マルニ、思い返して考える 2
今更ながらはじめまして。大蛇山たんとともうします。思い付きとその場のノリで書いていきますので、貴重なお時間を私に使っていただけたら幸いです、これから、そしてこれからもよろしくお願いします。
コミエドールの街はインフロールの国の、所謂ちょっとした地方都市のような街だ。
規模的には大きい街では無いらしいが、商業地区や住宅地区、労働地区などある程度の物はこの街にある。
だけど、この街はいまいち活気が無い。
もちろん裕福な商人の家などはあるものの、貧富の差が激しく、家によっては子供も早いうちから働いてなんとかその日一日を暮らせるかといった感じである。
そのような街になっている最大の原因は…言うまでもなく、私の家である、オスクリダ家が原因であろう。
買い物にかかる消費税などはもちろん、様々な資産税や役所での手続きや店の経営など、提供する側もされる側も細かい部分で税金が発生するらしい。
当然違反すれば取り締まられるし、その肝心の取り締まる側の役人や警備兵なども基本的にオスクリダ家、またその傘下の味方である。
ようするに賄賂だ。
金や物、名声や優先など、様々な方法を使っている…らしい。
明確な場面を見たことがあるわけでは無いが、それらしい場面は何度か目にしたり耳にした。
私が居ることに気づくと話を逸らして誤魔化したりしている辺り、悪いことをしている自覚はあったり私に悪い部分は見せないように両親や周りの人はしているらしいけど、生憎私の精神年齢は一応前世と合わせたら20歳を越えている。
いくら人生経験が一般的な女子高生よりも無い自分でも流石にそこらへんは何となくだけど気づくしわかる。
この街の人々は虐げられる側ということだ。
…もちろん毎日人々が鞭を打たれて働かされているというわけでは流石にない。
国の下町のようなこの街にも頑張って暮らして笑って生きている人々が居る。
…それを今、私はフレリスと一緒に見ながら歩いている。
(この住宅地区の何処かに、ソルスも居るんだよね…)
何処かにソルスが居るのかもしれないと思ってきょろきょろと辺りを見回す。
ソルスの髪色は白銀、瞳は赤と緑のオッドアイである。
その髪色と瞳の、自分より少し小さい女の子を探せば良いはずと思って探す。
…同じくらいの年頃の子供は、目立つのは赤髪の男の子くらいしか見当たらない。
他には…と思って探していると、フレリスが、私が退屈していると思ったのか話を始めた。
「…私はコミエドールの出身です。7歳の時にオスクリダ家の扉を叩き、メイドとして奉公するようになりました。」
私はフレリスの声に反応して辺りを見回すのを止めてフレリスの方を向いた。
「…だめって言われなかったの?」
私は疑問を問う。
小学生くらいの歳でメイドになるなんて簡単な話じゃないだろう。
「もちろん最初は断られましたよ。子供が役に立つか、と。」
「じゃあ…どうやったの?」
気になって聞くとフレリスは珍しく小さく口に笑みを見せた。
「何回もお願いしに行きました。毎日毎日、朝昼夕と。何回も怒られましたが、流石にしつこくて諦めたようです。」
笑みのまま言う内容を想像して思わず私は苦笑いしてしまう。
今とあまり変わらない真顔のまま毎日来るフレリスの姿が簡単に想像出来てしまって。
「お金を稼ぐにも、家族の為にも、何をするにもオスクリダ家の中に入る方が良いと思ったので。」
それは確かに、と思った。
間違いなくお金はあるし、色んな人が言う事を聞いてくれるだろうし。
でも、すぐに沢山のお金が貰えるわけじゃないだろうし、誰でも言う事を聞いてはくれないだろうし、そもそもその立場になるまで大変じゃないかとも思う。
あと、家族の事も聞いたことが無い。
「えっと…フレリスの家族ってどんな人?」
「私の顔が幾つもありますよ。」
「…?」
流石に今の回答は意味がわからなくて首を傾げると、くすっと笑ってフレリスは続ける。
「冗談ですよ、流石に私と同じ顔が幾つもはありません。」
「嘘はだめだよ、フレリス。」
「嘘ではなく冗談なので良いんです。」
私の言葉に全く笑みを崩さず言う辺り、もしかしたらフレリスは案外こういう冗談やからかいが好きなのかもしれない。
「そもそも私は孤児院出身なので、家族と言っても血は繋がっていませんよ。血の繋がった家族は今どうなったかは分かりません。…少し、難しかったですか?」
…こんな時、4歳ならなんと言えば良いのだろうか。
マルニーニャ・オスクリダとして、なんと言えば良いのだろうか。
黒野心としては、悲しくなってしまった。
やはり、あまりにも自分が高校生まで過ごした世界とはあまりにも違いすぎる気がして。
