捨てられない夢、背負う立場
「出し物、ですか……?」
「出し物って、学園で何かやるという事かい。」
「あー……言い方が少し悪かったかな。要するに、何かの発表会をするという事だ。」
「発表会って……でもアタシ様の発表会じゃないって事か?」
「そう、そこが今回の大事な所だ。今回の主役は、君だ、エスセナ嬢。」
「ぼ……私?」
発表会だとか出し物という言葉でてっきりウルティハの魔法研究の発表かと思っていたせいか、エスセナは少し予想外という反応のようだった。
「僕が主役……という事は、要するに僕の演技が必要という事だね?」
「ああ、そうだ……というか、正確には君の表現力だね。演技という行動で示すかは君に任せるが、とりあえず必要なのは君が舞台に立つ、という事だろうね。」
「アタシ様はなにすればいいんだ?」
「ウルティハ嬢、君には魔法による演出が主になるだろう。君自身が出演するというのも無しでは無いが……そうだな、エスセナ嬢とウルティハ嬢の魔法によるショーのような物などはどうだろう。魔法による演出なら、恐らく君の得意分野だろう?」
「へへっ、もちろんだぜ、アタシ様の魔法は芸術だからな!」
なるほど、ジュビア先生のイメージプランとしてはこうだ。
エスセナが演技などをしながら、ウルティハが魔法で演出を行う。
恐らくだが、ショーや一人での舞台のような物をイメージしているのだろう。
なるほど、確かにウルティハの魔法を出しながらのショーなどはサーカスやマジックショーみたいで、確かに見ごたえがありそうだ。
まあ、マジックもマジックでこっちは本当の魔法なのだが。
となると私の役目は……。
「先生、私は何をすれば良いんでしょうか?」
「マルニーニャ嬢の魔法の基本は闇属性だからな……魔法の手伝いはあまりせず、アシスタントや小道具作りといった裏方をメインにしてもらうというのも考えている。騎士として、というなら警備の手伝いなどもあるが……流石にそれは貴族令嬢にやらせる事では無いだろうからね。それに、あくまでこのクラブの活動、としての提案としてはあまりにも不誠実だろうからね。」
「なるほど……やはりそうなりますよね。」
闇属性の魔法は、演出としても使いづらい、と遠回しに気にしてくれているのだろう。
それもそうだ、闇属性の魔法はただでさえ忌み嫌われている。
エスセナの普段の行動や言動は置いておいてショーや劇場で観光が有名なアクトリス家はともかく、変わり者で有名なインベスティ家、悪徳貴族のオスクリダ家の人間がやる時点で悪評が立ちそうなのに闇属性の魔法を使うとなったら余計に悪印象になる可能性がある、例えそれがショーを盛り上げる為の演出だとしても。
それを考えると、確かに私は裏方に回る方が良いのかもしれない。
なるほど、今回は私が我慢しなきゃいけないというのはそういう事か。
「わかりました、その方向で……。」
「ちょっと待った。」
私が頷こうとしたら、その言葉を遮る声があった。
振り向くと、それは意外にもエスセナだった。
そしてその表情は、いつになく何処か弱気というか……あまり気が進まない表情をしている。
(どうしたんだろう……いつもなら、ぐいぐい食いついてきそうな話題なのに。)
そう思っていると、エスセナは言葉を続ける。
「ジュビア先生、それは、僕がアクトリス家の人間だから、それを提案しているのかな?」
「アクトリス家の人間だから、という言い方は変だが、確かにアクトリス家の施設や設備を使えるのなら確かにありがたいだろうなと思っているよ。何より観光ならシレーナは貴族だけでなく平民もすぐに挙げる有数の観光地だからね。せっかくの発表なら沢山の目に触れる方が良いだろう?」
「そうだよねー……そうだよね……うーん……。」
「……セナ?」
「……すまない、その話、少し考えさせてはくれないかな?」
「セナ……?」
険しい表情になるエスセナと、それを不思議そうに見るウルティハ。
ジュビア先生も「何か不味い事をまた言ってしまったのだろうか?」と首を傾げる。
多分、私も似たような表情をしているだろう。
もしかしてだが……私が思っていた以上に、エスセナに、アクトリス家には何か問題があるのだろうか?
