三人のお茶会 エスセナの場合
わーわーはしゃいで話がようやく終わった後。
ようやく二人は落ち着いて席に着く。
…ソルスとアルデールの事はフレリスも認知はしていたが、詳しくは知ってはいなかったはずだ。
自分の知らない事を話していた事について、後で一々弄られそうだなと考えると、どう対応した物かなと考えて頭が痛いが。
まあ、後の事は後の事だ。
これはこれ、それはそれとして割り切らないと私も処理出来ない。
落ち着く為に、適温よりも少し温く感じる気がする紅茶を飲んで一息つく。
…メイドというか前世で仕事自体出来なかったから思うが、本当にこういう時に空気を読んで敢えて仕事の手を抜く事も仕事な従者という仕事も大変なんだなと思う。
フレリス以外のメイドが私に着いてきていたら多分聞いてないフリも出来なかったし、こういう時に仕事の手を抜くという事もしなかっただろう。
メイドとしては、従者としてはそれの方が多分正解なのだろう。
だが私としてはフレリスの気楽さ、マイペースさ、そして適当に仕事をやる所が有難い。
本当に連れてきたのがフレリスで良かったと思う。
まあ、類は友を呼ぶというか…似たような考えの友人が出来るというのは全くの予想外だったが。
まあ二人ともフレリスの事は気にしていないようなので私としては助かるが。
(そういえば、二人の従者ってどういう感じなんだろう…案外、二人とも従者を連れてきていないとかの可能性もあるけど、もしそうじゃないならフレリスのことをどう思うんだろう…?)
そんな事を軽く気にしながら。
「さて、次は僕の、私の生まれてからの物語だね!生まれながらの大スターの僕の物語だ、もちろん華々しいものだ!二人とも是非喝采の拍手と涙を拭く為のハンカチの準備を…。」
「なーに言ってんだよ、苦難の連続の道だろー。」
「なっ、こら、ネタバレは厳禁だろう、無粋だなぁウルティハは!そ、それに、別にそんな苦難や失敗ばかりというわけでは…。」
「…エッセ?ウルティ?」
最初は意気揚々と話し始めたエスセナだったが、ウルティハの言葉を受けるとだんだん言葉が尻すぼみになっていく。
最初はウルティハもからかって言っているのかと思ったが、顔を見るとあまりふざけているという印象は無い。
…もしかして、何か問題があるのだろうか?
「その、話しづらいのなら別に話さなくて良いのよ?話すのを強要しているわけではないのだから…。」
「いや、話しづらいというわけではないんだ…ただ、確かに上手くいっている人生とは言いづらくてね…。」
「……。」
ふう、と目を瞑って息を整えて話す準備をするエスセナ。
多分舞台やカメラの前を何度も経験しているような彼女でも、こうやって緊張のような姿を見せる事もあるんだな、と思ってしまう。
やがて目を開けてエスセナは話し出す。
「僕は、生まれは、間違いなく祝福されていたのだろう。」
「アクトリス家はオスクリダ家が治めていたコミエドールよりももっとこのサンターリオ学園がある中央都市、コミエフィンに近い町の貴族だ。海に面した都市、シレーナの出身さ。」
「シレーナのアクトリス家…そういえば、エッセの話はたまに噂は聞いていたけど、あまりアクトリス家の話は聞いた事は無いわね。」
「オスクリダ家みたいに悪徳貴族として有名じゃないからねー。」
「うっ…い、今はそれはいいじゃない、事実だけど…。」
くっ、悪名は無名に勝るとは言うがこんな所でそこを指摘されたくは無い…!
事実だけど…!
「ふふ、ごめんごめん。…アクトリス家は、シレーナの観光に力を入れている家なんだ。魔法で海の中を歩いたりする海中散歩だったり、海の旅をサポートしたり。魚や海洋生物の研究に役立てたり、後はリゾート宿泊施設だったりね。」
「その海中散歩の為の魔法の研究の提供したり海洋生物の研究したりはインベスティの家が関わったりしてるんだ、兄ぃ様が水生生物の研究しているからなぁ。」
「なるほど、変わり者と言われるインベスティ家が、アクトリス家と関わる線はそこで結びつくのね。」
「そゆことー。」
(海中散歩はダイビング、船旅は客船、海洋生物の研究は水族館…宿泊施設はホテルみたいな感じかな?)
