シレーナでの発表会 前日その1
エスセナのシレーナへの帰還のプチファンサ会から約十数分。
大体のファンへの対応を切り上げて、私達はシレーナの街を歩く。
リゾート観光都市として栄えるこの街はコミエドールのような町と違って魔導機による機械的な魔法も発達しており、流石に前世の日本の東京などといった街とは毛色は違うものの、発達はかなりの物だ。
基本的に街の平民の生活水準も高く、流石に貴族程ではないにしろ、生活に不自由がありそうな人などはほとんど見かけない。
孤児院のような施設はあるが、そもそも魔物などに襲われる危険のあるこの世界で孤児院があるのは仕方ないし、それにその孤児院などもコミエドールのスエルテ孤児院なんかよりも外観も凄く立派だ。
これは観光都市というこの街の在り方も関係ある物だとエスセナには聞いた。
観光都市を名乗るからには、平民の暮らしの基準を上げていく必要があるのだと。
平民の暮らしが良くなれば平均的な外観も良くなり、ゆとりが生まれれば民度の向上に繋がる。
全体的な底上げは街の陰や闇を無くしていき、それが外からも人を呼びこむ力になるのだと。
そして客として来た外の人々がお金を使い、更に金銭を循環させれば成長していく、と。
なるほど、これは観光資源のある街……いや、観光資源を作ってきた街の在り方なのだろうと思った。
そしてそれの運営の中心がこのシレーナの貴族のトップ、アクトリス家なのだ。
なるほど、それは確かにエスセナを跡取りとして育成したいわけだ。
アクトリス家の唯一の娘なうえに、女優としてとはいえ多少なりともこの街の経済に関わっている存在なのだ。
なら完全に貴族としての経営などの教育をするものを。
そう考えると、本人たちにとってはだいぶ長い間、エスセナの事を見逃していてくれたのかもしれない。
そう思うと、私達がこれからお願いしようとする事は図々しい事かもしれないし、やはり理屈言うなら正しい事ではない、というのを改めて実感させられる。
だが……これは理屈ではない、という事を、私とエスセナは分かっている。
ウルティハも理解はしてなくとも感じる物があるから協力しているのだろうし、ジュビア先生もフレリスも何か思う所があるから協力したり見逃したりしているのだろう。
だから、やるからにはもう後には退けないし、やるしかない。
(エッセの為にも、私の為にも、ここで失敗するわけにはいかない……っ!)
そう自分に言い聞かせながら、私達はアクトリス家が経営する施設、総合ホテル『レモリーノ』へと向かった。
総合ホテル『レモリーノ』。
ホテル、と名は冠しているが、ホテルを中心としているだけで実際はどちらかと言うと大型商業施設、という方が近い。
買い物をするショッピングスペースだけでも複数の専門店が入っているし、娯楽施設もホテルの利用客なら遊べるカジノなどがある。
更に総合ホテルとして凄い事は、このレモリーノを利用した客が受けられるサービスだろう。
レモリーノの利用客は、その利用プランによってシレーナの様々な提携店で様々なサービスを受けられる。
割引、サービスの追加、プレゼント。
まさにレモリーノ(渦)という名前に相応しい、この街の中心と言える施設なのだ。
そしてそのサービスの中心もアクトリス家の提供するサービスは抜かりない。
そのサービスの目玉こそ、アクトリス家が運営する場所なのだ。
以前エスセナが話していたシレーナ名物レジャーの海中散歩。
港から船旅でシレーナを行き来する人への観光土産や食料、水などの物資のサービスや豪華客船の運営。
シレーナの海や街、海の幸を子供でも分かるように研究出来るシレーナ海洋研究館。
エスセナが演劇を磨いたショーステージがあるシレーナビーチ。
他にも直営の店などがあるが、そのほとんどや全てがアクトリス家の傘下なのだ。
その中で今回はアクトリス家が運営資金の大部分を出しているシレーナのショーの最高峰、大劇場『フェ・クレアシオ』での発表会だ。