そんな疑問を思いながら、今日の話し合いはこれでお開きとなるのであった。
「えっ?アクトリス家の噂、ですか?」
「ええ、何か知らないかしら、フレリス。」
自室に戻った後、フレリスと今日あった事を話しながら手伝いをしていた時の事である。
私は、フレリスにアクトリス家の、もしくはシレーナについての話や噂が無いかを聞く事にした。
使用人同士の噂話などはフレリスが情報収集してくれるので、何かフレリスなら知っているのではないかと思ったのだ。
「珍しいですね、お嬢様が使用人達の噂話に興味を示すなんて。」
「少し、気になる事が起きてね……まだ何も確信とかは無いけれど、少し調べる方が良いかな、と思って。」
「ふむ……アクトリス家、シレーナという事はエスセナ様の事ですか。」
「ええ、フレリスはエスセナともウルティハとも知り合っているけれど、私は二人の使用人とは知り合いじゃないし……。」
「お嬢様、私の記憶ですと、二人は使用人は連れてきていません。」
「そうなの……?」
食事の準備の手が止まる。
何故だろうか、地方貴族の私達ですらフレリス一人以上の使用人を連れてくる事も可能だった。
アクトリス家はシレーナの観光を支える貴族だし、インベスティ家は研究家の一族として学問方面でこのインフロールの国の発展を支えている。
二人とも社交界での問題行動などはあるものの、貴族としての力を考えるに沢山の使用人を連れてきていてもおかしくはない筈だ。
「私の推測ですが、エスセナ様とウルティハ様の都合なのでは無いでしょうか。」
「都合……自分の意思で連れてきていないという事?」
「恐らくは。ですので、残念ながら私達の情報ではあまりお力にはなれないかと……。」
「うーん……。」
二人で食卓に着く。
今日はパンと野菜のスープ、サラダに鶏肉のグリルだ。
「「いただきます。」」
手を合わせて食べ始める。
元々この世界に「いただきます」「ごちそうさま」の文化は無かったが私がやり始め、意味を説明するとフレリスもするようになった。
食事を取りながら話を続ける。
「何か理由は想定出来るのかしら?」
「ウルティハ様の方は何となく……エスセナ様の方は、本当に推測としか言いようが無いですね。」
「それでも構わないわ、言ってみて。」
「なら少し失礼……。」
説明の為に食事の手を止めて少しずつ考えながらフレリスは話し出す。
「ウルティハ様の方は恐らく、インベスティ家が研究家の一族だからでしょう。インベスティ家の方針として、【研究家は少しでも永く研究を続けなければならない】という方針があるそうです。」
「つまりは、一人でも自力で生活出来る、自立出来てこそ一人前という考えという事ね。」
あのウルティハが自炊したりしてる所が全く浮かばないが……彼女なりに自分で生活しているのが今の彼女なのだろう。
それは認めなければいけないらしい。
でも多分、誰か生活を支える人が居たらその人に完全に任せそうだなあ……と思ってしまうのはやはり普段の様子のせいだろう。
「そして問題のエスセナ様の方ですけれど……答える前に、私からも質問を。エスセナ様は、アクトリス家で上手く立ちまわっているようですか?」
「……詳しく話す事は控えるけれど、正直あまり良い立場とは言いにくそうね。やはり噂が立つというのは、それだけ影響を与えているという事なのかもしれないわ。」
「やはり……。」
「フレリス?」
「私の推測ですが、エスセナ様は思っている以上に立場では無いのかもしれません、それこそ、使用人を付けられないくらいには。」
「……なるほど。」
跡継ぎの最有力候補のエスセナが演技の道に傾倒しているのは、アクトリス家にとって思っている以上に大きな問題らしい。
というか、妹や弟が居ないと、誰か養子を迎えたりアクトリス家以外の人間を迎え入れなければいけないのだろう。
それを考えると、エスセナにプレッシャーをかけてくるのも仕方がない気がする。
(認めてもらうしかない……でも、どうすれば良いかな……。)
『へ?シレーナの噂ですか?』
「ええ。コミエドールから出ていないソルス達に聞くのも変だけれど、シレーナに観光に行った人の噂とかを、聞いたりしてはいないかと思って。」
『そう、ですね……マルニ様の言う通り、私もお役に立てる噂を聞いた覚えは無いかもです……。』
「そう……。」
念のためにソルスにも聞いてみたが、そもそも内陸の方にあるコミエドールはシレーナから少し距離がある。
コミエドールからシレーナに観光に行くとしたら、それこそ貴族などが主になるであろう。
そうなると、孤児院に居るソルスやアルデール達はもちろん、平民も行く機会はあまり無い。
自動車や飛行機のような速い移動手段も無くはないけれど、私のような貴族でも簡単には行けない、金銭的にも、時間的な猶予的にも。
(やっぱり直接聞く以外は無いかな……。)
そう思っていた時の事だった。
『あ、でも一つ思い出しました、今年になって聞いたお話!』
「今年に入って……?何かしら?」
『その、多分エスセナ様の事なんだと思いますけど……。』
「是非聞かせてちょうだい。」
『はいっ。シレーナの劇場やショーの出演者でも、特にアクトリス家の娘は飛び切りの美少女であり、演技も上手い最高の子役女優だった。学園に行ってしまって見れなくなったのが悲しい、と、貴族の方や裕福な方々、旅商人の方々から聞いた事があります。』
「そう……わかったわ、ありがとう、ソルス。参考になったわ。」
『……っ!おね……マルニ様のお役に立てて光栄です、嬉しいですっ!』
こうも喜んでもらえて私も嬉しい。
ソルスの喜ぶ顔が頭に浮かぶ。
こうもしばらく会っていないと、やはり寂しさを感じるし、会いたくなるが……こうやって声を聞いて、話す事が出来る事は凄く幸せな事なんだろうなと噛み締める。
しかし……ソルスの女優としての評判が良いというのはわかった。
そしてそれは、恐らくだが、【この世界でも自分の演技が通用する】という自信の根拠になったのは推測出来る。
それが尚更、この世界でも演技で生きていきたいという気持ちを強めたのは想像に難くない。
(自分の前世から抱えた思いと、この世界で与えられた役割、かぁ……)
どちらも重い事は変わらない。
だからこそ、どうすればいいのか。
考えながらも答えは未だに出ないままに、この日は私は眠りに着くのだった。
いよいよエスセナ&ウルティハ編も起承転結の転の辺りまで来ました。早くこれと次のお話を終わらせてソルスを本格登場させたい……そう思いながらも、その為の地を固めるべく、しっかりと書いていきたいと思います。