、少しばかり彼女のものとは異なる。
「オレが同胞に求めるものは、魂の繋がりだ。例え相手がネオであっても、オレは悪者を許さない。江真……アンタは力を持つことの責任と向き合って生きてきた。オレがアンタを認めたのは、魂に穢れを感じなかったからだ」
それが彼の考えであった。村長を務める彼に認められなければ、いかなる者も天馬村に住むことは出来ない。そこで江真は必死に言葉を紡ぎ、説得を試みる。
「Rはただ、過ちを犯しただけなんだ。今のアイツに必要なのは、慈しみの心なんだ! 本当に救いを必要としているのは、悪者なんだよ……」
そんな彼女の優しさは、一概に取り得とは言えないだろう。何しろ、その甘さは幾度となく、取り返しのつかない弊害をもたらしてきたのだ。そのような境遇を経た彼女とは対照的に、修也は至極冷静だ。
「ならばアンタは、川島伴造も許せるのか? 奴が人間を殺め続けた尻拭いとして、オレたちネオは、もう二度と普通の人間としては生きられないんだぞ!」
「そ、それは……」
「美辞麗句を並べるのは勝手だが、アンタは何も学ばなかったのか? 犠牲を伴わずして、オレたちに何の希望がある!」
善性を持ち合わせながらも、彼は切り捨てるべきものを理解している。彼の言い分に、江真は何も反論できなかった。それでも彼女は、玲玖のことを諦めない。
「……君の言っていることは、正しいかも知れない。しかし私には、私の信じる正義がある」
そう語った江真は、その目に確固たる決意を宿していた。