私の知る前世での知識に当てはめながら考えてみる。
なるほど、確かにそう考えると楽しそうな、確かに観光に向いている街と家だ。
「そんな中で生まれた僕は可愛がられてね、子どもの頃からビーチで行われるショーに特別枠で出してもらったり、観光都市だから劇場もあって、僕の我儘でその劇場に何度も足を運んだものさ。」
「…うん?ちょっと待ってちょうだい。確か、エッセは家の人からは、演技の道に進む事は勧められていたかしら…?」
「そこなんだよねぇ…。」
はぁ、エスセナがため息をつく。
やはりだ。
インベスティ家は研究家の一族として聞いてはいたが、アクトリス家はあくまでも観光業が主の家だ。
普通なら、それを継がせようとする筈と思った。
「君の察しの通りさ。僕の演技への思いを知らなかった最初の頃は家族や従者達も子供のお遊び、子供の趣味くらいに思っていたんだ。でも、あちこちに演劇の鑑賞に行ったり演技指導を受けている事を知ってからはあまり良い顔をされなくなってね。『アクトリス家の家業を継ぐ気は無いのか』ってだんだん怒られてねぇ…。」
「おまけに、商売の付き合いがあったとは言え、基本的には貴族の中でも厄介者のインベスティ家の怪しい『魔女』のアタシ様と仲良くしてるんだ、アクトリス家の評判もだんだん貴族の間でも下がってきたんだ。そりゃ、アクトリス家の人間からすれば良い気分はしないよな、その付き纏いはじめた悪評の原因が自分の娘の行動が原因なんだからよぉ。」
「こらウルティハ、君はどっちの味方なんだい!?…でもまあ、とりあえずそんな感じでね。貴族としての評判は落としたくないからインベスティ家にあまり深く関わろうとしたくない、でも商売の関係上インベスティ家と関わらないわけにはいかない。だから僕達の関係についてとやかく言いづらい。だからお母様やお父様はこう思っているわけさ。『演技の道で生きるような馬鹿馬鹿しい事は言わず、何処かの貴族と結婚してどちらの家にしろ家に入ってほしい、そして家業を継がせたい』、ってね。」
「……それは、難しい話ね…。」
どちらが正しいとは言いづらい。
いや、理屈としては答えは出ている。
もし単純な理屈として言うならば、エスセナは演技の道を諦めてアクトリス家の家業を継ぐべきであろう。
オスクリダ家のような悪徳貴族でもなく、しっかりとした商売を基本とした貴族としての地位を得た家の出身であり、そこの跡取りとして期待されている立場に居るのだ。
だったら貴族として、個人の夢は諦めて家の為に、家族や周りの人、平民や他の貴族の為に尽くす使命があると言えるだろう。
それに、極端な話、時間は掛かるかもしれないが、運営などをしながら自分で劇場を持ってそこの支配人兼舞台役者として活動をする、という道も無し、ではない。
そういう意味でも、今は家業を継いでほしいという両親の気持ちも理解出来る。
だが……。
彼女は、エスセナは、ただの貴族の令嬢では無いのだ。
水嶋エンジェ王姫という、魂から、細胞の一つ一つからまで演技する、根っからの女優なのだ、表現者なのだ。
それは私には、例えほんの少しだとしても、痛い程にその気持ちを私には理解出来る。
同じ、前世の記憶を持つ者同士だから。
もし、きっと私がエスセナと、王姫と同じ人生を辿っていたなら、多分私も同じ道を辿っていただろうというのは想像に難くない。
だって、現に私も前世の記憶の元に好きな人の為に悪役令嬢として、もしくは騎士として。
自分の人生を捧げようとしているのだから。
だからこそ、同じ境遇の者だからこそ、同情ではなく、同じ思いを、前世からの思いを持つ者として彼女の道を肯定したいのだ。
それが自分の道の肯定になるわけではないけれど。
「私の、私達の思いは間違いなんかじゃない」という証明がしたくって。
多分それは、他の人からしたら理解出来ないし、理解出来ても子供の馬鹿馬鹿しい理由なのかもしれないけれど。
それは、私達が一生を捧げる理由には、あまりにも十分な理由なんだと私は思った。
エスセナの話は明確な答えの出ないまま終わった。
でも、何となく、本当に何となくだが。
私の中で明確な予感があった。
きっと、この問題をいつか解決しなきゃいけない時が来る、と。
非常に今更ながら何故自分はこんな貴族のいざこざだったり地名や固有名詞の多いお話にしたんだろう、というか何故基本の言語を自分に全く馴染みも知識も無いスペイン語をもじった造語にしたりしてしまったのだろうと資料や過去の文章を見返して設定の齟齬が無いように確認しながら自分を呪っております。自分の馬鹿野郎!!