訪れるその時は突然に
翌日、その翌日、更に翌日。
エスセナは顔を出さなかった。
学園の授業にも顔を出さないので、何かあったのではないかと思ってジュビア先生に聞いてみる事にした。
「おや、君達が聞いていなかったのは意外だな。エスセナ嬢は、一度実家に帰るという連絡を受けている。」
「実家……シレーナに?」
「アタシ様も聞いてねえ。……ってことは、この前の話の事、だろうな。」
「様子がおかしかったし、そうでしょうね……。」
「ふむ……どうやら、私や君達が思っていた以上に、アクトリス家の溝は深いのか、あの設備などを使うのは難しいのか……。」
「「「うーん……。」」」
三人で考え込んでしまう。
エスセナの現状が分からない以上、私達であれこれ言うのは意味がないのかもしれないが、考えずには居られない。
とりあえず、私達に今出来る事というと……。
「とりあえず、私達は出来る事をやりましょう、ウルティ。」
「出来る事……というと?」
「仮にエッセがすぐに許可を取り付けてきたのなら、私達もすぐに活動出来るようにやっておかないと。私の魔法は役に立たないかもしれないかもしれないけれど、ウルティの魔法はショーの目玉の一つのなる可能性も高いんだから。」
「なるほど、魔法のプランやパターンを色々考えておく、ってわけな。」
「ええ、私は小道具とかに使えそうな物の仕入れルートの確認や、舞台で必要な物の作り方とかを調べておくから。エッセが帰ってくるまでは分担作業よ。」
「おうっ!」
「私のプランはあくまで例だったが……まあ、それを採用するという事なら特に言う事は無いか。二人とも頑張りたまえ、私は応援しているよ。」
「「はいっ(おうっ)。」」
私達はとりあえず作業入る事にした。
サンターリオ学園のも演劇やショーに関係する部活はある。
それはそういう物を生業とする人々が居るからであり、その為の資料などももちろんあるのだ。
……本当の事を言うなら、そういう人達に直接話を聞いたりして参考にしたかったのだが……。
「ひっ、オスクリダ家の……!?」
「げ、役者奇人と魔女と関わってるあの……。」
「最近変な研究ばかりしてるって噂の……!」
「確か闇属性使いの……恐ろしい……!」
「「「「逃げろっ!!!」」」」
「はぁ……。」
と、いうわけで。私は大きく息を付きながら仕方なく図書館や資料室から舞台やショーに関する本や資料を借りて自分で調べるしか無かった。
(全く……いいもんいいもん、私で自力で調べますよーだっ。)
いやまあ、予想はしてはいたけれど……あそこまで怖がったり嫌な顔する必要は無い気がする。
オスクリダ家の事も闇属性使いなのもエスセナとウルティハと絡んでいるのも事実だし、まあ確かに研究はしているけれど、それでも学園内でまだ問題行動とかはしていない筈だし、過剰反応だと思う。
(私は私なりに頑張っている筈なんだけどなぁ……。)
そう少しだけ心の中で少しだけ弱音が出そうになるがいけないいけない。
私は来年には悪役令嬢として振る舞う必要があるのだ、この程度でめげてはいけない。
そう思いながら作業を進めた。
「んんーっ……ふう……そろそろ疲れたわね。」
作業を初めて数時間。
まだ初夏にも入らないこの時期には気づいた時にはすっかり時間はもう夕暮れだった。
調べものばかりで固まった身体を伸ばして解しながら、資料を纏める。
流石に今日一日で全部調べる事は出来なかったが、そろそろ寮に帰らないと怒られる時間だ。
(そろそろ帰る準備しなきゃ。ウルティにも伝えとかないと。)
そう思って探しに行く。
魔法の準備をする、となると、室内訓練場で魔法の実戦をしているか、またはすっかり部室代わりになってしまった空き教室で理論の研究中か。
多分どちらかに居るだろうと考えて、私は探しに行く事にした。
結果的に言うと、室内訓練場はハズレで空き教室がアタリだった。
先に室内訓練場の方には行ったが居なかったので空き教室の方に行ってみると……。
「ウルティ……居るかし、ってわっ。」
「ん?おー、どうかしたかマルニ。」
「何って……むしろこの状況こそ何よ。」
空き教室内では極力強力な魔法は使わない事になっている。
物や壁などに被害が出ないように気をつけるのは当たり前である。
だからその分抑えて魔法を使っているのだろうが……。
教室の空中には魔法によって作られたシャボン玉や花びらの渦、光の球に起動していない魔法陣。
壁や床には、散乱した魔法の本や資料にまた魔法で作られた鉱石の工芸品のレプリカや花などが沢山あった。
