シレーナでの発表会 当日その2
そして、いよいよ発表会、『クレアシオ・プリカシオ』が始まった。
私達の発表順は昼休憩前の最後である。
流石に最後とかのクライマックスではないとはいえ、順番的にだいぶ注目を集めるタイミングだと思う。
私はそれを言葉には出さずも、緊張しながらそれを気にしていた。
多分、気づいたら手が汗で濡れているかもしれない。
でも、その一方で緊張に完全に支配されているわけではなく、冷静に、他に思う事もあった。
『クレアシオ・プリカシオ』の始まる前にエスセナとの会話を思い出す。
「この発表会、僕にとっては人生の進路を決める大事な物なのは言わなくても分かると思う。でも、マルニや他の皆にとっても、大事な物になると嬉しいなって、僕は思うんだよね。」
「……?もちろん、友達の進路を決めるかもしれない物で、私達がそれの手伝いをするのなら、私達にとっても大事な物である事には変わりないでしょう?」
「ああ、ちょっと言葉足らずだったかな……。確かにそういう風に思って貰える事は嬉しい事だけれど、そういう意味ではなくって。」
「なら、どういう意味かしら……?」
「うーん、曖昧な表現になってしまうけれどね……要するに、君の人生にとっても、新たな考え方や価値観を得る機会になってほしいな、と思うんだ。表現という名の芸術に関わる者の一人としてね。」
「ああ、なるほど……そういう事ね。」
それは納得だ。
というか、むしろ本来はそういう物なのだ。
私達は違う目的ばかりを見すぎていた。
エスセナの事ばかりを。
それは当たり前なのだ。
そもそも、エスセナの事が無かったらここに足を運んだりする事は恐らく無かったか、あったとしても私がコミエドールの町の発展に手を付けたりしてからになっていただろう。
でもここは、確かに全く周りと競う要素が無いわけではないだろうが、いやむしろ、だからこそ切磋琢磨し、演劇を通じて新たな演劇の可能性を、表現の可能性を魅せる為に集まった人ばかりなのだ。
ここに集まる者たちは、一人の表現者であり、一人の目を輝かせて舞台を見つめる観客なのだ。
つまり……。
「わかったわ。……ありがとう、エッセ。私に、ここを『楽しむこと』を教えてくれて。」
「ははっ、分かってくれたなら僕も言った意味があったよ!」
この話があったからこそ、私は緊張だけに包まれずに私は済んでいる。
もちろん、観客席から全てを見るわけにはいかない。
準備に練習、道具の用意。
そういう準備をしながら、小さな隙間を見つければ発表を見る。
それはなるほど、他の人達が期待してそれを見るのに納得する物だった。
もちろん私達は素人だから脚本に対する理論だったりはわからない。
だが、どういう流れが人の心の関心を惹くのか、人をどういう感情へ誘導するのか。
心理学的な論理的なアプローチでそれを説明する人も居れば、経験や実演する事で証明する人も居た。
もちろん脚本だけではない。
例えば新しい舞台候補がどれだけ素晴らしいのかをアプローチしたりする人も居る。
コミエドールの町を挙げる人は残念ながら居なかったが、他の町の新たな観光名所にしたいだとか、更なる演劇の活性化を求めたり、何と違う国と演劇による新たな文化交流を唱える人も居た。
また、舞台の機材の新たな発表や舞台に使う魔法の新たな発表は、それに少しとは言え関わった私達にとっては多少なりともその凄さが分かる物になっていた。
なるほど、こういう視点でも楽しむ事も出来るのか、とエスセナの言葉を噛み締める。
もちろんその中には様々な人が居た。
金銭的な理由などをクールに考える人も居れば、理由はぶっ飛んでいるけれど情熱は分かるという人。
様々な人が居て、その人達を見ているだけで面白い、そしてそんな人達が生み出した物、これから生み出そうとする物、それを見ていくと、心が高鳴る。
(私、凄く今ドキドキしてるっ)
「ねえ、エッセ。」
「何だい、マルニ。」
「私、ここに来れて良かったわ。」
「……そっか。」
ふふ、とエスセナは小さく笑った。
(私達の作ったものを、この人たちに見てもらいたい)
いつのまにか、私の思いはそう変わっていた。
「いよいよ、僕達の出番だ。」
順番は次になった。
エスセナを中心に私達は円を作る。
最後の心を一つに合わせる為の掛け声だ。
「今まで、僕の為に頑張ってきてくれてありがとう、皆。言ってしまえば、僕に、私に付き合わせたような物が始まりだ。だから、私はとても感謝している。」
「んだよ、みずくせえ事、改めて言う必要あるか?」
「それに、もうこれはエッセだけの事ではないというのは、エッセももう分かっているでしょう?」
「もちろんさ。それでも、改めて言葉にする必要があった。改めて、言葉にしたかった。だからその感謝はここで言う。次に皆に声をかける時は、僕達の思いを見せつけた時さ。」
「私、段々気分が高揚してきました。皆様も、きっと同じでいますよね?」
「はは、フレリスさんは表情変わらないからあまり分かりにくいな。でもまあ……こういうのも、私も悪くない。」
「よし……じゃあ、成功させに行こう、見せつけに行こう。行くよ!」
「「「「「おー!」」」」」
声と心を一つにし、私達は歩き出す。
舞台の幕は、次の私達の番に渡す為に閉まっている。
次に幕が開いた時が、私達の『表現』の時間だ。
虫歯になりました。痛みがあまり無いうちに早めに歯医者に行ったので大した事にはなりませんでしたがやはり歯医者という物は慣れないものです。さて、本当はもうちょっと書く予定だったのですがキリが良い文章になってしまったのでここで一話投稿する事にしました。次の話はかなり短くなると思いますが、その分本格的な発表会に入っていくので上手くやれたら良いなと思います。頑張ります。