闇の聖女を広めるという事は 1
「答えは決めたかい?」
「ええ、私にこの役、やらせてちょうだい。」
「流石、予想通りの答えだよ!」
ふふん、とエスセナは笑う。
流石は天才、人の心を動かす術は演技以外にもばっちりという事か。
だがまあ、実際、答えを持ち帰って考えたのも言葉の後押しが欲しかったからだ。
答えは実質決まってはいた。
私自身に影響するかはわからないが……世間の闇属性持ちの人々のイメージアップにも繋がるかもしれない事だ。
そしてそれは、この脚本なら光属性を扱う聖女にも良い影響を与えられるかもしれない。
闇属性の人も助けられる、という可能性が。
それが例え、創作物の一幕だったとしても。
光属性を扱う人が、救えなかった手もきっと今までいくつもあった筈だから。
(……いや、きっとそれだけじゃないよね)
多分、今までもきっと。
闇属性の人でも救おうとした人は、光属性ででなくても、居たんだと思う。
それこそ、フレリス、アルデール、ウルティハ、エスセナ、ジュビア先生のように。
今までそういう人達含めて、どうなってきたのかはわからないけれど。
私がこういう役を演じる事で、助ける人も、助けられる人も、増えるかもしれないのだ。
「では、まずはこれを渡すね。」
「おーう。」
「ええ。」
紙の束を渡される私とウルティハ。
確か、紙とインクさえ有ればコピーのように製本する魔法があった筈。
恐らくだが、それで印刷した脚本だろう。
パラパラと中身を確認するが、昨日軽く確認した台詞などが沢山書かれた紙である事を確認してそうだという事を確かめる。
「この『自己判断』って書いてある所は何かしら?」
「本当はアドリブで対応してほしい所なんだけれど、流石にそれを求めるのはプロでも難しいからね。なにしろ、本来はアドリブを推奨するのはプロの脚本家の間でも意見が分かれるような話だ。だから、今回は期間を軽く設けて、事前に台詞を決めておく、という方針にしたよ。」
「なるほど……確かにそれは私達にはそれは有難いわね。自分で考えるというだけでも、それなりに難易度は高い気もするけれど、咄嗟のアドリブをやらされるよりは確かにまだマシだわ。」
「アタシ様ならアドリブくらい余裕だぜ!?」
「ティハはそこはちょっと期待出来ないなあ……。」
「んだとセナこのやろー!」
ぎゃーぎゃー言っている二人を見ていると、ついつい口元が緩んでしまう。
エスセナがこういう役を持ってきたのは、私の為なのか、それともエスセナの思うストーリーに必要だっただけなのかはわからないが。
それでも、こういう役を演じる機会をくれた事に私は感謝しようと思う。
「マルニーニャ嬢、今日も熱心だな。」
「ジュビア先生、ご機嫌よう。」
私はちょうど、脚本の台詞を考えていた所だった。
今日の授業はそこそこ順調にはやれたと思う。
私は、幸運な事に、主にフレリスの教えが良かったのかそれともソルス達との訓練が良かったのか、両方か。
戦闘訓練や実戦訓練では我ながらなかなか良い成績を貰っている。
まあ、教官役の人からは闇属性の指導に困っていたり、我流が少々強すぎる事を叱られたりしたが。
ジュビア先生も戦闘能力は高い。
なのでジュビア先生が教える事もあるが、まあジュビア先生の主な担当は歴史なので機会はあまり無い。
だがまあ、そこら辺はゲームの描写的に何となく予想は付いていた。
接する機会が少ないのは残念だが、まあそこら辺は仕方ない。
「例の脚本か。勉強ばかり訓練ばかりををしろとは言わないが、そればかりに熱心にならないように……というのは少々説教くさいか。」
「教師という立場からすればそう言わなければならないのは分かっています。……ですが、それが必要な事というのは、先生もお分かりでしょう?」
