君のことは愛せないと言われて使用人が止めに入るような事態になった(笑)
「キャル・・・聞いて・・・ほしいことがあるの・・・」
このやたら・・・が多い言葉を発したのは十日前に格上のハイアート公爵令息と結婚した私の友人、ワイアスだった。
「も、勿論なんでも聞くわよ?」
結婚して幸せいっぱいの表情ではないし、この世の不幸を一身に背負っているような声と話し方だった。
「何があったの?」
「ええ・・・実はね、わたくし結婚したじゃない?」
「とても盛大な結婚式だったわ。あなたのドレス姿はそれはもう綺麗だったわ」
「ええ・・・でもね、中身が伴わない結婚だったの」
???意味がよく解らないのだけれど問い返せるような雰囲気でなくて、私はコクリとつばを飲み込んだ。
「結婚式が終わって公爵邸に着いて、公爵家のメイドに全身を洗われてまっさらになったような気分で、寝室でエイリアス様が来られるのを待っていたの」
えっっとぉ・・・この雰囲気で惚気?
なんだかこのあたりの空気だけひんやりとして重いのだけれど・・・。
ワイアスの背後には暗雲が稲光を発している気がするのは私の勘違いよね?
私本当にこの後の話を聞いて大丈夫なのよね?
「ほとんど待つこと無くエイリアス様はいらしてくれて、私は緊張でちょっとだけ震えていたの」
「そうなのね・・・」
それは緊張するだろうと思った。
愛し合っていれば情熱で一気に事が進むかもしれないけれど、所詮貴族の結婚だものね。
「そうしたらエイリアス様が今まで見たことのない表情をしていて、わたくしに言ったのよ。『君のことは愛せない』って」
「えっ?ええ?えええええっ??」
「どういう意味ですかって聞いたのね。『君には興味がないっていう意味だ』って言うのよ」
「ちょっとそれは・・・」
「でしょう?それなら婚姻しなければよかったのではないですか?と聞いたら鼻で笑われて『君がここまで愚かだとは知らなかったよ。親に言われて逆らうことなど出来ないだろう?』ってエイリアスが言うのよ」
あっ、敬称がつかなくなっちゃったね。
「わたくし、愚かなんて言われたこと、初めてで、その上エイリアスの言ってることこそが愚かじゃない?」
「そう思うわ」
「だからねわたくしちょっとだけ睥睨して『愚かなあなたに愚かだなんて言われたくありません』って思いっきり馬鹿にした感じで言い返したのよ」
「ええ、それで?」
「そしたらエイリアス、怒髪天を衝くって言うの?そんな感じになって、手を伸ばしながら私に近寄ってくるから、思わずわたくし手につかめるものを片端から投げつけたのよ」
「ええっ?そ、それで?」
「わたくし、自分で知らなかったのだけれどコントロールがいいみたいで投げたものが全部エイリアスに当たったのよ。そうしたらエイリアスがますます怒っちゃって、その顔が面白くてわたくし・・・思わず笑ってしまったの」
「火に油を注いだのね?」
「ええ。そうなの。エイリアスがわたくしの首に手を掛けてきたからわたくし思いっきり叫んだの『殺されるーー!!助けてっ!!』って・・・」
「それでどうなったの?」
「立ち番のメイドが扉の前でオロオロしている気配がするんだけど、ほら、もしかしたら真っ最中かも知れないじゃない?だから声もかけられず、入れずにいたらしいのね」
「なるほど」
「けど物が落下する音と物が壊れる音も聞こえていたから勇気を出してくれて『入ってよろしいですか?』って声を掛けてくれたのよ・・・」
う〜〜んっ!!じれったい。早く続きを話してっ!!