発表会、ということで、今回は一般の観客も入っているがその席を埋めるのはほとんどが劇団員や劇場のスタッフ、また中にはアーティストといったクリエイトな職業の人や視察に来た他の町の劇場関係者やシレーナなどの貴族といった、所謂、「その道のプロ」達だ。
私達も学生とはいえ、今回の立場は表現者の一人であり貴族の一人、そういう意味でも甘えは通用しない。
「……落ち着かないわね。」
思わずそう一人呟いてしまう。
それを聞く人は居ない。
劇場に予想より結構早めに着いてしまった私達は、劇場のスタッフに案内されるままに控室に入った。
エスセナは両親を含め色んな人に挨拶があるからと別行動する事になった。
今日は準備や荷物の整理、英気を養い、そして明日が発表会の本番である。
本当はエスセナに1から教えてもらいたかったが、そうは行かない事は分かっていた。
だってここはアクトリス家のある意味「領地」であり、エスセナにとっての故郷でもあるのだから。
なので自分たちで出来る範囲の準備をやろうという事になった。
私とウルティハは魔導機や、劇場で使う音響用の魔法の調整や確認、ジュビア先生とフレリスは発表会で使うであろう道具で借りられる物を借りる許可を貰いに行っている。
もちろんある程度は自前で用意しなければいけないが、ペンなどといったこまごまとした道具などは劇場に用意してある物を借りる事になっている。
とりあえず、私とウルティハは大事な魔導機の調整だ。
一応劇場スタッフの人が確認の手伝いをしてくれている。
「よし、じゃあ行くぜー。」
「分かったわ。」
魔導機の魔法式の中に、映像の魔法式を組み込む。
この魔法式の組み込みが前世で言う、DVDなどを再生機に入れる行為と同じようなものだ。
私は最初はパソコンのプログラミングに近いものなのだろうかとも思ったが、魔法式自体は【グラン・アクト・セナ】の魔法で保存して簡単に魔導機に組み込めるので魔法さえ習得してしまえば誰でも簡単に映像が作れる。
これは私達が話し合って出した映画という形の利点の一つだ。
環境さえ整うなら、簡単に魔法で上映出来る。
もちろん目の前でやる演技の方がこの世界では発展しているのだからそれに勝つにはまだ時間が必要ではあると思うが……まあ、そこから先はきっとその道のプロが道を切り拓いていく物だろうなと思う。
そう考えると、私もその中の一助となれる事は悪い気はしないが。
「魔法式、完了!」
「魔法式読み込み、始め。」
「照明暗転お願いしまーす!」
「はーい、照明暗転お願いします!」
舞台上のスタッフの人がサインを出して、暗転して劇場が暗くなっていく。
まずはこれがしっかりと再生出来ないと話にならない。
ドキドキ、なんて可愛らしい物ではないかもしれないが、緊張が多分今顔に出ているだろう。
ちらりと見たウルティハの顔も今まででもそうそう見ない真面目な顔だ。
「……はい、大丈夫でーす!」
「ふう……。」
「良かった……。」
まだここで緊張している場合ではないのは分かっているのだが、それでも上手くいくか分からない試みが上手く行ってどこか安心を感じる。
この後何度か点けたり消したり、違う場面を点けてみたりしたが問題は無かった。
魔導機の操作方法のマニュアルをスタッフの人に渡して確認をしながら、次は映像を点けたまま音響の確認だ。
【グラン・アクト・セナ】の魔法は音声を出すことは可能だが、その音量を上げるならスピーカーに差すように音響用の魔法と魔法同士を繋げた方が良い。
というか、そのまま音量を上げると魔導機から直接音を大きくするわけなので劇場からすると音が後ろから聞こえるという事になってしまう。
なので日常的に使うような無属性の、基本的な魔力操作だけで詠唱も無しに行うような魔法で魔導機の魔法と接続してその音を魔法から響かせる。
「後ろの人聞こえてますかー!」
まずはウルティハが自分の声を音響魔法で響かせる。
論文発表もするウルティハの事だ、こういうのも多少は慣れているし、ウルティハの魔法なら指向性スピーカーのような高度な使い方だって出来そうだ。
スタッフの人が腕で大きく丸、の形を作る。
まずは発表会用の私達の声を届ける音響魔法は大丈夫。
