夢を取るか、現実を取るか
体調を崩してしまい、更新が遅れてしまいました、すみません。シリアスパートは書いてて気持ちが盛り上がらないのでなるべく短くして早く解決パートを書きたいものですね。次章にも早く進みたいですし。
「クラブに居られないかもしれない……って、どういう事だよ?」
「……言葉通りの意味だよ。僕がこのクラブに居る事は出来ないかもしれない。もし破ってここに居る事がバレたら、従者の監視が付くか、それとも別の方法か……いずれにしろ、僕と二人……特にティハとの仲を裂こうとしてくる可能性が高いよ。」
「……交渉に失敗した、って感じかしら。」
「……僕の驕りだったようだ。僕も前世から仕事の交渉をしたりしていたから、どうにか出来ると踏んでいたのだけれど……私の交渉力は、自分の立場や地位有っての能力だったらしい。僕のこの世界での交渉の力も名声も、私の描いた幻想だったらしい。」
「……私は貴女の演技はとても好評だと聞いたけれど?」
「おや、そうなのかい?それは嬉しいけれど……今回の状況をひっくり返すような力にはならなかったようだ。……私としても、残念ながら、ね。」
エスセナは小さく笑う。
でも、私から見てもそれは明らかなくらい、力なく虚ろな笑みだった。
どう見ても、心から笑顔にする彼女の笑みでは無い。
「…………。」
私は黙るしかなくなってしまった。
こんな時、どうすればいいのか。
私の中に、残念ながら明確な答えは無い。
ある程度はこの世界で貴族令嬢として振る舞ってきた私でも、経験や知識が足りなすぎる。
(考えろ、考えろ、私……。)
無意識に私は足をそわそわしていた。
何か、何か手段は無いか。
そう思いながら考えていると、私はある事に気が付いた。
「そういえば、エッセの両親は、エッセが前世の記憶がある事は言っているのかしら?」
「……?いや、まだ言ってないよ。流石にそれを言っても、両親を困らせてしまうだろうからね。」
「でもウルティには言ってたのね……。」
そこはつい突っ込んでしまったが、なるほど。
そこがまだならまだ可能性はある。
「なら、今こそその事を言うべきじゃないかしら。確かに信じてもらえるかは分からないけれど……今言わなきゃ、きっとチャンスは来ないんじゃないかしら。」
「それは……そうかもしれないけれど……。」
そうなのだ。
私達には、前世の記憶という物がある。
それを言えば何故エスセナがこの世界でも演技に拘るのか、分かってもらえるかもしれない。
分かってもらえないにしても、なんとか話の引き伸ばしが出来るかもしれない。
「何か言えない理由でもあるのかしら?」
「アクトリス家は、僕以外の跡継ぎが今のところ見つかっていない。一人っ子だし、親戚や他の貴族、企業の従業員に経営を任せる方法も考えてはいるけれど……今のところその手段を取れる人間も思い当たらない。というか、私がその道に関して避けてきた分対応が遅れてしまっている。僕の取れる手段は限られてる。……正直、次までの時間が足りるかもわからない、次があるかも分からない。」
「はは……自業自得だね、僕も。」と自嘲気味にエスセナは笑った。
時間と実績。
それが足りていないのだ。
印象を好意的にさせるだけの評価を稼ぐ為の時間が、そして、『誰かに委任しても構わない』という確信を与えるだけの実績が。
(それを作らなければいけない……物理的な時間を作る、というのは難しいのは、悲しい事に私が実践済みだ)
私も同じように時間を訓練や研究に費やす以外に何かに回せるなら、そう、例えばコミエドールの方に時間を回せるとしたら。
そう、仮に学園の学業の支障が出ない程度にコミエドールの事もある程度仕事すると考えてみよう。
うん、だめだ。
どう考えても圧倒的に時間が足りない。
学園での訓練に加えて個人訓練、そしてクラブでの魔法研究をしているのだ、後は夕食、お風呂、自習、そして通話を少しして睡眠。
これでもうほとんどの時間が埋まってしまう。
騎士志望ではないエスセナの時間として当てはめたとしても、訓練の時間が演技や歌の練習に変わるだけだろう。
向こうはプロなので私より時間の運用が上手いかもしれないが、例えそうだとしても時間は有限であり平等だ。
時間のやりくりをしても限界がある。
それにコミエドールから私が離れても問題ないのはある程度オスクリダ家での立ち回りを考えて委任して構わないと思う人をある程度考えていたからだ。
エスセナはそこが詰まってしまっている。
そのせいでどうにも行かなくなっている……というのが現状だ。
(うーん……私に言える事は……。)と私が考えていたところだった。
「なら、アタシ様が言うよ、エスセナの夢を認めなかったら、最悪研究の打ち切りをするって!」
「ちょっと待ってよ、ティハ……それはいくら何でも無茶が過ぎるだろう。」
「そうよ、流石にそれはあまりに一方的だし、おまけに脅しみたいな手段を取るのは今回は悪手よ。」
「で、でもよお、兄ぃ様の研究を止められたら兄ぃ様のデータが無くて困るのはアクトリスの人間だろ!?」
「貴女のお兄様も困るのではないのかしら……。」
「あ、兄ぃ様の研究は多分色んな所から引く手数多だろ、多分!」
「それじゃあ意味が無いじゃないか!」
「「っ!!」」
エスセナの怒りの声にビクッ、と無意識に反応してしまう。
「僕は確かに自分の夢を叶えたいさ!でも、この世界で生まれて、育ててくれたこの世界の両親や使用人、親戚や関係者の人達にも感謝しているんだ!……だから、僕はその恩を返さなきゃいけない、そしてそれが夢を諦めて家業を継ぐ事なら……僕は、私は、それを果たさなきゃいけない……。」
「セナ……っ。」
普段のエスセナの堂々とした姿は無く、力なく呟くその姿に私は何も言えなくなる。
ウルティハも何を言えば良いか分からなくて迷っているようだ。
「そういうわけで、伝えるべき事は伝えたから、悪いけれど今日は僕は帰らせてもらうよ……。」
そう言って去っていくエスセナ。
「セ、セナ……!」
ウルティハはエスセナを追おうとするも、何を言えば良いのかわからないのはやはり解決しないらしく、途中で足を止めてしまった。
「どうすればいいんだよ……。」
「…………。」
二人で教室に取り残されて、ウルティハは小さく呟き、私は何も言えなくなって大きく息をついた。
どうやったら、こんな二つの問題を解決出来るのだろうか……。
私の頭では、すぐに答えが出る事は無さそうだった。