「わかっているも何も、既に巻き込まれている身だ。全く、私としてはクラブの顧問などなるつもりは無かったのだが……。おっと、これは愚痴や文句では無いからそこは勘違いしないでくれたまえ。」
「わかっていますよ。確かに先生がそういう事をするイメージは確かに無かったですね。」
「ほう?それはまた素直な言葉だね。」
「ふふ、これは失礼いたしました。」
……こういう風に、談笑する機会も少しずつ増えてきた。
原作のゲームから考えたらあり得ない事だ。
私、マルニーニャ・オスクリダは闇属性使いの問題児だし、ゲームの時点ではジュビア先生はソルスの担任だし。
(……闇属性、か)
ふと、ある考えが頭に過った。
少し失礼かもしれないが……聞いてみたいと思った。
「あの……先生。少しお聞きしたい事があるのですが。」
「ん?私の授業の復習か?実践訓練か、歴史の授業か?それとも、クラブについての事だろうか。」
「いえ、個人的な事です。その……失礼な質問の内容かもしれませんが。」
「私の立場で失礼という事もそうそう無いだろう。構わない、聞いてみるといい。」
「では……。」
はあ……ふう。
一呼吸、深呼吸して、私は言葉にする。
「その、ジュビア先生は、私が、怖くはないのですか?私が、嫌ではないのですか?」
「……ふむ。」
ジュビア先生は考え込むように口元に手を当てる。
何かを思案しているらしい。
少しの間の後、ジュビア先生は口を開いた。
「その質問は、個人的な感情という意味か?それとも、闇属性を使う人としてという意味か?」
「……どちらかと言えば、後者でしょうか。ある意味、両方ともと言えますけれど。」
「ふむ、推測が当たって良かった。ならば、それが私の答えと言った所だろうか。」
「それが、答え……とは?」
私は首を傾げる。
先生は言葉を続ける。
「元々、歴史を調べる学者としてなるべく偏見は持たないように気を付けているというのもあるが……闇属性使いが今まで問題のある生徒が多かったのは、ひとまず事実として存在する。」
「……その歴史自体は間違っていない、という事ですね。」
「ああ、残念ながらその歴史という意味では、歴史は嘘をつかない。……だが私の感情は私の感情だ。」
ジュビア先生は、小さく微笑む。
普段は少しくたびれたような表情のジュビア先生だけれど、今は本当に優しく笑っている。
そんな気がした。
「あくまでもそれはひとまずの事実。私は教師でもあり、私は私という個人の人間だ。そういう意味で言うなら、私は君を認めている。闇属性使いとしても、生徒としても、そして個人の人間としても。というか、その全てをひっくるめて、君は優秀な、素晴らしい人間だ。」
「……そうですか。」
「君は少々謙虚すぎる生徒だ。私が言葉を尽くしても、多分素直には認めはしないだろう。」
「そ、そんな事は無い……と思いますが。」
「もちろん、全てに対して謙虚というわけではない。自己評価の低さ、という事だ。君の心の闇がどういう物かはわからないが、心の中に闇があろうと、人々に尽くす騎士として、そして友を大事にする人として。その力を正しく使っていると、私は思う。そして、それを何故恐怖したり嫌悪したりする必要があるだろうか。」
「……そうですか。」
私にも、つい口元が笑みの形をとってしまう。
闇属性の力だって、正しく使えば、こう思ってくれる人が居る。
なら、それは、そう思われるという事をこの演技のよって広めるのが、今の私の役目だ。
(よーし、もっともっと、頑張るぞ)
私は、自分の台詞を考えて書く速度を早めるのであった。
風邪を引いたり忙しかったりで思うように執筆が進まず申し訳ないです。皆様も身体にはお気をつけてくださいね。さて、二回連続で分割回でした。書きたいことがたくさんあるという物は本当にありがたい事ですね。もっともっと書いて、物語を紡いでいきたいですね。そしてそれが、皆様の笑顔に一つでも繋がりますように。