次は、私が音響魔法を作り、魔導機の【グラン・アクト・セナ】の魔法と繋げる。
繋げる事で遠隔操作で魔法式が魔導機に追加され、音が劇場内に響く。
「もうちょっと小さくして大丈夫でーす!」
「わかりました!これでどうですか!?」
魔力の量を少しずつ減らしていき、少しずつ音量を下げていく。
「……はい、大丈夫と思います!」
「「ありがとうございます!!」」
丸のサインが出て私達は感謝の一礼をする。
ここから立ち位置の確認などといった作業もあるが、まずは映画の為の大まかな魔法を使った第一段階は完了だ。
今頃、エスセナは何をしているのだろうか。
そう思いながらも私達は準備を続けるのだった。
「エスセナ。久しぶりだな。」
「……はい、お父様。」
ホテル、レモリーノのスタッフルームの最奥。
そこがアクトリス家の長、父であるアビシオ・ヌ・べ・アクトリスの部屋だ。
最上階にも専用の部屋を持つが、すぐさま指示を出せるように部屋を増設したのだ。
私の小さな身体に緊張が駆け巡る。
拳をつい握ってしまう。
僕は、、いや、「私」は。
明日、親不孝をしようとしているのだから。
そして彼はそれを知っているのだから。
「お父様、私の話は聞いていただけるんですよね?」
「……ああ、もちろんさ。私が価値があると認めたら、お前を演技の道に進む許可を出そう。新しい道を切り拓き、新たな利益を、新しい美を。この美しき街シレーナにお前がもたらすというのなら、私としても願ってもない事だ。」
「価値、ですか……。」
「……お前を商品として見るような言葉を選ばなければいけないのは父親としてもと済まないと思っている。だが、私はこの街の経済を回す者だ。そしてそれによってシレーナに済む者達の幸福を、そしてシレーナに訪れた者たちの幸福を作らなければならない。そしてそれと同時に、お前が挑もうとする世界は、自分を売り込む必要があるという意味では商品でも間違いではない。」
父は黒い縁の眼鏡を整える。
淡い水色の髪に少し昔より白髪が混じったり、顔の彫りのように見える皺が少し増えているのはやはりストレスもあるのだろうか。
藍色の瞳は何処か氷のように冷たく、そして水のように私を映すようだった。
私の価値。
それは女優として示さなければいけない。
演技に携わる者として示さなければならない。
今までのショーの女優だけではそれは不足、という評価を下しているのだろうというのは薄々気づいてはいたが、それをはっきりと言葉で改めて言われた気がした。
「……一つ聞かせてください。」
「ああ、答えよう。」
「お父様は……演技の心を動かされた事はありますか?」
「……あった、かもしれないな。」
「……意外です。」
「だろうな、こんな話はした事無かったからな。」
少しだけ、父は笑った。
まるで懐かしむ事を嬉しそうな、でも何処か寂しそうな。
そんな笑顔だった。
「まだ父上や母上がご健在の頃に連れて行ってもらった演劇は、ただただ楽しかった……そんな気がする。多分、レイルも同じだろうな。」
「そうですか……そう、ですか。わかりました。」
もう一度、拳に力を込める。
今度は緊張に耐える為ではなく、自分に言い聞かせる為に。
私は、父の事をまだまだ知らない事が沢山だ。
今ここには居ない母……レイル・セ・リオ・アクトリスの事も。
でも……そうか。
演技に感動したりする心がまだ「有る」なら、簡単な事だ。
(それを、呼び覚ますのは、僕だ)
「明日、私も楽しみにしている。お前も準備があるだろう、また明日会おう。」
「わかりました、私の為にお時間を頂き、ありがとうございました。」
深く一礼をした後、私は……「僕」は、その部屋を出たのであった。
皆さま、お久しぶりです……シレーナでの内容をどうしてもなかなかアイデアが纏まらないのでだいぶ遅くなりました。その反動か今回の回はいつもより長文になってしまいました。私は結局のところ、頭で考えるよりPCの前に向き合って文章を考える方が文章が出てくる気がするので、感覚を頼りに書き続けていきたいと思います。今後ともどうかよろしくお願いします。