「わたくし『入ってっ!!』叫び声を上げると、メイドが入ってきてくれたときには私は床に押し倒されて首を絞められていたの」
「ええっーー!!」
「そのメイド、公爵家のメイドだったんだけど、エイリアスに体当たりしてわたくしを助けてくれたのよ」
「そのメイドすごいわね。それから?」
「それからはもうワラワラと使用人達がやって来て、エイリアスのお父様とお母様もやって来てメイドが状況を説明してくれたのよ」
「使用人達は味方になってくれたのね?」
「そうなの。驚きでしょう?お義父様はわたくしにも状況説明を求められてエイリアスが部屋に来たときからの話をしたのよ」
「うん。それで?」
「今度はお義父様に『愚かな』って言われてわたくしが憤慨していると、エイリアスのお父様は『エイリアスのことだ』と言ってエイリアスの耳を引っ張って部屋から出ていったの。その姿は胸がすく思いだったわ」
「それで?」
「お義母様に自室で眠るように言われて、その日は一人で眠ったのよ。あっ、勿論お医者様がいらして私の診察をしてくれたのよ」
「なんともなかったの?」
ワイアスが首の詰まったドレスを着ていると思っていたら少しそれをめくって首に着く指の跡が見えた。
私は息を呑んで「何ていうことなの!!」と叫んだ。
「もう痛くはないの?」
「ありがとう。大丈夫よ」
ホッと胸をなでおろしてエイリアスに殺意を覚えた。
「それでね」
「あぁ、ごめん。それで?」
「翌日お義父様に執務室に呼び出されて、教会に提出したはずの婚姻届を差し出されて『婚姻を無効にしたいのなら今ならできる』と言われて、わたくしその瞬間に婚姻届を破り捨ててしまったの」
「えっ?ってことはあれだけ盛大な結婚式をしていて結婚はしていないってこと?」
「ええ。そうなるの」
ワイアスは薄ら頬を染めている。
結婚せずに済んだことがそんなに嬉しかったのね。と私は解釈した。
「王家についで最大の結婚式と言われる結婚式だったよね?」
「ええ。エイリアスのお父様がエイリアスに不安があったらしくて、取り敢えず婚姻届を回収してくださっていたそうなの。何事もなければ後日提出するつもりで・・・」
「ってことはエイリアス様のお父様の不安を煽るようなことってどんなことをしていたのかしら?」
「婚姻前に私のことを調べるついでに、エイリアスのことも同様に調べたらしいの」
「ある意味、公平ね」
「ふふっ。そうなの。さすが公爵様というところかしら?」
「そういうことになるわね」
「はぁぁぁぁぁぁ・・・・でももっと早くになんとか出来なかったのかしら?ワイアスに大きな瑕疵が付いてしまったじゃない!!」
「それがね・・・」
ワイアスの頬の色が濃くなるのを見て私は首を傾げる。
「エイリアスのお父様がわたくしに結婚したい相手は居たのか?と聞いてくださって・・・ビリーレン様の名前を出したの。ほら、ビリーレン様ってエイリアスの従兄弟じゃない?公爵閣下の弟の子供だったから・・・ビリーレン様にすぐに話を通してくださって、ビリーレン様も私のことを憎からず思っていてくださって・・・」
「ええ?そうだったの?」
「自分の中だけにしまっていた秘めた思いだったのだけど・・・」
「全く気付かなかったわ・・・」
「婚約者が居る私が、他の方を思っているなんて表には出せないじゃない」
「まぁ、そうね」
「・・・でね、一昨日ビリーレン様と結婚したのよ。身内だけで・・・」
「え?えええええぇ〜〜〜〜?!?!?!」
「今度は何も問題なく妻になれたわ。・・・今、私すごく幸せなの」
「そ、そう・・・・・・あまりにもびっくりして伝えるのを忘れていたわ。結婚おめでとう。ワイアスが幸せなら私も嬉しいわ」
「ありがとう」
その笑顔は本当に幸せそうでほんの少し妬けたのは私だけの秘密になった。
「で、エイリアス様はどうなったの?」
「エイリアスが求めていた女性はとてもじゃないけど公爵家にはふさわしくないけれど、醜聞のあるエイリアスではもう相手が見つからないだろうと言って、そのお相手と結婚が認められて、私の結婚式の後に入籍だけの結婚をしてから廃嫡されてしまったわ」
「公爵閣下は思い切ったことをされるのね」
「わたくし、その場に居たのだけどエイリアスと妻になった方が膝から崩れ落ちていくのを少し気分良く思ってしまって・・・その上貴族籍を抜かれてしまったのを聞いて笑いが止まらなくなりそうになって・・・我慢するのに苦労してしまったのよ」
「ワイアスの気持ちは解るけど、エイリアス様には厳しい罰ね・・・」
「そう?一応領地で住まう家などはエイリアスのお父様が準備するとのことなんだけど」
「それなら気にしなくていいわね」
「でしょう?」
「そうよ。ところでエイリアス様のその相手って誰なの?」
「ほら、学園でピンク色の髪の男爵令嬢が居たじゃない?」
「あぁぁぁ!!ブルーワントだったかブルーワイス?だったかしら?」
「ブールワイト男爵ね」
「あぁ。そんな感じだったわね」
高位貴族の殿方たちの周りをウロウロして嫌がられていた子だった。
殿方からも嫌がられ、女性陣には軽蔑されていたから友人も居なかったはず。
エイリアス様がそんな男爵令嬢に籠絡されているとは知らなかった。
「で、ワイアスの幸せ話を聞かせてくれるのでしょう?」
「聞いてくれる?」
今度は頬を薄らと赤く染めているワイアスはすごく綺麗になっていると感じた。
それから二時間程ワイアスの惚気を一から十まで聞かされて、口から砂糖を吐きたい気分になってその日は別れた。
ワイアスが帰る家はハイアート公爵邸のまま。
一週間後に王家主催の夜会が開催されて、ワイアスはビリーレン様にエスコートされて現れた。
夜会会場はざわりとしたけれど、公爵閣下夫妻とワイアスの両親が陛下に状況説明をして、ビリーレン様が公爵の養子になっていて、ワイアスと二人で公爵家をもり立てていくと報告していた。
陛下も最初は驚いていたが、最後は笑ってビリーレン様に「これからよろしく頼む」とおっしゃって二人を受け入れた。
会話が大半だったので分かりにくかったでしょうか?
誤字脱字報告ありがとうございます。