そしてフレリスが無表情や、こうしてたまに笑ってくれる顔の裏に、何を思っているのかを考えてしまって。
勝手な同情みたいなものかもしれないけど…本当なら、私もフレリスの痛みに触れれるなら触れたくて。
この気持ちを持って居ようと決意しながら、「フレリスには、大事な家族なんだね。」と答えた。
「ええ、大事ですよ。お金を稼いで、私の為にも孤児院の為にも、使いたいからですからね。」
フレリスは言いながら、私の前に屈んで目線を近づけて。
「マルニお嬢様、貴女も、私の大切な人になること願っています。そして、そうなるように私も出来る事は沢山致します。…ご主人様や奥様のような方ではなく、しっかり誇れる令嬢になれるように。」
…マルニーニャ・オスクリダとしては、その期待に、願いに応えられないのかもしれない。
でも、それでも。
黒野心の魂を持った私としては、フレリスの期待に、願いに応えたいと。
そう思って私は。
「…今のはお父様とお母様には秘密だね。」、と。
フレリスの真似をして、出来るだけ悪戯っぽく笑ってみせた。
それを見たフレリスは、今までで一番綺麗な、本当に綺麗な笑顔を見せた。
「ええ、私とマルニお嬢様だけの秘密でございます。…そしてそんなお嬢様には私から秘密の口止め料兼ご褒美をあげましょう。」
そう言うと近くの屋台に私を連れて行く。
「おじ様、いつものを二つお願いします。」
「お、フレリスの嬢ちゃんじゃねえか!子連れってことは孤児院の子かい?…いや、着ているのがこんな上等なもんってことはオスクリダ家のお嬢様か。」
「ええ、お嬢様を攫って散歩中という所です。」
「おっと、なら兵士に通報しちまおうかな?なんてな、冗談だ!」
「ふふ、相変わらず冗談がお好きですね。」
屋台の、白髪混じりのおじさんはフレリスと顔馴染みらしく、冗談をフレリスと言い合いながら棒を鍋の中に先端を入れてくるくると回していく。
その棒をおじさんが鍋から引くと、赤い水飴のような物が棒の周りに絡み付いているのを見た。
「ふんっ。」とおじさんが軽く力を込めると、その水飴のようなものは瞬時に冷えて固まった。
「あいよ、クールキャンデー二つな!」
「ありがとうございます。」
フレリスは氷菓子…クールキャンデーを受け取ると、私に一本を渡してくれた。
「これがお嬢様へのご褒美です。お屋敷で出される食後のデザートに比べれば大したものかもしれませんが。」
「フレリスの嬢ちゃん、聞こえてるぜー、料金増やしちまうかなあ!」
「なら兵隊に通報するかご主人様に報告しましょうかね。」
「ははっ、それじゃあ嬢ちゃんもばれておあいこになんないぜ!」
「ふふ、そうですね。」
二人が会話してその勢いに流されそうになったが、忘れないように。
「あのっ…フレリス、おじさん…ありがとう。」
ぺこ、と頭を下げてお礼を言った。
頭を上げると二人は少し驚いたような…いや、おじさんの方は凄く驚いたような表情だった。
でもフレリスはすぐに、優しく微笑んだ。
「こりゃ驚いた…オスクリダ家のお嬢様の方は平民にも頭を下げてくれるんだなぁ。」
「マルニお嬢様は真のお嬢様なので。…どういたしまして、お嬢様。」
「…えへへ。」
真のお嬢様というものはあまりわからないが、私は嬉しくてつい少し笑ってクールキャンデーを口に突っ込んだ。
冷たくて砂糖のような強い甘味は、確かにお屋敷で出る繊細な甘味のスイーツの甘味とは違うけど、これも私は好きになった。
何より、フレリスの好きな味を知れたのが嬉しくて、お屋敷の豪華な食事より不思議と美味しく感じた。
結局、この日は夕暮れまでフレリスと色んな所に行って楽しんだ。
フレリスの育った孤児院も行きたかったけど、色々はしゃいで時間が無くなってしまった。
「いつか、私も行きたいな。」、とフレリスに伝えたら、「ならまた私が連れ出します、お嬢様を攫いますよ。」と微笑んで言ってくれたから、凄く楽しみだ。
お屋敷に帰るとフレリスは両親に凄く怒られる…と思っていたが、私がぎゅっとフレリスの手を握っているのを見たからか、、よほど笑顔で帰ってきたからか凄くフレリスを睨みながらも、「…何かあったらクビでは済まさないからな。」
とだけ言った。
私が喜んでいる所を怒りにくかったのだろう。
「もちろんです、有事をそもそも起こさないように。そして有事の際は命に変えてもお嬢様をお守りします。」とフレリスはいつもの仏頂面に戻ると頭を下げた。
それ以上はもうフレリスも何も言われずに済んだ。
私は、4歳の身体で歩き回ってはしゃいだ事でだいぶ疲れたらしくその日はすぐに寝てしまった。
クールキャンデーの味と、元気な身体でフレリスと遊んだ事と、そのフレリスの数少ないけど、確かに見せてくれた笑顔は忘れずに。