「この状況?……あー、そういやもうこんな時間なのか。資料とにらめっこしたり実験したりしてたらこんな時間だったぜ。いやあ、舞台とかで使えそうな魅せれる魔法って、なかなか無いからなあ。自分で魔法を理論から作って実践してってやってたら気づいたらこうなってたわ。」
「このたった数時間でそこまでやれるのは凄いけれど……全く、他の人にあまりバレたらいけないというのに……。」
「あっはっは、わりーわりー、ついでに頼むけど、一緒に魔法を解除するの手伝ってくれ、分かる範囲の魔法だけで構わねえからよっ!」
「はあ……仕方ないわね。」
やれやれ、と息をつきながら、言われたとおりに魔法の解除を手伝う事にする。
単純な私でも分かる範囲の魔法なら私でも解除出来るが、ウルティハが作った独自の魔法は魔法の式が分からないので私には解除出来ない。
違う国では「魔法は数式のような科学式である」、という理論が作られている。
このインフロールの国も、基本的に似たような考えで魔法の研究をしている。
正直意外だったのだが、結構魔法に関しては神様や妖精からもらった不思議パワー!みたいな物じゃなくて、結構どちらかと言うと科学のように研究をしている国の方が私の知る範囲だと多い気がする。
もちろんこの世界にも宗教とかもあるし神様や精霊、妖精信仰や神話とかもあるらしいからそういう考えが廃れたというわけでは無いとは思うけれど。
特に前にエスセナが話した桜日の国は研究も信仰も盛んな国らしいから独特の魔術体系があるらしい。
やはり陰陽術とか忍術みたいな物なのだろうか、と想像してみる事もある、
因みにインフロールでは、「魔法はサイクルである」という考えが一般的である。
光、闇以外の魔法は基本的に生物や物質、空気や自然に宿る魔力を操作して魔力を魔法式として行使する事で魔法を発動し、使われた魔力はまた魔力の粒となって辺りを漂いこの国を、世界を循環する……という考えだ。
魔法の属性の特性はその魔力の中での分類された物、という感覚に近い。
その中で光属性は、「普通は干渉出来ない魔力に干渉した魔法」、闇属性は、「本来存在しない魔力を無理矢理創り出して使う魔法」という考え方もあると聞いた。
それが本当なのかは分からないが、事実としてその信仰が光属性への敬意と、闇属性への侮蔑が生まれたのだろう。
まあ、その歴史の真実も「歯抜けの歴史」によって真実はわからないのだが。
ウルティハの魔法を解除していて思う。
やはりこの人は天才なのだな、と。
少なくとも複雑な魔法式は使っていないと思うのだが、私には魔法の解除……つまり、魔法の魔力への還元方法が分からない所がけっこうある。
魔法式の作り方が人によって癖が出るという事は結構ある話なのだが、それでも起きる結果の現象が同じならある程度の基本的な魔法式は同じな筈なのだ。
事実、闇と雷の属性以外の魔法はそんなに魔力が多くない私でも解除自体は全然出来ないわけではない。
これはつまり、基本の把握さえ出来ていれば大体の解除は出来る、という事である。
まあ、これが実戦となるとそもそも解除の追いつかないスピードで魔法が襲い掛かって来たり、魔力が多すぎて解除出来ない事が多いので実戦で解除が有用になる事はあまり無いのだが。
だが、その解除がそもそも出来ない、という事は、そもそも還元に至る理論が何処かで間違っているという事実である。
つまりは魔法式の理解が出来ていない。
魔法が下手で途中の魔法式に複雑な手順を入れないと発動出来ないのではない。
わざと魔法を複雑にしているのである。
それは、どんな手順を行えばどのように変化が起こるか。
それは実際、散らかった書類の中にあった研究メモを見れば更にわかった。
魔法式によって変わる色や質感、維持時間などを計測している。
それを数時間でこんなに大量の資料を作れるのは、作業のスピードもバリエーションもあるという事だから凄い。
私とは作業効率も密度も大違いだ。
(やっぱり凄いな……でも、私も負けられない。)
そう思いながら作業していたら、「ガシャンッ」と扉が開く音が聞こえた。
二人で扉の方を見るとそこには、俯いたエスセナが立っていた。
「エッセ!」
すぐにウルティハが駆け寄る。
「お前、いきなり居なくなって心配したんだぞ、どうしたんだよー。」
「…………。」
「……エッセ?」
やはり、親友同士だから心配していたのだろう。
冗談混じりな風に言いながらも笑うウルティハだったが何故かエスセナは黙ったままだ。
ウルティハが首を傾げる。
少しの沈黙の後、やがてその沈黙をエスセナは破ってこう言った。
「……ごめん。私は、このクラブにもう居られないかもしれない。」
さて、いよいよシリアスな空気になってきました。なるべく早めにシリアスは終わって気持ちよく次章に突入したいところですが果たして…頑張ります。